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花子が怪異に戻る手段
しおりを挟む「私が怪異に戻る手段がある、か」
人面犬と再会した帰り道。足取りが重く、今日はトイレに行く気になれない。トイレにいったら最後、家に帰る気を失くしてしまうから。
それよりも、人面犬がいっていたことが引っかかった。
私たちの在り方が変わるわけではないことを。もし怪異のままの魂なら、人の恐怖を集め続ければ、私はまた怪異に戻るということになる。
人に忘れ去られる存在、人がいなければ生きられない存在、そして人を糧として命永らえる化け物。
私はまた、あの身体に戻るのだろうか。
――あの、体の末端から解かされるような、人々に忘れ去られる絶望をまた味わうのだろうか。
怪異という存在に生まれたのなら、またその生を歩むことに躊躇はなかったかもしれない。
でも、私の今の身体は人間だ。人間は誰かに忘れ去られても消えることはない。自分から存在を主張せずとも生きていける。
私は、怪異に戻りたいのか?それとも、このまま、人間のままでいいと思っているのだろうか。
少なくとも、怪異に戻るという選択肢を拒む私がいることは確かだった。
――なんでだろう?なんで、私は消えることに怯えているのだろう。生きとし生ける者すべてに平等に死は訪れるのに。
私が生きる意味。それはなんなのだろうか。ふと疑問が脳内に沸き起こる。その考えの裏にはなぜか照れたジョルジュさんの顔が思い浮かんだ。
「――ああ、もう。なんで私、ジョルジュさんのことなんか思いつくんだろう。彼はアリスの婚約者なのに」
蚊を払うように脳内に差し掛かるもやを手で払い、両頬をパシン、と気合を入れて叩く。
雑念が多いので、今日は考えるのもこれくらいにしよう。これ以上考えても埒が明かないし。
そもそも、私が本当に怪異に戻るなんて確証もないので考えるだけ時間も損する。
今日はもう陽が落ちかけているから屋敷に帰ろう。荷物を取りに行くために自分の教室へと足先を向けた。
…………。
「まぁ、アリス、お帰り。今週末、王妃様主催の夜会があるから、ドレスの採寸やアクセサリーを新調するから、明日からはやめに帰ってくるのよ」
「ただいま、お母様。……わかり、ました」
「アリスの髪の毛は長い方が素敵だったのに、今は短いからショート用の髪飾りを選ぶのが大変だわ。次から切りたいときは事前に報告して頂戴ね」
「…………」
屋敷に帰ると、また夜会へ行くのだろうか、めかしこんだアリスの母親が出迎えた。
私にそういって急いで馬車に乗って走り去ってしまう。
貴族というのは横の繋がりを大事にしていて、アリスの母親は社交界でも有名な美人で人脈が広いそうだ。
その分社交活動に忙しいといっても、髪の毛を切るくらいで許可が必要だなんて、窮屈な話だ。
とぼとぼとあるいていると、執事を連れたお父様と遭遇し、挨拶を交わす。
子供には甘いが、忙しいせいか奔放にさせているので、帰りが遅くても怒られないのが私にとって都合がいいけれど。
それと同時に、2人は根本的にアリスに興味がないのではないかと思ってしまう。だって、中身が違うのに、私をアリスだと可愛がっている。
身体がアリスなら娘に変わりがないという意見なら仕方がないが、私の心境としては複雑だ。
私だけが異物。私だけが世界にはじき出された感覚。この孤独はどうやっても癒えることはない。
自室に戻り、部屋の中に乱雑に脱ぎ捨ててクローゼットの中に隠れる。
制服は脱ぎ捨てれば侍女が勝手にクリーニングをしてくれる。クローゼットにいつも隠れているので、その度に私が部屋にいないと勘違いをした使用人たちが私の愚痴ばっか零しているけれど。
それはそれで、働いてくれている使用人たちには感謝している。狭い空間は落ち着く。この箱からでなければ、誰とも触れ合う必要はないし、私は私の世界に引きこもれる。
全て、外の世界を考えなくて済むのだ。
「落ち着く……けど」
けれど。最近はこうして1人になると、自分が1人だと実感させられてなんだか惨めで寂しい気持ちになるのだ。
やっぱり、学校のトイレじゃないから?
それとも、私が人間の身体だからだろうか。
ジョルジュさんがいるときや学校にいるときはまったく感じなかったのに。一人になると、より孤独を実感させられる。
――ん、ジョルジュさん?
なんで、私、ずっとジョルジュさんのことを考えているの?
「……ジョルジュさんって、実は人間じゃなくて、怪異なんじゃないの?だって、最近、傷を心配してくれた時から、ずっとあの人のことばかり考えてる。胸がちくちくして、じわじわして、もやもやする」
そうだ、これはきっとジョルジュさんが呪いをかけたんだ。じゃないと、こんなにずっと胸がもやもやするはずがない。
怪異の私に効く呪いなんてあるのかは知らないけど、異世界なら未知の呪いがあるかもしれない。
早く、明日にならないかな。
ジョルジュさんに会えば、この胸のもやもやが消える気がするから。
最近、学校に、ジョルジュさんに会って、お喋りするのが楽しいと思えるから。
だから、早く、明日になぁれ。
ジョルジュさんのことを考えていると途端に眠気が襲ってきた。動く気力もなくてクローゼットの中で朝まで過ごすと、ずっと同じ体勢だったから体の節々に痛みを感じた。
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