12 / 29
【弟視点】第一章⑦:剣より速く、弾より強く
しおりを挟む
目を開けた瞬間、空気の匂いが違うと感じた。
金属と薬品と汗の混じった、基地の空気じゃない。
それでも整えられた寝具、清潔な室内、静かな足音と規律ある環境がそこにあった。
次に、感覚が異常だと気づいた。
腕が軽い。背中に痛みがない。反応速度が異常なほど早い。
目に映る景色が、明らかに前よりも解像度高く、脳が瞬時に処理できてしまう。
(……転生か)
理解した。事故の後、死んだ。そして今、別の体に宿っている。
それは不安でも恐怖でもなかった。
むしろ、感情として最も近いのは——**「助かった」**という安堵だった。
私は起き上がり、まず身体のチェックを始めた。
筋肉の付き方、関節の可動域、柔軟性。反射的に行う動作の中に、プロの訓練を積んだ兵士のクセが出る。
拳を握る。脚を上げる。軽くジャンプして着地する。
「……こいつ、相当鍛えてあるな」
声に出すと、確信が強まる。
この身体は“素体”として完璧だ。筋力・耐久・瞬発、すべてが実戦レベルで仕上がっている。
だがそれだけではなかった。
立ち上がったとき、背筋に何かが走った。
流れるような力。だが筋肉でも血流でもない。
空気が揺れて、身体の奥に響いてきた。
私は息を深く吸い、目を閉じて集中する。
(……これが、“魔力”か)
感知、集中、操作。流れを身体の一点に集める。
すると、手のひらから風がふっと舞った。指先に圧力が生まれ、空気が震える。
もう一度、今度は背中に流す。すると、足腰の爆発力が一気に上がるのが分かった。
私は一歩、走り出す。
わずか3メートルの距離を、視界の中で“遅く”感じるほどの速度で踏み込んだ。
壁に手をかけて跳躍。着地。無音。
反動がほぼない。体重と魔力の収束が綺麗に噛み合っている。
「……すごい」
自然と呟いていた。
軍人として鍛えた自分の身体。その“限界”を、今のこの身体は軽く超えていた。
しかも、それを操作する自分の意志はブレていない。
これなら戦える。前以上に。もっと正確に、もっと強く。
「……お目覚めですね、第二王子殿下」
静かに後ろから声がした。
振り返ると、深緑の目をした端正な男が立っていた。年齢は五十前後、執事服。姿勢が一分の隙もない。
「クラウスと申します。目覚められた皆様の確認と対応を任されております」
弟視点として、私は彼の言葉にすぐ反応する。
「軍歴は?」
「直接の戦場経験はありませんが、軍事情報局にて任務歴あり。現王の指示で動いております」
「父さんか……」
私はうなずいた。なら話は早い。
「この身体、使える。魔力の適応も悪くない。訓練次第では、戦場で十分通用する。
このまま軍部を確認しに行く」
「……ご自身で、ですか?」
「俺にとっては、情報より現場の空気が優先だ」
クラウスは何も言わなかった。ただ、静かに頷いた。
「では、軍務局の位置をご案内いたします」
* * *
王都・王城軍務局。
その本棟に足を踏み入れた瞬間、私は予想以上の光景に出くわした。
廊下で私語。装備を持ち込んだまま訓練場を離れる兵。帳簿は散乱。命令系統は曖昧。
だが、そのどれもが“表面的”だと私はすぐに見抜いた。
——体は鍛えてある。足腰の動き、視線の鋭さ、歩き方。
基礎戦闘訓練は受けている。問題は“士気”と“統制”だ。
そのまま黙って中央訓練棟に足を踏み入れると、数人の男たちが私を見て眉をひそめた。
「……あ? お前誰だ」
「訓練を見に来た。邪魔はしない。少しだけ、確認したいことがある」
「どこの部隊の奴だよ? 身なりも見ねぇ。まさか王城で迷った坊主か?」
からかうように笑いながら、男たちは私を取り囲むように動いた。
私は肩をすくめた。だが、目線だけは動かさず、全員を一瞥する。
「俺は王族だ。命令で来たわけじゃない。現状を自分の目で見たくて来ただけだ」
一拍置いて、周囲がざわついた。
「……王族? おいおい、冗談だろ。王子サマが一人でふらっと見学?」
「本気みたいだぜ……顔、似てる。第二王子らしい」
「はっ……だったらちょうどいい。“訓練見学”って言うなら、模擬戦でもやってみりゃあいい」
「腕っぷしで語ってもらおうじゃねぇか、王子サマよ」
私は一歩前に出て、静かに言った。
「……いいだろ。ルールは任せる。手加減はしない」
その場にいた兵士たちの口元が歪む。
面白がっているのか、試してやろうという気持ちなのか、それはどうでもよかった。
私はただ、この軍の“芯”を探している。
そして、殴り合いの中でしか見えない“何か”を、見つけようとしていた。
金属と薬品と汗の混じった、基地の空気じゃない。
それでも整えられた寝具、清潔な室内、静かな足音と規律ある環境がそこにあった。
次に、感覚が異常だと気づいた。
腕が軽い。背中に痛みがない。反応速度が異常なほど早い。
目に映る景色が、明らかに前よりも解像度高く、脳が瞬時に処理できてしまう。
(……転生か)
理解した。事故の後、死んだ。そして今、別の体に宿っている。
それは不安でも恐怖でもなかった。
むしろ、感情として最も近いのは——**「助かった」**という安堵だった。
私は起き上がり、まず身体のチェックを始めた。
筋肉の付き方、関節の可動域、柔軟性。反射的に行う動作の中に、プロの訓練を積んだ兵士のクセが出る。
拳を握る。脚を上げる。軽くジャンプして着地する。
「……こいつ、相当鍛えてあるな」
声に出すと、確信が強まる。
この身体は“素体”として完璧だ。筋力・耐久・瞬発、すべてが実戦レベルで仕上がっている。
だがそれだけではなかった。
立ち上がったとき、背筋に何かが走った。
流れるような力。だが筋肉でも血流でもない。
空気が揺れて、身体の奥に響いてきた。
私は息を深く吸い、目を閉じて集中する。
(……これが、“魔力”か)
感知、集中、操作。流れを身体の一点に集める。
すると、手のひらから風がふっと舞った。指先に圧力が生まれ、空気が震える。
もう一度、今度は背中に流す。すると、足腰の爆発力が一気に上がるのが分かった。
私は一歩、走り出す。
わずか3メートルの距離を、視界の中で“遅く”感じるほどの速度で踏み込んだ。
壁に手をかけて跳躍。着地。無音。
反動がほぼない。体重と魔力の収束が綺麗に噛み合っている。
「……すごい」
自然と呟いていた。
軍人として鍛えた自分の身体。その“限界”を、今のこの身体は軽く超えていた。
しかも、それを操作する自分の意志はブレていない。
これなら戦える。前以上に。もっと正確に、もっと強く。
「……お目覚めですね、第二王子殿下」
静かに後ろから声がした。
振り返ると、深緑の目をした端正な男が立っていた。年齢は五十前後、執事服。姿勢が一分の隙もない。
「クラウスと申します。目覚められた皆様の確認と対応を任されております」
弟視点として、私は彼の言葉にすぐ反応する。
「軍歴は?」
「直接の戦場経験はありませんが、軍事情報局にて任務歴あり。現王の指示で動いております」
「父さんか……」
私はうなずいた。なら話は早い。
「この身体、使える。魔力の適応も悪くない。訓練次第では、戦場で十分通用する。
このまま軍部を確認しに行く」
「……ご自身で、ですか?」
「俺にとっては、情報より現場の空気が優先だ」
クラウスは何も言わなかった。ただ、静かに頷いた。
「では、軍務局の位置をご案内いたします」
* * *
王都・王城軍務局。
その本棟に足を踏み入れた瞬間、私は予想以上の光景に出くわした。
廊下で私語。装備を持ち込んだまま訓練場を離れる兵。帳簿は散乱。命令系統は曖昧。
だが、そのどれもが“表面的”だと私はすぐに見抜いた。
——体は鍛えてある。足腰の動き、視線の鋭さ、歩き方。
基礎戦闘訓練は受けている。問題は“士気”と“統制”だ。
そのまま黙って中央訓練棟に足を踏み入れると、数人の男たちが私を見て眉をひそめた。
「……あ? お前誰だ」
「訓練を見に来た。邪魔はしない。少しだけ、確認したいことがある」
「どこの部隊の奴だよ? 身なりも見ねぇ。まさか王城で迷った坊主か?」
からかうように笑いながら、男たちは私を取り囲むように動いた。
私は肩をすくめた。だが、目線だけは動かさず、全員を一瞥する。
「俺は王族だ。命令で来たわけじゃない。現状を自分の目で見たくて来ただけだ」
一拍置いて、周囲がざわついた。
「……王族? おいおい、冗談だろ。王子サマが一人でふらっと見学?」
「本気みたいだぜ……顔、似てる。第二王子らしい」
「はっ……だったらちょうどいい。“訓練見学”って言うなら、模擬戦でもやってみりゃあいい」
「腕っぷしで語ってもらおうじゃねぇか、王子サマよ」
私は一歩前に出て、静かに言った。
「……いいだろ。ルールは任せる。手加減はしない」
その場にいた兵士たちの口元が歪む。
面白がっているのか、試してやろうという気持ちなのか、それはどうでもよかった。
私はただ、この軍の“芯”を探している。
そして、殴り合いの中でしか見えない“何か”を、見つけようとしていた。
261
あなたにおすすめの小説
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
王命って何ですか? 虐げられ才女は理不尽な我慢をやめることにした
まるまる⭐️
恋愛
【第18回恋愛小説大賞において優秀賞を頂戴致しました。応援頂いた読者の皆様に心よりの感謝を申し上げます。本当にありがとうございました】
その日、貴族裁判所前には多くの貴族達が傍聴券を求め、所狭しと行列を作っていた。
貴族達にとって注目すべき裁判が開かれるからだ。
現国王の妹王女の嫁ぎ先である建国以来の名門侯爵家が、新興貴族である伯爵家から訴えを起こされたこの裁判。
人々の関心を集めないはずがない。
裁判の冒頭、証言台に立った伯爵家長女は涙ながらに訴えた。
「私には婚約者がいました…。
彼を愛していました。でも、私とその方の婚約は破棄され、私は意に沿わぬ男性の元へと嫁ぎ、侯爵夫人となったのです。
そう…。誰も覆す事の出来ない王命と言う理不尽な制度によって…。
ですが、理不尽な制度には理不尽な扱いが待っていました…」
裁判開始早々、王命を理不尽だと公衆の面前で公言した彼女。裁判での証言でなければ不敬罪に問われても可笑しくはない発言だ。
だが、彼女はそんな事は全て承知の上であえてこの言葉を発した。
彼女はこれより少し前、嫁ぎ先の侯爵家から彼女の有責で離縁されている。原因は彼女の不貞行為だ。彼女はそれを否定し、この裁判に於いて自身の無実を証明しようとしているのだ。
次々に積み重ねられていく証言に次第に追い込まれていく侯爵家。明らかになっていく真実を傍聴席の貴族達は息を飲んで見守る。
裁判の最後、彼女は傍聴席に向かって訴えかけた。
「王命って何ですか?」と。
✳︎不定期更新、設定ゆるゆるです。
世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない
猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。
まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。
ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。
財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。
なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。
※このお話は、日常系のギャグです。
※小説家になろう様にも掲載しています。
※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
義弟の婚約者が私の婚約者の番でした
五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」
金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。
自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。
視界の先には
私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる