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女神★魔女

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「会うのは久しいなぁ──魔女よ」
「──女神か」


大学病院の屋上に音もなく降り立った創葉に、地上の景色を眺めていた冥燈は振り向かずに呟いた。


「満足したか?」
「大分愉しめたわ。感情が感情に溺れていく様は見物よ」
「それは良かったね」
「けどもう、引き際ね。いつまでもお前達を野放しにしていたら、あの子の身が持たない」 
「興味から具現化したというのにその言い方は気に入らないな、魔女よ」
「怒られる覚悟ならあるわ。存分に罵ればいい」
「あたしは結構楽しめたから、戻されるのにも抵抗はない。ただ……透韻と会えなくなるのは寂しいものだな」
「色欲か……。そう言えば、霊獣も解き放ったままだったわね」
「その霊獣だが」


冥燈は漸く創葉に体を向け、彼女が差し出したものを凝視した。


「……霊獣…か?」
「透韻を弄んだバカな調教師どもだ。霊獣の姿に返してやった」
「ほぅ……。青龍と…白虎か。何故戻した?」
「必要ないだろう。そもそも霊獣は古の想像から生まれた存在だ。今を生きる義務はない」
「そうか」
「あと1匹探し中だ。見つけ次第届ける」
「1匹?霊獣は4体具現化した筈だが?」
「あぁ…。1番いいのは残してやろうかと。仲間を奪われる瞬間を脳裏に焼き付けて苦しんで貰う」
「怠惰がやる気を出すと怖いわね」
「お前の想像通りだろう?冥燈」
「そうね。手間が省けたわ、創葉」
「役に立ったのなら良い。あたしは透韻を探しに行く」
「頑張って、怠惰の女神さん」


魔女に笑顔で見送られながら創葉はその場から姿を消した。








「そう言えば、何故鎌を持っていたのですか?愛姬のでしょう?それ」


希澄と咲音は目に付いた公園で休んでいた。周りには幼い子ども達が楽しそうに遊んでいる。


「預かってんだよ。買い物に行ったっきり戻ってこねーし」
「買い物ですか?」
「あぁ。黎槐はどこ行ったんだろうな」
「僕を探しに行ったのかも知れません……」 
「そういや、魔女と会うって言ってたか?」
「はい。黎槐が頼みたい事があると」
「そっか。したら、ここにいても無駄だな。移動しようぜ」
「そうですね」


2人は公園を抜け、閑静な住宅街に入った。今更ながら咲音の持っている鎌には誰も触れない。というより気付いていない。愛姫のだからだろうか。


「およ?見慣れたお二人さん」


目に付いたコンビニに寄ると仲間がいた。巫女服だから余計人目を惹いている。


「祈舞!」
「大量買いしてんなぁ」


祈舞はカゴいっぱいに菓子パンを入れ込んでいた。お菓子も少々あり、ご飯ものは見当たらない。


「甘いもの食べたい気分だったのよー」 
「お前さ、愛姫と黎槐に会ってないか?」
「んー?会ってるようなー……会ってないような……?あ!見かけただけだ」 
「どこで?」
「二人とも一緒なのですか?」
「一緒っていうかー……愛姫がどっかに向かってるのを黎槐が尾行してたって感じかな」
「尾行?」
「何か用でもあったんじゃないの?」
「とにかく、2人は一緒にいる可能性が高いな」
「ねぇねぇ、咲音、希澄。折角会えたんだから僕に付き合って」
「……情報貰ったしな。いいぜ」


食料調達した祈舞はルンルン気分で足取りも軽かった。2人はまさか祈舞から情報を貰うとは思っていなかったので聞けばもっと出てくると思い、付き合うことにした。
15分程歩いた所にあるアパートへ着き、中へ案内されると綺麗な青年達が抱き合っていた。その光景には希澄も惹かれてしまう程。


「盛り上がってる最中にごめんねー」


祈舞達に気付いた2人の青年は見られた恥ずかしさからか急いで身体を隠した。


「祈舞。誰か招くなら連絡くらい欲しいよ」 
「悪かったって。僕の仲間だよ」
「えっ……。ってことは……『七つの大罪』の……?」
「そうそう。はい、自己紹介どーぞ」


急に振られたので咲音と希澄は戸惑いはしたが咲音の方が先に名乗り出た。


「俺様は『七つの大罪』が一人、傲慢の悪魔こと咲音。お見知り置きを」
「『七つの大罪』が一人、嫉妬の吸血鬼こと希澄です。よろしくお願いします」


『七つの大罪』と聞いて先程抱かれていた方の青年がピクっと反応した。


「祈舞の仲間か」
「そうだよー。やーっと会えたって感じだね」
「良かったじゃん。2人も会えて」 
「嬉しいよー。あ、パン食べていい?」
「どうぞ」


祈舞はみんなにも勧めながら食事をし始めた。


「えっと……お茶とか飲みます?あ、俺は詩宝っていいます。よろしく」
「どうも。俺様はお茶でも構わないけど、希澄は水でお願いね」
「はい。了解です」


詩宝はささっと着替えてからキッチンへ向かった。


「あ、そうそう。希澄、咲音。そこに朗報があるよ」
「朗報?」
「その子、四神の一人なんだって。もう解るよね?」
「四神って事は……調教師?」
「ピンポーン。しかも、つい最近まで透韻と一緒にいたって話だ」
「えっ……!」


透韻という名前に2人はすぐに反応した。ベッドの上で色気を醸し出している四神は気まずそうに目を逸らしている。


「透韻と居たって……どうして……」
「調教師達が攫いでもしたんじゃないのー?ほら、透韻は色欲の天使だから、調教師達にとっては大好物だ」


ペロッと2個の菓子パンを平らげ、3つ目のパンを食べようとしている祈舞が呟いた。


「本当なのですか?透韻は今どこに……」
「し、知らない……!あんな子、連れて来なければ良かった……」
「透韻に何かされた?あんた、綺麗だもんな」


咲音は青年に近付きながら問い詰めた。


「……言いたくない……」
「なら、嫌でも吐いて貰おうかな。悪魔の舌の虜にしてやる」
「な……やっ……」
「やめて下さい!」


ドンッと咲音を突き飛ばし、詩宝が青年の守りに入った。


「この子は今傷ついてる。無理矢理されたらもう保てなくなる……」
「関係ないね。有力情報なら否が応でも手に入れる」
「彼は……雀は仲間を奪われて傷心状態なんだ」
「……四神ともあろう方々が奪われたとはどういう事ですか?」


四神の噂は希澄達も耳にしていた。黎槐もしきりに気にしており、いつも守って貰っていた。咲音も、愛姫が連れ去られないように見張っており、その存在への警戒は高まっていた。


「彼女だよ。『七つの大罪』が一人、怠惰の女神・創葉。彼女が青龍と白虎を捕らえてた」
「創葉が……?あの子がそんな事……」
「確かに、創葉は大層な事をするタイプじゃない。でも、透韻が絡んでるなら話は別だ。あの子は透韻の為なら人殺しだって厭わない」
「では……創葉が行動を起こしたという事は……」
「調教師達が透韻に酷い事をしていたか、あるいは何かがあったのか。まぁ、それは当の本人に聞けば解ることだけど」


咲音は突き刺すような目で雀を捉えた。悪魔の眼光に恐怖を覚え、雀は詩宝にしがみついていた。


「教えて頂けませんか?僕らは情報が欲しいんです」
「話次第じゃ、喰っちゃうかもしれないけど」
「……透韻を攫ったのは事実だ……。でも……創葉の事は計画にはなかった。一緒にいたからそのまま……。オレらは調教師だから透韻には色々な事をした。気が狂うような事も……。透韻が順応するようになった矢先、創葉が居なくなって……。探しに出たら青龍と白虎は彼女に捕まってた……。創葉が『七つの大罪』だなんて知らなかったんだ……。透韻は玄武と一緒にいる。だから、きっと創葉も現れる……」
「天狗と死神には会ってない?」
「……見たこともない……」
「そっか……。手掛かりなしか」
「2人一緒だと良いのですが……」


欲しい情報ではなかったが、仲間の事を聞けたのは良かった。


「休息取ってから探しに行こうか」
「そうですね」
「僕らも行くよ。朱雀も玄武に会いたいだろう?」
「……けど……」
「雀。俺もいるから、大丈夫だ」
「……詩宝……」


浮かない様子の雀を詩宝はぎゅっと抱きしめた。
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