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160 論外の交渉
しおりを挟む選択肢はいくつかある。
1、無言でドアを閉める。
2、きっぱりと断る。
3、やんわりと断る。
1をしたところでしつこそうだな。
2や3も言葉が通じることが前提になるけど、なんとなく通じそうにない。
安い値段を提示してるのに、断られるかもしれないっていう感じが見えないからな。
かなりまけてもらって600K、+畑や拡張で500Kもかけた我が家を、何故100Kで売ってもらえると思うんだ。
少しは相場を調べてから来て欲しい。
勿論、売るつもりは全く無い。
俺の、俺達の大事な、初めての家だ。
いくら積まれたって頷くことは絶対にない。
自信満々で一応、俺の返答を待ってるムラマサを真っ直ぐ見る。
2でいこう。
「ここは大事な家なので絶対に売りません。他をあたってください」
「……は? お金が足りないのか? 仕方ない、じゃあ150Kでどうだ?」
「金額の問題じゃありません。なんと言われようと売るつもりはないです」
「それなら200Kでどうだ? 大金だろう!?」
きっぱりと断ると、ムラマサは値段のつり上げを始めた。
そうじゃない。
「売る気はありません。しつこいですよ」
「お前……!!」
段々と苛立ってきてるのが分かる。
しつこいは余計だったかな。
でも実際しつこいし、こっちだってイライラしてしまう。
そんな顔されたって売れないものは売れない。
「お前もプレイヤーなら私達≪三日月≫のことは知っているだろう?」
「ええ、まあ」
「それなら理解しているだろうが、三日月は未開のエリアを探索して、情報を他のプレイヤーに広めているんだぞ。地形や、出現するモンスターの詳細な情報だ。なら、私達に貢献するのが当然だろ?」
「はあ」
そういえばモグラがチラッと言っていた気がする。
三日月は積極的に誰も行ったことのない場所の攻略に乗り出しては、詳細な攻略情報を広めていると。
それだけ聞くとすごく立派な団体だ。
実際、大勢のプレイヤーが助かっているのも事実らしい。
だけど、狩場でのマナーはあまり良くない。
他のプレイヤーに対しての傲慢だったり高圧的な態度が目立つそうだ。
モグラみたいに自力で調べたり、未開の地に突撃するプレイヤーからはあまり好かれていないとか。
「それでも、俺にこの家を譲れというのは聞けません。空き家なら他にもあるんじゃないですか?」
「こんな村にあるボロ家自体に興味はない。それはここも同じだ」
「え?」
「マスターが欲しいのは、あの変なイカや宝石みたいなハーブが生えてる畑と、裏にある美しい城だ。買い取るからには、この村で寝泊りする際の宿くらいには使うだろうけどな」
「いくらなんでも失礼じゃ――タマ!!」
「っ!?」
余りにも腹立たしい言い分に文句を言おうとした。
が、家の中から飛び出してきたタマを抱えて止める。
いつになく怒っている。
こんなに怒ってるタマを見るのは、おろし金が馬鹿にされた時以来か?
「タマ達の家を馬鹿にするのは許さない!」
「なんだお前、私達とやろうっていうのか!?」
ムラマサはあまり動じていないようだ。
俺が止めたせいでタマの恐ろしさが分かってないんだな。
この子、殺る時は殺りかねないんだぞ?!
伸びきる寸前の拳はムラマサの顔面を直撃する軌道だったと思う。
寸止めの可能性もあったけど、それと同じくらい殺してしまう可能性もあったから、思わず止めてしまった。
やっぱり、殺人に対して忌避感があるからな。
ゲームとは言っても俺達にとっては第二の人生だ。
よほど悪意をもって攻撃された時以外は、殺すまでしたくない。
しかし、止めずにいて、よくやったとタマを褒めてやりたい気持ちも確かにある。
やるにしてもタマを止めたうえで俺がやるのが、大人としての責任だと思うけどな。
怒ったタマを見て逆に冷静になれた。
「タマちゃん!? ナガマサさん、どうしたんですか?」
「この人が失礼なことを言うからタマが怒っちゃってね。ちょっとお願いしていい?」
「はあ!?」
「分かりました。タマちゃん、あっちへ行こう」
「うー……」
タマを追いかけてミルキーもやって来た。
抑えているタマを預ける。
どれだけ怒っていてもタマは優しい。
止めようとする俺やミルキーを乱暴に振りほどいたりはしない。
やろうと思えば出来る筈なのにな。
「俺達はこの家を大事に思ってるんです。帰ってください」
「私達のマスターに逆らうとはいい度胸だな! 覚悟しておけよ!」
ムラマサは怒り心頭で帰って行った。
こっちだって怒ってるんだぞ。
タマが先に爆発したから冷静になれたし、まだあの段階じゃ怒鳴ったりしてなかっただろうけど。
タマには感謝しかない。
機嫌を直してもらって、あんな奴のことは忘れてしまおう。
こういう時って玄関に塩を撒くんだっけ?
塩はそれなりに高いらしいから、怨念だけ振りまいておこう。
普段通り過ごす内に、なんとかタマの機嫌が直った。
夕飯も食べたし、後はお風呂に入って寝るだけだ。
身体が汚れたりすることはほとんどない。
ゲームの世界ってすごい。
だけど、お湯に浸かるのは気持ちいいからお風呂へは入る。
一人でゆっくり湯船に浸かるなんて初めてだったから、毎日が楽しいしな。
そういうプレイヤーに向けての優しさなのか、この家には世界感を無視したお風呂が備え付けてあった。
ゲームの世界ってすごい。
そんなゆったりとした時間の中で、またしてもノックの音が響く。
うわぁ、これ絶対さっきの奴だ。
もしくは≪三日月≫の他のメンバーか。
またさっきのムラマサみたいなのだろうし、相手するの嫌だなぁ。
話通じないし。
売る気ありませんって言われたらそうですか、で終わる話じゃないのか?
タマもミルキーもさっきまで笑顔だったのに、微妙な顔になってしまった。
ミルキーだけ除け者にするわけにもいかないし、さっきのやりとりを説明してある。
思った通り、怒っていた。
俺やタマと同じようにこの家のことを大事に思ってくれてるってことで嬉しいが、出来れば巻き込みたくなかった。
それはそれでミルキーに失礼な気もするし、難しい。
どんどんとノックの音が大きくなっていく。
現実逃避してても仕方ないか。
ゆっくりと玄関へ向かう。
玄関に辿り着くまでの間で帰ってくれないかな。
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