願わぬ天使の成れの果て。

あわつき

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1番目の天使 ~Arcadia~

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「式典どうしよっかなぁ・・・」


そう呟きながらイリアは【癒しの丘】で空を眺めていた。蒼い空には、大きい月と小さな月が2つある。



此処は、天界。神様と天使が共存する世界。豊かな大地に恵まれ、常春の陽気が心地好い。【癒しの丘】には何人かの天使達がいた。イリアと同様に寛いだり楽しく話したりと様々だ。どの天使達も美しい。


「目の保養だねぇ」
「イリアちゃん」


不意に目の前に綺麗な顔が現れ、イリアは一瞬だけ吃驚してしまった。


「アルカディア」
「見てみて!オレとレフィ、お揃いにしたの」


一際美しい天使達が、結んだ髪をイリアに見せた。長く艶やかな髪がポニーテールになっている。


「わぁ!いーねいーね!似合ってるよ」


イリアはにこやかに感想を伝えた。


「ほら!似合ってるって。恥ずかしがる事ないよ」
「ですが・・・」
「いいなぁ。髪長くて」
「イリアちゃんはそのままが一番可愛いよ」
「やだぁ。アルカディア、上手ー」


パチンッ


何かが切れた音がした途端、 レフィの髪が広がった。


「切れちゃったね」
「なんか不吉ー」
「すみません、アルカディア。折角結んで頂いたのに」
「其は構わないけどさぁ・・・」
「気にする事ないよ、レフィ。ゴムが切れる事なんてよくある事だし」


落ち込む彼にイリアがフォローする。


「また結わけばいいしね」
「そうですね・・・」
「そう言えばイリアちゃんは何してたの?」
「んー?式典の事考えてた」
「あぁ、そっかぁ。もうすぐ式典かぁ」
「何かない?」


不意に意見を求められ、アルカディアは言葉に詰まってしまった。


「えー、なんだろ・・・。レフィ、何かある?」
「そうですね・・・。いつもは女神とゼウス様がご自由になさってたので・・・」
「何やってたの?」
「舞を踊ったりとかー・・・歌ったりとかー・・・あとは、舞踊ったりとか?」
「舞ねぇ・・・」


イリアは何も持っていないし、特技がある訳でもない。式典等という大それた行事を任された記憶もないので一層悩みが深まった。


「――あ!オレ、いい事思い付いちゃった!」


アルカディアは何かを思い立ったように満面の笑みを見せた――。






神殿の中、王座の間。だだっ広いスペースが目立ち、中央にあるのは王の椅子だけ。それも高級そうなもの。ゼウスが使用していたものだと知り、イリアはまだ座って良いものか躊躇っていた。 


「あっ・・・」


ステップを間違え、イリアはアルカディアの足を思いっきり踏んでしまった。


「ごめんなさい・・・」
「ちょっと痛かった・・・。まぁ、でも初めてなら仕方ないし、慣れていけばいいよ」
「ダンスってやった事なくて・・・」
「大丈夫大丈夫!ステップさえ覚えちゃえばなんとかなるからさ」
「アルカディアは上手だね」
「うん。女神(ソフィア)に教わったからね」
「直伝なんだぁ。凄いね」
「ありがとう。イリアちゃんもすぐに出来るよ」
「そうだね。頑張って覚えなきゃ」


二人は日が暮れるまでダンスの練習に励んだ。






「順調ですか?」


一人でダンスの練習をしていると、王座の間にレフィとイラが現れた。神殿への出入りは自由になっており、誰でも許可なくどの部屋も使用出来る。今の所は『ミスタシア』しか活用していない。


「うーん・・・いまいちタイミングが合わなくて」
「一定のテンポさえ覚えてしまえば簡単ですよ」
「そうねぇ・・・。考えながら動くのって難しいね」
「手本を見せましょうか?」
「ん?」
「イラ。ボクと一曲踊って頂けますか?」


レフィはイラに手を差し出しながら、微笑んだ。そんな綺麗な笑みで誘われたら断るなんて有り得ない。


「仰せのままに」


イラも雰囲気に乗り、その手を取った。


音楽は流れていないけれど、優雅に踊る二人の姿は美しかった。時折見せるイラの微笑にイリアはときめいた。貴重過ぎる。イラは普段あまり笑わない。だから、意識していなくても不意にそんな表情を見せられたら胸が高鳴る。



「――こんな感じです」


いつの間に終わったのか、見とれていたイリアにレフィがやりきった笑みで声を掛けた。


「上手ー!皆、そんなに踊れるの?」
「女神に教わりましたから」
「ナルホド」
「アルカディアに教わっているんですか?」
「うん。丁寧に教えてくれるよ」
「あまり調子に乗らせない方が良い」


イラが冷たい口調で間に入ってきた。


「そうなんだ」
「あいつはすぐいい気になるからな」
「・・・そんなに仲悪いの?」


吐き捨てるように言ったイラを横目にイリアはレフィの耳元で聞いた。


「少年天使の時は仲が良かったのですが、青年天使になってからは最悪ですね」


レフィも小声で答える。


「何かあったの?」
「特に大きな問題はなかった筈なんですけど・・・」
「いつまで内緒話しているつもりだ?」


後ろから声を掛けられ、二人はビクッと肩を揺らした。


「いえ、何でも」


レフィは笑顔で誤魔化し、イラを連れながらドアへ向かった。


「其ではイリア。ボク達はこれで」
「うん、ありがとう」



結局何をしにきたのだろうと内心思いながらイリアは見送った。


「イリアちゃん」


彼らと入れ違いにアルカディアが現れた。



「どう?ダンスの調子」
「ぼちぼち」
「そっか。レフィ達に教えて貰った?」
「うーん、まぁ・・・」
「じゃあ、一曲踊ってみる?」
「出来るか心配だけど・・・」
「大丈夫。リードするから」


アルカディアは、イリアが天界に来た時から優しくしてくれている。変わらぬ笑みで。イリアも其が嬉しかったし、頼りにしていた。今も、イリアの手を握りながらちゃんとリードを取ってくれている。こんな美しい青年と踊れるなんて一生に一度の事かも知れない。


「ステップ覚えてきたね」
「うん。アルカディアのお陰」
「イリアちゃん、運動神経良いもんね」
「ありがとう」
「式典までには間に合いそうかな」
「うん。2週間もあれば」


式典は2週間後に行われる。其までに準備をし、ダンスを身に付けておかなければならない。アルカディアの教えが良いせいか、イリアの上達も早かった。


「――お疲れ様」


アルカディアは、王座の間にだらんと寝転がっているイリアにグラスを差し出しながら声を掛けた。


「ありがとう」


イリアは起き上がりながらグラスを受け取り、一口飲んだ。


「美味しい・・・」
「オレの好きなルークのジュース。舌痺れてない?」


アルカディアはイリアの隣に座りながら微笑んだ。


「うん。炭酸ジュースみたい」
「イリアちゃんがいた世界のものと似てる?」
「味は此方がスッキリしてて美味しいよ」
「じゃ、オレも貰おっと」
「えっ・・・」


イリアからグラスを受け取り、アルカディアはそのまま口を付けて飲んだ。


「ちょっと冷たすぎたかな・・・」
「ううん、美味しい」
「良かった。イリアちゃん、ちょっと外行かない?」
「外?」


二人が神殿から出るともう外は暗かった。夜空には今まで見たことのない満天の星空が広がっていた。


「綺麗ー」
「夜の空気も気持ち良いね」
「うん!」



イリアは深呼吸し、澄んだ空気を吸い込んだ。 


「この世界には、慣れた?」


アルカディアが優しげな瞳で聞いた。


「うん、少しずつだけど」
「他の天使達とはどう?」
「えっと・・・まだそこまで仲良くないかも・・・」
「そっか。まぁ、皆の気持ちも解るけどね。時間かかるかも知れないけど、よろしくね」
「うん」
「何かあったら言ってね!」
「ありがとう、アルカディア」


そう言ってくれる天使がいるだけでイリアは安心して過ごす事が出来る。


此処に来たばかりの頃は、不安で泣きたくなった。正直、戻りたいとも思った。けれど・・・



『初めまして。オレはアルカディア。これから宜しくね、イリアちゃん』


この世界に初めて来た彼女に一番最初に声を掛けてくれたのが、アルカディアだった。
優しげな笑みで差し出された手に、何故か安心しイリアは落ち着きを取り戻した。







「――女神様代理」


アルカディアと分かれ、神殿へ戻ろうとした彼女を数名の天使達が呼び止めた。


「何ですか?」
「ちょっと良いですか?」


天使達が薄ら笑いを浮かべたのを、イリアは見逃しはしなかった――。




来たのは【神流(かんな)の森】。夜だと日中とは違って物静かな空気が漂っていた。


「こんな場所でお話?」
「実は、注連縄(しめなわ)が切れてまして」


青年天使のサラが指差した方向にイリアも目を向ける。【神流の森】はある境界線で区切られていた。【神流の森】のその先は【嘆きの果て】と呼ばれる魔物達の住処。天使達は其所へは立ち入らない。魔物達も天使達の住処を荒らさないようにと女神が注連縄を張った。


その注連縄が切れていた。自然に千切れたものではなく、意図的に切られた跡が残っていた。


「うわ・・・これはヤバくない・・・?」


呟くイリアの背後に近付く怪しげな影――


その低い呻(うめ)き声に気付くのが遅れたイリアは、突然現れた影に腕を引っ掛かれた。


「痛っ・・・」


爪の様な鋭いもので肌を引き裂かれ、地味な痛みに表情を歪める。


「・・・何で・・・」


サラ達に懐いていたのは、歪な色をした魔物。


「魔物は・・・天使には靡かないって・・・」
「そんなの、女神が勝手に言ってるだけだよ。実際は餌で釣れた。こいつらバカだから、餌やれば何でも聞くんだ。便利だろ?」
「それは、理に反してる・・・。ダメだよ!こんなの」
「煩(うるさ)い!」


機嫌を損ねたサラは魔物に命令し、今度はイリアの足を引き裂いた。


「どうする?女神様代理。正直、俺らあんたの事認めてないんだわ。ただの人間が、女神の代理なんか務まるかよ」


それは、この世界に来て飽きる程囁かれた文句。――当然だ。天使達が尊敬している女神の代わりになれなんて平凡な女子高生には無理な話だ。


けれど、其でもイリアは受け入れた。彼女もまた、女神を愛していたから。


「お前の居るべき場所は此処じゃない」


イリアは痛みに耐えながら、剣を握り締めた。しかし、剣の放つ光は揺らいでいた。


「一人で倒せますかー?」


サラ達はケラケラ笑いながら見下している。



「あるべき場所へ戻りなさい」


襲ってきた魔物を剣で受け止め、そのまま淡い光で魔物を包み込んだ。


「お前の家にお帰り」


光に包まれたままの魔物を撫でながら、イリアは優しく諭した。
光が薄れるに連れて、魔物は大人しくなり、【嘆きの果て】へと帰っていった。


「注連縄を切ったのも、貴方達ですか?」
「・・・ちっ」


サラ達は罰の悪そうな顔で目を背けた。


「さて・・・。どうしよう、これ・・・」


イリアは切れた注連縄に向き直った。
女神が張った注連縄だけあって効力も高い。イリアが繋ぎ合わせただけじゃ、効力は戻らないかも知れない。


「・・・人間風情が、調子に乗るな!」



無防備な彼女に攻撃を与えようとしたサラの前に、不意に現れた美しい天使。


「――ダメだよ、暴力は」


銀水晶の瞳で見透かされたサラはその眼光に怒りを感じ、一瞬で飛び退いた。


「・・・アルカディア」


イリアの前には銀色の長い髪を靡かせた綺麗な天使の姿があった。


「何でお前がいるんだよ!」
「嫌な予感したからイリアちゃんの事探してたんだ。女の子相手になにムキになってんの?」
「っ・・・!」
「何か言いたそうだね。大体察しはつくけど、聞いてあげようか?」
「・・・アルカディア!何でお前がそいつの側にいるんだよ!人間なんだぞ!?」
「イリアちゃんの力見たでしょ?女神様の代わりは充分務まるよ。いい加減、認めたら?」
「煩(うるさ)い!そう簡単に皆が認めると思っ・・・!」


サラの言葉を遮ったのは、胸に刺さった光の矢。他の天使達にも突き刺さっていた。


「なに・・・」


アルカディアに視線を映すサラ達の表情が凍りついた。冷徹な瞳で光の弓矢を構えるアルカディアに殺気にも似たような感覚を覚えた。


「アルカディア・・・」
「暫く反省してるといいよ」


彼らに刺さった矢はそのまま体内に入り、その瞬間サラ達は意識を失った。


「死んじゃった・・・?」
「眠らせただけだよ」
「なんだ。良かっ・・・た・・・?」


安堵したからか、イリアは全身の力が抜け倒れそうになった。


「――大丈夫?」


彼女を支えたのは、橙色の瞳が綺麗な天使。表情は変わらないものの、支えられた力に優しさを感じた。


「ランティスもいたんだ・・・」
「あぁ」
「イリアちゃん!」


アルカディアは心配そうな表情で駆け寄った。


「ごめんね・・・!痛かったでしょ?」
「大分ね・・・。でも、大丈夫・・・。すぐに治るから」
「バイ菌入ったら危ないんだよ」


いつになく慌てているアルカディアにイリアは新鮮さを感じた。


「今、治すから」


負傷したイリアの腕に手を当て、光で包んだ。その瞬間、痛みはすぐに消え、傷跡も綺麗に消え去った。


「アルカディアも治癒能力使えたんだ」
「小さな傷なら大抵の天使は治せるよ。厄介な怪我だとナージャが得意だけどね」


足の怪我も治して貰い、序(つい)でに体力まで回復した。



「ありがとう」
「・・・ごめんね。守れなくて」
「アルカディアは悪くないよ」
「其でも、側にいれば良かった・・・。もう、こんな事ないようにするから」
「うん。ありがとう」


イリアの笑みにアルカディアは胸が温かくなるのを感じた。


「君の事は、オレが守るよ」


アルカディアはイリアの腕にキスをした。


「・・・アルカディア・・・」
「約束」


そう微笑まれ、イリアは嬉しく感じた。


「――うん!約束ね」


イリアも可愛らしい笑みを浮かべながら、彼との約束を交わした――。
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