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海の見える駅で降りました

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俺は、乗った電車で行けるところまで言ってみようと思った。
途中まで座席はグリーン車。

だって最期の旅行だ。

パッと使って、後腐れが無いようにしたかったんだ。

俺が降りたのは周りに人気のない海の見える駅だった。

元カノとは無計画で無茶な旅行はできなかった。
なぜなら、あいつがすぐ「疲れた」とかいうからだ。

いつも、みっちり予定を組んで出かけたり旅行に行ったりしていたんだ。
正直俺には窮屈だった。

だから、こういう旅行の仕方はワクワクする。
死に場所探しに来たのに、ワクワクするとかおかしいよな。

「はー。夕日がもう沈みそうだな…」

浜辺には誰もいない。

「秋の海も風情があっていいんだけどな…」

俺は手元の携帯で近場の旅館を探した。
20分ほど車で行ったところに小さい温泉街があることが分かった。

「ああ。これはタクシー呼ばないとだな」と思い、すぐに電話した。

タクシーは思ったより早く来た。

「お待たせいたしました!」

あまりにも元気な運転手が現れた。今の俺の精神状態では胃もたれするほどの元気っぷり。

「こんな、さびれた温泉街に来るなんて。お客様も結構粋ですね」

「はは。そうですかね」

「こういう、知る人ぞ知るっていう場所に来るのは粋ですよ」

「はは」

「お客様、宿はもうお決まりで?」

「いや、まだです…」

「じゃ!僕のおススメのところに連れていきますよ」

本当は断りたかった。

だって、こういう場合は大体旅館側と繋がりがあってぼられるからだ。

でも、好意はむげにできない。しぶしぶ俺は頷いた。

しばらく走ると、俺のツボにかなり刺さる雰囲気の旅館の前でタクシーが停まった。

「悔しいな、、、」 

思わず声が漏れでた。

「何か言いましたか?」

「い、いえ。なにも」

「左様ですか。

あ、ちょっと女将と話してきますんで。
待っててください」

「はい」

2・3分待った頃、運転手が戻って来た。

「部屋を用意してもらったから、今日はゆっくり休んでください」

俺は、小さく会釈をした。

「ありがとう」くらい言えばよかったんだが、まだ信用していなくて
素直に言えなかった。

運転手は去るギリギリまでニコニコしていた。

下ろしてもらったスーツケースを転がそうとした時だった。

「だーめ!です!お客様!お持ちしますから!」

顔を上げると、30歳くらいの薄紫色の着物を着た女性が走ってきた。

「気が利かなくてごめんなさい。さ、お部屋に参りましょう」

俺は言われるまま部屋に向かった。

用意してもらった部屋は、凄く清潔で広かった。

「お風呂は家族風呂と大きいお風呂がございます。
家族風呂に入る際は、お部屋の札を外にかけてくださいね。
間違って入ってきてしまうお客様がいますから」

「あ、あの…」

「はい?いかがなさいましたか?」

「他にもお客さんいるんですか?」

「はい。5組ほど」

「そうなんですか。それなら、気を付けなきゃですね」

「ふふ。そうでございますね」

「ご飯は、部屋で食べられますか?」

「はい。ご希望でしたら」

「じゃー、部屋でお願いします」

「かしこまりました。お食事は7時になっております」

「わかりました。ちょっと、近く歩いてきてもいいですか?」

「はい。構いませんよ。ゆっくり、歩いてきてください」

「それでは、説明はこのくらいで終わりますね。ごゆっくり」

女将が出ていくと部屋が一気に静まり返った。

俺は静かすぎて辛くなり、散歩に出た。

どこに行こうか迷った俺は来る途中で気になった桟橋に向かって歩き始めた。

「うう。寒いな、、、」

目的の桟橋に着いた俺は、言葉を失った。

あまりにも美しい光景が拡がっていたからだ。

「ああ。最期にこの場所に来て…よかった」

様々な思いや記憶がよみがえり、胸が苦しくなった。

視界に広がる世界ががドンドン歪んでいった。

目頭が熱い。
喉が焼けるように痛い。

しばらく、感傷に浸っていると”くーん、くーん”という声が聞こえた。

「…何?犬?」

俺は何故か、その声に惹かれた。

桟橋の下の河原を手元の携帯で照らすと、段ボールの中に1匹犬がいたん。

俺は何だが自分を見ているようで放っておけなかった。

「似たもの同士一緒に居たら、最高のパートナになれそうだな」

来た道を子犬を抱えて戻った。

旅館に戻ると、おかみさんが迎えてくれた。

「お早いお戻りでしたね。あら!かわいい…」

「さ、さっき。そこの桟橋近くの河原で見つけたんです」

「そうでしたか…。可哀そうに」

「あの…。こんな、わがまま許してもらえないかと思いますが…」

「一緒に居たいんですか?」

「はい」

「んー。本当はわんちゃんOKじゃないんですけど…。
これも何かの縁ですからね。この玄関でしたらいいですよ

他のお客様にも一応説明しておきますから。安心してください」

「本当ですか!?」

「ええ。こんなに懐いてる子を戻せなんて言えませんからね」

「ありがとうございます!」

女将はきれいな段ボールと要らなくなったバスタオルを持ってきてくれた。

「これで、少しは暖かいかなと」

「なにから、なにまで…すみません」

「いいんです。お客様に笑顔になってもらうのが私達の務めですからね。
あ!もうこんな時間。お食事の用意しますから、お部屋でお待ちください」

「はい…」

部屋に戻る前に子犬にもう一度声をかけようと、子犬を見たが寝ていた。

「あったかい場所に来れて、安心したんだな。おやすみ。
名前は何にしようかな…。秋の花とかかな」

少し考え「コスモス」と呼んでみた。すると、耳がピクっと動いた。

「コスモスで決定だね」

その後、部屋に戻った俺は驚いた。

とんでもない量の食事が用意されていたんだ。

あまりにも多すぎないかと言ったら「サービスですから」と返されてしまった。

食後に行った風呂も最高だった。

死に場所探しをしに来たが「ここでは死ねないな」と思った。

だって、ご飯も風呂も最高で心が満たされた上にコスモスと出会ったから。

翌朝チェックアウトをしようとしたら、その金額にも驚いた。

「こ、こんなに安いんですか?」

「そうですよ?いつも、この金額ですから」

「あんなにご馳走になって、コスモスまで世話になって」

「あのワンちゃん、コスモスちゃんなの?」

「はい。昨日決めました」

女将はコスモスを見ると「名前を付けてもらってよかったね」と優しく声をかけてくれた。

旅館を出ると初日に送ってくれた運転手が待っていた。

彼はコスモスを車に快く入れてくれた。

「お客様。随分いい顔色になりましたね」

「そうですか?」

「ええ。ワンちゃんはどうしたんです?」

「ああ。拾ったんですよ。あ!このまま、この子を入れるキャリーケースを売っている
場所までお願いできますか?」

「かしこまりました」

温泉街から離れたところにある大きいホームセンターに連れて行ってもらった。
そこで、犬の世話に必要なものを一通り揃えた。

行きでは全てを捨てるつもりでいたのに、こんな荷物を抱えて帰ってくるなんて。
なんか滑稽だなと思った。

運転手は、買い物を終えた俺を新幹線発着駅まで送ってくれた。

それだけでも、すごく助かるのに

運賃を安くしてくれだん。

「次は二人で来てくださいね」

胃もたれを起こすほど、苦しかった運転手の元気さだったが
別れるとなると急に悲しくなってしまった。

そんな俺の気持ちを察したのか「また、会いましょうね」と言ってくれた。

俺は泣きそうになるのをこらえ、コスモスと一緒に我が家に向かった。




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