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新生『ミスタシア』~New Mistashia~
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神殿へ向かう途中の【癒しの丘】で、 二人の前に現れたのは、魔物を連れた夜魅だった。何故、この場にいるのか、それはイリアが姿を見せた事で納得がいった。
「最後の相手は夜魅だよ。彼に勝ったら、ミスタシアとして認めるわ」
「どうして彼なの?」
「二人とも、レフィとは戦わなかったでしょ?ティファに取られちゃったんだもんね。だから、もう一人用意しておいたの」
「実力を見るって事?」
「そう」
「――解ったわ。此処まできて背は向けたくないしね」
「ぼくも……やります」
二人は頷き、警戒した。いくら夜魅が付いているとはいえ、魔物は何をするか解らない。
「この子は無闇に傷付けたりしない。攻撃されても噛みついたりする事はないから」
「この子を捕らえられたら貴方達の勝ちよ」
「二人がかりでいいの?」
「うん」
魔物の姿と言えば、狼の様に大きな体と九尾のような尻尾、紫色の瞳には二人の姿が映っている。
「いつでもかかってきなよ」
「なら、遠慮なく」
先に動いたのはミレイ。彼は素早い動きで魔物に手を伸ばしていく。彼の能力は的がいないと発動出来ない。ナギを服従させて魔物を捕らえる事も出来たが、まだ幼い彼に魔物を触れさせる事は避けたかった。ミレイは長い手足で魔物を仕留めようとするがあと数センチの距離で逃げられてしまう。体術にも特化しているミレイは体力にも自信があった。
「ナメられてるわ……」
魔物はミレイを嘲笑うかのように強かに避け、攻撃からすり抜けていく。他の魔物よりも知性はあるらしい。夜魅の躾も効いているみたいだ。
ミレイの動きを眺めながらナギは呆然と立ち尽くしている。魔物なんて近くで見るのもおぞましいのに、況してや捕らえる等と以ての外だ。足の震えが治まらず、へたりこみそうになった。
「イリア様。ナギには刺激が強すぎじゃ……」
「いいんだよ。『ミスタシア』を決めるんだよ?魔物くらい捕らえられないと、務まらないでしょ」
ランティスの心配を他所にイリアは厳しい目線で言い放った。
ナギは動く事さえままならず、ただミレイと魔物のじゃれあい(最早そうとしか思えない光景)を見ている事しか出来なかった。
「此処で何も出来なければ、買い被りだったって事かな……」
様子を見守りながらイリアは小さく呟いた。
ミレイは休む間もなく、魔物を捕らえる事に必死だ。なかなか捕まらない事に苛立ちを見せている。
「この……!」
九尾の尻尾の一本を捕らえる。だが、その肌触りはぬるぬるしており、ミレイは感触の気持ち悪さにすぐに離してしまった。
「何なのよ……」
手についたベットリとした感触。その感触を覚えてしまったら忘れるのは困難だ。
「無理……。無理無理無理無理無理!ムリよ、あんなの!気持ち悪いし、ぬるぬるするし、鳥肌立っちゃった……」
ミレイはやる気を削がれたらしく、先程手についた感触を払い除けるようにハンカチで手を拭きながら拒否反応を示していた。
「ナギ。いつまで怯えてるの?貴方も捕まえなさいよ」
「でも……」
「怖がっていたら何も出来ずに終わるわよ」
「っ……!」
ミレイに冷たく促され、ナギは焦りを感じた。やらなきゃいけない。此処まで来たからには、真っ直ぐぶつからなければならない。
まだ気持ちの整理がつかないナギに魔物は狙いを定め、向かっていった。迫ってくるその姿は見るに耐えない。いくら形が整ってはいても所詮は魔物だ。そう呼ばれるに相応しい姿をしている事を受け入れなければならい。
魔物は容赦なくナギに襲いかかった。動きはそんなに早くない。ナギはスッと交わした。魔物の殆どは目が見えないらしい。優れた嗅覚と些細な音も聞き逃さない聴覚に恵まれている為、盲目である事などハンデでも何でもないのだ。
ナギは攻撃体勢に入る。魔物も匂いが変わった事に気付き、ナギの方を向く。
「ひっ……」
だが矢張、目の前にするとその異様な存在に恐怖を感じる。
――いつまでナヨナヨしてんだよ――
耳ではなく直接頭に聞こえた声。その主をナギは知っていた。
「だって……怖いよ……」
――お前が此処まで来れたのは俺がアシストしたからだろ?今更逃げ腰でどうするの?――
「……ごめん……」
――手、貸してやろうか?見てられねぇよ――
「……うん。力、貸して……」
――逃げるなよ――
ナギは意識を集中させ、目を閉じた。『彼』と入れ替わる感覚が今でも慣れない。躯だけを交代し、ナギは意識の中で様子を見守る。
「……久しぶりの感覚だな」
『彼』は魔物を捕らえ、手を伸ばす。範囲内に収まった事を確認し、グッと手を握った。その途端、魔物は歪な悲鳴を上げながら倒れた。外見に怪我をした訳ではない。けれど、魔物の体は痺れたように痙攣していた。
「呆気ない」
目に見えぬ速さで瞬時に魔物の元まで移動し、『彼』はその手に氷の剣を表した。其はカサンドラが操るものと同じモノ。
「あれって……」
イリアが驚いたのも束の間、『彼』はその剣で容赦なく魔物を刺した。また歪な悲鳴を上げながら魔物はもうびくともしなかった。
「なんだ。魔物ってこの程度な訳」
魔物から剣を抜き取り、『彼』は夜魅に剣を振るった。いきなり標的にされた夜魅は咄嗟に避けたが、剣に触れた草が凍っているのを見てゾッとする。
「あんたを倒せば、試験は終了だろ?」
明らかにナギとは違う口調にイリアは戸惑いを見せる。何が起きているのか解らない。
「可愛がってた子なのに……。情けの欠片もないね」
夜魅は倒された魔物を葬送しながら呟いた。
「キミの事はイラから聞いていたよ。少年天使のナギは、温厚で素直な性格だ。だが、その能力は、『二重人格』。ナギの意識の中にいる『お前』と入れ替わる事。そして『お前』の能力は、『複写(コピー)』だ。アビスとは違って、本人と同じように能力を扱う事が出来る」
イリアにも分かるように夜魅は説明した。
「あぁ、その通りだ。だが俺の名前は『お前』なんかじゃない。ユキだ。確り覚えろよ」
姿はナギなのに、その言葉遣いと素振りは全くの別物。その為、違和感を覚えた。
「番人とやらの能力を見せて貰おうか」
気付いた時には既に遅く、夜魅の周囲には黒い霧が立ち込めていた。これはイラの能力。あまり長く闇に支配されてしまうと精神をやられてしまう。
「ま、これ位じゃ物足りないでしょ」
パチンと指を鳴らすと、何処からともなく触手が現れ、夜魅を捕まえようと蠢いている。セフィルの能力に夜魅は気持ち悪いのを我慢し、対処していく。
「見たままか……」
黒い霧が一瞬で晴れ、触手も払い除けた夜魅の姿が現れた。だが、その瞬間を待っていたかのようにユキは光の矢を放った。
「やっぱり、見たものしか操れないんだ」
数本の矢を避けきり、夜魅は息を整える。
「しぶといな……」
ユキが次の技を繰り出そうとした瞬間、夜魅は思いっきり彼にタックルした。予想外の攻めにユキは交わせず、諸に食らってしまった。
「ぐっ……」
そのまま足を引っ掛け、バランスを崩したユキに馬乗りになる。
「見たことない技なら、使えないだろ?」
「っ……!」
夜魅はユキの首に手をかけ、力を入れる。ユキはもがきながら抵抗するが、夜魅の力が半端なく敵わなかった。
「くっ……ぁ……」
徐々に意識が薄くなっていく。目を閉じたらナギと交換してしまう。久々に外に出れたユキはまだユキのままでいたかった。
「夜魅、やめて!死んじゃうよ!」
イリアが仲裁に入ろうとしたが、ランティスが止めた。彼女まで捲き込まれたら大事になってしまう。
「……仕方ないわね」
パチンと夜魅の首に嵌められたチョーカー。その途端、夜魅の意識はなくなり、ユキから手を離した。
「そこまでにしておきなさい」
「……はい。ミレイ様」
本来は相手の目を見て微笑し、気の緩んだ状態で操るのがミレイのスタイルだったが、応用が効かない場合を然してチョーカーを用意している事がある。今回は相手を殺しかねない状態にあったので仕方なく使ってしまった。
「暫く大人しくしていなさい」
「はい」
すっかりミレイの僕となった夜魅は静かに従った。
「ユキ!大丈夫?」
イリアとランティスが駆け付け、咳をしている彼の背中を擦る。
「……あんたとは初めてだな」
「そうだね。ナギの能力も知らなかったから、吃驚したけど。あたしはイリア。宜しくね、ユキ」
「……あぁ」
素直に自分を受け入れてくれるイリアをユキは受け入れた。そのまま意識を失い、ナギと入れ替わった。
「……あ、れ……?イリア……様?」
「あ。ナギに戻った」
「……あ!その……ユキが失礼な事しなかったですか?」
「何もしてないよ。ユキに会えて嬉しかったな」
ナギの心配も他所にイリアは優しく笑んだ。
「ミレイ。夜魅の事、解放してあげて」
「はぁい」
ミレイは指を鳴らし、夜魅からチョーカーを外した。解放された夜魅は意識が戻り、ハッと我に返る。
「……あ……っと……ごめん……。やりすぎた」
夜魅はナギに歩み寄りながら申し訳なさそうに頭を下げた。
「いえ……。ユキがはしゃいじゃったみたいで……」
「喉、平気?」
「はい。声も出るので大丈夫です」
「そっか……。良かった」
ほっと一安心し、夜魅はイリアと目が合った。イリアは何も言わず、いつもみたいに微笑んだ――。
「さて。それじゃあ、改めて宜しくね」
神殿に戻ったイリア達は【王座の間】でミレイとナギを招き、『ミスタシア』の称号を与えた。アルカディア達もその場に集い、新しい仲間を受け入れる。
「あの……イリア様?」
「なに?ミレイ」
「ワタシ……最後は何もしてないわ。魔物にだって触れられなかったのに……。其なのに、『ミスタシア』になんて選ばれていいのかしら……」
ミレイは不安を吐露した。
「貴方は、ユキを助けてくれた。あのまま放置すれば『ミスタシア』はミレイだけに与えられるものだったのに。その優しさと此処まで来れた実力が貴方には備わってる。『ミスタシア』には十分な素質でしょう」
そう微笑まれ、ミレイは嬉しくなった。今まで女神様の代理としてしか見ていなかった女の子を、途端に意識するようになった。
「イリア様。ぼくも……その、最後はユキに変わって貰ったし、何もしてないから……」
ナギも素直に喜べず、言葉を濁しながら告げた。
「そんな事ないよ」
イリアはナギと同じ視線になり、優しく頭を撫でる。
「ナギも此処まで来れたのは実力があったからだよ。確かにユキの力は大きいけど、それを制御するのはナギなんだし、逃げない姿勢って大事だと思うよ。其にね、ナギがいれば『ミスタシア』は安定すると思うの」
真っ直ぐに自分を認めてくれるイリアにナギも嬉しくなった。イリアはちゃんと目を見て言葉を伝えてくれる。その姿勢にナギは憧憬を抱いた。
「ミレイ、ナギ、アルカディア、エチカ、カサンドラ、アルテナージャ、レフィ、イラ。貴方達が新しい『ミスタシア』です。これからもこの天界の要として努めて下さい。其から……あたしの支えになって下さい!宜しくお願いします!」
イリアは改めて全員の顔を見ながら頭を下げた。天使達は皆、力を伸ばしている。自分も成長していかなければならない。女神様の代理だからといって、先頭に立つのは、まだ位が高過ぎる。
「顔を上げて下さい、イリア。ボクらはいつだって貴方の味方です」
「あぁ。お前も十分努めを果たしてるからな。私達は全力でお前を支えるよ」
彼らに優しく受け入れられ、イリアはそっと顔を上げる。
「そんなに畏まらないで、いつもみたいに笑っててよ。イリアちゃんはもう、この天界に必要な存在なんだから」
「アルカディア……みんな……」
彼らに受け入れられ、イリアは泣きそうになった。溢れそうになる涙を我慢しながらランティスに顔を向ける。彼も優しく微笑んでいた。
「……ありがとう」
翌日、天使達は【癒しの丘】に招集され、新生『ミスタシア』を発表された。ステージの上ではアルカディア達が既に待ち構えている。
「どうしよう……吐くわ」
「大丈夫だって、ミレイ。落ち着いて」
「緊張するわよ……」
「まぁ、解るけどね。じゃあ、おまじない教えてあげる」
「おまじない?」
近くでこちらも緊張していたナギが寄ってきた。
「3回、深呼吸してみて。落ち着くから」
二人は言われた通りにしてみた。大きく息を吸い、ゆっくり吐き出す。繰り返していくと徐々に脈がゆったりになってきた。
「どう?落ち着いた?」
「……はい。不思議とリラックス出来ました」
「ワタシも……」
「良かった。結構効くんだよ」
「ありがとうございます、イリア様」
「どういたしまして。それじゃあ、行ってこようか」
二人の背中を押し、イリアは見送る。おまじないのお陰で二人とも堂々とした様子でステージに上がった。
新しい『ミスタシア』が決まり、天使達は称賛の声を上げた。ミレイの美しさや実力、ナギの素直な性格や品行方正な姿勢は誰もが知っていたからだ。それに、最後まで残ったメンバーとしてその実力も認められた。天使達に受け入れられ、二人は安堵した。
「――あらあら。随分と盛り上がっていますのね」
不意に現れた二人の存在に、天使達はざわめいた。ステージの袖にいたイリアとランティスも驚いた表情で見つめている。
「みんな、ただいま」
予期せず現れたのは、人間界に旅行していた女神とゼウスだった――。
「最後の相手は夜魅だよ。彼に勝ったら、ミスタシアとして認めるわ」
「どうして彼なの?」
「二人とも、レフィとは戦わなかったでしょ?ティファに取られちゃったんだもんね。だから、もう一人用意しておいたの」
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「そう」
「――解ったわ。此処まできて背は向けたくないしね」
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「ナメられてるわ……」
魔物はミレイを嘲笑うかのように強かに避け、攻撃からすり抜けていく。他の魔物よりも知性はあるらしい。夜魅の躾も効いているみたいだ。
ミレイの動きを眺めながらナギは呆然と立ち尽くしている。魔物なんて近くで見るのもおぞましいのに、況してや捕らえる等と以ての外だ。足の震えが治まらず、へたりこみそうになった。
「イリア様。ナギには刺激が強すぎじゃ……」
「いいんだよ。『ミスタシア』を決めるんだよ?魔物くらい捕らえられないと、務まらないでしょ」
ランティスの心配を他所にイリアは厳しい目線で言い放った。
ナギは動く事さえままならず、ただミレイと魔物のじゃれあい(最早そうとしか思えない光景)を見ている事しか出来なかった。
「此処で何も出来なければ、買い被りだったって事かな……」
様子を見守りながらイリアは小さく呟いた。
ミレイは休む間もなく、魔物を捕らえる事に必死だ。なかなか捕まらない事に苛立ちを見せている。
「この……!」
九尾の尻尾の一本を捕らえる。だが、その肌触りはぬるぬるしており、ミレイは感触の気持ち悪さにすぐに離してしまった。
「何なのよ……」
手についたベットリとした感触。その感触を覚えてしまったら忘れるのは困難だ。
「無理……。無理無理無理無理無理!ムリよ、あんなの!気持ち悪いし、ぬるぬるするし、鳥肌立っちゃった……」
ミレイはやる気を削がれたらしく、先程手についた感触を払い除けるようにハンカチで手を拭きながら拒否反応を示していた。
「ナギ。いつまで怯えてるの?貴方も捕まえなさいよ」
「でも……」
「怖がっていたら何も出来ずに終わるわよ」
「っ……!」
ミレイに冷たく促され、ナギは焦りを感じた。やらなきゃいけない。此処まで来たからには、真っ直ぐぶつからなければならない。
まだ気持ちの整理がつかないナギに魔物は狙いを定め、向かっていった。迫ってくるその姿は見るに耐えない。いくら形が整ってはいても所詮は魔物だ。そう呼ばれるに相応しい姿をしている事を受け入れなければならい。
魔物は容赦なくナギに襲いかかった。動きはそんなに早くない。ナギはスッと交わした。魔物の殆どは目が見えないらしい。優れた嗅覚と些細な音も聞き逃さない聴覚に恵まれている為、盲目である事などハンデでも何でもないのだ。
ナギは攻撃体勢に入る。魔物も匂いが変わった事に気付き、ナギの方を向く。
「ひっ……」
だが矢張、目の前にするとその異様な存在に恐怖を感じる。
――いつまでナヨナヨしてんだよ――
耳ではなく直接頭に聞こえた声。その主をナギは知っていた。
「だって……怖いよ……」
――お前が此処まで来れたのは俺がアシストしたからだろ?今更逃げ腰でどうするの?――
「……ごめん……」
――手、貸してやろうか?見てられねぇよ――
「……うん。力、貸して……」
――逃げるなよ――
ナギは意識を集中させ、目を閉じた。『彼』と入れ替わる感覚が今でも慣れない。躯だけを交代し、ナギは意識の中で様子を見守る。
「……久しぶりの感覚だな」
『彼』は魔物を捕らえ、手を伸ばす。範囲内に収まった事を確認し、グッと手を握った。その途端、魔物は歪な悲鳴を上げながら倒れた。外見に怪我をした訳ではない。けれど、魔物の体は痺れたように痙攣していた。
「呆気ない」
目に見えぬ速さで瞬時に魔物の元まで移動し、『彼』はその手に氷の剣を表した。其はカサンドラが操るものと同じモノ。
「あれって……」
イリアが驚いたのも束の間、『彼』はその剣で容赦なく魔物を刺した。また歪な悲鳴を上げながら魔物はもうびくともしなかった。
「なんだ。魔物ってこの程度な訳」
魔物から剣を抜き取り、『彼』は夜魅に剣を振るった。いきなり標的にされた夜魅は咄嗟に避けたが、剣に触れた草が凍っているのを見てゾッとする。
「あんたを倒せば、試験は終了だろ?」
明らかにナギとは違う口調にイリアは戸惑いを見せる。何が起きているのか解らない。
「可愛がってた子なのに……。情けの欠片もないね」
夜魅は倒された魔物を葬送しながら呟いた。
「キミの事はイラから聞いていたよ。少年天使のナギは、温厚で素直な性格だ。だが、その能力は、『二重人格』。ナギの意識の中にいる『お前』と入れ替わる事。そして『お前』の能力は、『複写(コピー)』だ。アビスとは違って、本人と同じように能力を扱う事が出来る」
イリアにも分かるように夜魅は説明した。
「あぁ、その通りだ。だが俺の名前は『お前』なんかじゃない。ユキだ。確り覚えろよ」
姿はナギなのに、その言葉遣いと素振りは全くの別物。その為、違和感を覚えた。
「番人とやらの能力を見せて貰おうか」
気付いた時には既に遅く、夜魅の周囲には黒い霧が立ち込めていた。これはイラの能力。あまり長く闇に支配されてしまうと精神をやられてしまう。
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「やっぱり、見たものしか操れないんだ」
数本の矢を避けきり、夜魅は息を整える。
「しぶといな……」
ユキが次の技を繰り出そうとした瞬間、夜魅は思いっきり彼にタックルした。予想外の攻めにユキは交わせず、諸に食らってしまった。
「ぐっ……」
そのまま足を引っ掛け、バランスを崩したユキに馬乗りになる。
「見たことない技なら、使えないだろ?」
「っ……!」
夜魅はユキの首に手をかけ、力を入れる。ユキはもがきながら抵抗するが、夜魅の力が半端なく敵わなかった。
「くっ……ぁ……」
徐々に意識が薄くなっていく。目を閉じたらナギと交換してしまう。久々に外に出れたユキはまだユキのままでいたかった。
「夜魅、やめて!死んじゃうよ!」
イリアが仲裁に入ろうとしたが、ランティスが止めた。彼女まで捲き込まれたら大事になってしまう。
「……仕方ないわね」
パチンと夜魅の首に嵌められたチョーカー。その途端、夜魅の意識はなくなり、ユキから手を離した。
「そこまでにしておきなさい」
「……はい。ミレイ様」
本来は相手の目を見て微笑し、気の緩んだ状態で操るのがミレイのスタイルだったが、応用が効かない場合を然してチョーカーを用意している事がある。今回は相手を殺しかねない状態にあったので仕方なく使ってしまった。
「暫く大人しくしていなさい」
「はい」
すっかりミレイの僕となった夜魅は静かに従った。
「ユキ!大丈夫?」
イリアとランティスが駆け付け、咳をしている彼の背中を擦る。
「……あんたとは初めてだな」
「そうだね。ナギの能力も知らなかったから、吃驚したけど。あたしはイリア。宜しくね、ユキ」
「……あぁ」
素直に自分を受け入れてくれるイリアをユキは受け入れた。そのまま意識を失い、ナギと入れ替わった。
「……あ、れ……?イリア……様?」
「あ。ナギに戻った」
「……あ!その……ユキが失礼な事しなかったですか?」
「何もしてないよ。ユキに会えて嬉しかったな」
ナギの心配も他所にイリアは優しく笑んだ。
「ミレイ。夜魅の事、解放してあげて」
「はぁい」
ミレイは指を鳴らし、夜魅からチョーカーを外した。解放された夜魅は意識が戻り、ハッと我に返る。
「……あ……っと……ごめん……。やりすぎた」
夜魅はナギに歩み寄りながら申し訳なさそうに頭を下げた。
「いえ……。ユキがはしゃいじゃったみたいで……」
「喉、平気?」
「はい。声も出るので大丈夫です」
「そっか……。良かった」
ほっと一安心し、夜魅はイリアと目が合った。イリアは何も言わず、いつもみたいに微笑んだ――。
「さて。それじゃあ、改めて宜しくね」
神殿に戻ったイリア達は【王座の間】でミレイとナギを招き、『ミスタシア』の称号を与えた。アルカディア達もその場に集い、新しい仲間を受け入れる。
「あの……イリア様?」
「なに?ミレイ」
「ワタシ……最後は何もしてないわ。魔物にだって触れられなかったのに……。其なのに、『ミスタシア』になんて選ばれていいのかしら……」
ミレイは不安を吐露した。
「貴方は、ユキを助けてくれた。あのまま放置すれば『ミスタシア』はミレイだけに与えられるものだったのに。その優しさと此処まで来れた実力が貴方には備わってる。『ミスタシア』には十分な素質でしょう」
そう微笑まれ、ミレイは嬉しくなった。今まで女神様の代理としてしか見ていなかった女の子を、途端に意識するようになった。
「イリア様。ぼくも……その、最後はユキに変わって貰ったし、何もしてないから……」
ナギも素直に喜べず、言葉を濁しながら告げた。
「そんな事ないよ」
イリアはナギと同じ視線になり、優しく頭を撫でる。
「ナギも此処まで来れたのは実力があったからだよ。確かにユキの力は大きいけど、それを制御するのはナギなんだし、逃げない姿勢って大事だと思うよ。其にね、ナギがいれば『ミスタシア』は安定すると思うの」
真っ直ぐに自分を認めてくれるイリアにナギも嬉しくなった。イリアはちゃんと目を見て言葉を伝えてくれる。その姿勢にナギは憧憬を抱いた。
「ミレイ、ナギ、アルカディア、エチカ、カサンドラ、アルテナージャ、レフィ、イラ。貴方達が新しい『ミスタシア』です。これからもこの天界の要として努めて下さい。其から……あたしの支えになって下さい!宜しくお願いします!」
イリアは改めて全員の顔を見ながら頭を下げた。天使達は皆、力を伸ばしている。自分も成長していかなければならない。女神様の代理だからといって、先頭に立つのは、まだ位が高過ぎる。
「顔を上げて下さい、イリア。ボクらはいつだって貴方の味方です」
「あぁ。お前も十分努めを果たしてるからな。私達は全力でお前を支えるよ」
彼らに優しく受け入れられ、イリアはそっと顔を上げる。
「そんなに畏まらないで、いつもみたいに笑っててよ。イリアちゃんはもう、この天界に必要な存在なんだから」
「アルカディア……みんな……」
彼らに受け入れられ、イリアは泣きそうになった。溢れそうになる涙を我慢しながらランティスに顔を向ける。彼も優しく微笑んでいた。
「……ありがとう」
翌日、天使達は【癒しの丘】に招集され、新生『ミスタシア』を発表された。ステージの上ではアルカディア達が既に待ち構えている。
「どうしよう……吐くわ」
「大丈夫だって、ミレイ。落ち着いて」
「緊張するわよ……」
「まぁ、解るけどね。じゃあ、おまじない教えてあげる」
「おまじない?」
近くでこちらも緊張していたナギが寄ってきた。
「3回、深呼吸してみて。落ち着くから」
二人は言われた通りにしてみた。大きく息を吸い、ゆっくり吐き出す。繰り返していくと徐々に脈がゆったりになってきた。
「どう?落ち着いた?」
「……はい。不思議とリラックス出来ました」
「ワタシも……」
「良かった。結構効くんだよ」
「ありがとうございます、イリア様」
「どういたしまして。それじゃあ、行ってこようか」
二人の背中を押し、イリアは見送る。おまじないのお陰で二人とも堂々とした様子でステージに上がった。
新しい『ミスタシア』が決まり、天使達は称賛の声を上げた。ミレイの美しさや実力、ナギの素直な性格や品行方正な姿勢は誰もが知っていたからだ。それに、最後まで残ったメンバーとしてその実力も認められた。天使達に受け入れられ、二人は安堵した。
「――あらあら。随分と盛り上がっていますのね」
不意に現れた二人の存在に、天使達はざわめいた。ステージの袖にいたイリアとランティスも驚いた表情で見つめている。
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予期せず現れたのは、人間界に旅行していた女神とゼウスだった――。
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clayclay
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