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キリンの恋
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「ではお願いします、魔女さん」
少女は深々と頭を下げると、思い詰めた表情で帰って行った。
(どうしたものかなぁ)
ジラフは魔女だ。魔法を頼る人々に、しょっちゅう相談ごとを持ちかけられている。イモリの黒焼き、動物の骨、枯れかけの植物、怪しげな品が並ぶ部屋を突き進む。最奥に作業机が鎮座していた。
「貴倫(きりん)。起きて」
「やあジラフ。今日はどんな依頼を受けてきたの」
コンピュータの画面が返事をした。
魔女は膨大な知識と情報を蓄積しなければならない。コンピュータは必需品である。ジラフの相棒はKILLIN001こと貴倫だ。人工知能のグラフィックは草食動物のような黒目がちの青年だった。貴倫の姿は精巧で、作られた映像であることを忘れそうになる。
「恋愛成就」
「ははあ。大定番だ」
花屋の娘だった。あるとき男性客に一目惚れしてしまったのだという。
――何度か来店して下さったんですが、ろくにお話も出来なくて。
エプロンスカートを握りしめる。俯いた目元が真っ赤だった。
――お友達になれるだけでもいいんです。
「惚れ薬って作れないんじゃなかった?」
「その通り」
貴倫は念のため検索エンジンを立ち上げて、惚れ薬、恋の魔法、などと幾つかのキーワードを試している。出てくるのは信憑性のないおまじないばかりだった。
「だって貴倫。恋って何」
貴倫は画面のなか、薄っぺらい二次元で瞬きをして見せる。
「恋。特定の異性を強く慕うこと。切なくなるほど好きになること。また、その気持ち」
辞書的な定義がすらすらと出た。
「ほら、曖昧でしょう。ボクたち魔法使いに必要なのは具体的な組成だ。特定の脳物質が一定量放出されることであったり、ある臓器の異常な働きであったり。でないとアプローチのしようがない」
「理論で恋を説明するのは難しいだろうね」
「だから不可能と言われてきたし、挑戦してみたいんだよね」
ジラフはじっと考え込んでしまう。
「私を参考にするのはどう」
貴倫の人格プログラムは綿密だ。社会常識は当然のこと、皮肉や冗談、お説教なども組み込まれている。女の子らしくしなさいと叱られるたび、物分かり良く改変してやりたくなるほどだ。
「どこかに恋をするための記述があるんじゃないかな」
「無いよ。貴倫のプログラムは一通り読んだ」
貴倫は仕方ないとでも言いたげに肩をすくめた。
「本人には訊いてみた?」
ジラフは頷く。曰く痺れる感じ、らしい。彼をひと目みたそのとき、電流が走ったように「ビビっと来た」のだと話してくれた。
「類推すると、小さな雷を落としたら恋という心理状態は発生し得るんじゃないかなあ。天候なら空気中の分子構成をいじくれば済むんだけど」
「やめなさい。下手したら死人が出る」
貴倫は真顔だった。ひとまず情報収集が要るようだ。
翌日ジラフは町へ出た。魔女仲間が手がかりを知らないか、文書館に資料はないか。いずれも結果は奮わなかった。
(首を長くして待っているだろうに)
溜め息が零れてしまう。
「ありがとうございました!」
対象的に軽やかな声が響いた。聞き覚えがある。
「おや。お店、ここだったんだね」
「魔女さん」
目をまん丸にしているのは、花屋の少女だった。
「魔女さんはどうしてこんなところに」
丸太で作られたロッジ風の店舗だった。店先には小さなカフェスペースも設えてある。木製のテーブルと椅子で、今は老婦人がハーブティーを楽しんでいた。横を通り抜ける。バラが柔らかく香った。
「依頼に関する調べ物をね」
「……すみません」
ひと息に表情が曇った。
「私の我が儘のために、そこまでして頂いて」
泣き出すかもしれない。ジラフの危惧を裏切って、少女はきりりと瞳を上げた。
「お待ち頂けますか!」
勢いに押されて頷いた。言うや否や少女は店の奥に飛んで行く。店内を走り回ったかと思うと戻って来た。
「せめて貰って下さい」
少女が差し出して来たのは花束だった。
桃、橙、紫、紅、小振りな花が一抱えもある。積み重なってゆく想いのように、静かに揺れていた。
「まあ素敵」
ティースペースの老婦人が、思わずと言った様子で口元を綻ばせた。
「あら、ごめんなさい。見ず知らずのおばあちゃんに話しかけられたらびっくりしちゃうわねえ」
「いいえ。とんでもない」
一連のやりとりの中で、ジラフにはひとつの案が浮かんでいた。
「ボクは呪文をかけてきた。ヒトの心を左右出来るものじゃないけれど」
「じゃあ、どんな?」
貴倫は首を傾げる。いちいち仕草が細かいグラフィックだ。
「最初に話した通り、天候を変化させるのは難しくない。だから、彼女が彼と顔を合わせることを発動条件に」
そのとき空が急に陰った。ざっと雨が降ってくる。どこか屋根に入らなければ凌げないだろう激しさだった。雨はすぐに弱まり、雲間から再び太陽が覗く。
「虹が架かるようにしたんだよ」
重く湿った空気を切って、七色が空を貫いていた。
「うわ……」
貴倫は呆然と呟いた。
「綺麗だ」
「うん」
綺麗なものは分かち合いたくなる。例えば花屋で雨宿りをする青年が、隣で歓声を上げた少女に共感を求めることがあるかもしれない。
「……虹を見ながら、お茶でも如何です?」
貴倫が気障な仕草で手を差し伸べてくる。ジラフはくすりと笑った。
「水は大敵のくせに」
小さな一言から始まる何かがあればいい。ジラフは貴倫の前に花瓶と二組のティーカップを並べた。少女のくれた花束は、虹色を映して輝いていた。
(了)131013
少女は深々と頭を下げると、思い詰めた表情で帰って行った。
(どうしたものかなぁ)
ジラフは魔女だ。魔法を頼る人々に、しょっちゅう相談ごとを持ちかけられている。イモリの黒焼き、動物の骨、枯れかけの植物、怪しげな品が並ぶ部屋を突き進む。最奥に作業机が鎮座していた。
「貴倫(きりん)。起きて」
「やあジラフ。今日はどんな依頼を受けてきたの」
コンピュータの画面が返事をした。
魔女は膨大な知識と情報を蓄積しなければならない。コンピュータは必需品である。ジラフの相棒はKILLIN001こと貴倫だ。人工知能のグラフィックは草食動物のような黒目がちの青年だった。貴倫の姿は精巧で、作られた映像であることを忘れそうになる。
「恋愛成就」
「ははあ。大定番だ」
花屋の娘だった。あるとき男性客に一目惚れしてしまったのだという。
――何度か来店して下さったんですが、ろくにお話も出来なくて。
エプロンスカートを握りしめる。俯いた目元が真っ赤だった。
――お友達になれるだけでもいいんです。
「惚れ薬って作れないんじゃなかった?」
「その通り」
貴倫は念のため検索エンジンを立ち上げて、惚れ薬、恋の魔法、などと幾つかのキーワードを試している。出てくるのは信憑性のないおまじないばかりだった。
「だって貴倫。恋って何」
貴倫は画面のなか、薄っぺらい二次元で瞬きをして見せる。
「恋。特定の異性を強く慕うこと。切なくなるほど好きになること。また、その気持ち」
辞書的な定義がすらすらと出た。
「ほら、曖昧でしょう。ボクたち魔法使いに必要なのは具体的な組成だ。特定の脳物質が一定量放出されることであったり、ある臓器の異常な働きであったり。でないとアプローチのしようがない」
「理論で恋を説明するのは難しいだろうね」
「だから不可能と言われてきたし、挑戦してみたいんだよね」
ジラフはじっと考え込んでしまう。
「私を参考にするのはどう」
貴倫の人格プログラムは綿密だ。社会常識は当然のこと、皮肉や冗談、お説教なども組み込まれている。女の子らしくしなさいと叱られるたび、物分かり良く改変してやりたくなるほどだ。
「どこかに恋をするための記述があるんじゃないかな」
「無いよ。貴倫のプログラムは一通り読んだ」
貴倫は仕方ないとでも言いたげに肩をすくめた。
「本人には訊いてみた?」
ジラフは頷く。曰く痺れる感じ、らしい。彼をひと目みたそのとき、電流が走ったように「ビビっと来た」のだと話してくれた。
「類推すると、小さな雷を落としたら恋という心理状態は発生し得るんじゃないかなあ。天候なら空気中の分子構成をいじくれば済むんだけど」
「やめなさい。下手したら死人が出る」
貴倫は真顔だった。ひとまず情報収集が要るようだ。
翌日ジラフは町へ出た。魔女仲間が手がかりを知らないか、文書館に資料はないか。いずれも結果は奮わなかった。
(首を長くして待っているだろうに)
溜め息が零れてしまう。
「ありがとうございました!」
対象的に軽やかな声が響いた。聞き覚えがある。
「おや。お店、ここだったんだね」
「魔女さん」
目をまん丸にしているのは、花屋の少女だった。
「魔女さんはどうしてこんなところに」
丸太で作られたロッジ風の店舗だった。店先には小さなカフェスペースも設えてある。木製のテーブルと椅子で、今は老婦人がハーブティーを楽しんでいた。横を通り抜ける。バラが柔らかく香った。
「依頼に関する調べ物をね」
「……すみません」
ひと息に表情が曇った。
「私の我が儘のために、そこまでして頂いて」
泣き出すかもしれない。ジラフの危惧を裏切って、少女はきりりと瞳を上げた。
「お待ち頂けますか!」
勢いに押されて頷いた。言うや否や少女は店の奥に飛んで行く。店内を走り回ったかと思うと戻って来た。
「せめて貰って下さい」
少女が差し出して来たのは花束だった。
桃、橙、紫、紅、小振りな花が一抱えもある。積み重なってゆく想いのように、静かに揺れていた。
「まあ素敵」
ティースペースの老婦人が、思わずと言った様子で口元を綻ばせた。
「あら、ごめんなさい。見ず知らずのおばあちゃんに話しかけられたらびっくりしちゃうわねえ」
「いいえ。とんでもない」
一連のやりとりの中で、ジラフにはひとつの案が浮かんでいた。
「ボクは呪文をかけてきた。ヒトの心を左右出来るものじゃないけれど」
「じゃあ、どんな?」
貴倫は首を傾げる。いちいち仕草が細かいグラフィックだ。
「最初に話した通り、天候を変化させるのは難しくない。だから、彼女が彼と顔を合わせることを発動条件に」
そのとき空が急に陰った。ざっと雨が降ってくる。どこか屋根に入らなければ凌げないだろう激しさだった。雨はすぐに弱まり、雲間から再び太陽が覗く。
「虹が架かるようにしたんだよ」
重く湿った空気を切って、七色が空を貫いていた。
「うわ……」
貴倫は呆然と呟いた。
「綺麗だ」
「うん」
綺麗なものは分かち合いたくなる。例えば花屋で雨宿りをする青年が、隣で歓声を上げた少女に共感を求めることがあるかもしれない。
「……虹を見ながら、お茶でも如何です?」
貴倫が気障な仕草で手を差し伸べてくる。ジラフはくすりと笑った。
「水は大敵のくせに」
小さな一言から始まる何かがあればいい。ジラフは貴倫の前に花瓶と二組のティーカップを並べた。少女のくれた花束は、虹色を映して輝いていた。
(了)131013
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