私は弱虫令嬢ではいられません! 〜時の魔女の復讐代行〜第一の依頼:親友に寝取られた令嬢のざまぁ

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退屈な魔女と奇妙な魂

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永劫の時を生きる魔女にとって、時の流れはもはや感覚ですらなかった。

「……あーあ、退屈」

大陸の最果て、雲海の上に浮かぶ黒曜石の塔。その最上階に住まう“時の魔女”は、紅茶を一口飲んでは吐息をつく。空を裂くような稲妻が塔の周囲を巡るが、彼女にとってはそれすらも日常のBGM。

ありとあらゆる魔法を極め、世界を操ることすら可能になった今、彼女には刺激というものが欠けていた。

「そうだ、怨念収集魔法でも完成させてみようかしら」

死んでもなおこの世に未練を残す魂。その“想い”だけを自動的に引き寄せ、解析し、代わりに復讐してあげる——そんな暇つぶしにちょうどいいシステムを思いついたのだ。

数時間後、魔法陣が静かに光り出した。

「早速来たみたいね」

現れたのは、涙に濡れた目をした若い女性の魂だった。

魔女は魂にそっと触れ、記憶の断片を読み取る。

浮かび上がるのは、上流貴族の娘として育った少女の、悲劇の記憶。

夫に浮気され、その相手は親友。
周囲の人間も裏切り、使用人ですらあからさまに彼女を嘲笑い、見下した。
最後には離婚を言い渡され、行き場もなく、自ら命を絶った。

「……まあ、よくある話と言えばそうね。でも、これはなかなか絵になるわ」

魔女はクスリと笑う。

「本来なら、魂そのものを対価にするけれど……最初だし、サービスしてあげるわ。今回は、復讐の対象から直接取ることにしましょう」
魂はかすかに震えながらも、頷くように魔女に応じた。

「ふふ、いい返事」

魔女は黒い羽根のような魔法文字で契約の円を描き、魂をその中心へ導く。

「少しだけ時間を巻き戻して、その体に憑依してあげる。あとは私が“あなた”として復讐するだけ」

契約が結ばれた瞬間、魔女の瞳が青白く光を放つ。
目を開けた瞬間、そこは白く美しい天蓋付きベッドの中だった。

「……なるほど、これが“私”の新しい身体ね」

細く繊細な手、美しいがどこか疲れた目。令嬢・エリシアとしての新たな人生が始まった。

「ふふ……弱虫令嬢? 違うわ」

唇が妖しく笑う。

「ここからは、魔女の演目よ」

朝日が差し込む豪奢な寝室。だがそこに広がる空気は冷えきっていた。

「……ずいぶん冷たいわね、ここの朝」

エリシア——いや、“魔女”が目を覚ますと、ベッドサイドには冷めた朝食が置かれていた。スープの表面には薄い膜、パンは硬くなり、紅茶はすでにぬるくなっている。

部屋の外に人の気配はあるが、誰もノックすらしない。

——この屋敷の“主”は、彼女ではない。

「ふうん……これは思っていた以上に“放置”されてるわね」

階下に降りれば、すれ違う侍女がわざとらしく目をそらす。庭に出れば、園丁が彼女の存在を無視して仕事を続ける。

「エリシア様、おはようございます」
かろうじて挨拶した給仕の少年の声にも、心はこもっていない。

——透明人間のような扱い。いや、それ以下だ。心を病んだ“元のエリシア”がこの空気に耐えきれず壊れたのも、無理はない。

「生きたまま“捨てられて”いたのね、あなたは」

魔女は胸の奥に、静かに怒りの炎が灯るのを感じた。
夜。部屋の明かりを落とし、ベッドに入る素振りを見せた後、魔女は指先で軽く宙をなぞった。

淡い光の魔法陣が床に浮かび、数十本の糸のような光が屋敷のあちこちへ伸びていく。

——監視魔法《千の眼》。

耳を澄ませば、廊下の奥、書斎の前で侍女が小声で囁いている。

「本当に離婚なさるのかしら?」
「ええ。ご主人様、リディア様のことを“本物の貴族の女性”って呼んでたわ」
「エリシア様ってば、おとなしくて病弱で、あれじゃ男の人も飽きるわよね」

魔女は目を細めた。

「へえ……“本物の貴族”ね。元平民のあなたに言われるとは思わなかったでしょうね、エリシア」

次に監視魔法が映したのは、セシルの書斎。そこには親友リディアがしなだれかかり、まるで夫婦のような雰囲気。

「あなた、あの子と本当に別れてくれるのよね?」
「もちろんさ。あんな病弱で地味な女、最初から政略結婚だっただけだ」
「ふふ、早く“本当の夫婦”になりましょう?」

——吐き気がした。

「よくそんな口が利けるわね。利用するだけ利用しておいて、いらなくなったらゴミ扱い」

エリシアの心を侵したのは、絶望じゃなかった。怒りだった。

「私が代わりに、全部返してあげる」
セシルの弱点は明白だった。
家名、地位、外聞——とにかく“周りからどう見られるか”を異常なほど気にする。

「面白いわ、裏切るくせに名誉は欲しがるなんて。矛盾って、破壊しがいがある」

一方のリディアは、見た目は完璧な淑女。だが、記録を洗えば金に汚く、複数の貴族の男と裏で繋がっていた。

「仮面を剥がせば、ただの泥棒猫。自分の価値を勘違いしたまま生きてるなんて……甘すぎるわ」

使用人たちは、セシルとリディアに尻尾を振るだけの小物。だが、だからこそ“見せしめ”にはちょうどいい。

「全部ひとまとめにして、根こそぎ落としてあげる。徹底的にね」
魔女は魔導筆を取り出し、空中に複雑な呪文式を書き上げる。

記憶の映像、会話の記録、金銭の流れ——すべてが改竄不可能な“証拠”として変換されていく。

浮気の現場を捉えた映像、リディアが複数の男と交わした手紙、使用人の裏取引——それらがまるで劇場のパンフレットのように、並べられていく。

「舞踏会の日にすべて公開するわ。人前で、ゆっくりと、彼らの世界を壊す」

ドレッサーの前に立った魔女は、紅いドレスを纏った自分を鏡越しに見て、笑った。

「この姿で泣きながら捨てられた令嬢が……」

口元を歪める。

「今度は、すべてを捨てさせる番よ」
王都最大の社交舞踏会。貴族たちが一堂に会し、光と音楽、香水と虚飾が入り混じる夜。
その中心に、“令嬢エリシア”が現れた瞬間、会場の空気がわずかに揺れた。

「……あれが、あの“病弱令嬢”?」

「噂と全然違うじゃない。あのドレス……あの目……まるで別人みたい」

真紅のドレス。背筋はまっすぐ、目には迷いも怯えもない。むしろ、“狩る者”の目だった。

その視線の先、セシルが別の貴族と談笑していた。リディアは隣で上品な笑みを浮かべ、まるで“正妻”のように振る舞っている。

エリシアはゆっくりと歩き出し、彼らの前に立った。

「セシル様、お久しぶりですわ」

その声に、セシルは小さく肩をすくめた。何かを察したのかもしれない。だが、もう遅い。

「少し、お時間をいただけますか? 皆様の前で、お話したいことがありまして」

そう言って魔女は魔導石を取り出し、空中に記録映像を浮かべた。

まず最初に映し出されたのは、セシルとリディアが密かに会っている場面。

——「政略結婚だ。エリシアには興味も情もない」
——「すぐに離婚して君と結婚するよ」

その瞬間、ざわつく会場。数名の貴族たちは驚きと怒りで顔を曇らせた。

「わたくし、心身の弱さゆえに、夫に飽きられていたそうです。……でも、だからといって、これは許されることでしょうか?」

その言葉に、沈黙が会場を支配する。

セシルは必死に何かを言おうとしたが、エリシアは続けた。

「政略結婚と言いましたが、私の家は彼の家より格上です。つまり彼は、私の家の力を得るために、結婚し、その後捨てたのです」

——貴族の“義”を汚すこと、それは“死よりも重い罰”となる社会。

セシルの顔が蒼白に染まり、その場から一歩も動けなくなった。
エリシアはゆっくりとリディアに目を向けた。
その笑みは、慈悲のない女神のそれだった。

「リディア。あなたにも、皆様にご覧いただきたいものがありますわ」

空中に新たな映像が浮かぶ。リディアが他の男性と密会している姿、金銭の受け渡し、贅沢品をねだる音声——

——「今の旦那候補、ちょろいわよ。口さえうまく回せば、家まで乗っ取れるんだから」

会場がどよめく。ある男爵夫人は小さな悲鳴を上げ、周囲の貴族たちはざわつき、距離を取った。

リディアの顔はみるみる青ざめていく。

「わたくしの“親友”として、長年傍にいてくださった方です。……まさか、こんな裏の顔を持っていたなんて、ね?」

リディアが叫ぶように言い返す。

「ち、違うのよ、これは何かの間違い——!」

「では、証拠の指輪をお見せしましょうか。あなたが他の男性にもらった贈り物の数々、ちゃんと私の部屋に隠してありましたから」

リディアは膝から崩れ落ちた。ざまあ見ろ、の言葉も要らないほど、すでに全てが崩壊していた。

「さて、最後に。この屋敷を仕切る者として、わたくしから謝罪がございます」

静かに語りながら、魔女は数枚の帳簿を空中に浮かべる。

——屋敷の備品横流し。賄賂の受け取り。貴族の名前を騙った商取引。

全て、使用人たちの仕業だった。

「私が体調を崩していた頃、この屋敷では“誰も”私を支えようとしませんでした。いえ、それどころか、私を蔑み、見下し、嘲笑い、搾取し続けていた」

言葉が一つ一つ、鋭く突き刺さる。

「今、ここで告げます。全員、契約違反により即刻解雇。そして、罪状に応じて処罰の手続きを開始いたします」

魔女が指を鳴らすと、王城の役人たちが会場に現れ、驚きの声と共に使用人たちを連行していく。

「た、助けてくださいませエリシア様ァァ!」
「誤解なんです! あれはセシル様の指示で——!」
「いやああああっ!!」

エリシアの顔は冷たいままだった。

「わたくしは、もう“弱虫令嬢”ではありませんので」
舞踏会の会場には、沈黙が流れていた。

破滅した夫。崩れ落ちた親友。引きずられる使用人たち。
その中心で、ただ一人、凛と立つエリシア。

その瞳に、涙はない。だが、わずかに目を伏せた時、浮かんだのは——

『ありがとう』
——依頼者の魂が、心からの安堵と共に、解放されていくのを感じた。

「……やっと、少し暇が潰せたわ」

魔女は、微笑む。

「さて、次の怨みは誰かしら?」

闇の中で、また一つ、赤く燃える魂が現れる。
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