【マフィア×男娼】浮華の香

りつ

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浮華の香

 浮華の香

 嗅ぎ慣れた匂いがするやつだな、と思った。だからジンはその少年を買ってみる気になったのだ。何の匂いか思い出せないのがもどかしかったから。近くで確かめてみたかった。
「幾らだ」
 提示されたのは破格な安値だった。痩せこけた少年はルイと名乗った。
「立ちんぼだもの。大金取ってちゃやってけない」
 金の巻き毛に大きな青い目、一見するとあどけない容貌なのに、振る舞いに挑発するような生意気さがある。さぞかしサディストの引き合いがあることだろう。
 黒塗りも艶やかな車に押し込められるとき、ルイは怯えるよりも昂揚していた。
「お兄さん、お金持ち?」
 答えは是だった。アジア系のなかでは比較的、という条件付きではあるが。
「非合法に金を稼ぐのが家業だから」
 ルイは満足そうだった。
 寝床で首筋に鼻を埋めても、ルイの匂いの正体は思い出せなかった。甘くない。辛くもない。むしろ汚い。ホームレスまがいの暮らしのせいかとも思ったが、それとも違う。もっと景の生活に馴染んだ何かだ。
「香水をつけてるか」
「ううん」
 事が終わってあれこれ尋ねてくる客が、ルイは不思議なようだった。けれども面倒がらずに答えてくれた。上客と判断されたのかもしれない。
「クスリは」
「やってない」
「俺が買う前に別の客と寝たか」
「今日はあなたが最初のお客さんだよ」
 その時ふと、思いついた。景が日常的に行うこと。
「人を――殺したか」
 ルイは目を瞠った。
(ああ。これか)
 死体の匂い。腐り始めた人体から、内臓も糞尿も何もかもがぐちゃぐちゃになって漂うものだ。
(確かによく知ってる)
「ちが、う。ボクは」
 ルイはゆるゆると首を振った。
「片付けているだけ」
 ルイは唇を噛んだ。思い出して気分が悪くなりそうなところを堪えているのだろう。
「そういう仕事があるから」
 路地裏に溜まる浮浪者や素性知れずの死体を、公的機関から派遣された回収車に押し込むのだという。状態が良いものは病院へゆく一号車。状態の悪いものは二号車へ。日雇いの仕事のなかでは報酬が良い上、雇い主が確かだから払いを渋られることもない。安定した副業。ルイは自嘲した。
「お兄さん、怖くなった? そんなことしてるガキじゃあ変な病気を持ってるかもしれないもんね。あーあ、だからいつも言わないようにしてたのになア」
 血の気が引いて、白い肌が益々青白くなっていた。饒舌で誤魔化そうとしているのは手の震えか、水っぽく揺れる瞳か。
(俺が殺した人間も、ひとりふたりはいたろうか)
 景はルイの手を自分の手のうえに載せた。華奢な手だった。そのくせ皮は硬く、乾いていた。
「どうすればいい」
「……え」
 上向きの睫毛が瞬いた。景は幼い身体を抱き寄せる。
「またお前を買うには、どうすればいい」
 これからも景は人を手にかけることを止めないだろう。景の一存で変化するような組織ではない。償いをしたい訳でもなかった。ルイひとりをどうこうしたところで、また別の誰かが死体の山を捌いて金を稼ぐのだ。
「お兄さん」
「景だ」
 景。呟いた唇が死臭を纏わなくなるところを、ただ見たいと思った。景の動機はそれだけだった。



(了)130130
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