36 / 36
第三十六話:火の刻まれる場所へ
しおりを挟む
鐘の音が三度、闘技場に鳴り響いた。
試練の前半──予選の終わりを告げる音だった。
リノが転送陣から戻ってくる。
深く息を吐くでもなく、いつものように静かに歩いてきて、俺の隣に立った。
控室には、戦いを終えた者たちの空気がこもっていた。
緊張はまだ途切れていない。
これから先に、最後の戦いが控えていることを、誰もが知っていた。
「これより、決勝進出者の発表を行う」
魔声具から、審査員の淡々とした声が響いた。
すぐに名前が読み上げられていく。
「エントリーNo.03──鍛冶師エルガン、使用者ヴィス」
「エントリーNo.05──鍛冶師キアナ、使用者ノヴァ」
「エントリーNo.07──鍛冶師ユルク、使用者リノ」
俺たちの名前が最後に呼ばれた瞬間、
空気がほんの少しだけざわついた。
ギリギリの通過。
でも、それで十分だった。
「……三番目、か」
リノがつぶやいた。
「最下位通過ってやつだな」
俺が笑うと、彼も肩をすくめるようにして、わずかに口角を上げた。
「まあ、悪くない。足りなかったなら、決勝で出せばいいだけだから」
そのひとことに、妙な重さはなかった。
気負いもなければ、余裕もない。
ただ、刃物のような静かな集中だけがあった。
観客の歓声が一気に高まり、
同時に足元の石床が震え始めた。
会場全体が、動く。
地鳴りにも似た轟音と共に、闘技場の中心が回転し、
三つの円形のフィールドが浮かび上がるようにせり上がっていく。
透明な魔力障壁が張られ、それぞれが明確に分断される。
物理的な干渉はできない。だが、視線は届く。
声も、わずかに通る。
それは、“競い合い”であると同時に、
“見せ合う”場でもあった。
リノの視線が、すっとフィールドに向かう。
何も言わない。だが、その姿勢に、言葉は要らなかった。
刀の柄に軽く手を添えながら、静かに踏み出す。
「緊張してるか?」
俺はふと聞いてみた。
リノはわずかに目を細めた。
「してるよ。……でも、それでいいんだと思う。
無くなったら、それはもう俺じゃないから」
「そうか」
俺は頷いた。
それが彼の“戦う形”なのだと、思った。
そのときだった。
「決勝魔物──《深紅喰らい(スカーレット・グラット)》を召喚する」
その名が読み上げられた瞬間、空気が変わった。
「……深紅、なんて?」
俺は聞き返すように呟いた。
知らない名だった。魔物の種類にも詳しくはない。
けれど、周囲の反応がすべてを物語っていた。
「本物かよ……」
「マジで呼ぶつもりか……」
「緊急討伐級だったはずだぞ……!」
それまで静かだった控室に、ざわめきと小さな悲鳴が走る。
そして、観客席すらもざわついていた。
それは、期待ではない。驚愕と、恐怖。
リノはその反応を背に受けながら、構わずに進んでいく。
俺は思わず言葉をかけた。
「知ってるのか、あれ……」
「名前と、ちょっとだけ。
でも、どんな敵でも──俺がやることは変わらない」
それだけ言って、彼はフィールドへと向かった。
やがて、三つの戦場の中央に、赤黒い魔法陣が出現する。
空気が重くなる。
金属を擦るような甲高い音が響き、赤い煙が巻き上がる。
姿を現したのは──
六本の脚を持ち、皮膚全体が刃へと変質した異形。
赤黒い体に、目だけが沈黙のように輝いていた。
魔物は咆哮せず、ただ、音を発していた。
ギィィ……ギチ、ギギ……
それは、金属が歪む音だった。
俺の背中に、冷たい汗が伝う。
ここまでの二体とは、あきらかに“別格”だった。
姿を見ただけで、そう思えた。
けれど、リノはその場で刀を引き抜くことはなかった。
静かに、鞘の上から柄に手を添えたまま、敵を見据えていた。
火は、まだ灯っていない。
だが──その場にいる誰もが、気づいていた。
この決勝は、“試し合い”では終わらない。
命が、踏み込んでくる。
試練の前半──予選の終わりを告げる音だった。
リノが転送陣から戻ってくる。
深く息を吐くでもなく、いつものように静かに歩いてきて、俺の隣に立った。
控室には、戦いを終えた者たちの空気がこもっていた。
緊張はまだ途切れていない。
これから先に、最後の戦いが控えていることを、誰もが知っていた。
「これより、決勝進出者の発表を行う」
魔声具から、審査員の淡々とした声が響いた。
すぐに名前が読み上げられていく。
「エントリーNo.03──鍛冶師エルガン、使用者ヴィス」
「エントリーNo.05──鍛冶師キアナ、使用者ノヴァ」
「エントリーNo.07──鍛冶師ユルク、使用者リノ」
俺たちの名前が最後に呼ばれた瞬間、
空気がほんの少しだけざわついた。
ギリギリの通過。
でも、それで十分だった。
「……三番目、か」
リノがつぶやいた。
「最下位通過ってやつだな」
俺が笑うと、彼も肩をすくめるようにして、わずかに口角を上げた。
「まあ、悪くない。足りなかったなら、決勝で出せばいいだけだから」
そのひとことに、妙な重さはなかった。
気負いもなければ、余裕もない。
ただ、刃物のような静かな集中だけがあった。
観客の歓声が一気に高まり、
同時に足元の石床が震え始めた。
会場全体が、動く。
地鳴りにも似た轟音と共に、闘技場の中心が回転し、
三つの円形のフィールドが浮かび上がるようにせり上がっていく。
透明な魔力障壁が張られ、それぞれが明確に分断される。
物理的な干渉はできない。だが、視線は届く。
声も、わずかに通る。
それは、“競い合い”であると同時に、
“見せ合う”場でもあった。
リノの視線が、すっとフィールドに向かう。
何も言わない。だが、その姿勢に、言葉は要らなかった。
刀の柄に軽く手を添えながら、静かに踏み出す。
「緊張してるか?」
俺はふと聞いてみた。
リノはわずかに目を細めた。
「してるよ。……でも、それでいいんだと思う。
無くなったら、それはもう俺じゃないから」
「そうか」
俺は頷いた。
それが彼の“戦う形”なのだと、思った。
そのときだった。
「決勝魔物──《深紅喰らい(スカーレット・グラット)》を召喚する」
その名が読み上げられた瞬間、空気が変わった。
「……深紅、なんて?」
俺は聞き返すように呟いた。
知らない名だった。魔物の種類にも詳しくはない。
けれど、周囲の反応がすべてを物語っていた。
「本物かよ……」
「マジで呼ぶつもりか……」
「緊急討伐級だったはずだぞ……!」
それまで静かだった控室に、ざわめきと小さな悲鳴が走る。
そして、観客席すらもざわついていた。
それは、期待ではない。驚愕と、恐怖。
リノはその反応を背に受けながら、構わずに進んでいく。
俺は思わず言葉をかけた。
「知ってるのか、あれ……」
「名前と、ちょっとだけ。
でも、どんな敵でも──俺がやることは変わらない」
それだけ言って、彼はフィールドへと向かった。
やがて、三つの戦場の中央に、赤黒い魔法陣が出現する。
空気が重くなる。
金属を擦るような甲高い音が響き、赤い煙が巻き上がる。
姿を現したのは──
六本の脚を持ち、皮膚全体が刃へと変質した異形。
赤黒い体に、目だけが沈黙のように輝いていた。
魔物は咆哮せず、ただ、音を発していた。
ギィィ……ギチ、ギギ……
それは、金属が歪む音だった。
俺の背中に、冷たい汗が伝う。
ここまでの二体とは、あきらかに“別格”だった。
姿を見ただけで、そう思えた。
けれど、リノはその場で刀を引き抜くことはなかった。
静かに、鞘の上から柄に手を添えたまま、敵を見据えていた。
火は、まだ灯っていない。
だが──その場にいる誰もが、気づいていた。
この決勝は、“試し合い”では終わらない。
命が、踏み込んでくる。
22
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
小さな貴族は色々最強!?
谷 優
ファンタジー
神様の手違いによって、別の世界の人間として生まれた清水 尊。
本来存在しない世界の異物を排除しようと見えざる者の手が働き、不運にも9歳という若さで息を引き取った。
神様はお詫びとして、記憶を持ったままの転生、そして加護を授けることを約束した。
その結果、異世界の貴族、侯爵家ウィリアム・ヴェスターとして生まれ変ることに。
転生先は優しい両親と、ちょっぴり愛の強い兄のいるとっても幸せな家庭であった。
魔法属性検査の日、ウィリアムは自分の属性に驚愕して__。
ウィリアムは、もふもふな友達と共に神様から貰った加護で皆を癒していく。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる
暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。
授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
なぜ主人公は置き去りにされる前に父親の様子を確認しなかったのか?