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第一章:始まりの街と二人の師
第二話:異世界での第一歩
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「名前はなんて言うの?」
ソファの心地よさに身を預けていると、ミーアさんと名乗った女性に優しく問いかけられた。 本名を名乗るべきか一瞬迷ったが、偽ったところで何になるだろう。
「上條 蒼空、です」
「ソラね。綺麗な名前。どこから来たの?」
どこから、と聞かれても答えようがない。 日本のこと、東京のこと、私が通っていた学校のことを話したところで、きっと彼女を混乱させるだけだ。
「……すごく、遠い田舎からです。移民としてこの国に来たのですが、はぐれてしまって」
我ながら苦しい言い訳だと思ったが、ミーアさんは深く追及することなく、「そう、大変だったわね」とだけ言って頷いた。 移民が多い国らしく、見た目や出身が異なることには寛容な文化なのかもしれない。
「行く当てがないのなら、うちで働いてみない? しばらく泊まるところも食事も用意するわ」
「本当ですか!?」
思いがけない提案に、思わず身を乗り出す。 この世界で一文無しの私にとって、これ以上ないほどありがたい申し出だった。
「はい! ぜひ、お願いします!」
深々と頭を下げると、ミーアさんは「じゃあ決まりね」と嬉しそうに微笑んだ。
こうして、私の異世界での生活は、料亭『清楽亭』の住み込み店員として幕を開けた。
最初の仕事は、雑用全般だった。 掃除、洗濯、そして調理場の補助。そこそこ裕福な家庭で育ち、寮生活を送っていた私にとって、本格的な家事は初めての経験だった。 けれど、ここで役立たずだと思われたら追い出されてしまう。必死でミーアさんの動きを見て、手順を頭に叩き込んだ。
幸い、一度教わったことはすぐに覚えられたし、どうすれば効率よく動けるかを考えるのは得意だった。 数日も経つ頃には、ミーアさんから「ソラは物覚えが早くて助かるわ」と褒めてもらえるようになった。
しかし、大きな壁が一つあった。
「ソラ、そろそろ注文を取ってみる?」
ミーアさんからの信頼を感じるその言葉に、私は元気よく頷いた。 お客さんの言葉も、献立表の文字も、不思議と頭に入ってくる。これならできる。
けれど、いざお客さんを前にして伝票とペンを握った瞬間、私の指は固まった。 頭の中では、献立表で見た文字がはっきりと浮かんでいる。意味も形も理解できる。 それなのに、いざ書こうとすると、指がその形を再現できないのだ。 見慣れた平仮名や漢字とは全く違う、曲線と直線で構成された文字。それはまるで、一度も描いたことのない複雑な絵を描けと言われているようなものだった。
結局、お客さんを待たせるわけにもいかず、私は恥を忍んでミーアさんに助けを求めた。
その日の夜、仕事が終わり部屋に戻ると、どっと疲れが押し寄せてきた。 窓の外には、見たこともない二つの月が浮かんでいる。その非現実的な光景に、ようやく悟った。
(本当に、帰れないんだ……)
この世界に来てからずっと、どこかで夢だと思おうとしていた。 でも、これは紛れもない現実だ。家族や友人のいる、あの世界はもう遠い。
悔しさで目の奥が熱くなる。 けれど、泣いている暇はない。
(まずは、文字を覚えないと)
この世界で生き抜くために。そして、いつか故郷に帰る方法を見つけるために。 私は、ミーアさんに借りた紙とペンを手に取り、昼間見た伝票の文字を思い出しながら、必死に書き写し始めた。
それが、この世界で私が踏み出した、確かな第一歩だった。
ソファの心地よさに身を預けていると、ミーアさんと名乗った女性に優しく問いかけられた。 本名を名乗るべきか一瞬迷ったが、偽ったところで何になるだろう。
「上條 蒼空、です」
「ソラね。綺麗な名前。どこから来たの?」
どこから、と聞かれても答えようがない。 日本のこと、東京のこと、私が通っていた学校のことを話したところで、きっと彼女を混乱させるだけだ。
「……すごく、遠い田舎からです。移民としてこの国に来たのですが、はぐれてしまって」
我ながら苦しい言い訳だと思ったが、ミーアさんは深く追及することなく、「そう、大変だったわね」とだけ言って頷いた。 移民が多い国らしく、見た目や出身が異なることには寛容な文化なのかもしれない。
「行く当てがないのなら、うちで働いてみない? しばらく泊まるところも食事も用意するわ」
「本当ですか!?」
思いがけない提案に、思わず身を乗り出す。 この世界で一文無しの私にとって、これ以上ないほどありがたい申し出だった。
「はい! ぜひ、お願いします!」
深々と頭を下げると、ミーアさんは「じゃあ決まりね」と嬉しそうに微笑んだ。
こうして、私の異世界での生活は、料亭『清楽亭』の住み込み店員として幕を開けた。
最初の仕事は、雑用全般だった。 掃除、洗濯、そして調理場の補助。そこそこ裕福な家庭で育ち、寮生活を送っていた私にとって、本格的な家事は初めての経験だった。 けれど、ここで役立たずだと思われたら追い出されてしまう。必死でミーアさんの動きを見て、手順を頭に叩き込んだ。
幸い、一度教わったことはすぐに覚えられたし、どうすれば効率よく動けるかを考えるのは得意だった。 数日も経つ頃には、ミーアさんから「ソラは物覚えが早くて助かるわ」と褒めてもらえるようになった。
しかし、大きな壁が一つあった。
「ソラ、そろそろ注文を取ってみる?」
ミーアさんからの信頼を感じるその言葉に、私は元気よく頷いた。 お客さんの言葉も、献立表の文字も、不思議と頭に入ってくる。これならできる。
けれど、いざお客さんを前にして伝票とペンを握った瞬間、私の指は固まった。 頭の中では、献立表で見た文字がはっきりと浮かんでいる。意味も形も理解できる。 それなのに、いざ書こうとすると、指がその形を再現できないのだ。 見慣れた平仮名や漢字とは全く違う、曲線と直線で構成された文字。それはまるで、一度も描いたことのない複雑な絵を描けと言われているようなものだった。
結局、お客さんを待たせるわけにもいかず、私は恥を忍んでミーアさんに助けを求めた。
その日の夜、仕事が終わり部屋に戻ると、どっと疲れが押し寄せてきた。 窓の外には、見たこともない二つの月が浮かんでいる。その非現実的な光景に、ようやく悟った。
(本当に、帰れないんだ……)
この世界に来てからずっと、どこかで夢だと思おうとしていた。 でも、これは紛れもない現実だ。家族や友人のいる、あの世界はもう遠い。
悔しさで目の奥が熱くなる。 けれど、泣いている暇はない。
(まずは、文字を覚えないと)
この世界で生き抜くために。そして、いつか故郷に帰る方法を見つけるために。 私は、ミーアさんに借りた紙とペンを手に取り、昼間見た伝票の文字を思い出しながら、必死に書き写し始めた。
それが、この世界で私が踏み出した、確かな第一歩だった。
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