奇快雑集

衣谷 孝三

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私がアイドルになった日

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ライトに照らされ燦然と輝く、ステージの上。
私は、自分が所属するアイドルグループの、ファンによる人気投票の結果発表を、天を仰ぎながら待っていた。
恐らく、オーディエンスには私が「今までの努力が報われますように」とかなんとか、とにかく真摯な気持ちで願っているように見えていたことだろう。いや、そういう風に見えていなければならない。
実際の私は、彼らの想像よりも些かドライだった。私は自分が未だ完全なアイドルになれていないことを自覚している故、今回の人気投票で一位を取れないことは分かりきっていた。
では、なぜ願うような格好をとったのか。理由は単純。それが、この場に立ったアイドルに求められる仕草だからだ。
アイドルとは元来、偶像を意味する言葉である。故に、真のアイドルとなりたければ人間性は捨て、求められる言動を第一にとらねばならない。それが私のポリシーであり、目指すアイドル像だ。
しかし、私は未だアイドルではない。何故か?ぼんやりとした自覚はあるのだが、その根本の原因は掴めないまま、この日を迎えてしまった。
そしてやはり、結果は私の予想通りとなった。数十万人の観客、テレビやネット配信で様子を伺う何百万もの視聴者。彼らの視線のスポットライトを最後に集めたのは、私ではない別のメンバーだった。
私はひとまず十位以内には入れたので、涙ながらにファンへの感謝と、嬉しいけれどいつか一位の座を勝ち取れるよう益々精進していくのでこれからも応援よろしくお願いします、といった旨の演説をし、最後のあたり多少言葉を詰まらせて引き下がった。負けたとて、このステージも疎かにしてはいけない。
それから何曲か歌とダンスを披露し、いくつかのテレビ局を回ってようやく一日全てのプログラムを終えると、もう日の出の方が近いような真夜中、私は帰路についた。
家の玄関に入ると、おかえり、と言う少ししわがれた優しい声が聞こえてくる。私の母だ。母の声と、キッチンから漂ってくるシチューの匂いに、私は思わず涙してしまった。
あらあらどうしたんだい、と、母は私を抱き締める。途端に私は人間に戻り、抑えていたものを全て涙と吐き出してしまった。
そんな私に、そうかい、それは頑張ったねえ、辛かったねえと慰めの言葉を掛けてくれる母。一人娘の私を、女手ひとつで一所懸命に育ててくれた母。
そんな母の前、二人だけの空間。そこは、今の私が人間でいられる唯一の場所だ。この人が居なかったら、私はずっと……。
あ。
そうか。

* * *

それから一年後。人気投票の最後に一番輝いたのは、私だった。
司会が意気揚々と私の名を告げる。ここで目から涙を流し、崩れ落ちる。
隣のメンバーに手をとってもらい、ステージ中央へ向かう。完璧。
そしてメンバーやファンへの感謝、これからも応援よろしく、とスピーチを続けて、最後にもうひとつ。
斜め上に視線を向け、目にいくらかの涙を浮かべ、声帯を徐々に震わせていく。
「お母さん、見てる?私、ここまで来たよ。だから安心して、お空でゆっくり休んでいてね。今まで、本当にありがとう。」
急病で倒れた母へ、必死に感謝を伝えるトップアイドル。これ以上ない絵面だ。
この日、私はようやくアイドルになった。
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