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竹田詩乃、斎藤福寿にはじめてついた嘘を話すことになる。

3 詩乃がはじめてついた嘘と約束

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「ところで、クッキーって生地からどうすると思う?」
「えっと、型を抜いてから焼く……のでは?」
「何で焼くと思う?」
「コントロールベーカリーにクッキーモードってありましたっけ?それともこの場合は自動モードでいけるのかな?」
斎藤は悩んでいる。でも、私は本格的なお菓子作りをしていたその友達が羨ましくてコントロールベーカリーは使いたくなかった。でも、両親も祖父母もコントロールベーカリーで育ってきた世代なのでクッキーの作り方なんて知らない。それが今の日本人の普通だったから。
「それがおばあちゃんはフライパンで焼いたの」
「どうして?コントロールベーカリー使えば良いのに」
「それは私が嫌だったから。ほら、その友達がせっかく生地くれたんだし、本格的に作ろうと思ったわけ」
「でも、フライパンだとお好み焼きみたいになりません?」
「斎藤にしては察しが良いじゃない」
そうだ、私がわくわくと型抜きをしたクッキーの生地はフライパンで焼かれ、膨らんでパンケーキのようになった。私は想像と違うことで泣いた。でも、オーブンでクッキーを焼くなんていうのは、専門的な知識を持った人間しか知るものではない。なので祖母だって、どうやって焼けば良いか分からなかったのだろう。

「それで私はまた嘘をついたの」
私は本当はパンケーキみたいになったクッキーの残骸の写真を共有グループに載せることはしなかった。今思うとつめが甘いと感じるが、私は適当にネットで拾った画像を共有グループに送ったのだ。
「どういう嘘をついたんです?」
「ん?失敗したクッキーなんて送れないじゃない。だから、ネットの拾い画を共有グループに送ったのよ。バレなかったけど……」
「辛かったんですね」
「それからは矢継ぎ早に嘘がつけるから驚いちゃった」
それから先についた嘘はもう覚えていない。このクッキーを誰と食べたかとか、クッキーの味はどうだったかとか、いろいろなことを嘘ついている自分が居た。
それから私は嘘をついて自分を偽ることに慣れていった。慣れるとそれはとても簡単なことだったから。私は嘘を付き続けた。両親の仕事だって、本当のことを言ったら彼氏が離れていくと思って、私は言えなかった。私はずるい。それに実際に両親の仕事について話したら別れることになった。私はこれからも嘘をついて生きていくんだとそう考えていた。

「じゃあ、僕の前では嘘をついちゃ駄目です」
「あんたに見せるような見栄はないわよ」
「そうだとしても、僕みたいな駄目人間の前で嘘をつくようになったら終わりです」
斎藤は私の方を心配そうに見つめてくる。今まで出会った人の中で、この男はかなり良い人間の部類だと思う。育ちは良くないかもしれない。でも、至って普通のまともな考えをする人だった。
「分かってるわよ。あんたには嘘つかないわよ」
「あ、家はここなんで」
私はこんな初めてついた嘘という微妙な話を、こいつの家の前でしていたのだ。
「家に着いてたならもっと早く言いなさいよ。タイミングが悪いから、ガチャの引きも良くないんだよ」
「言える雰囲気じゃなかったから、すみません」
「まぁ、良いけど行くよ」
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