時を超えて愛を誓う

沙夜

文字の大きさ
16 / 26
第二章:路地裏の邂逅

第五話:始まりの痛み

しおりを挟む
その日を境に、私の生活は新たな、そして苛烈なリズムを刻み始めた。

二日に一度、夜明け前の冷たい空気の中、アルフレッド先生の容赦ない号令で訓練場の土を蹴る。 終われば身体は悲鳴を上げ、一歩歩くごとに全身が軋んだ。暴力とは無縁の世界で生きてきた私にとって、それは自分の身体が壊れていくような、原始的な恐怖と痛みだった。

アルフレッド先生との訓練や、ロンド先生との授業がない日は、自主練を続けながら身体の回復を図り、残りの時間を清楽亭の仕事に充てた。清楽亭での仕事は、稽古の緊張感からは解放されるものの、疲弊した身体には堪えた。

時折、忙しく立ち働く私を、ミーアさんがカウンターの奥からじっと見つめていることがあった。身体のあちこちに絶えない痣や擦り傷。隠しきれない疲労の色。その心配そうな、どこか痛ましげな眼差しに気づくたび、私は申し訳なさで胸が痛んだ。私の気持ちを知っているからか、ミーアさんは何も言わなかったが、その無言の優しさが、かえって私の決意を固くさせた。

師がいない間も、私の訓練は続いた。アルフレッド先生に課せられた基礎体力のメニューを、誰に見られるでもなく、一人黙々とこなす。雨の日も、風の日も、ただひたすらに。

痛みは、常に私の傍らにあった。だからこそ、私はロンド先生に治癒魔法の教えを乞うた。先生が不在の夜は、自室でその理論を独学で読み解き、自分の痣や擦り傷を実験台にした。

最初は、ただ温かい魔力が傷口を撫でるだけで、何も変わらなかった。けれど、諦めずに何度も繰り返すうちに、ある夜、指先の小さな切り傷から血が止まり、皮膚がゆっくりと再生していくのを、私は目の当たりにした。

「……できた」

それは奇跡でもなんでもない、地道な反復が生んだ、ささやかな成果。酷使した身体を、自らの力で癒す。その行為は、私が確かに前に進んでいることを実感させてくれた。





季節が巡り、春の柔らかな日差しが夏の猛烈な暑さに変わる頃。 その日も私は、日の出と共に課せられた訓練場の周回を終え、地面に手をついて荒い息を繰り返していた。 アルフレッド先生は、遠征から戻ったばかりだというのに、いつもと変わらず私の前に仁王立ちしている。

沈黙が重くのしかかる。 何か、気に障ることでもしただろうか。不安が胸をよぎった、その時。

アルフレッド先生は何も言わず、傍らに立てかけてあった一本の木剣を、無造作に私へと放り投げた。

「っ…!」

咄嗟にそれを受け止める。 ずしりと重い木剣の感触が、数ヶ月前とは比べ物にならないほど鍛えられた腕に、確かに馴染んだ。

「ただ走り込むだけの体力馬鹿を育てるつもりはない」

アルフレッド先生は、初めて私に指導者としての言葉をかけた。

「俺がいない間も、一日も休まなかったようだな。…今日からは、剣の振り方を教えてやる」

その言葉に、私は目を見開いた。 地獄のような基礎訓練は、終わりを告げたのだ。

私は、手の中にある木剣を強く握りしめた。 それは、ただの木剣ではなかった。私の流した汗と、食いしばった歯と、決して折れなかった心の重みが、そこに宿っている気がした。

「はいっ!」

その日、私の返事は、訓練場に響くどの声よりも、力強かったに違いない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

なんか、異世界行ったら愛重めの溺愛してくる奴らに囲われた

いに。
恋愛
"佐久良 麗" これが私の名前。 名前の"麗"(れい)は綺麗に真っ直ぐ育ちますようになんて思いでつけられた、、、らしい。 両親は他界 好きなものも特にない 将来の夢なんてない 好きな人なんてもっといない 本当になにも持っていない。 0(れい)な人間。 これを見越してつけたの?なんてそんなことは言わないがそれ程になにもない人生。 そんな人生だったはずだ。 「ここ、、どこ?」 瞬きをしただけ、ただそれだけで世界が変わってしまった。 _______________.... 「レイ、何をしている早くいくぞ」 「れーいちゃん!僕が抱っこしてあげよっか?」 「いや、れいちゃんは俺と手を繋ぐんだもんねー?」 「、、茶番か。あ、おいそこの段差気をつけろ」 えっと……? なんか気づいたら周り囲まれてるんですけどなにが起こったんだろう? ※ただ主人公が愛でられる物語です ※シリアスたまにあり ※周りめちゃ愛重い溺愛ルート確です ※ど素人作品です、温かい目で見てください どうぞよろしくお願いします。

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

【本編完結】異世界再建に召喚されたはずなのになぜか溺愛ルートに入りそうです⁉︎【コミカライズ化決定】

sutera
恋愛
仕事に疲れたボロボロアラサーOLの悠里。 遠くへ行きたい…ふと、現実逃避を口にしてみたら 自分の世界を建て直す人間を探していたという女神に スカウトされて異世界召喚に応じる。 その結果、なぜか10歳の少女姿にされた上に 第二王子や護衛騎士、魔導士団長など周囲の人達に かまい倒されながら癒し子任務をする話。 時々ほんのり色っぽい要素が入るのを目指してます。 初投稿、ゆるふわファンタジー設定で気のむくまま更新。 2023年8月、本編完結しました!以降はゆるゆると番外編を更新していきますのでよろしくお願いします。

オマケなのに溺愛されてます

浅葱
恋愛
聖女召喚に巻き込まれ、異世界トリップしてしまった平凡OLが 異世界にて一目惚れされたり、溺愛されるお話

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 【ご報告】 最終回まで予約投稿済みです。 毎日8時・20時に更新予定です。

私、お母様の言うとおりにお見合いをしただけですわ。

いさき遊雨
恋愛
お母様にお見合いの定石?を教わり、初めてのお見合いに臨んだ私にその方は言いました。 「僕には想い合う相手いる!」 初めてのお見合いのお相手には、真実に愛する人がいるそうです。 小説家になろうさまにも登録しています。

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

女性が少ない世界に転生した控えめ伯爵令嬢、なぜか五人の婚約候補に選ばれて少しずつ恋を知っていきます

ノッポ
恋愛
女性が極端に少ない異世界に転生した私は、気づけば伯爵令嬢になっていた。 前世は日本で普通に生きていたせいか、貴族令嬢らしい強気な振る舞いがどうしても苦手。 社交界デビューを迎えても、「どうして私が選ばれるの?」と戸惑うばかりだった。 けれど今年デビューする高位令嬢はわずか三人。 家同士の思惑も重なり、騎士団長家の息子、宰相子息、魔術師団長の息子、幼なじみの侯爵子息、そして英雄騎士―― 五人の若きエリートとのお見合いが次々と始まってしまう。 遠慮がちで控えめな性格は、この世界では珍しく、気づけば少しずつ距離を縮めていく彼ら。 異世界での恋愛に戸惑う日々。けれど出会いを重ねるたびに、私は少しずつ変わっていく――。 女性希少世界で、自分の幸せを選べるようになるまでの逆ハーレム恋愛ファンタジー。

処理中です...