貴族のくせに何もできない僕の楽しい再婚生活

清田いい鳥

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1 マインラートの再婚話

「おかえりなさい、お疲れ様でございます」
「……だいま」

 本日の仕事はこれにて終了。あとは自室に下がって自由に過ごす。それだけだ。何もない。

 社会舐めてんのかこの野郎、いい年して引きこもりか、と石を投げたりしないでほしい。僕は働きたくないとは思ってない。家の仕事はやってもすぐ終わる。だから外でも働きたいが、基本外出でも何でも許してくださる僕の旦那様は働くことだけは許してくれない。

 それは優雅なご身分だな、と思われるのは重々承知。ただ、その……僕の実家は貴族と呼ばれる、高いご身分の集団なのは事実である。僕はその末端にいるのだ。持参金はいただいてるので、それを元手にやりくりしたりなんかもしている。

 特権階級はそんなもんか。しかし夫と上手くいってないのか、と突然同情を寄せられても、僕にだってわからないことだ。そもそもどうやってあの父様を懐柔したのか。一緒に暮らしてみても、そんな器用な人に見えたことは一度もないのだ。

 単に金目当てだろ、と言われりゃ返す言葉がない。でも、その、言いにくいが……夜は、その。ときめくほどに優しいのだ。旦那様はお忙しいからあまり機会はないけれど、いつもあまりに気持ち良くて、今何時なのか、自分がどこにいるのかもさっぱり忘れるくらいなのだ。

 いいじゃないか、楽な人生がこの先約束されていて。セックスが良ければなおいい、だなんて簡単に言わないでほしい。いくら生活が楽ちんでも、楽と楽しいは同義じゃない。僕は外に出たい。働きたい。もっと言うと、前にいた学園に返してほしい。

 夫と上手くいってない。……実はその通りかもしれない。それは結婚前に遡る。



 ──────



「マインラート、この方と結婚しなさい。おそらく彼しかいない。家族全員、満場一致で可決した」

 父様は釣書を僕に見せながら、端的にそう告げた。家族全員満場一致って。そんな会議に出席した覚えはない。僕が入ってないんですけど。

「家柄はギリギリの線で問題ない。決め手は才能。魔術師として上等で、飛行馬車を操る飛行師だ。高給取りだぞ。加えて、面接での大演説。淀みない口調であるのに内容は愚直なところもあり、一番心の奥底に響くものだった。この方しかいないんだ、お前を守れるであろう男はな」
「め、面接って……いつの間に……、父様、僕は結婚なんてしなくたってひとりで生きていけるから。そのための準備はしたから。それに僕はちゃんと男に見えるでしょ。普通わざわざ脱いで確認なんてしないから大丈夫だよ。外に出るときは手袋して、目立たないようにすればいいだけで。そりゃ少しは寂しくなるかもしれないけど、誰かと結婚するっていうのはその人を犠牲にするって意味にもなると思う」

「犠牲だなんて悲しいことを言うんじゃない。しかし、お前が前向きになれないのもわかるんだ。色々あったからな。でも父様たちはお前より先に死ぬんだぞ。おかしくならないのは家族と使用人だけなのに。それがひとり、ふたりといずれいなくなる。一番最後に天に召されるであろうお前を残して逝くのが心配なんだ」
「でも……その方が前の夫みたいにならない保証はないわけだし……」

「保証はある。最初に言ったぞ、魔術師として上等だと。基準を満たす、なんて意味じゃない。王国の中心部へ紐づけされておらず、かつ腕が良い。さらにお前の身体じゃなく、心を愛している。この狭い範囲の中で見つかった奇跡の男だぞ。彼にならきっと一生大事にしてもらえる。今度こそ幸せになるんだぞ」

 もう僕は何も言えなかった。一度駄目になり、経歴に傷がついた僕をわざわざ娶ろうという奇特な人。しかし僕には特殊な事情があるために、そんな奇特な人を集めようとしても……そこそこ集まるだろうが、結局誰と結婚しようが同じことになる確信を僕は持っている。

 その経歴の詳細も複雑かつ重いもの。死人が出たのだ。殺害された。誰がって、夫がである。 

 誰もが、まさかと思うことが起きた。犯人はまだ捕縛されていない。事件が起きた屋敷には、費用のかかる防壁魔術はしばらくかけていなかったらしい。その大きな綻びをくぐり抜け、賊が屋敷に侵入したのだ。

 どこへ攫う予定だったのだろう。あちこちで衛兵が目を光らせている国なのに。僕を捕まえることができても馬車の幌を開けられたら即一発、捕縛である。

 しかし賊も考えなしではなかった。防壁が駄目になった頃を狙われてはいた。計画性を感じる犯行。後にそう聞いた。

「前もしっかり選んだつもりだったんだがな。あれは俳優としても生きていける男だった。きっとそれだけだな。我が家の女衆の意見をもっと真剣に聞くべきだったと思う。すっかりあいつに騙された」

 父様が話し始めて、ハッと現実に引き戻された。これは今考えても仕方のないこと。終わったことだ。今は目の前のことを考えねば。

「……おかしくなってしまうのが、長続きしないって説明は何度も何度もしたんだけど……、酔っぱらいに何を言っても一切覚えてないのと一緒だね。死人に鞭を打つようなことは言いたくないけど」
「……どうして神はお前ばかりにそんな難題を与えたのだろう。天才を産む金の鶏。しかしその身は人を狂わせる……」

 そう言われましてもね、とぼんやり書斎の床を見た。汚れひとつない臙脂色。匠の技である。毎日完璧な仕事っぷりを見せてくれる我が家の使用人はめったに辞めてはいかない。

 給与が良いから、だけではない。そういう契約にした上での雇用だからだ。僕という特殊な者のために。

「……だぞ。素晴らしいだろう。そんなときからお前を好きでいてくれて、彼は努力に努力を重ねたんだ。今度こそ幸せになるんだぞ、マインラート」
「……あ、えっと、はい父様。頑張りまーす……」

「ちゃんと聞いてたのか? もう一度! さんはい、幸せになるんだぞ!」
「が、頑張りまーす」

「語尾を伸ばすんじゃない! もう一度! 幸せに!! なるんだぞ!!」
「がっ、頑張ります!! よろこんでー!!」

 何がいけなかったのか、このあとひたすら『本当に幸せになるんだぞ!!』と繰り返され、わかりました、頑張りますってば、と散々返事をさせられた。

 喉が痛くなった、と廊下で首元をさすっていると、外で控えていたメイドさんに薬草飴をそっとさりげなく差し出された。うちの使用人さんたちは本当に仕事ができるのだ。どこへ出しても恥ずかしくない。さすが母様が選んだ精鋭である。



 たった一年足らずで辞めたのだが、十分喪に服したのだし、また学園の中の仕事に戻るつもりだった。あそこは居心地が良かったから。責任重大な仕事もなく、そこそこみんなの役に立てて。

 その仕事はやはり家族に斡旋されたものではあったのだが、縁談が決まらないからといって家に引きこもることだけはしたくないという僕の希望は通してもらえた形になった。

 だから、また戻りたかったんだけどな。……仕方ない、これも運命だ。大きくため息をついてなんとか気持ちを切り替えようとした。

 数日後、家族にはすでに顔を通してあるという、未来の旦那様にお会いする運びとなった。僕の身体ではなく、心を愛してくださっているという方。

 ほんとかなあ、嘘くさいなあ。前と同じになるんじゃないかな。

 そんな僕の疑念は的中する形になる。そこに現れた旦那様候補の方は、僕に興味があるようにはとてもじゃないが見えなかった。






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