1 / 625
1.狂犬と猛獣使い系幼なじみの距離感がバグっている件
しおりを挟む
度肝を抜かれるとはこういうことを言うのだろう。さすが書道部部長、高校生とは思えぬ落ち着き――などとからかい半分に評される千佳子が、そのときばかりは目を剥いた。理由はひとつではなかった。書道部の一年生である箱崎湊が、強面の男子生徒を伴って現れたこと。その男子生徒が他校の制服を着ており、何故か湊の背中におんぶお化けのようにべったりと張り付いていること。
「あ……あの、湊くん……?」
「すみません、部長」
更なる追い打ちはその後の湊の言葉だった。
「ダメ元のお尋ねなんですが、彼も一緒に連れて行けないでしょうか――夏合宿」
「はあぁ?」
千佳子が部長として率いる書道部は、夏休みに三泊四日の合宿を行うのが慣例だ。秋の展覧会シーズンに向け、部員全員で合宿所に籠もり、みっちり指導を受けるのである。部員同士の親睦が深まるのもいいところだ。先だって詳細な日程がプリントで配られ、参加・不参加を顧問に伝えたばかりである。千佳子はもちろん「参加する」と伝えた。湊も参加組のはずだ。
「おいミナト、ダメ元ってどういう意味だよ」
おんぶお化けが口を利く。唸るような低い声だった。喋ると真っ赤な舌と鋭い犬歯が口元から覗き、千佳子は思わず身を固くする。今にも噛みつかれてしまいそうな牙だ。垂れ目なのだけれど、その上にある濃い眉がきりりと吊り上がっていて、優しげ顔つきとはほど遠い。千佳子を値踏みするように睥睨してくるのも癇に触った。
「湊くん、ちょっと」
このままでは話しにくい。湊だけを手招きする。湊はおんぶお化けを手のひらで押しやると、ひとり千佳子のほうへやってきた。おんぶお化けは不満げに口元をへの字にひん曲げ、じっとりとした目を千佳子たちに向けてくる。
「誰なの、あの人? 苛められてるとか脅されてるとかなら私がバシッと言ったげようか?」
何しろ湊と雰囲気が違いすぎる。湊はいつもおっとりとした笑みを浮かべ、部活動にも真面目に取り組む好青年なのである。少し広いおでこがチャームポイントで、女子生徒にも先生たちにも好かれている。
「あ、いえ、違うんです。彼は僕の幼なじみで」
「幼なじみぃ?」
狂犬のような風貌のおんぶお化けは、月島晴海というらしい。湊とは家が隣同士の幼なじみで、中学校までは一緒の学校に通っていたが、高校は別々。湊は手短に説明した。
「合宿があるって話をしたら、頑なに許してくれなくて」
――四日もこっちにいないってことか? 絶ッ対ッ嫌だ!
「……そんなことある?」
千佳子にも幼友達はいるが、たった四日間会えないからといって恐慌に陥ることはない。そもそも親でもない幼なじみが遠出を禁止してくるなんて普通はありえないだろう。
「それで折衷案というか、じゃあ一緒に連れていけ、なんて言いだしたのでご相談に……」
「いつまで内緒話してんだよ」
「ひゃあッ」
千佳子は耳を押さえて飛び上がる。声が近い、と思ったら案の定、湊と千佳子の真後ろに晴海が立っていた。先ほどは湊にもたれかかっていたので気付かなかったが、背が高い。ますます威圧的に感じる。
「オレが行きてーっつってんだからいいだろ。ひとりくらい増えたって」
「そ……そういうわけにはいかないの! あなた、部員じゃないどころか他校生でしょ」
「他校って言っても同じコーコーセーじゃん。オレの面倒はミナトが見るから世話はかけねーし」
誰が面倒を見るという問題ではない気がする。ペットを連れてくるのとは違うのだ。今日だって勝手に校内に入り込んできているが、先生に見つかればたちまち摘まみ出されてしまうだろう。
「部外者は部外者。許可するわけにはいきません」
千佳子は毅然と言い放つ。
「……ッてめ」
晴海は野生動物のような瞳をぎらつかせる。千佳子はほんの僅かに後ずさる。殴られるか怒鳴られるか――身構えた千佳子の横で、湊がふっと息を吸った。
「ハルミ、ステイッ」
「ぎゃッ」
湊は晴海の額に軽く手刀をぶつけた。途端に晴海はしおしおと背を丸め「だってよ」と唇を尖らせている。
「訊いてみてダメだったら諦めるって約束だろ」
腰に手を当て、きっぱりと言う。
「置いてくつもりかよー……」
晴海はその湊の袖を掴んでむくれている。まるで小さな子どもだ。
(……二人、付き合ってるのかなぁ)
付き合いたてのカップルで一日だって離れたくない、というのなら理解できなくもない。とはいえ大げさだとは思うが。
「まあ湊くんは人気があるし、心配かもしれないけど、浮気するような不誠実な人じゃないでしょう」
「ウワキ?」
湊と晴海は揃って目を丸くし、ぱちぱちと不思議そうに瞬かせた。
(――え)
「つ……付き合ってるんでしょ?」
「付き合ってねーけど」
「そういうのじゃないですよ」
二人の声がきれいに重なった。
「……はぁぁあ!?」
「ウルセッ」
春海はわざとらしく耳を塞ぐ。夏合宿に同行させられないかと訊かれたときよりいっそう大きな声がでてしまった。これが叫ばずにいられるだろうか。
「さっき説明したとおり、幼なじみです」
「なー」
晴海はそこが定位置であるかのように、再び湊の背中に負ぶさっている。湊も敢えて振り払おうとしない。
「だからミナトが何日もいねーとかずえったいムリ」
「だからとか言う!? それを!?」
「電話するって言ってるのに……」
千佳子のほうがおかしいのだろうか。混乱してくる。頭が痛くなりそうだ。クエスチョンマークが脳裏に渦巻く千佳子に、二人は期待のこもった目を向けてくる。
「やっぱり難しい……ですよね」
「駄目じゃねーよな!」
「か……」
晴海は「か?」と復唱して首を傾げる。恐ろしげに見えた狂犬も、湊が手綱を握っているらしいことが分かれば大型犬のようだ。
「考えさせて……」
そう答えるのが精一杯だった。熟考する時間がほしかった。合宿のことも、二人の関係についても。
(了)210328
「あ……あの、湊くん……?」
「すみません、部長」
更なる追い打ちはその後の湊の言葉だった。
「ダメ元のお尋ねなんですが、彼も一緒に連れて行けないでしょうか――夏合宿」
「はあぁ?」
千佳子が部長として率いる書道部は、夏休みに三泊四日の合宿を行うのが慣例だ。秋の展覧会シーズンに向け、部員全員で合宿所に籠もり、みっちり指導を受けるのである。部員同士の親睦が深まるのもいいところだ。先だって詳細な日程がプリントで配られ、参加・不参加を顧問に伝えたばかりである。千佳子はもちろん「参加する」と伝えた。湊も参加組のはずだ。
「おいミナト、ダメ元ってどういう意味だよ」
おんぶお化けが口を利く。唸るような低い声だった。喋ると真っ赤な舌と鋭い犬歯が口元から覗き、千佳子は思わず身を固くする。今にも噛みつかれてしまいそうな牙だ。垂れ目なのだけれど、その上にある濃い眉がきりりと吊り上がっていて、優しげ顔つきとはほど遠い。千佳子を値踏みするように睥睨してくるのも癇に触った。
「湊くん、ちょっと」
このままでは話しにくい。湊だけを手招きする。湊はおんぶお化けを手のひらで押しやると、ひとり千佳子のほうへやってきた。おんぶお化けは不満げに口元をへの字にひん曲げ、じっとりとした目を千佳子たちに向けてくる。
「誰なの、あの人? 苛められてるとか脅されてるとかなら私がバシッと言ったげようか?」
何しろ湊と雰囲気が違いすぎる。湊はいつもおっとりとした笑みを浮かべ、部活動にも真面目に取り組む好青年なのである。少し広いおでこがチャームポイントで、女子生徒にも先生たちにも好かれている。
「あ、いえ、違うんです。彼は僕の幼なじみで」
「幼なじみぃ?」
狂犬のような風貌のおんぶお化けは、月島晴海というらしい。湊とは家が隣同士の幼なじみで、中学校までは一緒の学校に通っていたが、高校は別々。湊は手短に説明した。
「合宿があるって話をしたら、頑なに許してくれなくて」
――四日もこっちにいないってことか? 絶ッ対ッ嫌だ!
「……そんなことある?」
千佳子にも幼友達はいるが、たった四日間会えないからといって恐慌に陥ることはない。そもそも親でもない幼なじみが遠出を禁止してくるなんて普通はありえないだろう。
「それで折衷案というか、じゃあ一緒に連れていけ、なんて言いだしたのでご相談に……」
「いつまで内緒話してんだよ」
「ひゃあッ」
千佳子は耳を押さえて飛び上がる。声が近い、と思ったら案の定、湊と千佳子の真後ろに晴海が立っていた。先ほどは湊にもたれかかっていたので気付かなかったが、背が高い。ますます威圧的に感じる。
「オレが行きてーっつってんだからいいだろ。ひとりくらい増えたって」
「そ……そういうわけにはいかないの! あなた、部員じゃないどころか他校生でしょ」
「他校って言っても同じコーコーセーじゃん。オレの面倒はミナトが見るから世話はかけねーし」
誰が面倒を見るという問題ではない気がする。ペットを連れてくるのとは違うのだ。今日だって勝手に校内に入り込んできているが、先生に見つかればたちまち摘まみ出されてしまうだろう。
「部外者は部外者。許可するわけにはいきません」
千佳子は毅然と言い放つ。
「……ッてめ」
晴海は野生動物のような瞳をぎらつかせる。千佳子はほんの僅かに後ずさる。殴られるか怒鳴られるか――身構えた千佳子の横で、湊がふっと息を吸った。
「ハルミ、ステイッ」
「ぎゃッ」
湊は晴海の額に軽く手刀をぶつけた。途端に晴海はしおしおと背を丸め「だってよ」と唇を尖らせている。
「訊いてみてダメだったら諦めるって約束だろ」
腰に手を当て、きっぱりと言う。
「置いてくつもりかよー……」
晴海はその湊の袖を掴んでむくれている。まるで小さな子どもだ。
(……二人、付き合ってるのかなぁ)
付き合いたてのカップルで一日だって離れたくない、というのなら理解できなくもない。とはいえ大げさだとは思うが。
「まあ湊くんは人気があるし、心配かもしれないけど、浮気するような不誠実な人じゃないでしょう」
「ウワキ?」
湊と晴海は揃って目を丸くし、ぱちぱちと不思議そうに瞬かせた。
(――え)
「つ……付き合ってるんでしょ?」
「付き合ってねーけど」
「そういうのじゃないですよ」
二人の声がきれいに重なった。
「……はぁぁあ!?」
「ウルセッ」
春海はわざとらしく耳を塞ぐ。夏合宿に同行させられないかと訊かれたときよりいっそう大きな声がでてしまった。これが叫ばずにいられるだろうか。
「さっき説明したとおり、幼なじみです」
「なー」
晴海はそこが定位置であるかのように、再び湊の背中に負ぶさっている。湊も敢えて振り払おうとしない。
「だからミナトが何日もいねーとかずえったいムリ」
「だからとか言う!? それを!?」
「電話するって言ってるのに……」
千佳子のほうがおかしいのだろうか。混乱してくる。頭が痛くなりそうだ。クエスチョンマークが脳裏に渦巻く千佳子に、二人は期待のこもった目を向けてくる。
「やっぱり難しい……ですよね」
「駄目じゃねーよな!」
「か……」
晴海は「か?」と復唱して首を傾げる。恐ろしげに見えた狂犬も、湊が手綱を握っているらしいことが分かれば大型犬のようだ。
「考えさせて……」
そう答えるのが精一杯だった。熟考する時間がほしかった。合宿のことも、二人の関係についても。
(了)210328
0
あなたにおすすめの小説
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる