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第2章 運命の悪戯

[8] 休息

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 冬呀がエマを自宅に送り終えるのと同じ頃ーー。
 人里離れた丘の上に建つ、二階建てログハウスのベランダで電話をする狼呀を、寝室からマリアは眺めていた。
 高い位置にあるため大きな窓からは満月になるのを待っている月がよく見える。そんな月を背後に立つマリアの愛する伴侶は、現実のものではないほど幻想的なものに見えた。
 今でも、彼が絆と運命で結ばれた伴侶であるのが信じられないほどだ。
 寝室にあるバスルームに入り、ジーンズとTシャツを脱いでブラを外したところで、ベランダに出るための窓が開いた音が聞こえてくる。
 意外にも早く電話が終わったことに驚きつつ、マリア着替えの代わりに持ち込んでいた狼呀の大きなTシャツを身につけてバスルームを出た。恥ずかしいという感覚はない。
 相手はマリアという個人を愛してくれているのだ。
 ただの人間相手だったら、ここまで信頼することも、さらけ出すことも出来なかっただろう。
 マリアの人生にとって、狼呀は贈り物だ。

「もう電話終わったの? 瑞季はどうだった?」

 部屋の真ん中で迎えると、狼呀は近くのソファーにスマートフォンを投げ、Tシャツを脱ぎ捨てた。

「全員、無事に地下に入ったと連絡を受けた。瑞季もこれから入るとさ」

  伴侶を持たない人狼たちは三日間、鎖に繋がれて知性の欠片もない獣になり暴れ、唸り、爪で壁を引っ掻く。
 初めて狼呀に人里離れた森の奥深くにある屋敷の地下室を見せてもらった時には、孤独と恐怖で震えたものだ。
 曇らせた表情に、一度だけ見せたことのある地下室を思い出しているのだろうと気づいた狼呀は、両手をマリアの腰に当て身を屈めてキスをした。
 今は自分の事だけを考えて欲しい。そんな欲求を込めて、薄く開いた口に舌を突っ込む代わりにマリアの下唇を少し強めに噛んだ。
 彼女が、はっと息をのみ、可愛らし薄茶色の瞳を大きく開くのを見て狼呀は微笑んだ。

「痛いじゃない!」

「俺に集中してないのが悪い。ところで、今ので濡れたか?」

 別にお互いSMプレイが好きな訳じゃないが、姿が変わらなくても狼シフターだからかマリアは愛撫として噛まれるのを好んでいる。

「ちょっと! セクハラ発言をさらっと言わないで」

 いまだに性的なことに対して恥ずかしそうにするマリアが可愛くて、今度は深く唇を合わせて舌も滑り込ませた。誘うようにこすりつけると、ゆっくりとマリアの舌も動き出す。
 マリアはバランスをとるため狼呀の胸板を撫でていた両手を肩の方に滑らせ、彼の首の後ろで握り合わせた。背の高い狼呀が屈んでいる姿勢から起き上がると、爪先立ちで立たなければいけなくなり持ち上がったTシャツの裾からシンプルな綿のパンティーが覗く。
 狼呀は当然の権利と言わんばかりに、下着の上からマリアの丸みのある尻を形を確かめるように撫でる。
 やわやわと揉まれ、足に力が入らなくなったのが分かると、両手を尻から撫で上げるように移動させ、腰掴んで持ち上げながら移動して壁に背をつけさせた。
 これまで何度もしてきたように、自然と彼の腰に足を絡み付かせ、ようやく顔を離す。深くキスをしていたせいで飲み込めなくなっていた唾液が二人の間に糸を引き、唇の端からも零れ落ちた。
 こんな時、相手が人間の数倍の力を持つ人狼でよかったとマリアは思う。
 決して軽いとはいえないマリアの体を支えていても、全く気にしていないようだ。

「それで? ほんとのところはどうなんだ」

「もう……分かってるくせに」

 マリアのいうとおり、人狼である狼呀には彼女が濡れているのも、欲情しているのも匂いで分かっている。しかし、こうして聞くのは恋人同士の楽しみの一つだ。
 
「君の口から聞きたいな」

 笑いながらもう一度キスしようとすると、胸に両手をついて引き離された。思わず不満の声が漏れたが、愛を交わそうと体の準備が出来ている男なら仕方のないというものだろう。特に、マリアの熱く濡れた部分が自分の股間の近くにある場合はーー。
 それでも、狼呀は彼女の意思を尊重して顔を離した。

「どうした?」

「……今日の冬呀を見た?」

 まさかこの部屋で、パンティーを剥ぎ取れば股間のものを突き入れられる時に、冬呀の話になるとは思っていなかった狼呀は酷く嫌そうな顔をした。
 
「今する話か?」

「ええ、明日……なんて伸ばしたら、きっと話そうとしていたことさえ忘れちゃうもん」

 普段は離れて暮らしている分、満月の三日間は食事を取るのと用を足す以外、ベッドの中で過ごす。
 それはそれは執拗で、体力の限界を調べているのかってくらい、とことん抱き合う。
 マリアも、それが嫌だという訳ではない。
 狼呀と愛し合うのは中毒性があって、時間を忘れるほどいいのだが、なにせ体力が違いすぎる。
 仮眠程度の睡眠で続き、後半には脳みそはぐちゃぐちゃの状態だ。

「だから、今……ああっ」

 思わず口から声が漏れたのは、狼呀がゆるーく腰を動かしたからだ。彼の屹立したものがこすりつけられ、このあとの行為を想像させ快感を引き出される。
 掴んでいる腰を前に出るように移動させられ、パンティーを通してでも分かるほど、あからさまに入口を刺激し、先端の丸みで擦られた。

「ちょっと真面目に」

「聞いてるよ。話したければ、話せばいい」

 そう言いながら、狼呀はやめる気がないのか次は顔を下げ、ブラを外しているためぷくりと立ち上がってTシャツを押し上げている乳首を口に含んだ。直接ではない感触が、逆に淫らで小さく喘ぐ。
 頭を壁につけ、胸を前に押し出す姿勢になっていたため、他人が見たらもっと舐めてしゃぶってくれとマリア自身が懇願しているように見えるだろう。
 
「どうした? 俺は好きにするから、話していいんだぞ」

「そ、そんなこと言われても……あんっ! やめてっ」

 胸から口を離してくれたのはいいが、濡れたTシャツが張り付き冷たくなっていく。
 狼呀はというと、自分がした成果に満足していた。濡れて張り付いてマリアの乳首の形と可愛い少し濃い色がはっきりと分かる。これをしたのが自分かと思うと、酷くぞくぞくするものがある。
 もう片方の乳首にしてやろうかと思ったが、別のことをすることにした。
 Tシャツの裾から手を入れて、手の平に収まるちょうどいいサイズの胸を鷲掴んだ。手の平に、いやらしいほど固くなった乳首が当たる。
 決して、狼呀は乳首フェチではないが、マリアの胸が相手だったら何時間でも遊んでいられそうだと思った。
 強弱をつけながら、マリアが喘いで燃え上がる揉み方に自然と腰が動いてしまう。

「ほら、話しはどうした?」

「エマを見る……冬呀の、あああっ!」

 冬呀の名前を口にした途端、狼呀は濡れて張り付く乳首に噛み付いた。そのまま、歯と歯の間に挟んで扱く。
 マリアの体の中を稲妻が駆け登り、目をチカチカさせた。

「この部屋で……セックスの最中に別の男の名前を口にするなよ。今のはペナルティーだ」

 口を離し、Tシャツをまくり上げて胸を露にすると、狼呀は裾をくわえるように言った。素直にマリアが従い口にくわえると、ご褒美と言わんばかりに噛み付いた乳首を舌先で宥めるように舐めはじめた。舌全体で舐めたかと思えば、舌先を使って弾くように舐める。
 徐々に物足りなくなって、マリアは強く狼呀の腰を挟み知らせた。これは、体を重ねるようになってから、定着しつつある二人だけの合図だ。
 言葉を交わさなくても、ベッドにいって奥まで満たして欲しいということが伝わる。
 しかし、機嫌が悪いのかペナルティーが継続中なのかベッドに連れていってもらえずに、愛撫しているのとは違う方の手をパンティーの中へと滑り込ませた。
 すでにしっとりを通り越し、びしょ濡れ状態の割れ目を手の平で上下に愛撫されると、粘着質な水音がする。
 快感に霞む頭で、マリアは狼呀の髪を握りしめて引っ張り顔を上げさせると、ねっとりとしたキスをした。その間もパンティーの中で動かす手は休めない。もう冬呀のことも、話しもどうでもいい。
 
「はあ……はやく、頂戴」

 唇をもぎ離して耳元でマリアに囁かれ、一本の指を蕩けきった狭い器官へと滑り込ませた。難なく指を受け入れ、小さく喘ぐ。
 何度か中を擦ってから、指を増やして中を引っ掻くように指を動かし、いつもきゅっと指を締め付ける箇所で指を曲げて刺激してやった。
 そうすると、狼呀の指を締め付け爆発が近いのを知らせてくる。呼吸が荒くなり、揺れる腰が速くなるのに合わせて、指を奥に押し込むのと同時に剥き出しになった核を親指で押し潰す。
 次の瞬間、締め付けが強くなり中が痙攣し、マリアの体から力が抜けた。
 パンティーの中に入れていた手を引き抜き、朦朧とするマリアの様子を見ながら指に付いた蜜を舐めとる。
 ぐったりとした彼女を抱えたままベッドに移動して、優しく下ろすと狼呀はベルトを外し、慎重にファスナーを下ろした。マリアの乱れる様を見たせいで、ファスナーの跡が永遠に刻み込まれてしまいそうなほど勃起していた。張り詰めすぎて、痛いくらいだ。
 ジーンズと下着を始末していると、体を横たえたままマリアがTシャツを脱いでいた。ベッドに乗らずに膝をついた狼呀は、マリアの腰を掴んで引き寄せるとパンティーを剥ぎ取り、肘をついて体を起こした彼女と目を合わせた。
 
「味わいたい」

 マリアの太ももを割開き、目の前にある期待で収縮を繰り返す割れ目に舌をはわせる。指で左右に開き、敏感な襞を舐められるとマリアの頭は後ろへと倒れた。
 舌の使い方が絶妙すぎて、いつもマリアは堪えられないで達してしまう。
 あまりの快感に爪先を丸めると、狼呀は足の間から立ち上がりマリアの目を真っすぐに見つめながら濡れた唇を舐めた。

「もう、我慢できそうにないな」

「はやく……来て」

 快感でピンク色に染まった体を肘で上へと移動するマリアに呼ばれるまま、狼呀はベッドに乗りマリアの太ももの間に移動すると、張り詰めて先走りを滴らせる自身の丸みをおびた先端を、蕩けきった入口にあてがう。
 どちらのものとも分からないぬめりに助けられ、すんなりと中に入ってくる。
 彼のその部分は、硬くて太くて、満たされたという感覚がどういうものなのかを教えてくれた。もうこれ以上は伸びないというほど入口は開かれ、彼で一杯になり苦しい。しかし、それは喜びだけの苦しさだ。
 中を擦りながらゆっくりと根元まで埋め込まれ、お互いの縮れ毛が擦れ、さらなる快感を生む。
 完璧だ。
 マリアは狼呀の為に、狼呀はアリアの為に生まれたと感じさせるフィット感に、頭の奥が痺れる。 もっと感じあいたいし、中で脈打っているのが分かるのに、狼呀は動こうとしない。堪えるようにマリアの顔の横に着いた手を握りしめ、腕と肩の筋肉を隆起させている。
 マリアは狼呀の顔に手を伸ばした。

「どう……したの?」

「少し、落ち着かないと酷くしてしまいそうだ」

 毎回のことだが、自分の快楽を優先させそうになって怖くなる。少しずつだが、確実に月の魔力が影響し始めるのだ。
 きちんと意識を保っていないと、人狼の姿になってマリアの体を爪で引っ掻き、鋭い歯で噛み付いて一生治らない傷を体に残してしまう。
 そうなれば、狼呀は自分を許せないだろう。
 だから、いつもマリアの中に自身を埋めたときには、葛藤が生まれる。

「大丈夫よ。毎月、あなたは……あたしを傷つけていないもの。それに、姿は変えられなくても、狼シフターなのよ? 普通の人間よりは頑丈なんだから」

 その言葉と心で十分だった。荒々しい部分は、伴侶の愛情に包まれ消えた。

「マリア、愛してる」

 愛情を返すかのように、狼呀は動きはじめた。ゆっくりと焦らすように、狼呀の存在を感じさせるように。
 次第に甘い疼きが増していき、ゆっくりな動きにじれったくなってくる。
 
「もっと……もっと、はやくして」

 最初は、無視をするのかと思ったマリアの両足の膝裏を掴むと、さらに大きく拡げてから律動を速める。体は前後に揺らされ、頭がヘッドボードに当たるのを防ぐために手を当てて身を任せた。
 室内には狼呀の口から漏れる荒い息遣いと、マリアの嬌声だけが響く。
 狼呀は何度も突いては、マリアの最も締まりの良くなる部分で勃起しているモノの括れをこすりつける。
 マリアの中は熱くて柔らかく、うねっては狼呀から搾り取ろうと動く。
 お互い限界が近づいている。
 切羽詰まった状況だが、伴侶を可愛がりたいと思っている部分が先ずはマリアを絶頂に押し上げるべきだと抗議の声を上げていた。
 彼女の顔を見つめ、中に押し入るタイミングで紅く充血した核を指先で引っ掻いた。
 たちまち、絶叫とともに狼呀を締め付け、中が痙攣した。あまりにも強い締め付けに、狼呀も我慢できず子宮の奥深くに白濁した熱いモノを注ぎ込んだ。



 上手く喋れるようになったのは、狼呀がマリアの上に力無く覆いかぶさってから、しばらくたってからのことだった。
 なかなか治まらない荒い呼吸をするマリアに、狼呀の方から口を開いた。

「それで、森山がどうしたって?」

「……覚えてたんだ」

「もちろん。俺はマリアがベッドの中で言ったことなら、睦言から喘ぎ声まで覚えてるぞ?」

「むしろ、そこは忘れて欲しいんだけど」

 狼呀の胸にマリアは背中をつけて横になっているため、表情までは見えないが狼呀には頬を染めている顔が簡単に浮かんでくる。
 あれだけ狼呀の腕の中で乱れていながらも、そんなことでマリアは恥ずかしがるのが、狼呀にはたまらない。

「真面目な話。エマを冬呀は伴侶だと思っているだろうな。二人で話しているときに、からかったんだが間違いないだろう」

「あたしのせいで、辛い思いをしたことのある人だから、幸せになって欲しいな。エマなら、幸せにしてくれそうだし」

「そうだな。俺も思うよ」

 同じく長らく伴侶を待っていたであろう別のアルファを思い、狼呀はマリアの足に足を絡めて抱きしめる腕に力を込めると、暫しの休息の為に目を閉じた。




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