60 / 62
実地訓練−治安維持活動:編入3日目
殲滅完了
しおりを挟む身体中に溶け込んでいく、穢れ。
歓喜した魔力がとめどなく溢れ、抑えきれないほどに昂ぶる力が冴え冴えと輝いている。
累は、小さく身震いしながらも、しかし酩酊するような満足感に、熱い息を吐き出した。
「……っふぅ……」
ノクスロスを餌にして、魔力が力を増していく。そしてそれが累の身体を維持するという循環機構。
捕食する度により強く、より孤高になる宿命は、呪いだ。
——やがて。
累の支配下に置かれた穢れは、完全に喰らい尽くされた。
カナリアが望んだ通りの展開で満たされた身体に、言い表せない罪悪感を感じながら、魔力をおさめる。
濃密すぎる輝きは、最後にふわりと主人の黒髪を靡かせ、消えていった。
静寂の澄んだ空気の中で、悠然と立つ累。
異質であることの証明かのように、禍々しく主張する紅い双眸を前髪で隠しながら、一息ついた。
もう、ノクスロスはいない。累が完全に殲滅し、捕食したのだ。
発生源だった場所には、穢れに侵食され、抜け殻になった衣類だけが残されていた。
その慈悲のない残骸を悼むように、一度目を閉じた累。
少しして、穏やかな深淵色に戻った瞳をゆっくりと開けると、振り切るように衣類から視線を外し、周囲を確認し始めた。
部屋の中には、制圧されて転がったままの離反者一味と、ノクスロスに倒されたニイナたち。そして、平伏してこちらを見上げる堂本……。
仕方のない事態だったとはいえ、彼には少しの秘密を共有してもらわなければならない。既に、いろいろと気付いているだろうから、多くを説明する必要は無いだろうが……。
「……さ。撤収しましょうか」
ひたすらに畏れ敬うような堂本の視線に苦笑して、軽い調子で切り出した。ちょうど、部屋の壁の向こう側……つまり、外を歩く数人分の魔力の影に気付いたのだ。
集会所の奥の道を歩いて来ているらしい。ということは、
「……そろそろ増援が来そうですね……。申し訳ないんですけど今回の件、全部紺碧師団内で解決した、ってことにしておいて頂けますか……?」
「え、はい、それは構いませんが——」
「ちょ……堂本さんが敬語……っ!? キャラじゃ無いですよっ?」
完全に誰だかわからないレベルの返事に、思わず声を上げてしまった。違和感がありすぎて、真面目な敬語の筈なのに何故か面白い。
そんな累の反応に、一瞬恥ずかしそうに顔を赤くした堂本は、普段のノリで言い返そうとしたようだったが、すんでのところで口を噤んだ。
「……っ……先程までの失礼、お詫び申し上げま——」
「いやいやいや、違うんです! 今まで通り普通に話して貰えますか? 引率の師団員と、魔法学校の生徒ってことで」
「それこそお許しください。自分は長く師団にいる身です。立場の違いを弁えない不遜は出来ません」
「……えー、絶対ダメなんですか?」
「申し訳ありません」
「でも潜入調査中なので、ニイナ達には内緒にしておきたいんですよねー。堂本さんに敬語を使われたら、絶対怪しまれるじゃないですかー」
困るんですよねー、と悩む仕草をしてみれば、堂本は顔を引きつらせた。
「せっかく、バレないで済んだと思ったのに……」
ダメ押しとばかりに残念そうな顔を見せれば、ピクピクと眉を震わせた堂本が、不本意そうに口を開いた。
「……その時は、ご指示に従って善処します……」
「慣れるためにも、今から練習しといた方が良く無いですか?」
「本当にそれだけはご勘弁ください……」
食い下がってくる累に、降参の白旗を上げた堂本。本気で困っている雰囲気がアリアリと伝わってくる。
これ以上お願いするのは可哀想だと感じ、小さく笑って妥協を示す。
すると、あからさまにホッとした顔の堂本が、話の軌道を戻した。
「あの、先程のお話の件なのですが……和久達への説明は、適当に誤魔化すとしましても、師団への報告はどうしましたら……」
「そのへんはこっちで何とかします。……なんだか、知ってる人が来そうだから」
「……はい?」
話の途中から、壁の向こうをボンヤリ見つめ始めた累に、首を傾げる堂本。しかし、累が動かす目線と同じタイミングで、勢いよく扉が開くと、驚いたように目を見開いた。
「えっ、桐野師団長!?」
「ご苦労だったな、堂本師団員。ここからは私が引き取ろう」
豊満な肉体を強調するように、ぴったりとした師団服を身に纏った女性が、大股で室内へ入って来た。
この人こそ、桐野ミズキ・紺碧師団長だった。
紺碧師団の全てを掌握する、一番聡明で一番強い人。
その人が颯爽と堂本の前を通り過ぎ、魔法学校の制服を着た累の前で膝をついた。
「ご無沙汰しております、累様。紺碧師団・師団長を拝命しております、桐野ミズキでございます」
「知ってるよ。どうして貴女がわざわざこんなところへ?」
切りっぱなしの髪をサラリと揺らして礼をする、キビキビとした桐野は、女性らしい肢体に反して、男以上に男らしい格好良さを備えている。
滅多な事態では出てこないはずのトップの登場に、慌てて頭を下げる堂本。
「増援部隊の指揮と……少し、お伝えしたい事が……」
そう言って自らの配下をチラリと確認した桐野。伝えたい内容を、堂本の耳にも入れていいのか、と問いたいのだろう。
「あ、良いよ。堂本さんは気付いちゃったし。どうせ、呼び出しでしょ?」
「はっ、左様でございましたか……。はい。そろそろお戻りください、との伝言でございます」
「あーははは……さすがに不在にしすぎたかな……」
「紺碧師団本部にて、転移魔法の準備を行っております。このままご案内出来ますが……」
桐野の用意周到さを考えると、早めに同行してあげた方が良いのだろう。わざわざこんな所まで、呼びに来てくれたのだから。
「学校には、家の事情で帰省した、とでも連絡をお願いしてもいい?」
「勿論でございます」
「じゃあ……——後片付けをしたら行こうか」
「……は……?」
当惑の言葉に重なるように、累が周囲に視線を投げた。
冷然とした眼差しが、床を這う離反者を捉え——、
「っぐぇ……っ」
瞬間的に発生した尋常じゃ無い魔力が、ひっそりと意識を取り戻していた男を昏倒させた。
指先1つ動かす事のない制圧は、桐野ら手練れであろうとも、見逃してしまいそうなほど驚異的な速度だった。
再び瞬時に魔力を消した累は、唖然とする師団の2人に、涼しい表情を向けた。あの一瞬の魔力の発動を検知していなければ、到底信じられないだろう、穏やかな空気だ。
「……も、申し訳ありません。気付くのが遅れ……」
後手に回ったことを恥じるように謝罪する桐野に、累はあっさりと首を振る。
「え、いいよ別に。……今、ちょうど有り余ってただけだから」
そう言って小さく笑む累の周りが、何も無いのに蜃気楼のように揺らめいた。隠しきれない魔力の昂りが、滲んでいるかのようだった。
自然に魔法学校の生徒として溶け込みながらも、その立ち居姿だけで、絶対の存在だと疑う余地もない。
「……堂本。紺碧師団長の名において、この場の事は特級機密事項だ。……くれぐれも、他言無用だぞ」
呆然と、ただ畏敬の念で累を仰ぎ見ながら指示を出す桐野に、堂本は神妙な顔つきで返事をしたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
追放された【才能鑑定】スキル持ちの俺、Sランクの原石たちをプロデュースして最強へ
黒崎隼人
ファンタジー
人事コンサルタントの相馬司が転生した異世界で得たのは、人の才能を見抜く【才能鑑定】スキル。しかし自身の戦闘能力はゼロ!
「魔力もない無能」と貴族主義の宮廷魔術師団から追放されてしまう。
だが、それは新たな伝説の始まりだった!
「俺は、ダイヤの原石を磨き上げるプロデューサーになる!」
前世の知識を武器に、司は酒場で燻る剣士、森に引きこもるエルフなど、才能を秘めた「ワケあり」な逸材たちを発掘。彼らの才能を的確に見抜き、最高の育成プランで最強パーティーへと育て上げる!
「あいつは本物だ!」「司さんについていけば間違いない!」
仲間からの絶対的な信頼を背に、司がプロデュースしたパーティーは瞬く間に成り上がっていく。
一方、司を追放した宮廷魔術師たちは才能の壁にぶつかり、没落の一途を辿っていた。そして王国を揺るがす戦乱の時、彼らは思い知ることになる。自分たちが切り捨てた男が、歴史に名を刻む本物の英雄だったということを!
無能と蔑まれた男が、知略と育成術で世界を変える! 爽快・育成ファンタジー、堂々開幕!
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる