25 / 80
025◇工房での日々(1)
しおりを挟む「パンの匂いだね」
ミーヨが呟く。
『濠』沿いの道に出ると、水の匂いに混じって、パンでも焼いているような香りがした。
――もう夕方だし、腹も減った。
下宿人を求めているという、ハンナさんの知り合いのお姉さんの工房は、「街の西の『濠』に沿った場所にあって、大きな煙突があるから見ればすぐ分かる」そうだ。昼間歩いた工房街からは、かなり離れたところだ。
『冶金の丘』の市街地は、『濠』から切り立つ石垣の上に造られてるので、水面はかなり下の方だ。転落防止の柵代わりなのか、縁には低い石積みがある。
落ちないように気をつけながら下を覗き込んでみると、街の周囲をぐるっと囲んでいる『濠』は、何か白いもので綺麗に塗り固められていた。
『濠』の幅は10mくらい。ところどころに緑色の塊が浮かんでる。浮き草っぽい。
魚も……いるみたいだ。
まだ正体不明だから、「なんらかの水棲生物」と呼ぶべきかもだけど。
『濠』の向こう側には、森が広がっている。
ほとんどが、幹まで緑色のブロッコリーみたいな木だ。
昼間はとても鮮やかな若葉色だったのに、今はくすんだ色だ。ひょっとすると幹の表面の「葉緑体」が、光のあるところに移動して集中してるのかも知れない。
そこは、自然の森じゃなく、計画的に人の手が入った人工林のようだった。
区画化されていて、はっきりと森の年齢の違いが判るのだ。整えられた樹冠の青々とした若葉が綺麗な区画もあれば、小さな若木だけの区画もある。木が切り倒された後なのか、完全に丸裸になってしまってる区画もある。
「あの木なんて木?」
ミーヨはあの木を見ながら「○立のCMソング」の鼻唄を歌ってたから、知ってるハズだ。
「……プ、プロペラ星の樹だよ」
妙な反応だ。
照れてる? 恥ずかしいのか? なんでだ。
「秋に『プロペラ星』みたいな実が、グルグル回りながら空を飛ぶんだよ」
ミーヨが、何故か俺の「ある部位」をチラ見しながら言った。
どうやら、子供の頃の「ジンくん」が「ち○こ」を振り回していた事を思い出してるらしい(笑)。そんで「実」って言うけど、それって「種子」だろうな、きっと。
『地球』には、種子を遠くまで飛ばすために、いろんなカタチに進化した植物があったハズだ。その中には、鳥の羽みたいなヤツを回転させながら、滞空飛翔時間を稼ぐタイプがあった気がする。
それが、この樹の場合は、完全にプロペラみたいな二枚羽らしい。
竹とんぼみたいなのかな? ちょっと見てみたい。
「『冶金組合』で見た『★羽書蝶☆』の元になってる『羽毛紙』って、その実の羽を集めて作る『圧し紙』の一種なんだよ」
「……圧し? プレス?」
「『ぷれす』? とにかく、谷間に挟んで、しごくの」
「……へー」
気持ちよさそう(笑)。
でも、きちんと訊いたら、何かの糊を付けて蒸気を当てながら、2本の金属ローラーの間で何度も何度もツルツルになるまで、圧延して作る物らしい。
そうなるともう、原材料は何でもいいんじゃないの? って気もする。
「同じ器械で、薄皮重ね焼きの生地も作れるんだよ」
んー? 「薄皮重ね焼き」って「パイ」かな?
パイでええやん! 内心で、そう突っ込んだよ。
「あと、洗濯物の脱水も出来るんだよ」
便利か! てか、食べ物と一緒なのはどーなの?
◇
ぶヒぶヒぶヒ。
森から、動物の鳴き声がする。
てか、『地球』にもいる豚だ。その群れだ。
どっか、おウチに帰るところらしい。飼い主さん(?)に追い立てられてる。
にしても、クマか狼でもいるのかと思ってたら、「森のブタさん」か。
中世のヨーロッパでは、秋に森で豚にドングリ食わせてたらしいけど……ミーヨによれば、この世界はいま初夏らしいのに……何か豚の食べ物になるようなものあんのかな?
「あれだよな? デカい煙突って」
たぶん金属を溶かすか、熱するかするための火炉の煙突だろう。一軒だけ目立つ煙突のある建物があった。
「みたいだね。いるかな、スウさん」
お姉さんの名前はスウさんらしい。釣り好きなのかな?
「んー……?」
その建物の正面に、ふしぎな物体を見つけた。
どう考えても、ふしぎだ。
『魍○の匣』の京○堂なら「この世には不思議な事など何もないのだよ、関○君」と言いそうだけど、ここは異世界なのでふしぎがいっぱいなのかもしれない。
「なあ、ミーヨ」
「なあに、ジンくん?」
「このパンみたいなものって何? なんかいっぱいあるけど」
「みたいじゃなくて、パンだよ。ここパン工房だもん」
「だもん――じゃねーよ! 金属加工の工房じゃねーのかよ!?」
まさかの展開だよ!!
イヤ、ある意味安定のお約束展開なのか?
「いらっしゃい。あら、ミーヨちゃん。やっぱり来てくれたんだ」
工房の中から出てきた女性は、たしかに綺麗なお姉さんだった。
足元まである大きな白いエプロン姿で、今のところ体型が分からないのが残念だ。
髪の色は――ちょっと失礼な言い方になるけど「焼き過ぎたパンの皮」みたいな色だった。
その髪を、首の後ろで束ねている。
髪とおなじような茶色い瞳が、俺たちを見ている。
頬っぺたが白いけど……きっと薄力粉か中力粉か強力粉のうちのどれかだろう。全粒粉ではないはずだ。
「スウさん、こんばんは」
ミーヨが女性に近づいて挨拶を交わしてる。
「わたしたちをここに置いて欲しくて、来たんですけど」
遠慮がちに言うミーヨに、女性は興味深そうに訊ねる。
「男の子と一緒、って言ってたけど……その子?」
女性は俺を見ている。じっと見られてる。
「ジンって言います。初めまして」
しょうがないので挨拶する。
「スウです。会ってすぐで申し訳ないんだけど――ちょっと、手伝ってくれると嬉しいな」
「え? ハイ」
甘え上手かっ。やるな、お姉さん。
「そこのパンを乗せた台車を押して、私についてきて」
「あ、ハイ」
俺は『とんかち』をミーヨに預けて、お姉さんに従った。
いいのか? これで?
「……あの、スウさん。わたしは?」
ミーヨは呆気にとられてる。
「ミーヨちゃんはお留守番お願い。もうお客さんは来ないと思うけど、念のためね」
「はあ」
二人とも、スウさんにペース握られてる。
「じゃあ、行きましょう、ジン君」
「ハイ。……じゃあ、ミーヨ。行ってくる」
「……いってらっしゃい?」
ミーヨが、ふしぎそうな顔してる。
この展開についていけないのだろう。
ガラゴロと手押し台車を押して、スウさんに付き従う。
ミーヨを置いてきてしまったけど、大丈夫だろうか?
角を曲がって、暗い路地に連れ込まれるように二人きりになると、スウさんが俺に食いついてきた。
ぐいっ、と腕を掴まれる。
意外と力強い。イヤ、そう言うハンパなこっちゃなくて、凄い握力だ。パない。
「ね、ジン君。ミーヨちゃんの恋人なんでしょ?」
「あ、ハイ、いえ」
キスは何度かしたけど……『俺』としてはまだえっちしてないので、どうなんだろう。微妙だ。
「いいなあ。いいなあ。いいなあ」
スウさんが、ちょっとヘンだ。イヤ、初対面だから知らないけど。
「うちに下宿したら、いっぱいするんでしょ? いいなあ」
するってナニをだよ?
判ってるから訊かないけど(笑)。
「あの、まだ決めたわけでは……」
「私にはお兄ちゃんがいてね、いまは夫婦でお嫁さんの実家に里帰りしてるんだけど……その二人、もう毎晩毎晩すごかったの」
「……はあ」
……そんな事言われてもなあ。
「スウさん……」
イヤ、下手に『綺麗だからモテそう』とか言わない方がいいな。
「私って綺麗だからモテそうでしょ?」
「…………」
自分で言い出したぞ、おい。
「聞いてた?」
「ハイ。スウさんってめっちゃ綺麗だから、めっちゃモテそう、です」
「ふふっ、ありがと。あ、ここが一軒目」
パンの配送先に着いたらしい。
二段になってる台車の下の段からパンの詰まった編みカゴを取り出して、スウさんはその宿屋らしい建物の裏口に向かった。
「…………」
あぶねー。俺、食われないよね?
パン屋の一人娘って言ったら、フツーはふ○ふゆ系……イヤ、ゆるふわ系のほわわんとした女性じゃないの? 物凄い握力だったよ? そんで、欲求不満こじらせた肉食系な感じだよ?
しかも、ミーヨは「わたしたちよりちょっと年上のきれいな女のひと」と言っていたけど……近くで良く見ると「かなり年上」だったよ。
一体どうしたら……逃げようかな。
「おまたせ、ジン君。次に行きましょう」
「ハイ」
台車を押すと、車輪に違和感があった。
なんか金属製のマンホールのフタみたいな物の真上だったらしい。見ると、標識を兼ねてるらしく「東西南北」が記されていた。コレを探しながら歩けば、ミーヨのいる工房に戻れるな。西の端っこだったし。
俺はイザという時のための、逃走経路を確認する。
「ジン君って一晩に何回くらい出来るの?」
またナニか言い出したよ。
「聞いてた?」
「…………」
逃げたい。
「いえ、あの、つい最近体調に大きな変化がありまして、試してないのでまだ分からないというか」
俺はなるべく誠意をもって誠実に答えた。
「でも、一回だけってことはないでしょう?」
「イヤ、その……」
ミーヨさんによれば、今までは2回だったけど、『身体錬成』で1.5倍にパワーアップして、3回になってるかもしれないのだ! とかアホな事考えてる場合じゃないよな。
「私にも一回分くらい分けて欲しいなぁ……なーんて、冗談。あ、ここが二軒目。ちょっと行ってくるから、絶対に逃げちゃダメよ!」
「…………」
それ冗談じゃないだろ? アカンぞ、この女性。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
戦国転生・内政英雄譚 ― 豊臣秀長の息子として天下を創る
丸三(まるぞう)
ファンタジー
中世近世史を研究する大学講師だった男は、過労の末に倒れ、戦国時代へと転生する。
目覚めた先は、近江・長浜城。
自らの父は、豊臣秀吉の弟にして政権の屋台骨――豊臣秀長。
史実では若くして病没し、豊臣政権はやがて崩れ、徳川の時代が訪れる。
そして日本は鎖国へと向かい、発展の機会を失う。
「この未来だけは、変える」
冷静で現実主義の転生者は、武ではなく制度と経済で歴史を動かすことを選ぶ。 秀長を生かし、秀吉を支え、徳川を排し、戦国を“戦”ではなく“国家設計”で終わらせるために。
これは、剣ではなく政で天下を取る男の物語。
「民が富めば国は栄え、国が栄えれば戦は不要となる」 豊臣政権完成を目指す、戦国転生・内政英雄譚。
※小説家になろうにも投稿しています。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる