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三章 天下一暗黒天空武道会
022 寡黙な美少女は絶対正義
しおりを挟む「がんばってね!ワタル!」
リーシャの声援を受け、勇者ワタルは大会の予選へと出場した。
大会の予選は、とてもシンプルなルールだった。大きな正方形のコンクリートのリング上で参加者たちは殴り合い、最後まで立ち上がっていた者が予選突破である。
予選ブロックは、全部で8ブロックあった。AからHまでの予選グループの中で、各一名だけが本選に出場できる。
勇者ワタルはAグループに出場し、計15名の中で一斉に争いあう。刃物を使わない、リングアウトしたら失格という以外特にルールはない。
近くにいる者にそれぞれ狙いを定め、ゴングが鳴ると同時にまさに戦国時代の合戦のような入り乱れた乱戦が始まった。
「おらぁっ!」
ゴングと同時に、空手家の恰好をした男がワタルに殴り掛かってきた。勇者ワタルは、それを蝶のような華麗なステップで避け、ハチのような鋭いアッパーの一撃を繰り出した。
「ぐはぁっ!?」
あごにワタルの一撃がもろにはいった空手家の男は、空高く宙に舞いリングアウトした。
「おい、あいつなかなかやるぞ…。」
ワタルの華麗な一撃を見た他の予選参加者は、勇者ワタルに狙いをつけた。
「先にあいつを潰しちまえ!」
「そうだ、やっちまえ!」
「はいー!?そんな卑怯なことしていいんですかっ!!?」
ワタルの声に対し、会場アナウンスが流れた。
「予選のルールは武器の使用禁止。リングアウトは失格というそれだけです。集団で一人を狙うのは反則ではありません。」
「そんなーっ!」
勇者ワタルは、予選参加者全員から狙われることになった。
ムエタイの使い手の男が、ワタルに鋭い蹴りを繰り出してきた。それを頭をかがめるように避けると、ムエタイの男の蹴りはワタルの背後にいた他の予選参加者の顔にクリーンヒットした。
すると今度はチャイナ服を身にまとった男が、ワタルの顔目がけて手刀の突きを繰り出した。
「アチョッー!!!」
ワタルが半身になって攻撃を避けると、チャイナ服の男の突きは、ムエタイの男の顔面を捉えた。ワタルは格闘家たちの激しい攻撃を華麗に避け、避けた攻撃が他の参加者に当たり、またその隙をついてワタルも華麗な右ストレート、左フックを繰り出した。
「ふぅ…。なんとか生き残った。」
勇者ワタルがリングを見渡すと、自分以外にも、もう一人リングに残っていることに気が付いた。
紺色のスカートを身にまとう黒髪の少女であり、どことなく儚げな雰囲気を出している。ブーツとスカートの裾の間に見える脚は、白く華奢な細い足であり、とても武道の大会にでる参加者には見えなかった。
「えーっと…君も、大会の参加者だよね。」
勇者ワタルは、少し戸惑いながら尋ねてみた。少女は言葉での返事は返さず、黙ってこくりと縦に頭を振った。
「っじゃあ、勝負…しますか?」
少女は再び小さく頭を縦に振って、肯定の意を示した。しかし、彼女からは完全に覇気や闘志といったものは感じられなかった。完全に脱力し、身構えてすらいない。
「可愛らしい女の子相手で少し気が引けるんだけど、これが大会である以上…僕達には戦わなければいけない理由がある!」
勇者ワタルは儚げな少女と対面し、ファイティングポーズをとった。
「いくよっ!」
勇者ワタルは、女の子の顔面を殴るのは気が引けたので、5割程度の力で右のボディーブローを放った。DV(家庭内暴力)旦那の発想である。
「人聞きの悪いことを言うなっ……あれ?」
勇者ワタルは自身の身体が宙に舞っている状態に、思わず間抜けな声を出した。
堅いコンクリートのリングに、ワタルは叩きつけられた。
「何が起こったんだ…?」
勇者ワタルは今度は7割の力で殴り掛かった。しかし、再び空に放り投げられた。
「ちょっとっ!可愛い女の子相手だからって手を抜いてないで戦いなさいよ!」
リーシャからの激しい檄が飛ぶ。
「ちゃんとやってるよ!」
二回目の攻撃で、ワタルは冷静に相手の行動を分析をしていた。彼女はどうやら合気道の使い手らしい。相手の気を読み、川の流れのように相手の力を受け流す。相手の勢いを利用し、相手の力で相手を無力化する。
「君は合気道の使い手なんだね…。」
少女はまたこくんと頷くだけであった。
「すごいな…。僕は今までただ攻撃を避けるだけだったけど、相手の攻撃を無効化しながら技を返す…。こんなこともできるんだ…。」
勇者ワタルは少女の華麗な技に、素直に感動していた。
「でも、僕も負けるわけにはいかない!打撃が通じないなら…これならどうだ!」
勇者ワタルは、再び少女に勢いよく駆け寄った。ワタルのすごい気迫に、相手の少女も思わず身構えた。
勇者ワタルは全速力で少女に突進したと思いきや、直前で急ブレーキをかけて少女の前に制止した。
少女は目の前で突然停止したワタルに、驚きを隠しきれずに「……えっ?」と声をあげた。
ワタルは少女の前でぴたりと停止し、彼女の細い腰に両手を回した。そしてそのままぎゅっと抱きしめる様に抱っこし、彼女の身体を持ち上げた。
「えっ…?えっ…?」
少女はワタルに抱きかかえられたまま、わたわたと戸惑う声をあげてじたばたした。
ワタルはそのままリングの外に、優しく少女を下ろしてあげた。
「合気道使いの可憐な美少女、抱きかかえられたままリング外に降ろされてリングアウト!!これにより、Aブロック本選出場は勇者ワタル!!!!」
解説のアナウンスの声が会場に響くとともに、会場から歓声があがった。
「僕の名前はワタルっていいます。君の名前は?」
ワタルの問いに、少女は少しの間を経て、「………シズク。」と小さな声で答えた。
「そっか、シズクの技はすごいな!またいつか、僕にもやり方を教えてくれないかい?」
「…………うん。」
「やった!ありがとう!!」
口数の少ないシズクに、ワタルは手を差し伸べて握手を求めた。
「…………うん。」
シズクはそっとワタルの手を取って、少し伏し目がちにほほ笑んだ。
タグ: 合気道
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