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竹田詩乃、4回目のバイト。

2 福寿、やりかえすの?

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「代わりって言ったらおかしいですが、首を触っても良いですか?」
「なんで?別に構わないけど」
福寿が両手で優しく私の首を掴む。こいつは何がしたいんだろう?
「いわゆる、お前を殺して私も死ぬってやつですよねぇ」
「どれだけ大昔のドラマの話をしてるのよ」
「その時代の人間は、恋愛みたいな遊び事に本気で命をかけたんです」
「それだからキスの返答として私を殺したいってこと?」
何も答えずに福寿は首から手を離した。福寿が割と真面目な表情で昔の恋愛観みたいなものを話すものだから、実際に殺されるのでは?と思った。福寿の私に対する気持ちがどうとか分からないけれど。私は遊びにしか考えていない。だってこれはマザーが示すマッチングではないのだし。ただ、気持ちに嘘はつけなくてお互いこういった行動に出ている。
「いや、詩乃さんが僕の行動に驚いたように、僕だって詩乃さんの行動に驚いた部分があるんです」
「福寿を追い詰めたなら悪かったと思う。だからといって私は心中は考えないよ」
「それについては僕も同じですね。それに片方助かるとか地獄でしょう?」
私はいつもどおり強気に福寿に話しかける。大昔でも文豪が何度も入水自殺をして、女性の方が助かっている。あの人の最期はどうだっただろうか?想った人とこの世から消えることができたのなら、福寿の言う命をかけた恋だ。
「詩乃さんは本当のところ僕をどう思っていますか?」
「正直言って、福寿に対する気持ちの本当の部分は分からない」
「僕のことをどうも思っていないってこと」
「どうなんだろうなぁ」
私が福寿にキスをしたから、福寿はこんな対応なのだと思う。でも私は考え方がよく分からない。でも好きだからと言って心中するのは間違いだと思う。私も福寿には死んでほしいとは思えないし、殺さされたいとも思えない。

「片方助かると地獄って、一緒に死んだら天国っていう意味なの。怖い」
「心中が成功するって幸せな結末ですよ」
「死ぬ方が幸せって一般的に想像できない発想よ」
やっぱり福寿が友達ができなかったのは考え方が独特だからだろう。私は私を振った元彼には殺意が湧いたのは事実。でも、好きだった頃にはそんな気持ちは全く起きなかった。その時は幸せが続いてくれれば良かったと思っていた。
「殺人って今は起こらない事件だけど、かなり重い刑罰よ」
「心中って殺人なんですかね?分からないけど、今の日本は平和ですから」
「有名な入水による心中は、きっと殺人ではないわよね。自殺?」
「まぁ、自殺もマザーのおかげで減ってるから平和ですよ」
私は福寿が好きになっているのかもしれない。でも、日本のマザーによるマッチングはされていない。といことはマザーには選ばれなかった恋愛だ。なんとう古典的なものだろう。福寿は今までの彼氏とは違っている。私の知られたくないオタクの部分も知っている。
「カマキリだと生殖行為の後に、メスがオスを食べますよね?でもそれはカマキリの世界では犯罪にならない」
「それはカマキリの本能であって、人間は違うから」
「でも、人間世界だって殺すまではいかないにしろ、恋に狂うことはあるから、だからマザーも取り締まってるんだと思いますよ」
カマキリはたまごを産む栄養を得るためにオスを食べる。人間ほど知識のある生き物ではない。だから、オスを殺すことにもそこまで精神的には負担はないだろう。人間の世界で、カマキリのようなことが当たり前になったら怖い。私は子どもを産むために好きな男を殺せるだろうか。
「人間だって昔は生殖行為に対する本能があった。でも、今はマザーがすべて管理するからそういう本来の生き物の気持ちはなくなった」
「そうね、その無気力さゆえ性犯罪すら減ったもんね」
「詩乃さんはそういうことしたいタイプの古い人間なんですか?」
こいつにキスしたことがバレている。そして、私のことに対する感情が分からなくなったため、福寿は私の首を掴むことになった。そんな単純なことだ。私だって福寿のことが好きだと思った。だから生き物としての本能で愛そうとしただけの、昔の恋愛がきっとここにある。
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