上 下
304 / 338
新たな始まり

しおりを挟む
「あいったー……」

 なんだなんだ。
 なんかよく分からないけど転ばされたぞ。

 とりあえず、地面に転がっている無様な体勢から復帰しないといけない。
 マイルドな痛みを感じつつ、膝と手をついて起き上がる。

 うっわ、なんかよく分からない内にHPがそこそこ減ってる。
 流石Vit1、貧弱だ。

「っご、ごめんなさい!」
「お?」

 突然の謝罪に振り返ると、女の子がいた。
 野暮ったい服に、軽装の鎧。
 ポシェットやポーチ、大きなバッグを装備している。

 明らかに、始めたばかりの初心者ではなさそうだ。
 いやでも、まだそんなに時間は経ってないよな。
 というかこの人誰だ。

「その子があんたを撥ね飛ばしたのよ」
「ああ、なるほど。っていうか、もっと早く教えてくれよな」
「あたしだって直前になって気付いたのよ。コインの視野の狭さ舐めないでよね」

 ルインが、謎の女の子の正体を教えてくれた。
 なるほど。
 なんか荷物多そうだし、これにぶつかられたら俺にはひとたまりもない。
 っていうかコインの視野って狭いのか。
 初耳だなそれは。

「わわっ、ゼノさんの相棒、喋るんだね」
「ん? おう」

 女の子の視線が、ふわふわ浮かぶルインに釘付けになっている。
 名前は、青いアイコンと共に頭上に表示されている。
 ≪シュシュ≫か。
 女の子が髪とかにつけてるあれ?

「ルインよ、よろしく」
「うわー、すごい! 私はシュシュ、よろしくね。この子が私の相棒、パックンだよ」

 シュシュは、ルインの自己紹介を聞いてテンションを上げていた。
 名乗った後にくるっと背中を向けて、大きなバッグを見せる。
 どうやらそのバッグがパックンらしい。
 
「あー、私のパックンもお喋り出来るようにしちゃおっかなー」
「……なあ、俺を撥ね飛ばすくらい走ってたんだから、何か急いでたんじゃないのか?」
「あっ」

 とりあえず初心者用ポーションを飲んで減ったHPを回復させる。
 スポーツドリンクみたいな味だ。
 それから、思わずツッコんでみると、案の定何かを思い出したような声がシュシュの口から零れ落ちた。

「そうだった! 早く逃げないと!」
「逃げる? 逃げるって一体何から――」
「見つけた! βNPC!」
「ひっ!?」

 シュシュが突然慌て始めた。
 事情を聞こうと思ったら、誰かの声に遮られた。
 流石オンラインゲーム、乱入が半端ない。

 シュシュは声にびっくりして、俺の後ろに隠れた。

 βNPCか、なるほど。
 そういえばそんなのがあったな。
 すっかり忘れてた。

「βNPC? 何それ」
「後で説明してやるから、上にでも逃げててくれ」
「その方が良さそうね」

 ルインが能天気な質問を投げてくる。
 が、現れた男は既に武器を抜いていて、いつ攻撃を仕掛けて来てもおかしくない。
 目を逸らさずにルインに返すと、大人しく同意してくれた。

 相手は俺と同じような初心者装備で、武器も初心者用ナイフっぽい。
 多分宙に浮いてれば攻撃を受けることはないだろう。
 多分。

「なぁあんた、この子は俺が先に見つけたんだ。余所へ行ってくれないか?」
「はあ? ならさっさとやればいいだろ。このゲームはPK上等。特にβNPCはボーナスキャラだ。そいつを仕留めるのに順番も何もねぇよ!」

 ごもっとも。
 目の前の男の名前は≪ディルバイン≫。
 頭の上に、と共に表示されている。

「それなら、俺ごとやるか?」
「どっちが先に仕留めるか競争、ってんならそんなことしないぜ?」
「それはないな」
「それじゃあ、二人まとめてだ」

 ディルバインが腰を落として、ナイフの先端を向けてくる。

 予想はしてたが、交渉は決裂だ。
 そりゃそうだ。
 元々βNPCを狙ってたんなら、PKプレイヤーキルにそこまで抵抗も無いだろう。
 βNPCは攻撃してもペナルティは無いから、システム的な話ではなく、心情的な話だ。

 そもそも、どうして俺はシュシュを守ろうとしてるんだ。
 NPCである彼女を守る義理なんて、どこにもないのに。
 少し話しただけで情が沸いたんだろうか。

 考えてみたってよく分からない。
 ただ一つ言えるのは、彼女の笑顔がとても人間らしいと、そう思った。
 今分かるのは、それだけだ。

「そらっ」
「くっ……!」

 迫るナイフをナイフで受けようとするが、失敗した。
 腕に付きこまれて痛みとダメージが奔る。

「この!」
「おっと」

 お返しとばかりにナイフを振るうが、サッと退かれて空を切る。
 くそ、こいつ何か手馴れてないか!?

「なんだお前、見た目通りの初心者だな。そんなんじゃ、他のVRゲーでもPVしまくってたオレには勝てねぇぞ?」
「やってみなきゃ、分からないだろ」

 まだまだこれからだとばかりに、強気に発言してみせる。

 こんなのは、ただの強がりだ。
 これはゲーム。
 腕前と数値の差は、気合いや根性で簡単に引っくり返せるものじゃない。
 
 明らかに対人戦に慣れてる上に、恐らくステータスも近距離型。
 対する俺は、対人戦なんかろくにやったこともない上に、ステータスも俺自身も魔法特化型だ。
 ナイフでの斬り合いで勝てる要素は、全く無い。

「それじゃあ、しっかり分からせてやるよ!」
「くっ――!」

 再びディルバインが突っ込んでくる。
 動きに無駄が無いし、純粋に速い。
 Agiに結構振ってやがるなこいつ!

 それでも、諦めない。
 なんとかして、魔法特化型の俺でもこいつに勝つ方法を――そうか!

 もしかしたら、可能性は、あるかもしれない。
 なら俺は、俺自身の可能性に賭ける!

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

無理矢理召喚された聖女と魔王の仄暗い復讐譚

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:22

暴君に相応しい三番目の妃

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,541pt お気に入り:2,524

潤 閉ざされた楽園

BL / 連載中 24h.ポイント:92pt お気に入り:266

【R18】魔女の媚薬に気をつけて

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:57

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:41,925pt お気に入り:29,890

チートでエロ♡でテイマーなゲームのお話

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:328

処理中です...