時を超えて愛を誓う

沙夜

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第一章:始まりの街と二人の師

第九話:変化(へんげ)への挑戦

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ロンド先生に「オオカミ族」だと嘘をついてしまった夜から、私の心は罪悪感に苛まれていた。 あの優しい瞳を欺きたくはない。

しかし、それ以上に私を駆り立てていたのは、純粋な恐怖だった。 私の調査はまず、この世界における「人間」という存在を調べることから始まった。地理や種族に関する書物を読み解くと、衝撃的な事実が浮かび上がる。 人間は、遥か遠くの大陸にごく少数ながら存在しているらしい。しかし、その記述は生物図鑑の珍獣のページのようだった。魔法が常識であるこの世界において、魔法を使わない人間は、ただひたすらに「物珍しい研究対象」として扱われていたのだ。

その時、背筋が凍るような記憶が蘇った。 いつだったか、ロンド先生が興奮気味に語っていたこと。 「もし魔法を持たない人間という種族が実在するのなら、ぜひ一度詳しく調べてみたいものです。彼らの身体構造、魔力回路の有無…考えるだけで心が躍る!」 あの時の先生の瞳は、未知の標本を前にした研究者の、純粋で、それゆえに残酷な好奇心に満ちていた。

もし、私の正体がバレたら? 私は「ソラ」ではなく、「人間」という貴重なサンプルになってしまうかもしれない。 目立ちたくない。ただ、静かに、この世界に溶りこんで生きていきたい。

その瞬間、私の覚悟は決まった。 オオカミ族になるという咄嗟の嘘は、もはや単なる嘘ではない。この世界で私が生き抜くための、唯一の道標だった。

だが、どうやって? 翌日から図書館で『変化』『変身』といった言葉を手当たり次第に調べたが、関連する文献は一冊も見つからなかった。司書に尋ねても、「そのような魔法は、もし存在するとしても王家の秘術の類でしょう」と首を振られるだけ。道は完全に絶たれたように思えた。

途方に暮れて机に突っ伏した時、ふと、ロンド先生の言葉が頭をよぎった。 「魔法とは、生命力の奔流そのものです。それを意識し、望む形へと編み上げる。その根源にあるのは、術者の強固なイメージ…想像力なのです」

イメージ…想像力…。

(待って。もしかしたら…)

呪文や魔法陣がないなら、自分で創り出せばいいのではないか? 先生は言っていた。魔法はイメージが肝心だと。そして、私のいた世界で学んだこと――正確なイメージを描くためには、その対象への深い知識が必要不可欠だということ。 家を描くには柱や壁の構造を知る必要がある。それと同じで、狼の耳を創り出すには、狼の耳の構造を完璧に理解しなければならない。

(これなら、できるかもしれない…!)

それは、既存の魔法を学ぶのではなく、ゼロから魔法を創造するという、あまりにも無謀な挑戦だった。

その日から、私の訓練は一変した。 図書館では狼の生態に関する解剖学書を読み込み、骨格から筋肉の動き、神経の配線まで、そのすべてを頭に叩き込んだ。 そして自室では、ロンド先生に教わった基礎の基礎――体内の魔力の流れを感じ、それを制御することに全神経を集中させた。 ろうそくの炎をただ大きくするのではなく、ダンスをするかのように優雅に踊らせる。コップの水を浮かせるのではなく、水面を一切揺らさずに静止させ続ける。地味で、根気のいる作業をひたすらに繰り返した。


一月ほど経った夜、集中しすぎて魔力枯渇の初期症状で倒れかけ、私は初めて魔法の本当の恐ろしさを知った。けれど同時に、自分の限界点が少しだけ見えた気がした。


そして、季節が再び夏へと巡り始めた頃――私は、ついにその一歩を踏み出す覚悟を決めた。

鏡の前で、深く息を吸う。 脳内に完璧な狼の耳の設計図をイメージし、制御しきれるギリギリの量の魔力を、慎重に頭部へと流し込む。

現れたのは、まだ歪な形をした肉の塊。 けれど、以前のような絶望感はなかった。これは失敗ではない。成功へ至るための、確かな一歩だ。

鏡に映る人間としての自分に別れを告げるように、私は静かに目を閉じた。 私の本当の挑戦――この世界で『オオカミ族』として生きていくための闘いが、静かに始まった。
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