1 / 1
退屈な魔女と奇妙な魂
しおりを挟む
永劫の時を生きる魔女にとって、時の流れはもはや感覚ですらなかった。
「……あーあ、退屈」
大陸の最果て、雲海の上に浮かぶ黒曜石の塔。その最上階に住まう“時の魔女”は、紅茶を一口飲んでは吐息をつく。空を裂くような稲妻が塔の周囲を巡るが、彼女にとってはそれすらも日常のBGM。
ありとあらゆる魔法を極め、世界を操ることすら可能になった今、彼女には刺激というものが欠けていた。
「そうだ、怨念収集魔法でも完成させてみようかしら」
死んでもなおこの世に未練を残す魂。その“想い”だけを自動的に引き寄せ、解析し、代わりに復讐してあげる——そんな暇つぶしにちょうどいいシステムを思いついたのだ。
数時間後、魔法陣が静かに光り出した。
「早速来たみたいね」
現れたのは、涙に濡れた目をした若い女性の魂だった。
魔女は魂にそっと触れ、記憶の断片を読み取る。
浮かび上がるのは、上流貴族の娘として育った少女の、悲劇の記憶。
夫に浮気され、その相手は親友。
周囲の人間も裏切り、使用人ですらあからさまに彼女を嘲笑い、見下した。
最後には離婚を言い渡され、行き場もなく、自ら命を絶った。
「……まあ、よくある話と言えばそうね。でも、これはなかなか絵になるわ」
魔女はクスリと笑う。
「本来なら、魂そのものを対価にするけれど……最初だし、サービスしてあげるわ。今回は、復讐の対象から直接取ることにしましょう」
魂はかすかに震えながらも、頷くように魔女に応じた。
「ふふ、いい返事」
魔女は黒い羽根のような魔法文字で契約の円を描き、魂をその中心へ導く。
「少しだけ時間を巻き戻して、その体に憑依してあげる。あとは私が“あなた”として復讐するだけ」
契約が結ばれた瞬間、魔女の瞳が青白く光を放つ。
目を開けた瞬間、そこは白く美しい天蓋付きベッドの中だった。
「……なるほど、これが“私”の新しい身体ね」
細く繊細な手、美しいがどこか疲れた目。令嬢・エリシアとしての新たな人生が始まった。
「ふふ……弱虫令嬢? 違うわ」
唇が妖しく笑う。
「ここからは、魔女の演目よ」
朝日が差し込む豪奢な寝室。だがそこに広がる空気は冷えきっていた。
「……ずいぶん冷たいわね、ここの朝」
エリシア——いや、“魔女”が目を覚ますと、ベッドサイドには冷めた朝食が置かれていた。スープの表面には薄い膜、パンは硬くなり、紅茶はすでにぬるくなっている。
部屋の外に人の気配はあるが、誰もノックすらしない。
——この屋敷の“主”は、彼女ではない。
「ふうん……これは思っていた以上に“放置”されてるわね」
階下に降りれば、すれ違う侍女がわざとらしく目をそらす。庭に出れば、園丁が彼女の存在を無視して仕事を続ける。
「エリシア様、おはようございます」
かろうじて挨拶した給仕の少年の声にも、心はこもっていない。
——透明人間のような扱い。いや、それ以下だ。心を病んだ“元のエリシア”がこの空気に耐えきれず壊れたのも、無理はない。
「生きたまま“捨てられて”いたのね、あなたは」
魔女は胸の奥に、静かに怒りの炎が灯るのを感じた。
夜。部屋の明かりを落とし、ベッドに入る素振りを見せた後、魔女は指先で軽く宙をなぞった。
淡い光の魔法陣が床に浮かび、数十本の糸のような光が屋敷のあちこちへ伸びていく。
——監視魔法《千の眼》。
耳を澄ませば、廊下の奥、書斎の前で侍女が小声で囁いている。
「本当に離婚なさるのかしら?」
「ええ。ご主人様、リディア様のことを“本物の貴族の女性”って呼んでたわ」
「エリシア様ってば、おとなしくて病弱で、あれじゃ男の人も飽きるわよね」
魔女は目を細めた。
「へえ……“本物の貴族”ね。元平民のあなたに言われるとは思わなかったでしょうね、エリシア」
次に監視魔法が映したのは、セシルの書斎。そこには親友リディアがしなだれかかり、まるで夫婦のような雰囲気。
「あなた、あの子と本当に別れてくれるのよね?」
「もちろんさ。あんな病弱で地味な女、最初から政略結婚だっただけだ」
「ふふ、早く“本当の夫婦”になりましょう?」
——吐き気がした。
「よくそんな口が利けるわね。利用するだけ利用しておいて、いらなくなったらゴミ扱い」
エリシアの心を侵したのは、絶望じゃなかった。怒りだった。
「私が代わりに、全部返してあげる」
セシルの弱点は明白だった。
家名、地位、外聞——とにかく“周りからどう見られるか”を異常なほど気にする。
「面白いわ、裏切るくせに名誉は欲しがるなんて。矛盾って、破壊しがいがある」
一方のリディアは、見た目は完璧な淑女。だが、記録を洗えば金に汚く、複数の貴族の男と裏で繋がっていた。
「仮面を剥がせば、ただの泥棒猫。自分の価値を勘違いしたまま生きてるなんて……甘すぎるわ」
使用人たちは、セシルとリディアに尻尾を振るだけの小物。だが、だからこそ“見せしめ”にはちょうどいい。
「全部ひとまとめにして、根こそぎ落としてあげる。徹底的にね」
魔女は魔導筆を取り出し、空中に複雑な呪文式を書き上げる。
記憶の映像、会話の記録、金銭の流れ——すべてが改竄不可能な“証拠”として変換されていく。
浮気の現場を捉えた映像、リディアが複数の男と交わした手紙、使用人の裏取引——それらがまるで劇場のパンフレットのように、並べられていく。
「舞踏会の日にすべて公開するわ。人前で、ゆっくりと、彼らの世界を壊す」
ドレッサーの前に立った魔女は、紅いドレスを纏った自分を鏡越しに見て、笑った。
「この姿で泣きながら捨てられた令嬢が……」
口元を歪める。
「今度は、すべてを捨てさせる番よ」
王都最大の社交舞踏会。貴族たちが一堂に会し、光と音楽、香水と虚飾が入り混じる夜。
その中心に、“令嬢エリシア”が現れた瞬間、会場の空気がわずかに揺れた。
「……あれが、あの“病弱令嬢”?」
「噂と全然違うじゃない。あのドレス……あの目……まるで別人みたい」
真紅のドレス。背筋はまっすぐ、目には迷いも怯えもない。むしろ、“狩る者”の目だった。
その視線の先、セシルが別の貴族と談笑していた。リディアは隣で上品な笑みを浮かべ、まるで“正妻”のように振る舞っている。
エリシアはゆっくりと歩き出し、彼らの前に立った。
「セシル様、お久しぶりですわ」
その声に、セシルは小さく肩をすくめた。何かを察したのかもしれない。だが、もう遅い。
「少し、お時間をいただけますか? 皆様の前で、お話したいことがありまして」
そう言って魔女は魔導石を取り出し、空中に記録映像を浮かべた。
まず最初に映し出されたのは、セシルとリディアが密かに会っている場面。
——「政略結婚だ。エリシアには興味も情もない」
——「すぐに離婚して君と結婚するよ」
その瞬間、ざわつく会場。数名の貴族たちは驚きと怒りで顔を曇らせた。
「わたくし、心身の弱さゆえに、夫に飽きられていたそうです。……でも、だからといって、これは許されることでしょうか?」
その言葉に、沈黙が会場を支配する。
セシルは必死に何かを言おうとしたが、エリシアは続けた。
「政略結婚と言いましたが、私の家は彼の家より格上です。つまり彼は、私の家の力を得るために、結婚し、その後捨てたのです」
——貴族の“義”を汚すこと、それは“死よりも重い罰”となる社会。
セシルの顔が蒼白に染まり、その場から一歩も動けなくなった。
エリシアはゆっくりとリディアに目を向けた。
その笑みは、慈悲のない女神のそれだった。
「リディア。あなたにも、皆様にご覧いただきたいものがありますわ」
空中に新たな映像が浮かぶ。リディアが他の男性と密会している姿、金銭の受け渡し、贅沢品をねだる音声——
——「今の旦那候補、ちょろいわよ。口さえうまく回せば、家まで乗っ取れるんだから」
会場がどよめく。ある男爵夫人は小さな悲鳴を上げ、周囲の貴族たちはざわつき、距離を取った。
リディアの顔はみるみる青ざめていく。
「わたくしの“親友”として、長年傍にいてくださった方です。……まさか、こんな裏の顔を持っていたなんて、ね?」
リディアが叫ぶように言い返す。
「ち、違うのよ、これは何かの間違い——!」
「では、証拠の指輪をお見せしましょうか。あなたが他の男性にもらった贈り物の数々、ちゃんと私の部屋に隠してありましたから」
リディアは膝から崩れ落ちた。ざまあ見ろ、の言葉も要らないほど、すでに全てが崩壊していた。
「さて、最後に。この屋敷を仕切る者として、わたくしから謝罪がございます」
静かに語りながら、魔女は数枚の帳簿を空中に浮かべる。
——屋敷の備品横流し。賄賂の受け取り。貴族の名前を騙った商取引。
全て、使用人たちの仕業だった。
「私が体調を崩していた頃、この屋敷では“誰も”私を支えようとしませんでした。いえ、それどころか、私を蔑み、見下し、嘲笑い、搾取し続けていた」
言葉が一つ一つ、鋭く突き刺さる。
「今、ここで告げます。全員、契約違反により即刻解雇。そして、罪状に応じて処罰の手続きを開始いたします」
魔女が指を鳴らすと、王城の役人たちが会場に現れ、驚きの声と共に使用人たちを連行していく。
「た、助けてくださいませエリシア様ァァ!」
「誤解なんです! あれはセシル様の指示で——!」
「いやああああっ!!」
エリシアの顔は冷たいままだった。
「わたくしは、もう“弱虫令嬢”ではありませんので」
舞踏会の会場には、沈黙が流れていた。
破滅した夫。崩れ落ちた親友。引きずられる使用人たち。
その中心で、ただ一人、凛と立つエリシア。
その瞳に、涙はない。だが、わずかに目を伏せた時、浮かんだのは——
『ありがとう』
——依頼者の魂が、心からの安堵と共に、解放されていくのを感じた。
「……やっと、少し暇が潰せたわ」
魔女は、微笑む。
「さて、次の怨みは誰かしら?」
闇の中で、また一つ、赤く燃える魂が現れる。
「……あーあ、退屈」
大陸の最果て、雲海の上に浮かぶ黒曜石の塔。その最上階に住まう“時の魔女”は、紅茶を一口飲んでは吐息をつく。空を裂くような稲妻が塔の周囲を巡るが、彼女にとってはそれすらも日常のBGM。
ありとあらゆる魔法を極め、世界を操ることすら可能になった今、彼女には刺激というものが欠けていた。
「そうだ、怨念収集魔法でも完成させてみようかしら」
死んでもなおこの世に未練を残す魂。その“想い”だけを自動的に引き寄せ、解析し、代わりに復讐してあげる——そんな暇つぶしにちょうどいいシステムを思いついたのだ。
数時間後、魔法陣が静かに光り出した。
「早速来たみたいね」
現れたのは、涙に濡れた目をした若い女性の魂だった。
魔女は魂にそっと触れ、記憶の断片を読み取る。
浮かび上がるのは、上流貴族の娘として育った少女の、悲劇の記憶。
夫に浮気され、その相手は親友。
周囲の人間も裏切り、使用人ですらあからさまに彼女を嘲笑い、見下した。
最後には離婚を言い渡され、行き場もなく、自ら命を絶った。
「……まあ、よくある話と言えばそうね。でも、これはなかなか絵になるわ」
魔女はクスリと笑う。
「本来なら、魂そのものを対価にするけれど……最初だし、サービスしてあげるわ。今回は、復讐の対象から直接取ることにしましょう」
魂はかすかに震えながらも、頷くように魔女に応じた。
「ふふ、いい返事」
魔女は黒い羽根のような魔法文字で契約の円を描き、魂をその中心へ導く。
「少しだけ時間を巻き戻して、その体に憑依してあげる。あとは私が“あなた”として復讐するだけ」
契約が結ばれた瞬間、魔女の瞳が青白く光を放つ。
目を開けた瞬間、そこは白く美しい天蓋付きベッドの中だった。
「……なるほど、これが“私”の新しい身体ね」
細く繊細な手、美しいがどこか疲れた目。令嬢・エリシアとしての新たな人生が始まった。
「ふふ……弱虫令嬢? 違うわ」
唇が妖しく笑う。
「ここからは、魔女の演目よ」
朝日が差し込む豪奢な寝室。だがそこに広がる空気は冷えきっていた。
「……ずいぶん冷たいわね、ここの朝」
エリシア——いや、“魔女”が目を覚ますと、ベッドサイドには冷めた朝食が置かれていた。スープの表面には薄い膜、パンは硬くなり、紅茶はすでにぬるくなっている。
部屋の外に人の気配はあるが、誰もノックすらしない。
——この屋敷の“主”は、彼女ではない。
「ふうん……これは思っていた以上に“放置”されてるわね」
階下に降りれば、すれ違う侍女がわざとらしく目をそらす。庭に出れば、園丁が彼女の存在を無視して仕事を続ける。
「エリシア様、おはようございます」
かろうじて挨拶した給仕の少年の声にも、心はこもっていない。
——透明人間のような扱い。いや、それ以下だ。心を病んだ“元のエリシア”がこの空気に耐えきれず壊れたのも、無理はない。
「生きたまま“捨てられて”いたのね、あなたは」
魔女は胸の奥に、静かに怒りの炎が灯るのを感じた。
夜。部屋の明かりを落とし、ベッドに入る素振りを見せた後、魔女は指先で軽く宙をなぞった。
淡い光の魔法陣が床に浮かび、数十本の糸のような光が屋敷のあちこちへ伸びていく。
——監視魔法《千の眼》。
耳を澄ませば、廊下の奥、書斎の前で侍女が小声で囁いている。
「本当に離婚なさるのかしら?」
「ええ。ご主人様、リディア様のことを“本物の貴族の女性”って呼んでたわ」
「エリシア様ってば、おとなしくて病弱で、あれじゃ男の人も飽きるわよね」
魔女は目を細めた。
「へえ……“本物の貴族”ね。元平民のあなたに言われるとは思わなかったでしょうね、エリシア」
次に監視魔法が映したのは、セシルの書斎。そこには親友リディアがしなだれかかり、まるで夫婦のような雰囲気。
「あなた、あの子と本当に別れてくれるのよね?」
「もちろんさ。あんな病弱で地味な女、最初から政略結婚だっただけだ」
「ふふ、早く“本当の夫婦”になりましょう?」
——吐き気がした。
「よくそんな口が利けるわね。利用するだけ利用しておいて、いらなくなったらゴミ扱い」
エリシアの心を侵したのは、絶望じゃなかった。怒りだった。
「私が代わりに、全部返してあげる」
セシルの弱点は明白だった。
家名、地位、外聞——とにかく“周りからどう見られるか”を異常なほど気にする。
「面白いわ、裏切るくせに名誉は欲しがるなんて。矛盾って、破壊しがいがある」
一方のリディアは、見た目は完璧な淑女。だが、記録を洗えば金に汚く、複数の貴族の男と裏で繋がっていた。
「仮面を剥がせば、ただの泥棒猫。自分の価値を勘違いしたまま生きてるなんて……甘すぎるわ」
使用人たちは、セシルとリディアに尻尾を振るだけの小物。だが、だからこそ“見せしめ”にはちょうどいい。
「全部ひとまとめにして、根こそぎ落としてあげる。徹底的にね」
魔女は魔導筆を取り出し、空中に複雑な呪文式を書き上げる。
記憶の映像、会話の記録、金銭の流れ——すべてが改竄不可能な“証拠”として変換されていく。
浮気の現場を捉えた映像、リディアが複数の男と交わした手紙、使用人の裏取引——それらがまるで劇場のパンフレットのように、並べられていく。
「舞踏会の日にすべて公開するわ。人前で、ゆっくりと、彼らの世界を壊す」
ドレッサーの前に立った魔女は、紅いドレスを纏った自分を鏡越しに見て、笑った。
「この姿で泣きながら捨てられた令嬢が……」
口元を歪める。
「今度は、すべてを捨てさせる番よ」
王都最大の社交舞踏会。貴族たちが一堂に会し、光と音楽、香水と虚飾が入り混じる夜。
その中心に、“令嬢エリシア”が現れた瞬間、会場の空気がわずかに揺れた。
「……あれが、あの“病弱令嬢”?」
「噂と全然違うじゃない。あのドレス……あの目……まるで別人みたい」
真紅のドレス。背筋はまっすぐ、目には迷いも怯えもない。むしろ、“狩る者”の目だった。
その視線の先、セシルが別の貴族と談笑していた。リディアは隣で上品な笑みを浮かべ、まるで“正妻”のように振る舞っている。
エリシアはゆっくりと歩き出し、彼らの前に立った。
「セシル様、お久しぶりですわ」
その声に、セシルは小さく肩をすくめた。何かを察したのかもしれない。だが、もう遅い。
「少し、お時間をいただけますか? 皆様の前で、お話したいことがありまして」
そう言って魔女は魔導石を取り出し、空中に記録映像を浮かべた。
まず最初に映し出されたのは、セシルとリディアが密かに会っている場面。
——「政略結婚だ。エリシアには興味も情もない」
——「すぐに離婚して君と結婚するよ」
その瞬間、ざわつく会場。数名の貴族たちは驚きと怒りで顔を曇らせた。
「わたくし、心身の弱さゆえに、夫に飽きられていたそうです。……でも、だからといって、これは許されることでしょうか?」
その言葉に、沈黙が会場を支配する。
セシルは必死に何かを言おうとしたが、エリシアは続けた。
「政略結婚と言いましたが、私の家は彼の家より格上です。つまり彼は、私の家の力を得るために、結婚し、その後捨てたのです」
——貴族の“義”を汚すこと、それは“死よりも重い罰”となる社会。
セシルの顔が蒼白に染まり、その場から一歩も動けなくなった。
エリシアはゆっくりとリディアに目を向けた。
その笑みは、慈悲のない女神のそれだった。
「リディア。あなたにも、皆様にご覧いただきたいものがありますわ」
空中に新たな映像が浮かぶ。リディアが他の男性と密会している姿、金銭の受け渡し、贅沢品をねだる音声——
——「今の旦那候補、ちょろいわよ。口さえうまく回せば、家まで乗っ取れるんだから」
会場がどよめく。ある男爵夫人は小さな悲鳴を上げ、周囲の貴族たちはざわつき、距離を取った。
リディアの顔はみるみる青ざめていく。
「わたくしの“親友”として、長年傍にいてくださった方です。……まさか、こんな裏の顔を持っていたなんて、ね?」
リディアが叫ぶように言い返す。
「ち、違うのよ、これは何かの間違い——!」
「では、証拠の指輪をお見せしましょうか。あなたが他の男性にもらった贈り物の数々、ちゃんと私の部屋に隠してありましたから」
リディアは膝から崩れ落ちた。ざまあ見ろ、の言葉も要らないほど、すでに全てが崩壊していた。
「さて、最後に。この屋敷を仕切る者として、わたくしから謝罪がございます」
静かに語りながら、魔女は数枚の帳簿を空中に浮かべる。
——屋敷の備品横流し。賄賂の受け取り。貴族の名前を騙った商取引。
全て、使用人たちの仕業だった。
「私が体調を崩していた頃、この屋敷では“誰も”私を支えようとしませんでした。いえ、それどころか、私を蔑み、見下し、嘲笑い、搾取し続けていた」
言葉が一つ一つ、鋭く突き刺さる。
「今、ここで告げます。全員、契約違反により即刻解雇。そして、罪状に応じて処罰の手続きを開始いたします」
魔女が指を鳴らすと、王城の役人たちが会場に現れ、驚きの声と共に使用人たちを連行していく。
「た、助けてくださいませエリシア様ァァ!」
「誤解なんです! あれはセシル様の指示で——!」
「いやああああっ!!」
エリシアの顔は冷たいままだった。
「わたくしは、もう“弱虫令嬢”ではありませんので」
舞踏会の会場には、沈黙が流れていた。
破滅した夫。崩れ落ちた親友。引きずられる使用人たち。
その中心で、ただ一人、凛と立つエリシア。
その瞳に、涙はない。だが、わずかに目を伏せた時、浮かんだのは——
『ありがとう』
——依頼者の魂が、心からの安堵と共に、解放されていくのを感じた。
「……やっと、少し暇が潰せたわ」
魔女は、微笑む。
「さて、次の怨みは誰かしら?」
闇の中で、また一つ、赤く燃える魂が現れる。
44
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
私は弱虫令嬢ではいられません! 〜依頼主の怨念は、この魔女が血で応えます〜婚約破棄貴族へのざまぁ
パクパク
恋愛
時の魔女”と呼ばれる、世界の法則を踏み外した存在。
星が生まれ、人が滅び、文明が築かれては崩れゆく様を、幾度となく見下ろしてきた。千年どころか、何万年もの歳月を生きてなお、彼女の容姿は変わらない。白銀の髪に、空のように淡い青の瞳。瞳の奥では、数多の時間が交差し、映し出されている。
そんな彼女が、唯一心を動かされたもの。それが**“復讐”**だった。
「影が薄い」と 捨てられた地味令嬢は、王太子に見初められました ~元婚約者と妹は、どうぞご勝手に~
阿里
恋愛
「君は影が薄い」――そう言って、婚約者の騎士様は華やかな妹を選び、私を捨てた。
何もかもを諦めて静かに暮らそうと決めた私を待っていたのは、孤児院での心温まる出会いだった。
そこで素性を隠して旅をしていたのは、なんと隣国の王太子様。
「君こそ、僕の唯一の光だ」そう言って、私のありのままを受け入れてくれる彼。その彼の隣で、私は生まれ変わる。
数年後、王国間の会議で再会した元婚約者は、美しく気品あふれる私を見て絶句する……
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
不実なあなたに感謝を
黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。
※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。
※曖昧設定。
※一旦完結。
※性描写は匂わせ程度。
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。
ご愁傷様です~「冴えない女」と捨てられた私が、王妃になりました~
阿里
恋愛
「地味な君とは釣り合わない」――私は、婚約者の騎士エルマーにそう告げられ、婚約破棄された。病弱で目立たない私は、美しい妹と比べられ、家族からも冷遇されてきた。
居場所を失い、ひっそり暮らしていたある日、市場で助けた老人が、なんとこの国の若き国王陛下で!?
彼と私は密かに逢瀬を重ねるように。
「愚かな男には一生かかっても分かるまい。私は、彼女のような女性を誇りに思う」妃選びの場で告げられた国王陛下の一言に、貴族社会は騒然。
追放された養女令嬢は、聖騎士団長の腕の中で真実の愛を知る。~元婚約者が自滅する横で、私は最高に幸せになります~
阿里
恋愛
「お前のような無能な女、私の格が下がるのだよ」
最愛の婚約者だったはずの王子に罵られ、雨の夜に放り出されたエルナ。
すべてを失った彼女が救われたのは、国の英雄である聖騎士団長・レオナードの手によってだった。
虚飾の社交界では見えなかった、本当の価値。
泥にまみれて子供たちを笑顔にするエルナの姿に、レオナードは心を奪われていく。
「君の隣に、私以外の居場所は作らせない」
そんな二人の裏側で、エルナを捨てた王子は破滅へのカウントダウンを始めていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる