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7、俺様な彼と初めて迎える日
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水のない水槽でおぼれているみたい。
そんな感覚に陥ったのは何故だろう。
約束はきっちり守る彼を恨みがましく思う。
何個も年下のくせして私を翻弄した美青年は、
見事にT大医学部に合格して勝ち誇った笑みを見せた。
「先生、合格したよ」
合格通知を見せて口元を吊り上げる。
名前で呼ばないのは、教師としての私に報告しているからだ。
藤城青はこちらに視線を送り反応を見ている。
大学に合格しても年齢差は変わらず彼は18歳を数か月過ぎただけだ。
18歳は成人だが26歳の私とは違いすぎる。
生きてきた世界、価値観、すべてが違う。
私が悩んでいることすら見透かして、
気にするなとあざとく微笑む青。
決断を求める瞳に頭(かぶり)を振る。
「おめでとう……」
「卒業式終えても大学に行くまでは高3だけどね……。
約束は守ったんだからご褒美くれるよね」
大胆に要求してくる生意気さ。
狡猾に思える行動も純粋で押し通してしまえる。
好きになるべきではないと言い聞かせながら、
過ごしていたが彼の誘惑は私を飲みこんで離れられなくした。
草壁くんも覚悟を決めて柚月菫子ちゃんと交際を始めた。
「涼が言ってた。柚月が大切すぎるから簡単には
先に進めない。純粋で健全な関係をしばらく続ける。
大切やから簡単に踏み出せへんかったんやって。
今までの恋愛とは違って本当の恋愛だとでも言いたいんだろうな」
草壁くんの純粋な思いは痛々しいほどだ。
「涼と俺は違うんだよ。俺は手に入れなきゃ気が済まない」
強い言葉に、心臓が鳴り響く。
「……私、26歳よ」
「そんなの関係ない。
俺にとって沙矢は同級の異性と変わらない。
小学校以来、付き合ったことはないけど、
同級が嫌だったわけじゃない。
たまたま運命が先生だっただけだ」
「……犯罪になるじゃない」
「それも楽しそう」
くっ。喉を鳴らした青にぞくっと震えた。
屋上の床に座りこんで彼は私の手を繋いで離さない。
「……先生が罪をかぶることはないよ。
最低限のルールは守るから全部俺のせいにして」
「っ……」
肩を掴まれる。
重なる唇から注がれるのは吐息と唾液。
啜っていると息が乱れてくる。
身体がよろめいたので青の広い背中を掴んだ。
「先生のファーストキスを奪ったやつは誰なんだ。腹が立つな」
「昔の話よ。高校生の頃のことだもの」
キスの合間に会話を交わす。
青の派手な薄茶色の髪は地毛で遺伝によるものだという。
まぶしくて見ているだけで胸が高鳴る。
引き寄せて頭を撫でた。
「後悔するんだから」
「上等だな」
青の制服のジャケットが床に敷かれ、私は横たえられる。
見上げた視界に映る狂おしい眼差しは熱っぽい。
大きな体が上になっていることへの恐怖ではなくて、
未知の期待があった。
「こんな所でしないよ?」
「な……何を言ってるの?」
くすっと悪戯っぽい瞳は私を試している。
覆いかぶさり抱きしめられる。
ジャケットのおかげで、そこまで背中の痛みは防げている。
「押し倒したかった」
子供だと伝えても、彼は痕を残そうとする。
ブラウスのボタンが外されても抵抗しない私。
(とっくに狂わされてる)
「真顔で言わないの」
「沙矢がかわいすぎるんだ」
かわいくなんてない。
誘惑されて落とされた大人になりきれない大人。
「私が大人じゃないならあなただって子供に思えない」
「見るものによって、違うのかもな?」
微笑む。
下着が見えるギリギリに肌を晒されていた。
舌がなぞるほど、求めてしまう。
二人で与え合うことは自然だと身体が訴える。
「私はあなたが好き……」
「俺も好きだよ」
ひときわ強く噛みつかれる。
赤い痕を三つ残し私を解放した。
腕を引かれ体勢を戻す。
乱れたブラウスを丁寧に直してくれた。
スマートな仕草に彼はこのまま私を手に入れるんだと確信した。
膝をくっつけて抱擁する。
「青……」
「うん。藤城くんって呼ばれるよりいいや」
背中に腕を回す。
屋上の床の上には青の鞄が置かれている。
「先生はずっとこの学校に勤務するの?
教諭になったしこれから他の学校に異動したりするのかな」
「上に言われたら異動するだけね」
ひどく冷めた口調になっていた。
医学部に入り医師を目指す彼とはそもそも生き方も違う。
「青は、立派な医師になって」
「別れるみたいじゃん。そういう雰囲気にしたのは俺か」
唇を噛む。
「傷つくからやめろ」
青がキスで癒してくれた。
濡れた唇が、艶っぽく光っている。
自分から青を抱きしめたら驚いたが抱きしめ返してくれた。
一か月後、三月の始めの日曜日。
私が副担任を担当したクラスの生徒たちは全員が、無事に卒業を迎えた。
「……青にしたら我慢した方やと思うで」
からかってくる草壁くんにオーバーリアクションをした私は、
隣で彼を怒る少女の可愛らしさに癒される。
「お世話になった先生をからかわないの!」
「……すんまへん」
先程、体育館で卒業式が行われた。
広い体育館で一番に名前を呼ばれたのは藤城青。
二年次に生徒会長を務めていたこともあり生徒代表で、
壇上に上がっていた。
青はここ数か月で本当に大人っぽくなった。
私を子ども扱いするのは解せなくても仕方がない。
教室に戻り卒業した生徒へは贈答品が渡された。
くすぐったそうに受け取る彼らが印象的だった。
人それぞれ卒業し新たな道を歩く仲間との別れを惜しんでいて、
私もしんみりとしてしまった。
散り散りに帰っていく生徒の中、決まったメンバーは教室に残る。
卒業の日も同じ光景が繰り広げられていた。
「皆、そろそろ教室を出たら?
校門のところで先生方も待っていると思うわ」
「水無月先生、一緒に行かへん?」
「そうよ! 行きましょう」
草壁くんと柚月さん、永月さんも頷いている。
藤城くんは教室から消えていた。
「私とはここでお別れよ。
みんな、三年間よく頑張りました。
卒業おめでとう」
「……急に泣けてきてしもた」
草壁くんが涙を流す横で柚月さんは、バカ!と言いながら、もらい泣きをする。
かわいい二人だ。
(私と青の現状なんて……)
草壁くん、柚月さん、永月さんの三人が
全員で抱きついてきた。
一番勢いが強かったのは男子生徒の草壁くん。
全員の肩に腕を回す。
「私、頼りにならない先生だったよね。
あなた達の先生になれてよかった」
「何でそんな自信ないん。
水無月先生は最高の先生やったよ」
「そう! 沙矢ちゃんは皆のあこがれよ。
美人でかわいくて先生なのに話しやすかったし」
「さ、沙矢ちゃん」
「水無月先生、またどこかで会えたら
お茶してね」
柚月さんと永月さんがそれぞれ微笑みかけてくれた。
頭を撫でた。
子供にするみたいだと思われたらと感じたが押さえきれなかった。
「沙矢ちゃん、大好きよ!」
「柚月さん、ありがとう」
今日でお別れだからか心の中の呼び名を具現化してくれた。
みんなの先生になれてよかった。
「沙矢ちゃん、俺は撫でてくれへんの?」
「涼ちゃん、恥ずかしくないの?」
草壁くんが背をかがめ頭を差し出してきた。
私は笑いをこらえ彼の頭を撫でた。
「篠塚先生に撫でられたから上書きしてほしかってん」
「涼くん……正直すぎない?」
どこからか現れた篠塚先生がこちらにやってくる。
真正面から生徒たちを抱擁していた。
私にはできないことをさらっとやるのはすごい。
くすくすっと笑い、教室を抜け出す。
裏口から出て駐車場を目指した。
駐車場では青が待っていた。
きっちりと私の車の横にいる。
「遅ぇな。あいつらに捕まってたのか?」
「私の役目は終わったから、
篠塚先生にバトンタッチしてきたわ」
最近の青は、前より態度が悪くなった。
これが素なのだろう。
とんでもない家柄に生まれたくせして、
お口が悪すぎる。
「どうせ自分は頼りなかったとかほざいてたんだろ。
目に浮かぶよ」
「……その通りだけどね」
はっきり指摘されると中々神経を逆なでられる。
「さーやは全部顔に出すようになったな。
そういうのたまらない」
「お父さまと帰るんじゃないの?
私はまだ帰れないのよ」
「先生に会いたいから待ってた。
校門で立ってくれてたりしないだろうし」
「……私は遠慮したの」
「来賓用の駐車場に父が待ってる。
帰る間に高校生活最後のキスをしたくて」
「駄目よ……。こんな所を誰かに見られたら」
「ためらっていたら時間が過ぎるんだけど?」
こっちへ来いと青が目線で促す。
私は彼に近づく。
ふらりと傾いだ身体を受け止めて彼は、唇を奪った。
短時間に何度も素早く口づける。
深いキスの一歩手前でついばんで離す。
濡れた唇をぐいと腕で拭い青は去って行く。
こちらに向けて手を振りながら、
私は唇に指をあてた。
「なんて子なの……」
来賓者駐車場から車が出ていく時、
クラクションが鳴ったので道まで出た。
「先生、またな」
助手席の窓を開けて青は笑った。
運転席にいた青のお父さまは笑っていた。
卒業式から三週間が過ぎ、春休みが訪れようとしていた。
私は、覚悟を決めて藤城家のチャイムを鳴らした。
『沙矢、明日俺の家に来てよ。待ってる』
『……行くわ』
昨日届いたメッセージにさらっと返事をし、
大邸宅の前に立っている。
心臓がバクバクしている。
まだ一分も経ってないはずだが……
永遠にも長い時間に感じた。
「いらっしゃい」
三週間、会わずにいた青はあの時のままだ。
この期間でまた大人になった気もするし……。
「……いいの?」
「さっさと入れよ」
しびれをきらした青が腕を引っ張り中へ招き入れる。
玄関の扉が閉まっていく。
「入っちゃったか。何が起きても文句は言えないな」
青は不遜な笑みを浮かべている。
「今日はお父様、いらっしゃらないの?」
「父は、病院の用事かな。院長以外も兼ねてるから
やること多いらしい。今日は特別で普段はいるんだけど」
父親が不在の日に誘われたのだ。
「リビングでコーヒーでもどうぞ」
青は、私の手を引いて広々としたリビングへと導いた。
黒いレザーのソファーを勧めてくれたので座る。
「少し待っててね」
青はそう言ってリビングからいなくなる。
しばらくするとトレーにコーヒーを載せて戻ってきた。
トレーにはコーヒーカップ、砂糖、ミルクポットが載せられている。
(いわゆるミルクじゃなくて牛乳だ)
「青もブラック飲むの?」
「昔はカフェオレだった。今はもっぱらブラック無糖」
差し出されたコーヒーを受け取る。
「ありがとう」
「いきなり部屋に連れ込んだら警戒されるしな」
「口に出して言わないで」
「正直でいいだろ」
隣に座り肩に腕を回されている。
至極当然のように。
「青が俺様なのは高校の皆も知らなかったでしょうね」
「どうでもいいやつらの前では猫かぶっとけばいいし」
しれっとつぶやく。
淹れてくれたコーヒーはとても美味しい。
私が自分で淹れるとこんなにまろやかな味にはならない。
(高級なコーヒー豆を使ってはいるんだろう)
「沙矢」
ふいに名前を呼ばれる。
彼が肩を抱く力が強くなった。
こんな風に触れられるのが嬉しくて、
私はまた青に溺れる。
今日ここを訪れた自分は、
何かを期待していたのだ。
「肩に力入ってる。
心配しなくても親には彼女を泊めるって伝えてあるし、
平気だよ」
「……計算高い」
「バッグには着替えとか入ってんじゃない?」
言い当てられ、言葉に詰まる。
「今は不在でも夕方にはお父上は帰ってくる。
気にするな。高校は出たんだし俺が
何しようと咎めるつもりはないとのことだ」
傲慢に告げる青は生意気で、狡猾だ。
「先生は、俺とひとつになりたくないのか?」
息を飲む。
あまりにも素直に問われてどうこたえるべきか迷う。
この美しい少年は、欲望までまっすぐでピュア。
髪を撫でる指の動きに酔って、
気を失ってしまいたいくらいだ。
この先を知らなくてすむのなら。
目をそらさず見つめ返す。
「沙矢、何か月も待ったよ。
ずっと欲しかった」
カップを置いて抱きしめてくる。
「青……」
「俺のものになれ」
その瞬間、身体が熱くなった。
無防備な命令は私を縛り付ける。
「あなたも私のものになるのなら」
口調は震えていた。
「それはもちろん」
ふわり。
抱えあげられる。
螺旋階段を私を抱いたまま上がっていく。
長身で身体が大きいから力があるのか、
私を抱いていても危うさがない。
背中に腕を回すとしっかりと抱え直してくれる。
見上げた青の瞳は、清廉とした眼差しだった。
「さーやは羽のように軽いな。ちゃんと食べてるの?」
「食べてるわよ」
青は慣れているわけじゃない。
真顔で言ってのけるあたり将来が恐ろしい。
「ここが俺の部屋。客室とどっちに入りたい?」
「……あなたの部屋がいい」
青は部屋の扉を開けた。
私が暮らすアパートの部屋の何倍だろう。
部屋の真ん中には真っ白なグランドピアノが置かれている。
グランドピアノの上には厚みのあるガラスの容器があった。
「ねえ……あれって灰皿!?」
「欲を散らすため?」
青が煙草に手を出していることに気が付かなかったなんて鈍すぎる。
「今日は吸ってない。沙矢を抱くのに無粋だと思って」
「やめると約束して!
高校を卒業しても二十歳にはなっていないのよ」
「……わかった。その代わりキスでおぼれさせて」
少し乱暴にソファーの上へと下ろされた。
「……先生も忙しいし俺も入学準備があったし
会えなかったじゃん。どうしようもなかったんだよ」
「今日を限りにやめてくれるなら私を好きにしていい」
「お安い御用だよ。その代わり大学に行っても
これまで以上に仲良くしてほしい」
「大学の勉強をおろそかにしないならね」
恵まれすぎている環境にいるのだ。
それ故(ゆえ)の重荷があったとしても。
「そんなことはたやすい。
沙矢といるためなら俺は努力するよ」
素直な言葉は胸に響く。
ほだされてしまうのが、私の弱さだ。
「ピアノ弾いてくれない?」
「いいよ。沙矢のためなら」
青が奏でるピアノは、狂おしくて艶っぽさがあった。
ドキドキして仕方がなくなる。
弾いている表情と指の動きに惹きつけられる。
「……素敵」
「ますます抱かれたくなったか?」
冗談ぶるわけではなく本気の口調だった。
反論する余地を持たない。
もうとっくに青に囚われ落ちている。
「素直になったな。悪くない」
ピアノの椅子から降りた青が戻ってくる。
立ったままで問いかけた。
「先にお風呂入る?
向こうが洗面室とシャワールーム」
部屋にそんなものまでついている。
「……お言葉に甘えるわ」
青が洗面室の扉を開けてくれた。
「着替えが入ったバッグは、リビングから取ってきてやる」
恐ろしい。
青というより自分が怖い。
この状況を受け入れて洗面室で服を脱いだ私は、
シャワールームの扉を開ける。
洗面室に入ってきた大きな影が、バッグを置くのを意識した。
シャワーの飛沫に打たれながら自分の心臓の音を聞く。
戻ることはできなかった。
最初からこうなることは分かっていたのだ。
そんな感覚に陥ったのは何故だろう。
約束はきっちり守る彼を恨みがましく思う。
何個も年下のくせして私を翻弄した美青年は、
見事にT大医学部に合格して勝ち誇った笑みを見せた。
「先生、合格したよ」
合格通知を見せて口元を吊り上げる。
名前で呼ばないのは、教師としての私に報告しているからだ。
藤城青はこちらに視線を送り反応を見ている。
大学に合格しても年齢差は変わらず彼は18歳を数か月過ぎただけだ。
18歳は成人だが26歳の私とは違いすぎる。
生きてきた世界、価値観、すべてが違う。
私が悩んでいることすら見透かして、
気にするなとあざとく微笑む青。
決断を求める瞳に頭(かぶり)を振る。
「おめでとう……」
「卒業式終えても大学に行くまでは高3だけどね……。
約束は守ったんだからご褒美くれるよね」
大胆に要求してくる生意気さ。
狡猾に思える行動も純粋で押し通してしまえる。
好きになるべきではないと言い聞かせながら、
過ごしていたが彼の誘惑は私を飲みこんで離れられなくした。
草壁くんも覚悟を決めて柚月菫子ちゃんと交際を始めた。
「涼が言ってた。柚月が大切すぎるから簡単には
先に進めない。純粋で健全な関係をしばらく続ける。
大切やから簡単に踏み出せへんかったんやって。
今までの恋愛とは違って本当の恋愛だとでも言いたいんだろうな」
草壁くんの純粋な思いは痛々しいほどだ。
「涼と俺は違うんだよ。俺は手に入れなきゃ気が済まない」
強い言葉に、心臓が鳴り響く。
「……私、26歳よ」
「そんなの関係ない。
俺にとって沙矢は同級の異性と変わらない。
小学校以来、付き合ったことはないけど、
同級が嫌だったわけじゃない。
たまたま運命が先生だっただけだ」
「……犯罪になるじゃない」
「それも楽しそう」
くっ。喉を鳴らした青にぞくっと震えた。
屋上の床に座りこんで彼は私の手を繋いで離さない。
「……先生が罪をかぶることはないよ。
最低限のルールは守るから全部俺のせいにして」
「っ……」
肩を掴まれる。
重なる唇から注がれるのは吐息と唾液。
啜っていると息が乱れてくる。
身体がよろめいたので青の広い背中を掴んだ。
「先生のファーストキスを奪ったやつは誰なんだ。腹が立つな」
「昔の話よ。高校生の頃のことだもの」
キスの合間に会話を交わす。
青の派手な薄茶色の髪は地毛で遺伝によるものだという。
まぶしくて見ているだけで胸が高鳴る。
引き寄せて頭を撫でた。
「後悔するんだから」
「上等だな」
青の制服のジャケットが床に敷かれ、私は横たえられる。
見上げた視界に映る狂おしい眼差しは熱っぽい。
大きな体が上になっていることへの恐怖ではなくて、
未知の期待があった。
「こんな所でしないよ?」
「な……何を言ってるの?」
くすっと悪戯っぽい瞳は私を試している。
覆いかぶさり抱きしめられる。
ジャケットのおかげで、そこまで背中の痛みは防げている。
「押し倒したかった」
子供だと伝えても、彼は痕を残そうとする。
ブラウスのボタンが外されても抵抗しない私。
(とっくに狂わされてる)
「真顔で言わないの」
「沙矢がかわいすぎるんだ」
かわいくなんてない。
誘惑されて落とされた大人になりきれない大人。
「私が大人じゃないならあなただって子供に思えない」
「見るものによって、違うのかもな?」
微笑む。
下着が見えるギリギリに肌を晒されていた。
舌がなぞるほど、求めてしまう。
二人で与え合うことは自然だと身体が訴える。
「私はあなたが好き……」
「俺も好きだよ」
ひときわ強く噛みつかれる。
赤い痕を三つ残し私を解放した。
腕を引かれ体勢を戻す。
乱れたブラウスを丁寧に直してくれた。
スマートな仕草に彼はこのまま私を手に入れるんだと確信した。
膝をくっつけて抱擁する。
「青……」
「うん。藤城くんって呼ばれるよりいいや」
背中に腕を回す。
屋上の床の上には青の鞄が置かれている。
「先生はずっとこの学校に勤務するの?
教諭になったしこれから他の学校に異動したりするのかな」
「上に言われたら異動するだけね」
ひどく冷めた口調になっていた。
医学部に入り医師を目指す彼とはそもそも生き方も違う。
「青は、立派な医師になって」
「別れるみたいじゃん。そういう雰囲気にしたのは俺か」
唇を噛む。
「傷つくからやめろ」
青がキスで癒してくれた。
濡れた唇が、艶っぽく光っている。
自分から青を抱きしめたら驚いたが抱きしめ返してくれた。
一か月後、三月の始めの日曜日。
私が副担任を担当したクラスの生徒たちは全員が、無事に卒業を迎えた。
「……青にしたら我慢した方やと思うで」
からかってくる草壁くんにオーバーリアクションをした私は、
隣で彼を怒る少女の可愛らしさに癒される。
「お世話になった先生をからかわないの!」
「……すんまへん」
先程、体育館で卒業式が行われた。
広い体育館で一番に名前を呼ばれたのは藤城青。
二年次に生徒会長を務めていたこともあり生徒代表で、
壇上に上がっていた。
青はここ数か月で本当に大人っぽくなった。
私を子ども扱いするのは解せなくても仕方がない。
教室に戻り卒業した生徒へは贈答品が渡された。
くすぐったそうに受け取る彼らが印象的だった。
人それぞれ卒業し新たな道を歩く仲間との別れを惜しんでいて、
私もしんみりとしてしまった。
散り散りに帰っていく生徒の中、決まったメンバーは教室に残る。
卒業の日も同じ光景が繰り広げられていた。
「皆、そろそろ教室を出たら?
校門のところで先生方も待っていると思うわ」
「水無月先生、一緒に行かへん?」
「そうよ! 行きましょう」
草壁くんと柚月さん、永月さんも頷いている。
藤城くんは教室から消えていた。
「私とはここでお別れよ。
みんな、三年間よく頑張りました。
卒業おめでとう」
「……急に泣けてきてしもた」
草壁くんが涙を流す横で柚月さんは、バカ!と言いながら、もらい泣きをする。
かわいい二人だ。
(私と青の現状なんて……)
草壁くん、柚月さん、永月さんの三人が
全員で抱きついてきた。
一番勢いが強かったのは男子生徒の草壁くん。
全員の肩に腕を回す。
「私、頼りにならない先生だったよね。
あなた達の先生になれてよかった」
「何でそんな自信ないん。
水無月先生は最高の先生やったよ」
「そう! 沙矢ちゃんは皆のあこがれよ。
美人でかわいくて先生なのに話しやすかったし」
「さ、沙矢ちゃん」
「水無月先生、またどこかで会えたら
お茶してね」
柚月さんと永月さんがそれぞれ微笑みかけてくれた。
頭を撫でた。
子供にするみたいだと思われたらと感じたが押さえきれなかった。
「沙矢ちゃん、大好きよ!」
「柚月さん、ありがとう」
今日でお別れだからか心の中の呼び名を具現化してくれた。
みんなの先生になれてよかった。
「沙矢ちゃん、俺は撫でてくれへんの?」
「涼ちゃん、恥ずかしくないの?」
草壁くんが背をかがめ頭を差し出してきた。
私は笑いをこらえ彼の頭を撫でた。
「篠塚先生に撫でられたから上書きしてほしかってん」
「涼くん……正直すぎない?」
どこからか現れた篠塚先生がこちらにやってくる。
真正面から生徒たちを抱擁していた。
私にはできないことをさらっとやるのはすごい。
くすくすっと笑い、教室を抜け出す。
裏口から出て駐車場を目指した。
駐車場では青が待っていた。
きっちりと私の車の横にいる。
「遅ぇな。あいつらに捕まってたのか?」
「私の役目は終わったから、
篠塚先生にバトンタッチしてきたわ」
最近の青は、前より態度が悪くなった。
これが素なのだろう。
とんでもない家柄に生まれたくせして、
お口が悪すぎる。
「どうせ自分は頼りなかったとかほざいてたんだろ。
目に浮かぶよ」
「……その通りだけどね」
はっきり指摘されると中々神経を逆なでられる。
「さーやは全部顔に出すようになったな。
そういうのたまらない」
「お父さまと帰るんじゃないの?
私はまだ帰れないのよ」
「先生に会いたいから待ってた。
校門で立ってくれてたりしないだろうし」
「……私は遠慮したの」
「来賓用の駐車場に父が待ってる。
帰る間に高校生活最後のキスをしたくて」
「駄目よ……。こんな所を誰かに見られたら」
「ためらっていたら時間が過ぎるんだけど?」
こっちへ来いと青が目線で促す。
私は彼に近づく。
ふらりと傾いだ身体を受け止めて彼は、唇を奪った。
短時間に何度も素早く口づける。
深いキスの一歩手前でついばんで離す。
濡れた唇をぐいと腕で拭い青は去って行く。
こちらに向けて手を振りながら、
私は唇に指をあてた。
「なんて子なの……」
来賓者駐車場から車が出ていく時、
クラクションが鳴ったので道まで出た。
「先生、またな」
助手席の窓を開けて青は笑った。
運転席にいた青のお父さまは笑っていた。
卒業式から三週間が過ぎ、春休みが訪れようとしていた。
私は、覚悟を決めて藤城家のチャイムを鳴らした。
『沙矢、明日俺の家に来てよ。待ってる』
『……行くわ』
昨日届いたメッセージにさらっと返事をし、
大邸宅の前に立っている。
心臓がバクバクしている。
まだ一分も経ってないはずだが……
永遠にも長い時間に感じた。
「いらっしゃい」
三週間、会わずにいた青はあの時のままだ。
この期間でまた大人になった気もするし……。
「……いいの?」
「さっさと入れよ」
しびれをきらした青が腕を引っ張り中へ招き入れる。
玄関の扉が閉まっていく。
「入っちゃったか。何が起きても文句は言えないな」
青は不遜な笑みを浮かべている。
「今日はお父様、いらっしゃらないの?」
「父は、病院の用事かな。院長以外も兼ねてるから
やること多いらしい。今日は特別で普段はいるんだけど」
父親が不在の日に誘われたのだ。
「リビングでコーヒーでもどうぞ」
青は、私の手を引いて広々としたリビングへと導いた。
黒いレザーのソファーを勧めてくれたので座る。
「少し待っててね」
青はそう言ってリビングからいなくなる。
しばらくするとトレーにコーヒーを載せて戻ってきた。
トレーにはコーヒーカップ、砂糖、ミルクポットが載せられている。
(いわゆるミルクじゃなくて牛乳だ)
「青もブラック飲むの?」
「昔はカフェオレだった。今はもっぱらブラック無糖」
差し出されたコーヒーを受け取る。
「ありがとう」
「いきなり部屋に連れ込んだら警戒されるしな」
「口に出して言わないで」
「正直でいいだろ」
隣に座り肩に腕を回されている。
至極当然のように。
「青が俺様なのは高校の皆も知らなかったでしょうね」
「どうでもいいやつらの前では猫かぶっとけばいいし」
しれっとつぶやく。
淹れてくれたコーヒーはとても美味しい。
私が自分で淹れるとこんなにまろやかな味にはならない。
(高級なコーヒー豆を使ってはいるんだろう)
「沙矢」
ふいに名前を呼ばれる。
彼が肩を抱く力が強くなった。
こんな風に触れられるのが嬉しくて、
私はまた青に溺れる。
今日ここを訪れた自分は、
何かを期待していたのだ。
「肩に力入ってる。
心配しなくても親には彼女を泊めるって伝えてあるし、
平気だよ」
「……計算高い」
「バッグには着替えとか入ってんじゃない?」
言い当てられ、言葉に詰まる。
「今は不在でも夕方にはお父上は帰ってくる。
気にするな。高校は出たんだし俺が
何しようと咎めるつもりはないとのことだ」
傲慢に告げる青は生意気で、狡猾だ。
「先生は、俺とひとつになりたくないのか?」
息を飲む。
あまりにも素直に問われてどうこたえるべきか迷う。
この美しい少年は、欲望までまっすぐでピュア。
髪を撫でる指の動きに酔って、
気を失ってしまいたいくらいだ。
この先を知らなくてすむのなら。
目をそらさず見つめ返す。
「沙矢、何か月も待ったよ。
ずっと欲しかった」
カップを置いて抱きしめてくる。
「青……」
「俺のものになれ」
その瞬間、身体が熱くなった。
無防備な命令は私を縛り付ける。
「あなたも私のものになるのなら」
口調は震えていた。
「それはもちろん」
ふわり。
抱えあげられる。
螺旋階段を私を抱いたまま上がっていく。
長身で身体が大きいから力があるのか、
私を抱いていても危うさがない。
背中に腕を回すとしっかりと抱え直してくれる。
見上げた青の瞳は、清廉とした眼差しだった。
「さーやは羽のように軽いな。ちゃんと食べてるの?」
「食べてるわよ」
青は慣れているわけじゃない。
真顔で言ってのけるあたり将来が恐ろしい。
「ここが俺の部屋。客室とどっちに入りたい?」
「……あなたの部屋がいい」
青は部屋の扉を開けた。
私が暮らすアパートの部屋の何倍だろう。
部屋の真ん中には真っ白なグランドピアノが置かれている。
グランドピアノの上には厚みのあるガラスの容器があった。
「ねえ……あれって灰皿!?」
「欲を散らすため?」
青が煙草に手を出していることに気が付かなかったなんて鈍すぎる。
「今日は吸ってない。沙矢を抱くのに無粋だと思って」
「やめると約束して!
高校を卒業しても二十歳にはなっていないのよ」
「……わかった。その代わりキスでおぼれさせて」
少し乱暴にソファーの上へと下ろされた。
「……先生も忙しいし俺も入学準備があったし
会えなかったじゃん。どうしようもなかったんだよ」
「今日を限りにやめてくれるなら私を好きにしていい」
「お安い御用だよ。その代わり大学に行っても
これまで以上に仲良くしてほしい」
「大学の勉強をおろそかにしないならね」
恵まれすぎている環境にいるのだ。
それ故(ゆえ)の重荷があったとしても。
「そんなことはたやすい。
沙矢といるためなら俺は努力するよ」
素直な言葉は胸に響く。
ほだされてしまうのが、私の弱さだ。
「ピアノ弾いてくれない?」
「いいよ。沙矢のためなら」
青が奏でるピアノは、狂おしくて艶っぽさがあった。
ドキドキして仕方がなくなる。
弾いている表情と指の動きに惹きつけられる。
「……素敵」
「ますます抱かれたくなったか?」
冗談ぶるわけではなく本気の口調だった。
反論する余地を持たない。
もうとっくに青に囚われ落ちている。
「素直になったな。悪くない」
ピアノの椅子から降りた青が戻ってくる。
立ったままで問いかけた。
「先にお風呂入る?
向こうが洗面室とシャワールーム」
部屋にそんなものまでついている。
「……お言葉に甘えるわ」
青が洗面室の扉を開けてくれた。
「着替えが入ったバッグは、リビングから取ってきてやる」
恐ろしい。
青というより自分が怖い。
この状況を受け入れて洗面室で服を脱いだ私は、
シャワールームの扉を開ける。
洗面室に入ってきた大きな影が、バッグを置くのを意識した。
シャワーの飛沫に打たれながら自分の心臓の音を聞く。
戻ることはできなかった。
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