願わぬ天使の成れの果て。

あわつき

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願いの叶え方 ~Cares~③

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蚤は全て排除したとあの二人は言っていた。けれど、イリアに不満を持つ天使達は少なくない。行動に成さないだけで大人しく機会を見計らっている者達も中には居たはずだ。徐々に認められていると満足してしまっていた事にイリアは恥じた。まだ、関わった事のない天使達もいるのに、自分の未熟さを痛感させられる。


「貴方にも責任はありますよね?女神様代理」
「処分を下すのが貴方って間違ってません?」
「アルカディアとイラの暴走を知ってたんじゃないの?見て見ぬ振りしてたからこの結果になったんじゃないの?」


イリアに詰め寄る天使達。見慣れた者達の姿もあった。


「僕らの仲間もあの二人に殺された。あんたがもっと早く動いてくれていれば死なずに済んだ天使達も居たんだ!」
「女神様から天界を任せられたクセにこの有様とか笑えねぇんだけど」
「さっさと地上に帰れば?人間風情が」


胸に刺さる痛い言葉をイリアは何も反論せず受け止めていた。内心に留めていた思いが爆発し、天使達の暴言は止まない。レフィもどう対処するべきなのか迷っていた。


「その辺にしておけ。今は彼女を責めるべきじゃない」


見兼ねたサラが仲介に入る。だが、天使達の怒りはなかなか収まらない。


「お前だって気に食わないから虐めたんだろ?それを庇うのか?」
「女神様が認めた子だ。俺は彼女を慕う」
「絆されやがって」
「さっきアルカディアが面白いこと言ってたよな。新しいミスタシアだっけ?なら、あんたを倒したらその地位貰えない?」
「えっ……」
「勝手が過ぎるぞ、ロキ」
「だってそうでもしないと気が晴れないし。他の皆も同じだよ。ねぇ?マリ」 
「アルカディアの1番近くにいたくせに何も出来ないなんて。だから人間は嫌なんだ」


マリという天使が合図をすると、それまで大人しく状況を眺めていた他の天使達が一斉に動き出した。イリアに襲いかかる天使達。押し倒されたイリアは手足を掴まれ抵抗力を奪われてしまった。


「イリア……!」


助けに入ろうとしたサラとレフィの前にも天使達が立ち塞がり、身体を掴まれて拘束された。


「何も戦闘でって意味じゃなかったんだけど。人間の女って美味しいって聞いたことあるからさぁ。うちらに屈服したらミスタシアと名乗らせて貰う」
「……こんな事で……ミスタシアになっても意味なんかないよ……」
「称号が欲しいだけなんだよ。役割とかそういうのは面倒だし、地位が上がれば出来る範囲も拡がる」
「だったら……ちゃんとした成り方でその地位を勝ち取ればいい。実力も伴ってないのにミスタシアなんて語って欲しくない」
「黙れ!」


バシッと思い切り頬を叩かれ、一瞬世界が揺れた。


「イリアになんて事……!」
「そうムキになるなよ、レフィ。イラもティファも居なくなって寂しいだろう?私が可愛がってやるよ」
「貴方に愛でられる位なら死んだ方がマシです」 
「随分な言い様だね。気に入らないな」


マリはレフィの首に手を掛け、力強く締め付けた。


「どうせ壊れかけた世界なら、何をやっても罪にはならないよね」
「ダメだ……マリ……!やめて……!」


そう叫んだ瞬間、パキンと視界が割れた。暗闇が支配し、辺りには誰もいない。


「……イリア」


名を呼んだ声は濁っていた。振り向きたくなかったが、身体が自然と従ってしまっていた。目に写ったのはかつてのクラスメイト。血塗れた手をイリアに伸ばしている。


「……もう嫌だよ…… 」


いつまで責められればいいのだろう。抜け出せない罪に足がはまったままだ……。
グッと赤い手がイリアの首を締めた。死んだ人間だというのに力が強い。本当の痛みみたいだ。彼らに殺されても文句は言えない。弱い自分が招いた罰だ。天界だって守れなかった。イラとアルカディアの願いを叶えさせてしまった。何も出来ていない。女神様の代理という位置にあることに安堵していたんだ。このまま天界に居座っていても力不足は補えない……。



「……イリア!」


泣き叫ぶような声に呼ばれ、イリアは目を覚ました。いつか見た天井。気付くと手を強く握られていた。視線を向けた先にいたのは泣いているレフィだった。


「……レフィ……?なんで……泣いて……」
「良かった……。ずっと魘されていたんですよ。何度呼んでも起きなくて……」
「……夢……見てた……から」


イリアはゆっくりと起き上がった。ふかふかのベッドだというのに夢見は最悪だ。


「死んだ方が良いだなんて言わないで下さい」
「えっ……」
「譫言(うわごと)です。ずっとそう言ってました。とても嫌な夢を見たんですね」
「……うん。ごめんね、心配かけたね」
「いえ……」
「あたし、いつから眠ってたの……?」
「昨日、ボクの家へ戻る途中で倒れたんです。サラが運んで下さって」
「……マリとロキは……?」
「その2人なら他の天使達に話をして頂いてます」
「怒ってなかったかな……」
「イリアの事を心配されていましたよ。後で見舞いにくるそうです」


あれが夢で良かったとイリアはほっとした。夢と現実の区別も出来ない程、精神にきていたのか。


トントン、とノックが聞こえ、返事をするとサラとイフリートが食べ物を持ってやってきた。


「起きたか。意識は?」


サラは食べ物をベッド横の棚に起きながらイリアに聞いた。


「ちゃんとしてる。大丈夫だよ」
「そうか」
「熱は?出てない?」


イフリートも心配そうにイリアの額に手を当てながら確かめた。


「身体も怠くないし、熱じゃないと思うけど……」
「うん。平熱だ。なら、ご飯食べられるね」
「ありがとう、イフリート。サラも。美味しく頂くわ」
「うん」
「そうだ、レフィ。カサンドラが呼んでいた」


サラが話を切り替えた。


「……わかりました。では、イリア。また」
「あ、イフリートも一緒に行って。それでランティスをこっちに戻して貰っていい?」
「わかった」


イフリートはレフィと手を繋ぎながら神殿の地下牢へと向かっていった。


「本当に大丈夫?」


二人きりになった室内。沈黙が訪れる前にサラが口を開いた。


「ごめんね、心配かけて……。色々思うことあってさ……。あたしは何も出来なかった……。止める事も出来たかもしれないのに……」
「女神様から役目を担ったんだから、天使達の動向を把握しておくのもあんたの責任だ。ランティスの件も今回の件も、防げた事だと思う」


厳しい意見にイリアは自分の非力さを痛感した。


「でも……それはおれ達も同じだ。誰にも止められなかった。気付いていた者だって、イラとアルカディアがあんな事するなんて思わない。だから、あんた一人の責任じゃない……と思う」
「……サラ……」
「それに、あんたを責める権利なんておれにはない。最初にあんたを傷つけた奴が偉そうな事言って、ムカつくだろ?」
「そんな事ない……。サラ、ずっと気にしてたの……?あの時の事……」
「当然だ。軽挙妄動だった……」
「そっか……」
「本当に、悪かった。痛い思いさせて傷付けて……。ごめん……」


改めて謝罪され、イリアはどう応えれば良いのか分からなかった。


「いいよ。もう気にしてないから」
「……今度は、あんたを支える側になるから……。アルカディアの代わりにはならないかもしれないけど……側に置いて欲しい」
「いいの……?未熟な小娘のお守りは大変だよ?」
「自分でそれが分かってんなら十分だ。これからはおれを頼れ。いつだって力になる」


サラの真剣な表情にイリアはドキッとしてしまった。今までは天使の一人でしかなかったのに、ちゃんと向き合うと立派な天使なのだと改めて思う。


「ありがとう、サラ。頼りにしてます」
「あぁ」


フッと微笑んだサラは柔らかな雰囲気を纏っていた。





神殿の地下牢は薄暗くて肌寒い。不穏な空気しか吸収していないかのようだった。


「レフィ」


2人に気付き、カサンドラが軽く手を挙げた。牢の中で天を仰いでいたイラが静かに視線だけ向ける。


「ランティス。イリアが呼んでた」
「わかった」


ランティスはカサンドラと目配せし、イリアの元へと向かった。


「レフィ……」


細い声で呼ばれ、レフィはビクッと肩を揺らした。


「……言い様ですね、イラ」


蔑むような声色にカサンドラもゾクッとした。


「貴方にはちゃんと償って貰う。イリアを傷付けた事、絶対に許しません」
「…………」
「カサンドラ、要件は?」


いきなり振られ、カサンドラは反応に遅れた。


「……あぁ。二人の処分についてだけど……」
「全てイリアにお任せします。イラがどうなろうがボクには関係ありません」
「レフィ……本当にいいの……?」 
「天界を壊そうとしたんですよ?同朋を粛清しても何とも思っていない。罰せられて当然です!」
「……でも……イラのこと……好きなんだろ……?」
「お慕いはしていました。ですがもう過去の事です。今はそんな気持ちすら抱いていません」


明らかなレフィの態度にカサンドラの方が戸惑ってしまった。あんなにベタベタだったのに、一つの出来事で気持ちすら風化してしまう。


「貴方は許せるんですか?」
「……俺は……」
「イラが魔物なんか育てなければ、ミレイもエチカも、ナージャだって死ぬ事はなかった……。ティファだって……折角……分かり合えたのに……」
「レフィ……」
「その罪を償って貰わないと三人が報われません……。イリアも……傷付けて……許せません……」


不安定な感情をレフィは抑え切れず、吐き出してしまった。カサンドラはレフィは肩を支え、落ち着くまで待った。


「イラ」


それまでずっと様子を見ていたイフリートが口を開いた。


「アルカディアとは親密の様だが、それを隠していたのは何故?」


あの時天使達が抱いた違和感をイフリートが代表して聞いた。カサンドラもレフィもその問の答えには耳を傾けた。


「──そうした方が、勘づかれずに済むだろう」


イラは、まだ眠りの中にいるアルカディアに触れながら答えた。


「まさか……少年天使の頃からこうする事を決めてたの……?」


驚きながらも不安を隠せずにカサンドラが質問を重ねる。


「そうだ。私とアルカディアは天使達の中でも軍を抜いて能力が高かったらしい。女神はそこに目を付け、ある役目を私達に与えた」
「………じゃあ……それが……」
「あぁ。ミスタシアとなり、天使達からの信頼も得られた頃に天界を一掃するようにと命ぜられた」 
「ソフィアは分かってたの……?いつか反抗する天使達が出てくるって……?」
「何もかも見通していた。天使達を粛清するに当たって私とアルカディアは一緒にいない方が良いと考えた。だから敢えて仲の悪い関係を築き、悟られないようにしたんだ」
「……ずっと前から決められてたなんて……」


カサンドラは信じられない様子で呟いた。


「レフィ。私がお前に近付いたのは、好意があったからではない。使えると思ったからだ」


イラの告白にレフィは目を見開く。


「お前を強くして親密な関係を作り上げ、絶対的な信頼を持たせた。そうすれば、穢れた天使達が弱いお前を襲うと予測したからだ。以前の姿が醜いとかそんな過去はどうでも良かったんだよ」


蔑むような口調で並べられた言葉にレフィは追いつけなかった。何もかも全ては天界の為、女神の為。それだけの為に利用されたのだと。


「私が大切に想う者はたった一人だ」


レフィにだけ見せていた優しい眼差しをアルカディアに向けながら彼は誇らしげに言い放った。


「もう私の事など何とも思っていないのだろう。ならこんな話をしても動揺する必要はないと思うが」
「……っ」
「イフリート。疑問は解決したか?」
「──イリアの事も、利用したの?」
「そうだな。まさかアルカディアが夢中になるとは思わなかったが、想定内だ。天使達からの信頼を得られた矢先に問題が起こればその信頼も薄れていく。現にあいつは何も出来なかった。女神と同等の力を持つと聞いていたが、大きな障害ではなかったな」
「………そうか」


イフリートは納得したのか静かに頷き、それ以上は何も聞かなかった。


「……レフィ。もう戻った方が良い」
「……カサンドラはずっとここで見張りを?」
「一応。イラならこの牢から出ることも可能だろうし……」
「パンドラもいるんですよね」
「あぁ。神殿の周りに結界張って貰った」 
「なら、貴方も休んだ方が良い。イラは、ここから出ようとはしない」
「分かるの?イフリート」
「アルカディアがまだ眠っているから、置いてはいかないだろう」


確かにそう言われると先程の話からして脱走はないと考えられた。そんな仕草もなかったように思う。


「──分かった。1度、外の空気吸いに行くよ」
「うん。イリアにも顔見せた方が良い」
「そうだな」
「レフィ、歩ける?」


イフリートに手を握られ、レフィは微かに微笑んだ。三人はそのまま外に出て、カサンドラがパンドラに事情を説明し、レフィの家へと向かった。








カサンドラ達が地下牢から出て数分後。
今まで眠っていたアルカディアが目を覚ました。


「……っ!」
「起きたか……」
「イラ……!」 


何かに怯えた様にアルカディアはイラにしがみつきながら辺りを窺った。


「どうした?」
「イリアちゃんは!?今どこにいるの?!」
「落ち着け、アルカディア。イリアならレフィの家で静養している」
「……まだ、此処にいるんだ……」
「嫌な夢を見せられたか?」 
「まぁ、ね……。言葉にするのも恐ろしい夢だよ」
「そうか……」
「……ねぇ、ルシファーは?こんな所にいたらまたお仕置きされる……!早く逃げないと……!」 
「大丈夫だ、アルカディア。ルシファーはもういない。お前を贔屓する事ももうないんだよ」
「嘘………。この間だってすぐに見つかった……。今度も簡単に見つけられる……。そしたらまた玩具に……」
「アルカディア!」


意識が混濁している彼を強く抱きしめ、耳元で同じ言葉を囁く。


「ルシファーは堕天の烙印を押された。お前を見つけに来ることは出来ない。もう、怯える必要もない」
「……イラ……」
「あいつの夢を見せられたのか?」 
「……少年天使だった頃の……」
「随分と残酷な事をしてくれる」


まだ素性が明らかでないイフリートをイラは完全には信用していなかった。アルカディアに掛けられた術もイラには解けない。


「明日には処分が下されるだろう。覚悟はしておかないとな」
「…………」


アルカディアはイラの温もりを感じながら、明日が来ることを拒んだ──。
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