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2.決別とノーマルな関係

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香枝と優菜は夏休み中よく遊んでいるようだった。
バイト中「昨日楽しかったね!」「香枝ちゃんまた遊ぼうよー」という優菜の声がよく聞こえていた。
優菜と休憩中、ふと視界に入ってきた彼女の携帯の待ち受けが2人のプリクラの画像で、仲の良さを改めて実感した。

香枝とはメッセージのやり取りも前ほどはしなくなっていたし、バイトで話すくらいの関係だ。
優菜との遊びに忙しいのだろう。
真春もバイトのない日は大学や高校の友達と遊んだり、彼氏と会ったり、なんやかんやと忙しく過ごしていた。

8月下旬、さやか主催のバーベキューがあったが、真春は風邪を引いて参加できなかった。

「真春さんいないのちょー寂しかったですよー」

やっと風邪が治って声も少しずつ出るようになった頃。
ランチを終えて休憩していた時、奈帆がまかないのカレーとサラダを食べながら言った。
真春も同じくカレーを食べながら「あたしだって行きたかったよ」とガサガサな声で答えた。
今日は病み上がりなのにオープンからラストまでのロングシフトだ。

「思ったんですけど、朝より声悪化してません?ラストまで大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫。で、楽しかった?バーベキュー」

「楽しかったですよ。まー、相変わらず優菜が清水さんと絡みまくって、その他はその他でワイワイみたいな。あ、あと香枝さんとさやかさんもちょくちょく向こうに行ってたかな」

その光景が見ていなくても容易に想像できてしまう。
"向こう"という表現ですごく分裂している図が脳裏に浮かぶ。

「てかてかー、聞いてくださいよ!バーベキューの後花火やったんですけど…」

奈帆が言いかけた時、裏口が開く音がした。

「おはようございまーす」

「おっはよーう!」

眠そうな顔をした香枝とテンション高めの優菜が事務所に入ってきた。
奈帆があからさまに嫌そうな態度を取り始め、事務所から出て行った。
呼び止めようとしたが、声がガサガサで上手く出なかった。
香枝は真春の顔を見るなり「あ、真春さーん!風邪大丈夫なんですか?」と言った。

「おはよ。全然大丈夫。もう熱下がったし」

「えー。でもそんな声だし、今日丸一日バイトなんて…」

「平気平気。超元気だから!」

「もう…。無理だったら言ってくださいね!」

「うん、ありがと」

真春は急いでカレーを食べ終えキッチンでお皿を洗い、裏口から外に出て階段下に向かった。
この店は1階が駐車場になっていて、2階に店がある構造になっている。

スタッフは裏口の階段下にある喫煙スペースでタバコを吸う決まりだ。
階段を降りていくと、ほのかに甘いバニラの香りが鼻を刺激した。

「態度に出しすぎでしょー」

奈帆がベンチに座って怒ったようなそうでないような顔をしてタバコを吸っていた。

「もう、生理的に無理です」

「いやいや…一緒に働かなきゃなんないんだから、そんなこと言わないでよ」

奈帆の向かいに座って、真春はタバコに火をつけた。
高校生のくせにタバコだなんて…と思うけど真春は何も言わなかった。

「さっきの話の続きですけど」

「うん」

奈帆は煙を吐き出すと、花火をしたというところから話し始めた。

「このこと誰にも言わないでくださいね」

「なになに?」

「南、泰貴さんのこと好きなんですよ」

「え!まじ?!」

左手に持っていたタバコの先端からポロリと灰が落ちた。
奈帆と南は高校が同じということもあって仲がいい。
随分前に、奈帆は南から相談されていたらしい。

「驚くのそこじゃないんですよ」

「どういうこと?」

今の情報でもだいぶ驚いたが他に何があるっていうんだ。

「泰貴さんは、多分香枝さんのことが好きなんですよ」

「えぇぇ!なにそれ!三角関係…。で、香枝は?まさかヤスのことが好きとかないよね?」

だとしたら絶望的だし、見ていられない。
真春は最悪な答えが出ないことを祈った。

「うーん。香枝さんのことは分からないです。でも、優菜と泰貴さんと3人で仲いいし、なんとも言えないですよねー。南もそれ見て嫉妬しちゃってるっていうか、なんていうか」

「南は、ヤスが香枝のこと好きって知ってるの?」

花火をしていた時、泰貴はずっと香枝の隣にいたらしく、南はそれを見て泰貴の気持ちに気付いたかもしれないと奈帆は言った。
だから、南はちょっと香枝のことを遠ざけているらしい。

香枝もとんだ被害を受けてしまったものだ。
ヤキモチって怖い。

「あー、なんか心がザワザワするわー。その3人のこと見てられない」

「あたしもですよ!でも言ったらなんか少しスッキリした!味方が増えたみたいで。内緒ですよ?」

「言えないよ」

奈帆はいたずらっぽく笑って、タバコを灰皿に入れた。
そして2本目に火をつけて、深呼吸のようなため息をついた。

「なに?ため息?」

「あはは、すいません」

「優菜のこと?」

奈帆はまた笑った。

「確かに仕切っちゃってるのとか正直、何様?って思うけど。ああいう子なんだよね、きっと。だから受け入れるしかないのかも」

「どうしたら真春さんみたいにそうやって考えられるようになるんですかね。すぐイライラしちゃってダメなんですよ、あたし」

「誰だってそうだよ」

真春はそれ以上答えなかった。

平和主義でいるのは、ごちゃごちゃするのが面倒臭いから。
そして、人にそう言いながら一番語りかけているのは自分だから。
人一倍短気だし、本当は態度に出して仲間はずれにしてしまいたいくらいの気持ちになることだってある。

ふと沸いてくる自分の感情が恐ろしくて仕方ない。
それと同時に、周りから見放されるのが怖い。
だから、平和主義でいたいのだ。
一番最低なのはいつも自分だ。
だから、人を諭すフリをして自分を諭しているのだ。


驚異のロングシフトを乗り越え、締め作業が終わった頃には声はほとんど出なくなっていた。
小さい声で話すと掠れてしまうので、声を張りまくって接客していたらついに喉が限界を迎えてしまったようだ。

レジ締めをしている清水さんと、その横でレシートを捨てたりハンディを揃えたりしている香枝を、真春はウェイティングスペースの長椅子に横たわりながら交互に見た。

やっぱ、好きだよなぁ清水さんのこと。

泰貴か清水さんかといったら、確実に清水さんだと思う。
急に泰貴のことが可哀想に思えてきた。
そして、優菜や南のことが過った。

誰の矢印も交わらないとか切なすぎる。
ぼーっとしていると、清水さんが「ほら、香枝。これでお買い物して来いよ」と1000円札を香枝に渡しているのが見えた。
そして、こちらへ笑顔で向かってきた。

「真春さん!清水さんがこれで好きなもの買ってきていいって!一緒に行きましょ!」

「なんでもいいの?」

「いいみたいですよー」

「清水さん太っ腹!ありがとうございます」

「あははっ!白石声ひでー。早く行って来いよ」

レジ締めをしている清水さんを残し、香枝と真春は道路を挟んで隣にあるコンビニに向かった。

「なんか夜のコンビニってワクワクするー!」

香枝はそう言いながらコンビニの中を歩いた。
前から思っていたけど香枝ってなんか、子供みたい。

「真春さん、何にしますか?」

「んー…アイスにしようかなー」

アイスが並んでいるケースを眺めながら真春は言った。

「暑いしあたしもそうしようかなー!どれにしますー?」

飲み物を見ていた香枝は真春の隣に来るなり、腕を組んできた。
なんで女子って、こうやって腕組んだり手を繋いだりしてくる子が多いんだろ…と思いながら真春はイチゴ味のかき氷を手に取って「これにする」と言って香枝が持っているカゴに入れた。

お会計を済ませてコンビニを出た時、香枝が持っている袋にはなんだか色々入っていた。
真春は気になる雑誌を見ていたので、香枝がアイス以外にも何か買ったのに気が付かなかった。

「他にもなんか買ったの?」

「はい。清水さん、このチョコ好きだから買ってってあげようと思って」と言って香枝が袋から出したのはパフ入りの板チョコだった。

「へー、そうなんだ。よく知ってるね。好きだねー、清水さんのこと」

真春がからかうように言うと、香枝は微笑んで黙ってしまった。

これは本気のやつなのか…?

「あと…これ」

香枝は清水さんの事には触れず、また袋を漁って今度は真春にお菓子の袋を渡した。

「真春さん、喉痛めてるから。これ、どうぞ。…って言っても清水さんのお金ですけど」

「え、いいの?」

香枝が差し出したのはのど飴だった。
しかも真春が一番好きなはちみつレモン味だ。

「あっ、はちみつレモン味だ!あたしこの味がのど飴の中で一番好きなんだよね」

「あははっ!真春さん、子供みたい!カワイイ!」

「なにそれっ。…ありがとね。清水さんのお金だけど」

真春は香枝の目を見てお礼を言った。

「いーえ」

香枝がクシャッと照れ臭そうに笑う。
子供みたいってどっちがだよ。

お店の裏口に着き、階段を上る前に真春はタバコに火をつけた。
喉が痛かろうが吸いたいものは吸いたい。

「先行ってて」

ベンチに座ると、香枝は「待ってる」と言って隣に座って地面を見つめた。
短い沈黙の後、香枝が口を開いた。

「真春さん、清水さんがいなくなること、知ってたんですよね?」

「え?」

「バーベキューの時、聞いたんです。9月から異動になるって言われて、すごくびっくりしました。そしたら、マジの反応なの?って言われて意味わかんなくて」

「……」

「真春さんにしか言ってなかったって言ってて。真春さん、本当に誰にも話してないんだって驚いてて…」

「ん?え、ちょっとよく意味が分からないんだけど…。清水さんから誰にも言うなって言われてたから、言わなかっただけだよ」

それの何が問題なんだろう。
香枝の言わんとしていることが全く分からない。
真春はタバコの煙を吸い込んで、ふーっと細く吐き出した。

「真春さんが…清水さんとそういう関係なんですか?」

「へ?!」

「だ、だから…清水さんとそういう…」

必死な香枝を見て、真春は笑いそうになった。
自分しか知らなかったということで、香枝は嫉妬しているのか?

「ないないない!絶対にそれはない!」

真春は大声で否定した。

「じゃあなんで真春さんにしか言ってなかったんですか?!」

「知らないよそんなの。ただの気まぐれじゃない?」

そんな弱い言葉では香枝が納得するわけがなかったが、真春がタバコを吸い終わるまで清水さんの愚痴を延々と言い続けたのでなんとか信じてもらえたようだった。

「なんだ…真春さんモテそうだから」

「だからないって。そんなに言うってことは香枝もしかして清水さんのこと…」

「それはない!」

言い終わらないうちに、香枝が食い気味に否定してきた。

「そう?結構好きそうに見えたけどな」

真春は少しからかいの気持ちを込めて言った。

「好きじゃ…ないです。彼氏と別れたばっかりだし、そういう気分にはなれないです」

「あ…あぁ、そうだよね。ごめん、変なこと言って」

「いえ」

香枝はまた地面を見つめた。

「てか、あたしがってどういうこと?清水さん、誰かと付き合ってるの?」

もしかしたら、香枝は何か知っているのかもしれない。
しばらく返事を待ったが、変な沈黙が訪れた。

「アイス、溶けちゃうね。行こっか」

真春はその場の空気を変えようと明るく言いながらタバコを灰皿に投げ入れて、香枝の頭を軽くポンと叩いて階段を上り始めた。
すると、後ろから二つ折りにした黒いワイシャツの袖をキュッと香枝に掴まれた。

「ん?なんかついてた?」

「…なんでもないです。中、入りましょっか」

香枝が小さい声で呟く。
ふわっと残暑の夜風が吹いた。
どこか切ない匂いがした。
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