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二章 幻の大地溝帯の町(フォッサマグナ)
015 勇者→派遣社員(今ここ)→ニート
しおりを挟むナウマン博士の研究所は、思いのほか大きな建物だった。
「おい、新人!ちゃんと三葉虫の化石磨いとけって言っただろう!」
「はい!すいませーん。」
「新人くーん。これコピーしといてくれる?」
「はい!すぐやりまーす!」
ナウマン博士の部下である研究者たちは、日々地層の研究に明け暮れていた。
「あっ、鈴木さん。よかったらこの書類もコピーしておきましょうか。」
小柄な研究者達に混じって、一人だけがたいのいい男がいた。その男は、若い小柄なスーツ姿の男に尋ねた。
「あぁ。ありがとうございます。あの、ヤマトさん…僕なんかよりも年上なんですから、全然敬語じゃなくていいですよ。それに、そんな気を遣わなくても大丈夫です。」
「いやいや、俺はただの派遣社員なんですから、どんどんこき使ってやってくださいよ。」
快活に笑う男の頬には、十字の傷が深く刻まれていた。
ヤマトと呼ばれる十字傷の男の姿を見て、その弟である勇者ワタルは彼を思い切り平手打ちした。
「なにしてんだっ!?くそ兄貴ッー!!!」
「ぐはぁっ!?なにしやがるっ!?………って、おまえ、もしかしてワタルか?」
ワタルにしばかれたヤマトは、目を丸くしていた。
「大きくなったなぁ、ワタル!」
ワタルの頭をがしがしと撫でようとするヤマトの手を、ワタルは手で払いのけた。
「いきなり勇者になるって家を出ていった兄貴が、こんなところで何やってんだよ!?」
「あぁ…。今は派遣社員として、ここの研究所で働いている!」
「はぁ…!?」
「魔王を倒そうと思ったんだけどな。やっぱ途中で面倒くさくなってさ…。とりあえず、生きるために派遣の会社に登録したんだよ。」
軽いノリで言うヤマトに、ワタルは失望に似た気持ちを覚えた。
「僕が……どれだけ心配したと思ってるんだよ……。」
ワタルのその言葉を受けて、ヤマトは申し訳なさそうに言った。
「そっか…。ごめんな。悪かったよ…。ワタル、お前も勇者になったんだな。勇者の道は険しいぞ。それこそ、多くの者が道半ばで倒れ、派遣社員になったり、闇に蠢く者ニートになったりする始末だ。」
「兄貴でも…、勇者の道を進むのは大変なのか…。」
「いや、俺は単純に面倒になっただけだ。『勇者になる!』ってあんだけ大見栄きって出てきたのに、今さら実家にも帰れねぇしさ。あの馬鹿親父とおかんにも会いたくねぇしなぁ。」
「勇者になるって出て行って、ずっと音信不通で心配かけといてそんな理由かよ……。もう知るかっ!」
ワタルはヤマトに怒鳴りつけ、そのまま背を向けて出口へと向かった。慌ててリーシャもその後についていく。
「待てよっ、ワタル!」
ヤマトの呼び止める声もむなしく、出口の扉は勢いよく閉められた。
研究所を出てからも、ワタルは大股の早歩きで歩いていた。少し駆け足で、リーシャもその後をついていく。しばらく歩くと、ワタルは徐々にそのスピードを落とし、ついにはその歩みを止めた。
「あれって、ワタルのお兄ちゃんだったの?」
リーシャは少し遠慮がちにワタルへと尋ねた。
「うん…。でも、あんなやつもう知らないよ。」
幼少期のワタルは、どこか自身の兄に憧れに似た感情を抱いていた。勇者になると言って出ていった兄が、まさかリクルートスーツを身にまとい、派遣社員となってこき使われているとは思わなかった。年下の正社員にこき使われる兄の姿は、ワタルにとって少しショッキングな光景だった。
「ワタル、いろいろ思うところはあるだろうけど、明日は満月の夜だ。しっかり、準備して頑張ろうね。」
優しくなだめるリーシャの言葉に、ワタルは「ありがとう…。」と返した。
タグ: 派遣社員 ニート
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