呪いの指輪が外れないので、とりあえずこれで戦ってみた。

犬尾猫目

文字の大きさ
21 / 79
伏魔殿で踊れ

金槌とやっとこ

しおりを挟む
王に拝謁するにあたり、さすがに粗末な出で立ちとはいかない。ヴェラン子爵家の沽券に関わる事態であると言い出したのが家令のエドガーだった。

「ただでさえ我が王国において名実ともに貴族として扱われるのは伯爵以上なのです。我が主に王宮にて恥をかかせるわけに参りませんので最低限の作法は身につけていただきますぞ、ソーマ様。」

初めて言葉を交わすのに、物怖じ一つ見せない初老の紳士に勇騎は驚いた。お供のミーナとかいう背の低いメイドはゴブリンとファーウルフを目の前にして今にも泣き出しそうな表情を浮かべているのとは対照的だ。

おそらくメイドの反応が一番自然なものだと思うんだが。この爺さん、只者じゃないな。

「これ、ミーナ。私はハヤテ様のブラッシングをしますので、あなたはソーマ様の着装をお手伝いなさい。」

「か・・かかかちこまりました。」

まぁミーナの様子からするとハヤテのお世話なんて無理だろうな。モンスターの世話なんてもの自体がありえない話なんだが、因果なもんだね。

勇騎はミーナの緊張を解こうと気さくに話しかけた。

「やぁミーナ。ひとつ宜しくお願いするよ。」

「ひゃ、ひゃいっ!」

ミーナはいきなり話しかけられたことに驚いてビクっとする。どうしたものかと勇騎は頭を抱えた。

「いきなり襲いかかったりしないから怖がらなくても大丈夫だよ。・・・ってこのナリで言ったって信用できないよなぁ。まぁマリーみたいに接してくれなんて言わないよ。」

「あ」

「あ?」

ミーナが何か言葉を発したので勇騎も思わず聞こえた言葉をオウム返しにした。すると途端にミーナはそのまま俯いて黙ってしまった。勇騎は何か悪いことをしたような気分になってこれ以上何か話を振るのをやめようとしたところ、今度はミーナから話しかけて来た。

「あ、ありがとうございます!」

いきなり大きな声がしたので今度は勇騎がビクっと驚く番となった。

「びっくりしたぁ。・・・ところで何のことか聞いてもいいかい?」

「お嬢様を助けていただいたことです。お味方が壊滅してもお嬢様は絶対に一人で帰って来たりなさらないお方です。ソーマ様がいらっしゃらなければお嬢様は今頃・・・。」

「そうか、ミーナにとってもマリーは大切な人なんだね。微力ながら力になれて俺も嬉しいよ。」

ガチガチに緊張していたミーナの表情が少し緩んだように思えた。
その後、ミーナはテキパキと儀礼用に準備した鎧をユーキに装着させて行く。

何だ、意外に手際が良いじゃないか。

「少し大きいけど俺のサイズに合う小奇麗な鎧なんてよく見つけたもんだね。」

「うふふ、エドガー様が街中のありとあらゆる店を探しに探してようやく見つけていらしたそうですよ。」

「これ、お客様にそのようなことをお伝えしてはなりませんよ。」

気がつくと背後にエドガーが立っていた。勇騎とミーナはそろってビクッと驚いた。

「これは失礼いたしました。」

何者だ?この爺さん。
すると近くにとろけた表情を浮かべるハヤテまで見える。

「ユーキ!この人間のグルーミングは良いぞ。毛に覆われていないのにこの人間はグルーミングの何たるかを心得ているのだ。このような人間もいるのだなぁ。」

あかん、ハヤテはん骨抜きやで。

「ハヤテ、キラキラしてるじゃないか。エドガーさん、そのブラシって。」

「こちらでございますか?これは当家御用達のレッドボアの毛で作られたブラシでございます。よろしければひとつ進呈いたしましょう。」

「ありがとう、助かるよ。ああ、これでずっと頭を悩ませていたハヤテを洗った後の毛繕い問題が解消しそうだ。」

櫛を自作していたもののこれが出来の悪い代物でハヤテからは大不評だったのだ。ジョセフから手に入れる選択肢もあったが、いかんせんブラシの要望を失念していた。思いがけず良いモノをもらったものだ。

「さぁ、それではレッスンのお時間ですぞ。」

***

エドガーのレッスンは想像以上に過酷だった。俺は拝謁の礼で何度もビシビシ鞭でしばかれ、その身に正確な角度まで刻み込んだ。鬼のようなリテイクの嵐が吹き荒れ、美味しいはずの食事も作法ばかり気になってまるで砂のようだった。

「王宮どころか、この屋敷にも鬼が住んどるじゃないの。」

「はっはっは、ソーマ様は冗談も一流でいらっしゃいます。」

勇騎は皮肉の一つも言わずにいられなかったが、エドガーに軽くあしらわれてしまった。遠くを見やると給仕のため控えているミーナがかすかにうなずいていた。どうやらミーナもエドガーに礼儀作法を「叩き込まれた」らしい。マリーを見ると、あろうことか猪突猛進の権化まで勇騎から目をそらした。短期間で準備をしなければいけないのでやむを得ないと勇騎は飲み込むことにした。

***

いよいよ出立の朝を迎えた。ヴェラン邸には王宮から2台の馬車が派遣され、勇騎たちはそれに乗り込んだ。1台はハヤテと勇騎用だ。ヴェラン家からはマリーとミーナが王都に行く。家令のエドガーは領内の執務で子爵領を離れるわけにはいかないようだ。

「当主様、道中お気をつけて行ってらっしゃいませ。」

「では、エドガー。留守を任せます。」

「ミーナ、くれぐれも粗相の無いよう頼みますよ。当主様をあなたがお支えするのです。」

「はい、エドガー様。この命に代えましても当主様のお役に立って見せます。」

つつがなく伝えるべきを伝えたエドガーが勇騎の馬車にやってきた。

「じゃあ俺たちも行ってくるよ、エドガーさん。」

「はい。当主様を何卒よろしくお願い申し上げます。つきましてはソーマ様、私からこちらをお渡ししておきます。どうぞお役立てください。」

勇騎はエドガーから差し出された包みを受けとると中身を確認した。

「エドガーさん、これは一体?」

勇騎の驚愕をよそに、初老の紳士はわかっているなと言わんばかりに笑みを浮かべた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

転生したら、伯爵家の嫡子で勝ち組!だけど脳内に神様ぽいのが囁いて、色々依頼する。これって異世界ブラック企業?それとも社畜?誰か助けて

ゆうた
ファンタジー
森の国編 ヴェルトゥール王国戦記  大学2年生の誠一は、大学生活をまったりと過ごしていた。 それが何の因果か、異世界に突然、転生してしまった。  生まれも育ちも恵まれた環境の伯爵家の嫡男に転生したから、 まったりのんびりライフを楽しもうとしていた。  しかし、なぜか脳に直接、神様ぽいのから、四六時中、依頼がくる。 無視すると、身体中がキリキリと痛むし、うるさいしで、依頼をこなす。 これって異世界ブラック企業?神様の社畜的な感じ?  依頼をこなしてると、いつの間か英雄扱いで、 いろんな所から依頼がひっきりなし舞い込む。 誰かこの悪循環、何とかして! まったりどころか、ヘロヘロな毎日!誰か助けて

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

処理中です...