秋の幻

natsunoyoru

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秋の幻

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夜の吉祥寺、井の頭公園に向かって歩いていた。なんだかもう、色々なことがどうにでもなれと思っていた。上手く行かない仕事、独りだと気づかされる夜。なんのために生きているのかよくわからなくなっていた。 

横断歩道を渡って、もう少しで井の頭公園だった。気がつくと隣にサラリーマンのような男性が歩いていた。その男性は愛嬌のある顔で、「飲み屋を探しているんです」と話しかけてきた。適当に会話をして、一緒に飲みに行くことになった。明るくて、話上手な彼は私と同じ社会人2年目だった。少し歩いて、煙が立っている焼き鳥屋に入った。私は、ちょっといいと思える男性から声をかけてもらえたことが嬉しくて、よく笑った。彼も笑顔の私を見て嬉しそうだった。仕事の話、大学の話、高校の話、地元の話…色々な話をした。テンポよく弾む会話。こんなに男性と話していて楽しいのは久しぶりだった。店を出るときに連絡先を尋ねられた。二つ返事でLINEを交換した。なんだか、新しい恋が始まる予感がして、高揚感と期待でいっぱいになった。 

店を出て少し歩いていたら、彼が手を繋いできた。びっくりした。展開が早すぎる。でも、彼に好意があったし、手を繋ぐなんて何年もしていない。まあいいかと思って握り返した。その後コンビニで買ったパピコを半分こして吉祥寺駅まで歩いた。彼はまたすぐに会おうと言ってくれた。嬉しかった。改札でお別れして、家に帰った。その日の深夜に彼から電話がきて、予定合わせと…変な話をされた。私が転職活動をしていると聞いたから、紹介したいセミナーがあると言うのだ。「自己探求」をするセミナーらしい…
胡散臭いと思った。見知らぬ人が夜にわざわざ電話をかけてきて、よくわからないセミナーの営業。怖すぎる。でも私のことを考えてくれて勧めてきたのか。彼を信じたい気持ちと怖い気持ちの狭間で私の心は揺れていた。 

「夜10時に吉祥寺に行く。」彼が指定してきた時間はあまりにも遅い時間帯だった。少しの違和感と不安を抱えながら、身なりを整えて家を出た。吉祥寺駅について、彼と落ち合った。彼は持っていた鞄の中からワインを取り出した。私へのプレゼントだと言う。私は喜んだふりをしたが、嫌な予感がした。そしてその予感は的中した。そのワインを私の家で空けて一緒に飲もうと言うのだ。問答無用で断った。その後ホテルで飲もうなどと言ってきたが、全て断り、井の頭公園で飲むことを提案した。彼は諦めた様子で私の提案を受け入れた。 

夜の井の頭公園には若者がたくさんいる。皆所々にあるベンチに座って何かを語り合っている。私たちも皆と同じようにベンチに座った。しばらくしてから彼はセミナーについて話し始めた。素晴らしいセミナーがある、人生が変わる、受けないと後悔するなどと繰り返した。詳細を聞いても一切教えてくれず、とりあえず説明会に来てくれないかと懇願してきた。私がセミナーの値段を聞くと16万円すると答えた。その時私は全てが終わったと思った。舞い上がった気持ちはものすごいスピードで冷めていった。彼を最後まで信じたいと思った自分がバカだった。でも、3日前彼と出会った時の楽しさ、嬉しさ、高揚感は偽物なんかじゃない。そんな気持ちに久しぶりになれたんだから、よかったじゃないか……そんなふうに自分を慰めていることが惨めだった。
私は早々にベンチから立ち上がり、彼に別れを告げた。今後一生会うことはないだろう。帰り道、金木犀の甘い香りがして、あぁこれは幻だったのだと思った。あっけなく終わった秋の幻。これから先、金木犀の香りを感じる度にこの日のことを思い出すだろうか。
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