ガシャドクロの怪談

水雨杞憂

文字の大きさ
58 / 59
稲荷様

12

しおりを挟む
 あばら骨の隙間から髪の毛に浮き沈みする生首が窪んで空洞になった眼で憧れの生者の世界を覗き見ている。
 あわよく外に零れ落ちた生首は無情にも暫くするとボロボロと崩れ落ちていく。
 その中で肉のない顔を持つガシャドクロは読み取れない表情でこちらを凝視したまま緩慢な動きでこちらに進んでくる。それは、まるで喉を潤す物を求めて這う死者を彷彿とさせた。
 
 『タリナイ、タリナイ、タリナイ、タリナイタリナイ、タリナイタリナイ、タリナイ』

 ガシャドクロが発しているだろう重なる複数の声の塊は誘い道の悪霊を思い起すが、それの比ではない声が重なり辺り一面に不快に響き続けている。
 そのガシャドクロの右肩辺りに三尾の狐が飛び掛かり噛みついた。
 噛みついた箇所はあっけなく砕け、接合部を無くした右手は地面に落下する。
 しかし、先ほどの緩慢な動きとは打って変わってまるで不快な虫を追い払うかのような条件反射で狐を弾き飛ばす。
 落下した右手は、右手でまるで意思を持っているかのように駆け出した。
 そして、あっけなく僕の前のフェンスをなぎ倒す。

「えっ」

 明らかに狙われている僕は痛む体に鞭をうち体制を立て直すと林の中に駆け出した。
 もとい、それは出来なかった。
 巨大な骨椀は僕に飛び掛かると、まるでおぶさるように僕の背中から覆いかぶさった。
 そのまま締め上げられる。
 肉に食い込み息ができなくなる。
 それでも僕は地面に指を立てそこから抜け出そうともがいた。
 ガシャドクロも狐の攻撃をいなしつつこちらに着実近づいてくる。
 執拗に新たな犠牲者を求めて、人を呪い、世を呪い続けてきた亡者は己が満たされないと知りつつも同じ苦しみを他者に与えなければならない。
 そんな執念がまき散らされている。
 僕の知っているガーシャとは異質な存在の物ノ怪だった。
 全く別の存在なのか、はたまたこれがガーシャの本質であるのか?
 今となっては分かりようがない。
 服越しでも伝わってくる凍てつくような冷たい感情が僕の生きる気力を奪っていく。
 だんだんこの亡者たちに思考が奪われていくようである。
 そう言えば以前ガーシャから聞いた話を思い出した。
 霊と同調すればするほど、霊との干渉はしやすくなると。そんな話だった気がする。
 こうやって、僕が彼らの思考に近づけば危害が加えやすくなるのだろう。

 逆は出来ないのか……?

 この僕がガーシャの気持ちを理解して、ガーシャに干渉できれば、あるいは元のガーシャに戻せるかもしれない。
 僕はもがくのを止め、そっとガーシャの指に触れる。
 氷のように冷たく僕の手の体温が一気に下がるのを感じた。それと同時に僕の体温も移り、微かに指骨が温まった気がした。
 いつも苛立たしく、ゲームパッドを叩く指。当時は不気味であったが見慣れた今では、薄汚れ傷を纏ったこの指でさえ懐かしく愛おしい。
 
 出会ったばかりの時のガーシャとの会話を思い出す。



「妾が優希に憑りついた理由が少しずつ分かってきた気がするぞ」
「なんだよ急に」
「よく似ている」
「え? どこが?」
「空っぽの所じゃ」
「意味わからないんだけど?」
「妾はな、優希、そなたに出会った時より前の記憶がないのじゃ」
「いろんなこと知ってるじゃん」
「知ってるだけじゃ。理屈としては何故か知っているが、それが分かるわけでは無い。例えばこのアンパン、妾は小麦粉と小豆などで出来ていることは知っているが初めて食べるまで上手いかまでは分からぬだろ? っま、それは既に知っているがな」
「僕は記憶あるし……。知識不足が似てるってこと?」
「はぁ、阿呆との会話は疲れるわ…」
「そっちが話を振ったんじゃないかっ!」



 『似ている』か…。
 正直、あの時「空っぽ」と言われ苛立ちを覚えたのは確かだ。
 それは、僕が心の底でそれを公定していることに他ならない。
 無知を指摘されたからではない。それよりも真実をずばり見抜かれた不快感が勝っていた。
 
 そう、僕はガーシャの言う通り空っぽなのだ。
 
 自分自身という存在が希薄である。
 とくに目標があるわけでも、何か拘りがあるわけでもない。
 かといって何かが出来るわけでもなく。
 出る杭として叩かれぬよう、他の杭と同じ高さを維持する。
 あの狐すらすぐに見抜ける、凡庸なのだ。
 その凡庸さにコンプレックスを感じつつも、そこから脱しようともしない。
 どうしようもなく愚かな有象無象の一員である。
 そして、死ねばすぐに存在を忘れ去られる希薄存在なのだろう。
 結局、僕がガーシャに憧れていたのはあの狐の言う通りガーシャと触れ合うことで得られる非凡への優越感に過ぎない。
 それほどまでに僕はどうしようもなく空っぽなのだ。
 骨に触れる手が冷え切り千切れそうな感覚。
 これぐらい誠意を見せれば及第点。
 そんな人に与えるフリではなく、今度は僕が与える側に回りたい。
 ガーシャにお返しがしたいんだ。
 今度こそお互い穴を埋めあえる存在になりたいから、お願い手を取って欲しい。

 僕はさらに手に力を込める。

(全く、愚かなやつよなぁ)

 そんな声が脳内に響いた気がした。

 そして、体を締め付ける力が少し弱まった気がする。
「ッチ、どいつもこいつもどうして俺の周りの奴ぁ! 一番安易で、一番危険な除霊方法に手を掛けやがんだ」

 悪態を着く狐の尾から青く暗い炎が散る。
 それは、動きが鈍くなったガーシャを囲み正円を作った。

「悪霊よ取り合えず散れっ! そして、元の亡骸に還れ」

 狐の呪文めいた言葉と同時に地面で円を描いていた炎は円柱となり怨霊を吹き飛ばす。
 炎と共に巻き上がったそれは灰のような黒煙のような物となり空の闇の中に散っていった。
 勿論僕を掴んでいた腕も同様に雲散する。
 辺りは打って変わり体育館が燃える音がパチパチと思いのほか静かに響いているだけであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

まだ見ぬ未来へ駆け抜けて!

小林汐希
ライト文芸
2年5組の生徒:松本花菜(17歳 高校2年生) 2年5組の担任:長谷川啓太(23歳 教師歴1年目) 幼い頃から、様々な悩みを抱えながら過ごしてきた花菜。 それは幼い頃に父との離別を経験した家庭環境だったり、小学校の最後に作ってしまった体の古傷であったり。 学校外の時間を一人で過ごすことになった彼女の唯一、かつ絶対的な味方でいてくれたのが、近所に住む啓太お兄ちゃんだった。 しかし年の離れた二人の関係では仕方ないとはいえ、啓太の大学進学や環境変化とともに、その時間は終わりを迎えてしまう。 ふさぎ込む花菜を前に、啓太は最後に「必ず迎えに来る」という言葉を残して街を離れた。 言葉を受け取った花菜は、自分を泣かせないための慰めだったという諦めも入りつつ、一方で微かな希望として心の中で温め続けていた。 数年の時を経て二人が再び顔を合わせたものの、もはや運命の意地悪とでもいうべき「担任教師と生徒」という関係。 最初は様子伺いだったけれど、往時の気持ちが変わっていないことを再確認してからは、「一人じゃない」と嬉しいこと・辛いことも乗り越えていく二人には少しずつ背中を押してくれる味方も増えていく。 再会した当初は「おとなしい終末的運命キャラ」になっていた花菜も次第に自信を取り戻し、新米教師の啓太も花菜のサポートを裏で受けつつ堂々と教壇に立ち続けた。 そんな互いを支えあった二人の前に開けた世界は……。 たった一つだけの約束を胸に、嬉しいときは一緒に喜び、悲しいときは支えあって走り抜けた二人の物語です。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...