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プロローグ

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     久しぶりだな……この雰囲気。この緊張感。そして、抑えることが出来ない、このワクワク感。
    この会場内で、一つだけ大きなコートがあり、その中には、天井の照明が反射して、美しく輝く青い卓球台が真ん中にポツンとある。そのコートを、観客や、他校の選手達や監督、本部の方々皆が、このコートに注目していた。
    長い時間待っていた甲斐があった。信じていた甲斐があった。やっと、向こうの『あいつ』と全力で試合ができる。
    最後に戦ったのは、全日本選手権ホープスの部の決勝だったか。お互いがまだ小学五年生の時で、結果は、ゲームオールジュースで『あいつ』が勝った。負けたけど、とても楽しかった。
    四年間、全日本選手権決勝でぶつかったけど、『あいつ』に勝てなかった。引き出しが多く、予測能力も他の人より優れていて、対策を練っても、全く違うプレーで、毎年惨敗していた。けど、『あいつ』が姿を消す前の全日本選手権決勝の日の俺はとても調子が良かった。準決勝までストレート勝ちを決めて、周りも、そして俺も、『あいつ』に勝てるんじゃないかと思っていた。しかも、その年は『あいつ』の対策も毎年以上に力を入れて練った。だから、これ状態なら絶対勝てる。そう思っていた。だけど、そう甘くはなかった。
    第一ゲームは11ー3で取ったものの、第二ゲームは『あいつ』がいつもより台に近い位置でプレーをしてきて、リズムを崩されてしまい、6ー11で第二ゲームを奪われてしまった。初めてゲームを奪われた。しかし、それは想定内だ。いつも『あいつ』は、試合の時は、第一ゲームは様子見する。そして考えを整えて、第二ゲームから全力で立ち向かってくる。毎年力を出されてから、あっけなく敗れた。だが、今年は違うという事を見せてやりたかった。
    第三ゲームは、新しく開発したサーブをメインに使い、二球目から五球目で攻めて自分の展開を作り、11ー8で第三ゲームを取った。
 セット数は2ー1で、あと一ゲームを取れば俺の勝ちという状況だった。勢いに乗って勝ってやると意気込んだが、第四ゲームでは、早くもサーブに慣れられてしまい、逆に『あいつ』が、使うサーブの種類を増やしたり、緩急を使ってきたりと、多彩なプレーをしてきて、7ー11と、第四ゲームを奪われ、最終ゲームにもつれ込んだ。
    会場内は、熱気溢れた歓声に包まれていた。当然だろう。『あいつ』が初優勝を決めてから、フルセットに持ち込んだ選手はいない。大体ストレートで敗れるのがほとんどだ。その相手に俺はまさに接戦している。
    俺は燃えていた。この熱い勝利への執念をエネルギーに変えて、念願の全国一位に輝きたい。そんな思いを抱えながら、最終ゲームに望んだ。    『あいつ』は、かなり攻撃的なプレーに変わった。レシーブが「ストップ」主体から「チキータ」で打ち抜くスタイルに変わり、「三球目攻撃」も緩急の付けた回転重視から、一発で決めるスピード重視になり、全力で倒しにかかっている様子だった。『あいつ』なりにも、少し焦っていたのだろう。それに対して俺は、下回転という、バウンドすると戻る回転のサーブを駆使してチキータを封じ、無理に攻めず、相手の攻撃をいなすように「ブロック」し続けた。そして10ー8とこちらがリードし、後一点取れば俺の勝利だったのだが、『あいつ』は今まで見たことないサーブを使ってきて、10ー10となり、「デュース」という、二点差を付けないとゲームを奪えず、サーブは二本交代制から一本交代制に変わるルールに変更になった。
    少しピンチと思うような、そんな状況になっても、なぜか俺は焦らなかった。むしろ、楽しいという感情が芽生えてきた。こんなに読み合いになる試合とは思わなかった。『あいつ』のプレーを理解したつもりでも、まだ引き出しがある。正直頭が痛くなった。けど、とても楽しかった。だから俺も、自分の全てを出しきった。『あいつ』も鋭い目線で、俺を倒そうと必死だった。俺はそれが嬉しかった。お互い全力で戦った。
    そして、14ー16で、最終ゲームを落とし、2ー3で、俺は負けた。あと一歩のところだったが踏み切れなかった。
 とても悔しかった。だがそれ以上に、とても楽しかった。今までの試合の中で一番楽しかった。王者を相手に接戦できたのは、大きな自信に繋がった。その自信のおかげで、試合もたくさん勝てるようになった。
    そして、『あいつ』がいなくなってから数年後の今、念願の再戦をする事になった。
 諦めずに、追い続けて良かった。また『あいつ』と打ち合う事が出来ると思うと嬉しくて仕方がない。俺は、準備を整えて、台に向かった。早く試合したいと、頭の中を巡った。
 練習ラリーを終わらせ、ラケット交換で、『あいつ』の顔を近くで見た。昔と変わらない、どこか鋭い目線をしていた。       
「待っていたよ。この時を。」
「僕も。久しぶりに俊輔と試合出来て嬉しい。」 「次こそは、勝ってみせるから。」
「元王者が恐いって事、見せてやるよ。」
ラケット交換が終了し、それぞれ自分のコートに着いた。
   「ファーストゲーム!青島トゥサーブ!ラブオール!」
君のおかげで、俺は成長した。だから全力で行かせてもらうよ。また、あの楽しい試合がしたい。勝敗なんて関係ない。お前とまた打ち合いたい。だから、お互い輝こうぜ………。

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