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竹田詩乃、斎藤福寿と初めてのバイトの前に。

3 はじめての映画館

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「ちょっと早いけど席行く?」
「パンフ買うなら買った方が良いですよ」
パンフを買ったら見てしまうではないか。何を言っているのだろう。
「在庫はたくさんあるじゃない」
「この映画の時間が終わる時間までに売店が閉まるんですよ」
今の時代は映画は家でもサブスクに入って観ることができる。映画館に来る目的と行ったらグッズだけだ。映画館で食べれるフードだって、家のコントロールベーカリーで同じようなものはできる。同じものはできない。だってコントロールベーカリーは寒天だし、こっちは本来の素材を使っている。
映画館はグッズを売るところのようになっていて、昔と比べて映画は広まったが映画館に来るような人は少ない。そう、映画館でグッズを求めることはオタクのすることだった。来場者特典というものは昔からある商売の仕方で、私もそれで足を運ぶことがある。でも、全体数で映画館は少なくなり、夜間に来る人も居ないみたいなもんだから売店は早く終る。この映画はそこまで興味ないけれど。【パンフレットをコンプリートする】と出てる。え、この映画もパンフレットに種類があるのか。
「なるほどね、パンフだけ買うよ」
「じゃあ、僕は飲み物とか買いますから」
私は売店に行く。そして限定パンフレットと特別パンフレットがあって、どっちにしようか迷ったけれど、両方買うことにした。内容は同じと注意書きがあるのに、揃えてしまいたくなるのが不思議だ。そして、あいつの気になっていたストラップを内緒で二つ買った。これはエコバッグではなくかばんの中に片付けた。売店の人の状態が【オタクへのグッズ販売に疲れてきた】だったため、ねぎらいの言葉をかけたいと思ったぐらいだ。

「怪獣が付いたドリンクホルダーとキャラメルポップコーンです!」
「へぇ、まだそんな特典まで残ってたの?」
「僕も残っていることには驚きましたよ」
その怪獣のドリンクホルダーが付いた大きいトレイを大事そうに抱えている。
「でも、上映中に食べたら嫌がられるでしょ」
「レイトショーはみんな自由な感じですよ。とは言っても、映画に集中したいので僕は食べませんけど」
紙のカップの上にビニルが敷いてあり、そこにポップコーンが入っていた。なるほどこうすれば持ち帰れるのか。私は食べきることができないから、ポップコーンセットなどに付いてくるグッズを買ったことがない。
「それってどう売店で言えばポップコーンを別の袋に入れてくれるの?」
「いえ、普通にビニル袋に入れてくださいって言えば無料ですよ」
「あらそう。そんな方法があるんだ」
ビニル袋は大昔から有料なのに、このビニル袋は無料とは日本の政府って意味不明なことを昔からしてきたのでは?と思った。
今も昔も国会議員は選挙で選ばれるけれど、立候補できる人はマザーに選ばれた人だ。マザーに国会議員になれるかもしれない未来を提示されないと、いくら政治に関わりたくても、その関わることができるスタートラインに立つことすらできない。だから、マザーを潰そうとか思っている人は国会議員にならない。
そのためマザーができて一00年以上になるけれど、日本はマザーに頼り、海外とは閉鎖した世界をしている。私は裏バイトでこの映画の後にマザーを四時間守るけれど、日本で私とあいつ以外はマザーに守られた安全な夜を過ごしている。それが当たり前の世界だ。マザーに頼りっきりの生活はどこかおかしいと思う。昔は将来の夢というものを文集に書いたりしたと、アニメやドラマなどの過去文献で知っている。今の私にそんな夢を持てと言われて持つことができるだろうか。そんな強い覚悟は私にはない。ただ、マザーのあるこの世の中で生ぬるく生きるしかない。

「そろそろ席行きましょうか」
「そうね、夜食べるのは美容に悪いから……」
私はポップコーンを諦める。映画館独特の匂いがするけれど、私はこの匂いが大好きだった。特別な感じがする。家でも最新の映画は見れるし、売店の食べ物も再現できるけど、この匂いは再現できない。
私の状態を【早く帰って欲しい人】と書いてある疲れ気味の係員に、チケットを渡した。このペンダントはここまで相手が見えてしまう。笑いをこらえることに必死だった。チケットの半券とゴーグルを受け取る。家でもこういう機械を使って映画を観るけれど、やっぱり映画館だとスケールが違からこれもお気に入りだ。私は言われたシアターに入るとほとんど客が居ない。
「これなら、席が取り放題じゃない?」
「そうですけど、人によって良い席って違うと思いません?」
「なるほど、私の好みがの席が分からないと思ったんだ」
こいつがこんな思いやりを持つ人だとは思わなかった。 今まで自分の座席しか予約しない私が気付くはずがない。いや、もしかしてそれは同じなのでは?
「僕は一番前が好きですからね」
「私はそれは絶対嫌ね。それなら一番後ろが良いわ」
「正反対なんですね」
「あんたと同じなわけない。当たり前よ」
そうか、私達は育ってきた環境も置かれた立場も全く違うんだと実感した。映画館に行くとオタクと思われるから、映画館も一人でしか来ていなかった。こいつも一人で来ていたんだろうけど、私とは背景が違う。こんなにも私と違う人だたのだなと実感していた。
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