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――8年後。
「ヴァシリッサ、準備はできましたか」
早朝、小鳥のさえずりと共にノック音が聞こえて使用人に扉をあけてもらうとこの家の主の夫人であり私のお養母様でもあるイザベラ・オーツが様子を見に来てくれた。
私の黒髪と対照的に水色の髪の毛に華奢で凛とした佇まいのお母様は準備を終えた私を見ると、そっと私の隣に立ち、似つかなくて当然の黒髪を撫でた。
「御髪が乱れてますよ。まったく、今日は記念すべき門出なのに乱れていては恰好悪いわ」
「申し訳ありません」
「ふふ、でもあなたが開発したトリートメントのおかげで手櫛も問題なく通るわ。ああ、あなたの奇天烈で便利な美容用品を一番最初に試せないのが残念だわ」
「問題ありませんわ。開発、運営はお母様直轄の商会に丸投げしてますもの。レシピをお送りしますので、いままで通り一番に試せますよ」
「……ホント我が子ながら鈍いわね。遠くに行っちゃうから心配だと遠回しに言ってあげているのに。わざとなの?」
「いいえ、お養母様のご心配胸に染みています。だからこそ冗談で返したのです。私もお養母様とずっと暮らしたかったです」
「嬉しいことを言ってくれるわね。ベルンドルにヴァシィを下さいって言ってみようかしら」
「――それはできない相談だ。もはやただの我が娘ではなく、爵位を賜った歴とした家門の長だからね」
会話に入るようにお養父様――ベルンドル・オーツが現れる。宰相の仕事で普段は早朝から家にいないのにこの日にいるということは……。
「お見送りにきてくださるのですか?」
「もちろんだとも。可愛い娘と弟たちの旅立ちの日だからね。それと、別れを惜しんでくれるのはイザベラだけなのか?」
「あら、お養父様はむしろ私が独り立ちしてくれた方が助かるでしょう?自分の派閥の力が増しますし、方々の負担が軽くなりますもの」
「おや、厳しい物言いだね。少し遅い反抗期かな?父は悲しいよ」
よよよ、と口元を押さえてウソ泣きをするお養父様をお養母様と二人でじとっと見つめる。
今回はジョークが長いので打ち切るべく「嘘ですよ、お養父様とも離れるのは寂しいです」と本音半分棒読み半分で答えると嬉しそうに出ていない涙をぬぐって私とお養母様を抱きしめた。
「あら、私もですか?」
「私にとっては二人とも家族だからね。こうやって家族水入らずで過ごすのも今日で最後かと思うとやはり寂しいよ」
「あら、でもジェルがいないではありませんか」
「あの子は朝が弱いからね。昨日も「姉様をお見送りします」と息巻いてはいたが寝コケているよ」
ジェルメーヌはお養父様の実子でオーツ家の跡取りだ。遊びたい盛りでわがままだが関係はいい方だ。見送りに来ないのは仕方がないので少しだけ残念だが時間になるので私たちはそのまま準備している馬車の方へ向かった。
――。
「それでは”お養父様”、”お養母様”。今までありがとうございました。北方の地へと旅立ちますがどうかお元気でいてください」
あれから宰相、ベルンドル様に保護されてから8年の月日が経過し、治水工事の提案と災害対策の軽減、商いの自由化を初めとした経済政策の提案、施行の功績を讃えられた。特に水源が多いこの土地では毎年のように多くの死者がでていたことから画期的な案だったと、国王より女性としては異例の伯爵の位を賜り、寒さが激しく、不作の土地とされて廃領寸前の土地、アレーナ伯爵の土地を与えられる。
アレーナ伯爵は数年前に後継者がおらず、断絶されている。最後の当主、アレーナ伯爵も数年前に大往生で逝去された。
暫定的にお養父様が管理されていたようだが、本格的に爵位を賜った私が引き継ぐことで決着する。多くの貴族は「女性が爵位を賜るなど」と侮蔑し、「不作の土地の管理など女に務まるはずがない」と罵った。
「君は賢い子だ。何故君にこの土地を与えたかわかるね」
「誰も欲しがらない領地を与えることで、女性の身で爵位を賜ったことによる不満の声を抑えるため。アレーナの領地は隣国の帝国との国境に近い場所で、防衛ラインの維持をするため。そして王国最大の領地面積であるので発展を必ず成功させる……いいえ、させなければならない、ですね」
「そうだ、決して君を侮って渡す領地ではないということを覚えていてほしい。不作の土地だとされているから大変だろうが、領地を発展させ、屈強な兵士を育てれば王国の為になる。やれるね」
あの日、危険を顧みず救ってくださり、教養から日常的な暮らしまで、人並み以上の生活をさせてくれたお養父。御恩に報いるべく、私からの気持ちと返答は常にひとつしかない
。
「ヴァシリッサ・アレーナ。かならずや、お命を救って下さったお養父と、ご慈悲と慈愛を下さったお養母様の為にも恥ずかしくない領地にして見せます」
お養父様はいつものように困った笑みを浮かべて頷くと、きょろきょろとあたりを見回す。
「そういえば夫たちがいないね。一体どこにいったのやら」
「ベルナルドは今朝方荷造りをするといったきり見ておりませんし、アリスタウは庭園の貴重な薬草の苗を回収しに行くといったっきりです。でもまぁ、先に出発したところで行先は一緒なので合流すれば問題ないかと思います」
「それもそうだね。今日が旅立つ予定なのに準備で送れるとはいえ、時間通りにこれないのは彼らの責任だ。……さて、そろそろ出発の時間だろう」
「そうですね。では、お養父様お元気で。今日お茶会でいらっしゃらないお養母様にもよろしくお伝えください」
「ああ、伝えておこう」
本来乗るはずだった4人乗りの馬車にいない2人分の空席に寂しさを感じつつも、自分の領地へ旅立つために馬車を発車させた。
★★★★★★
北方領土アレーナは北海道のような気候をしている。冬は極寒だが夏は涼しい。しかしそれは南側の気候で海に近い場所は本当に寒く冬は海が凍るほど。つまり気温がマイナス以下に下がる。
冬は海も凍るので平穏そのものだが、海が凍らない春先から秋口にかけては隣国の帝国の船がアレーナ領の海域に無断で侵入したり、海賊がでたり。冬が極寒なので野菜はうまく育たず極寒の不作、不穏な地として人々からは知られている。
私にこのアレーナ領を収めることができるかなんて泣き言は言わない。領主に命じられた以上、自分と自分の周りの人たちの為に、領民の為に自分ができることを頑張るしかない。
「ヴァシリッサ、準備はできましたか」
早朝、小鳥のさえずりと共にノック音が聞こえて使用人に扉をあけてもらうとこの家の主の夫人であり私のお養母様でもあるイザベラ・オーツが様子を見に来てくれた。
私の黒髪と対照的に水色の髪の毛に華奢で凛とした佇まいのお母様は準備を終えた私を見ると、そっと私の隣に立ち、似つかなくて当然の黒髪を撫でた。
「御髪が乱れてますよ。まったく、今日は記念すべき門出なのに乱れていては恰好悪いわ」
「申し訳ありません」
「ふふ、でもあなたが開発したトリートメントのおかげで手櫛も問題なく通るわ。ああ、あなたの奇天烈で便利な美容用品を一番最初に試せないのが残念だわ」
「問題ありませんわ。開発、運営はお母様直轄の商会に丸投げしてますもの。レシピをお送りしますので、いままで通り一番に試せますよ」
「……ホント我が子ながら鈍いわね。遠くに行っちゃうから心配だと遠回しに言ってあげているのに。わざとなの?」
「いいえ、お養母様のご心配胸に染みています。だからこそ冗談で返したのです。私もお養母様とずっと暮らしたかったです」
「嬉しいことを言ってくれるわね。ベルンドルにヴァシィを下さいって言ってみようかしら」
「――それはできない相談だ。もはやただの我が娘ではなく、爵位を賜った歴とした家門の長だからね」
会話に入るようにお養父様――ベルンドル・オーツが現れる。宰相の仕事で普段は早朝から家にいないのにこの日にいるということは……。
「お見送りにきてくださるのですか?」
「もちろんだとも。可愛い娘と弟たちの旅立ちの日だからね。それと、別れを惜しんでくれるのはイザベラだけなのか?」
「あら、お養父様はむしろ私が独り立ちしてくれた方が助かるでしょう?自分の派閥の力が増しますし、方々の負担が軽くなりますもの」
「おや、厳しい物言いだね。少し遅い反抗期かな?父は悲しいよ」
よよよ、と口元を押さえてウソ泣きをするお養父様をお養母様と二人でじとっと見つめる。
今回はジョークが長いので打ち切るべく「嘘ですよ、お養父様とも離れるのは寂しいです」と本音半分棒読み半分で答えると嬉しそうに出ていない涙をぬぐって私とお養母様を抱きしめた。
「あら、私もですか?」
「私にとっては二人とも家族だからね。こうやって家族水入らずで過ごすのも今日で最後かと思うとやはり寂しいよ」
「あら、でもジェルがいないではありませんか」
「あの子は朝が弱いからね。昨日も「姉様をお見送りします」と息巻いてはいたが寝コケているよ」
ジェルメーヌはお養父様の実子でオーツ家の跡取りだ。遊びたい盛りでわがままだが関係はいい方だ。見送りに来ないのは仕方がないので少しだけ残念だが時間になるので私たちはそのまま準備している馬車の方へ向かった。
――。
「それでは”お養父様”、”お養母様”。今までありがとうございました。北方の地へと旅立ちますがどうかお元気でいてください」
あれから宰相、ベルンドル様に保護されてから8年の月日が経過し、治水工事の提案と災害対策の軽減、商いの自由化を初めとした経済政策の提案、施行の功績を讃えられた。特に水源が多いこの土地では毎年のように多くの死者がでていたことから画期的な案だったと、国王より女性としては異例の伯爵の位を賜り、寒さが激しく、不作の土地とされて廃領寸前の土地、アレーナ伯爵の土地を与えられる。
アレーナ伯爵は数年前に後継者がおらず、断絶されている。最後の当主、アレーナ伯爵も数年前に大往生で逝去された。
暫定的にお養父様が管理されていたようだが、本格的に爵位を賜った私が引き継ぐことで決着する。多くの貴族は「女性が爵位を賜るなど」と侮蔑し、「不作の土地の管理など女に務まるはずがない」と罵った。
「君は賢い子だ。何故君にこの土地を与えたかわかるね」
「誰も欲しがらない領地を与えることで、女性の身で爵位を賜ったことによる不満の声を抑えるため。アレーナの領地は隣国の帝国との国境に近い場所で、防衛ラインの維持をするため。そして王国最大の領地面積であるので発展を必ず成功させる……いいえ、させなければならない、ですね」
「そうだ、決して君を侮って渡す領地ではないということを覚えていてほしい。不作の土地だとされているから大変だろうが、領地を発展させ、屈強な兵士を育てれば王国の為になる。やれるね」
あの日、危険を顧みず救ってくださり、教養から日常的な暮らしまで、人並み以上の生活をさせてくれたお養父。御恩に報いるべく、私からの気持ちと返答は常にひとつしかない
。
「ヴァシリッサ・アレーナ。かならずや、お命を救って下さったお養父と、ご慈悲と慈愛を下さったお養母様の為にも恥ずかしくない領地にして見せます」
お養父様はいつものように困った笑みを浮かべて頷くと、きょろきょろとあたりを見回す。
「そういえば夫たちがいないね。一体どこにいったのやら」
「ベルナルドは今朝方荷造りをするといったきり見ておりませんし、アリスタウは庭園の貴重な薬草の苗を回収しに行くといったっきりです。でもまぁ、先に出発したところで行先は一緒なので合流すれば問題ないかと思います」
「それもそうだね。今日が旅立つ予定なのに準備で送れるとはいえ、時間通りにこれないのは彼らの責任だ。……さて、そろそろ出発の時間だろう」
「そうですね。では、お養父様お元気で。今日お茶会でいらっしゃらないお養母様にもよろしくお伝えください」
「ああ、伝えておこう」
本来乗るはずだった4人乗りの馬車にいない2人分の空席に寂しさを感じつつも、自分の領地へ旅立つために馬車を発車させた。
★★★★★★
北方領土アレーナは北海道のような気候をしている。冬は極寒だが夏は涼しい。しかしそれは南側の気候で海に近い場所は本当に寒く冬は海が凍るほど。つまり気温がマイナス以下に下がる。
冬は海も凍るので平穏そのものだが、海が凍らない春先から秋口にかけては隣国の帝国の船がアレーナ領の海域に無断で侵入したり、海賊がでたり。冬が極寒なので野菜はうまく育たず極寒の不作、不穏な地として人々からは知られている。
私にこのアレーナ領を収めることができるかなんて泣き言は言わない。領主に命じられた以上、自分と自分の周りの人たちの為に、領民の為に自分ができることを頑張るしかない。
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