上 下
35 / 44

035,激戦

しおりを挟む


 大きな岩から飛び出してきた大型犬サイズの剛毛を纏った猫――アーマーリンクスとの戦闘が始まる。
 一直線にオレたちに向かってくる最初の数頭以外は、ほぼすべてがオレたちを囲む形に移動をし始める。
 その動きはさすがは猫だ。かなり早い。

 だが、うちの子たちも負けてはいない。
 というか、完全にうちの子たちのほうが強い!

 囲むように動いていたアーマーリンクスたちを次々と魔法の石弾や風弾が打ちのめして転がしていく。
 そこへ三頭の狼とリウルが止めを差す。
 正面から向かってくる数頭はすでにルトが打ち倒して処理し終わっているし、後続も石の剣山と風大砲が蹴散らしている。
 たかだか、十や二十程度のアーマーリンクスではルトたちを囲むことすらできない。

 だが、大きな岩の後ろからはまだまだアーマーリンクスが出てくる。
 一体何頭いるのだろうか。

「リウル! ちょっと多すぎない!?」
「おかしいです! これほどの数! フレイムリンクスは従えるアーマーリンクスの数によってその強さが決まっています! これはまずいかもしれません!」

 岩場に転がるアーマーリンクスの死骸が四十を超えたが、後続が途切れる様子がない。
 リウルが集めた情報では、アーマーリンクスの数は多くても三十程度だと言われていた。
 だが、そんな数はもうとっくに殺している。

 フレイムリンクスは三十程度のアーマーリンクスを従えている場合が普通で、それ以上になると討伐推奨証級があがる。
 それはアーマーリンクスの数の強さだけではなく、それを統率するフレイムリンクス自体の強さも通常ではないことを意味している。
 つまり、これは――

「まずいって……。あっ!」
「くっ!」

 ディエゴの石弾で大打撃を受けて転倒したアーマーリンクスの一頭に、止めを差しに行ったリウルに向かって、真っ赤に燃え上がるバスケットボールサイズの火球が迫る。
 一体どこから!? と思ったときにはリウルの数メートル前に石壁が出現し、火球は大爆発を起こして防がれた。
 あんな威力の魔法を受けたらリウルなら一発で消し炭になってしまう。

「リウル! 戻れ!」
「は、はい!」

 アーマーリンクスに止めを差す役目をしていたリウルは割と前の方に出てしまっている。
 先程の一撃はディエゴが防いでくれたから助かったが、次も同じように防げるとは限らない。
 ルトならあれくらいの火球は簡単に避けられるから問題ないが、リウルや狼では難しいだろう。
 ちなみに、狼三頭は引き続き止めを差す役目だ。
 むしろ囮となって攻撃を引き付けてくれるのを狙っているくらいだ。
 あの狼三頭は、草原で使役した狼よりもずっと弱いし、自由意思もないので完全に捨て駒なのだ。
 草原の狼も割と捨て駒扱いしてたけど。

 とにかく、自由意思持ちでも弱いリウルをこれ以上前線に出しておくのは無理だ。

「ソラ様! あそこです!」
「ディエゴ! ブラックオウル!」

 まだまだアーマーリンクスのお代わりは尽きないようで、ディエゴとブラックオウルが忙しく魔法を放ち続けている。
 だが、オレと一緒に森間際で木を盾にしているリーンがフレイムリンクスの居場所を特定できた。
 彼女の手には馬車での暇つぶしに使っていた双眼鏡が握られている。
 ナイスだ、リーン!

 リーンが発見したフレイムリンクスがいたのは、崖の中腹あたりに突き出た岩棚だ。
 地上まで数メートルはある。
 あんなところから狙いすましたようにリウルを攻撃したのか。
 なんてやつだ。

 それに、あの高さならアーマーリンクスたちの動きもよくみえる。
 統率するのにはなかなかいい位置だといえるだろう。

 ――遠距離攻撃ができる魔法使いがいなければ、な!

 オレの言葉に反応して、アーマーリンクスの処理をもう一体の切り株お化けに任せたディエゴとブラックオウルが岩棚に向かって一斉に攻撃を始める。
 だが、それをみたフレイムリンクスはすぐに岩棚から軽快に飛び降り、崖をあっという間に降りてしまった。
 しかし、統率のとれていたアーマーリンクスの動きが若干だが悪くなったので、切り株お化け一体だけでも足止めすることができている。
 あの位置にいたことから、統率するにも全体をみていないとだめなのかと思っていたが、どうやら正解のようだ。
 ただ、それでも悪くなった動きはほんの少しだ。
 絶対に全体をみなければいけないというわけでもなさそうだ。
 面倒な!

      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 飛び降りたフレイムリンクスがオレたちへ攻撃を仕掛けてくるまでは、アーマーリンクスたちが怒涛の勢いで押し寄せ、次々とその屍を晒していく。
 もうすでに七十くらいの数は倒している。
 一体どれだけいるんだこいつらは。

 そして、フレイムリンクスが大きな岩を飛び越えて参戦すると、戦況は一気に加速し始めた。
 大型犬サイズだったアーマーリンクスを三回り以上大きくした巨体と、燃えるような真っ赤な瞳。
 そして、口の端からはチロチロと炎が漏れている。
 その迫力は夕暮れの花園の十階層のボス、巨木なんて目じゃない。
 明らかに強敵だ。

 だが、その相手をするのはうちの最大戦力、ルトだ。
 まだまだ湧いて出てくるアーマーリンクスの群れを魔法部隊が引き受け、ルトが一対一でフレイムリンクスを抑える。

 すでに魔式トンファー雷のカートリッジを一発消費してしまっているほどの激戦が繰り広げられているが、初撃に合わせて浴びせたその一撃のおかげで、大ダメージを与えることに成功している。
 ルトの初っ端からの全力全開には驚いたが、そのおかげで有利にことが進んでいる。
 さすがはルトだ。使い所をわかっている。

 ルトがフレイムリンクスを抑えてくれているおかげで、アーマーリンクスに囲まれる前に処理が完了した。
 そう、ついにアーマーリンクスが打ち止めになったようだ。
 残っているのはフレイムリンクスただ一頭。

 だが、ディエゴたちの魔力の残りもかなりやばい。
 残量を知らせる合図では残り四分の一という結果だ。
 総数百近い数を倒したのだから当然だと思うべきか、よくまだそんなに残っていると褒めるべきか。

 とにかく、あとはアイツを殺れば終わりだ。

「みんなあと一息だよ!」

 リーンと一緒に木の影から見守ることしかできていないオレだけど、応援くらいはできる。
 目で追うのがやっとなくらいの高速戦闘を繰り広げているルトたちに声をかけ、拳を握りしめる。
 頑張れ、ルト!

 だが、オレの考えはまだまだ甘かったようだ。
 もう少し、あと少しと思ったところでそれはやってきた。

 地上二十メートル以上はある崖の上、そこから飛び降りて何ものかが、弾丸のように、いや巨大な砲弾のようにルトとフレイムリンクスが交戦している場所に降ってきたのだ。

 凄まじい衝撃と音。
 砕けた岩や石が周囲に散弾のように降り注ぐ。
 オレはとっさポチに引っ張られて木の陰に隠れることができたので、無傷だったが、リウルとリーンは?
 着弾した場所にはルトがいたはずだ。
 彼女は無事なのか!?
 ディエゴとブラックオウルは?

 突然の惨事に思考がまとまらない。
 だが、もうもうと立ち上る土煙の奥から獣の唸り声と雷が弾ける音が響いてくる。

「ルト! 無事か! よかった……。あ、リーン! リウル! ディエゴ! みんな無事!?」

 ルトが交戦しているだろう音を聞き、彼女が無事だったことがわかった瞬間には混乱していた思考が一気にクリアになる。
 おかげですぐにほかのみんなの安否を確認するために声を出すことができた。

「あ、あたしは無事です、ソラ様!」
「ぐぅ……。な、なんとか無事です!」
「ちょ!? リウル、腕!」

 しかし、リーンは無事だったが、リウルはそうではなかった。
 言葉では無事といっているが、とてもそうとは思えないほどの怪我を負っている。
 何せ、盾をつけていた左腕の肘から下がないのだ。
 いくらアンデッドとはいえ、腕をもがれたらそれは重症だ。
 痛みはないとはいえ、人間だった頃の記憶があるので、傷をみて痛いと錯覚して幻痛を覚えているのか、リウルの顔は苦痛に塗れている。

「だ、大丈夫です、主様! これくらいなら栄養を取って安静にすれば数日で直ります!」
「あ、そ、そうか。そうだった。忘れてた。でも、あっ! この!」
「うわぁっ!?」

 オレの大声に引き寄せられたのか、バスケットボールほどの火球がこちらに無差別に三発も向かってきているのを見てしまった。
 さすがに、あれを食らうのはまずい。

 ならば――

しおりを挟む

処理中です...