たまたまアルケミスト

門雪半蔵

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025◇工房での日々(1)

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「パンの匂いだね」
 ミーヨが呟く。

 『ほり』沿いの道に出ると、水の匂いに混じって、パンでも焼いているような香りがした。

 ――もう夕方だし、腹も減った。

 下宿人を求めているという、ハンナさんの知り合いのお姉さんの工房は、「街の西の『濠』に沿った場所にあって、大きな煙突があるから見ればすぐ分かる」そうだ。昼間歩いた工房街からは、かなり離れたところだ。

 『冶金の丘ここ』の市街地は、『濠』から切り立つ石垣の上に造られてるので、水面はかなり下の方だ。転落防止の柵代わりなのか、縁には低い石積みがある。
 落ちないように気をつけながら下を覗き込んでみると、街の周囲をぐるっと囲んでいる『濠』は、何か白いもので綺麗に塗り固められていた。

 『濠』の幅は10mくらい。ところどころに緑色の塊が浮かんでる。浮き草っぽい。
 魚も……いるみたいだ。

 まだ正体不明だから、「なんらかの水棲生物」と呼ぶべきかもだけど。

 『濠』の向こう側には、森が広がっている。

 ほとんどが、幹まで緑色のブロッコリーみたいな木だ。
 昼間はとても鮮やかな若葉色だったのに、今はくすんだ色だ。ひょっとすると幹の表面の「葉緑体」が、光のあるところに移動して集中してるのかも知れない。

 そこは、自然の森じゃなく、計画的に人の手が入った人工林のようだった。
 区画化されていて、はっきりと森の年齢の違いが判るのだ。整えられた樹冠の青々とした若葉が綺麗な区画もあれば、小さな若木だけの区画もある。木が切り倒された後なのか、完全に丸裸になってしまってる区画もある。

「あの木なんて木?」

 ミーヨはあの木を見ながら「○立のCMソング」の鼻唄を歌ってたから、知ってるハズだ。

「……プ、プロペラ星の樹だよ」

 妙な反応だ。
 照れてる? 恥ずかしいのか? なんでだ。

「秋に『プロペラ星』みたいなが、グルグル回りながら空を飛ぶんだよ」

 ミーヨが、何故か俺の「ある部位」をチラ見しながら言った。
 どうやら、子供の頃の「ジンくん」が「ち○こ」を振り回していた事を思い出してるらしい(笑)。そんで「実」って言うけど、それって「種子たね」だろうな、きっと。

 『地球』には、種子を遠くまで飛ばすために、いろんなカタチに進化した植物があったハズだ。その中には、鳥の羽みたいなヤツを回転させながら、滞空飛翔時間を稼ぐタイプがあった気がする。
 それが、この樹の場合は、完全にプロペラみたいな二枚羽らしい。

 竹とんぼみたいなのかな? ちょっと見てみたい。

「『冶金組合』で見た『★羽書蝶☆』の元になってる『羽毛紙うもうし』って、その実の羽を集めて作る『し紙』の一種なんだよ」

「……圧し? プレス?」
「『ぷれす』? とにかく、谷間にはさんで、しごくの」

「……へー」
 気持ちよさそう(笑)。

 でも、きちんと訊いたら、何かのノリを付けて蒸気を当てながら、2本の金属ローラーの間で何度も何度もツルツルになるまで、圧延あつえんして作る物らしい。

 そうなるともう、原材料は何でもいいんじゃないの? って気もする。

「同じ器械きかいで、薄皮重ね焼きの生地も作れるんだよ」

 んー? 「薄皮重ね焼き」って「パイ」かな?
 パイでええやん! 内心で、そう突っ込んだよ。

「あと、洗濯物の脱水も出来るんだよ」

 便利か! てか、食べ物と一緒なのはどーなの?

      ◇


    ぶヒぶヒぶヒ。


 森から、動物の鳴き声がする。

 てか、『地球』にもいる豚だ。その群れだ。
 どっか、おウチに帰るところらしい。飼い主さん(?)に追い立てられてる。

 にしても、クマか狼でもいるのかと思ってたら、「森のブタさん」か。
 中世のヨーロッパでは、秋に森で豚にドングリ食わせてたらしいけど……ミーヨによれば、この世界はいま初夏らしいのに……何か豚の食べ物になるようなものあんのかな?

「あれだよな? デカい煙突って」

 たぶん金属を溶かすか、熱するかするための火炉の煙突だろう。一軒だけ目立つ煙突のある建物があった。

「みたいだね。いるかな、スウさん」

 お姉さんの名前はスウさんらしい。釣り好きなのかな?

「んー……?」

 その建物の正面に、ふしぎな物体を見つけた。

 どう考えても、ふしぎだ。

 『もう○のはこ』の京○堂なら「この世には不思議な事など何もないのだよ、関○君」と言いそうだけど、ここは異世界なのでふしぎがいっぱいなのかもしれない。

「なあ、ミーヨ」
「なあに、ジンくん?」

「このパンみたいなものって何? なんかいっぱいあるけど」
「みたいじゃなくて、パンだよ。ここパン工房だもん」

「だもん――じゃねーよ! 金属加工の工房じゃねーのかよ!?」

 まさかの展開だよ!!
 イヤ、ある意味安定のお約束展開なのか?

「いらっしゃい。あら、ミーヨちゃん。やっぱり来てくれたんだ」

 工房の中から出てきた女性は、たしかに綺麗なお姉さんだった。
 足元まである大きな白いエプロン姿で、今のところ体型が分からないのが残念だ。

 髪の色は――ちょっと失礼な言い方になるけど「焼き過ぎたパンの皮」みたいな色だった。

 その髪を、首の後ろで束ねている。
 髪とおなじような茶色い瞳が、俺たちを見ている。

 頬っぺたが白いけど……きっと薄力粉か中力粉か強力粉のうちのどれかだろう。全粒粉ではないはずだ。

「スウさん、こんばんは」

 ミーヨが女性に近づいて挨拶を交わしてる。

「わたしたちをここに置いて欲しくて、来たんですけど」
 遠慮がちに言うミーヨに、女性は興味深そうに訊ねる。

「男の子と一緒、って言ってたけど……その子?」
 女性は俺を見ている。じっと見られてる。

「ジンって言います。初めまして」
 しょうがないので挨拶する。

「スウです。会ってすぐで申し訳ないんだけど――ちょっと、手伝ってくれると嬉しいな」
「え? ハイ」

 甘え上手かっ。やるな、お姉さん。

「そこのパンを乗せた台車を押して、私についてきて」
「あ、ハイ」

 俺は『とんかち』をミーヨに預けて、お姉さんに従った。

 いいのか? これで?

「……あの、スウさん。わたしは?」
 ミーヨは呆気にとられてる。

「ミーヨちゃんはお留守番お願い。もうお客さんは来ないと思うけど、念のためね」
「はあ」

 二人とも、スウさんにペース握られてる。

「じゃあ、行きましょう、ジン君」
「ハイ。……じゃあ、ミーヨ。行ってくる」
「……いってらっしゃい?」

 ミーヨが、ふしぎそうな顔してる。
 この展開についていけないのだろう。

 ガラゴロと手押し台車を押して、スウさんに付き従う。
 ミーヨを置いてきてしまったけど、大丈夫だろうか?

 角を曲がって、暗い路地に連れ込まれるように二人きりになると、スウさんが俺に食いついてきた。

 ぐいっ、と腕を掴まれる。
 意外と力強い。イヤ、そう言うハンパなこっちゃなくて、凄い握力だ。パない。

「ね、ジン君。ミーヨちゃんの恋人なんでしょ?」
「あ、ハイ、いえ」

 キスは何度かしたけど……『俺』としてはまだえっちしてないので、どうなんだろう。微妙だ。

「いいなあ。いいなあ。いいなあ」

 スウさんが、ちょっとヘンだ。イヤ、初対面だから知らないけど。

「うちに下宿したら、いっぱいするんでしょ? いいなあ」

 するってナニをだよ?
 判ってるから訊かないけど(笑)。

「あの、まだ決めたわけでは……」
「私にはお兄ちゃんがいてね、いまは夫婦でお嫁さんの実家に里帰りしてるんだけど……その二人、もう毎晩毎晩すごかったの」
「……はあ」

 ……そんな事言われてもなあ。

「スウさん……」

 イヤ、下手に『綺麗だからモテそう』とか言わない方がいいな。

「私って綺麗だからモテそうでしょ?」
「…………」

 自分で言い出したぞ、おい。

「聞いてた?」
「ハイ。スウさんってめっちゃ綺麗だから、めっちゃモテそう、です」
「ふふっ、ありがと。あ、ここが一軒目」

 パンの配送先に着いたらしい。
 二段になってる台車の下の段からパンの詰まった編みカゴを取り出して、スウさんはその宿屋らしい建物の裏口に向かった。

「…………」

 あぶねー。俺、食われないよね?

 パン屋の一人娘って言ったら、フツーはふ○ふゆ系……イヤ、ゆるふわ系のほわわんとした女性ひとじゃないの? 物凄い握力だったよ? そんで、欲求不満こじらせた肉食系な感じだよ?

 しかも、ミーヨは「わたしたちよりちょっと年上のきれいな女のひと」と言っていたけど……近くで良く見ると「かなり年上」だったよ。

 一体どうしたら……逃げようかな。

「おまたせ、ジン君。次に行きましょう」
「ハイ」

 台車を押すと、車輪に違和感があった。
 なんか金属製のマンホールのフタみたいな物の真上だったらしい。見ると、標識を兼ねてるらしく「東西南北」が記されていた。コレを探しながら歩けば、ミーヨのいる工房に戻れるな。西の端っこだったし。

 俺はイザという時のための、逃走経路を確認する。

「ジン君って一晩に何回くらい出来るの?」

 またナニか言い出したよ。

「聞いてた?」
「…………」

 逃げたい。

「いえ、あの、つい最近体調に大きな変化がありまして、試してないのでまだ分からないというか」
 俺はなるべく誠意をもって誠実に答えた。

「でも、一回だけってことはないでしょう?」
「イヤ、その……」

 ミーヨさんによれば、今までは2回だったけど、『身体錬成』で1.5倍にパワーアップして、3回になってるかもしれないのだ! とかアホな事考えてる場合じゃないよな。

「私にも一回分くらい分けて欲しいなぁ……なーんて、冗談。あ、ここが二軒目。ちょっと行ってくるから、絶対に逃げちゃダメよ!」
「…………」

 それ冗談じゃないだろ? アカンぞ、この女性ひと
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