人を生きる君

爺誤

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5 輿入れの仕切り直し

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 ヒメサマと話したあと、トーカは輿入れのやり直しとして、分厚い座布団の上のヒメサマと並んで、神輿に乗った。トーカがこの地で暮らすためにやらなければならない儀式があるのだという。
 道には人間以外の動物がひしめいていた。トーカが見たことのない種族も多い。ただ、集まる者たちの全てが神輿を見て熱狂している。

 ――リナサナヒメト様のお帰りだ!
 ――リナサナヒメト様万歳!

「リナサナヒメト様ってのが、ヒメサマか?」
「そうだ」
「おれもそう呼んだほうがいい?」
「ヒメサマのままでいい」
「へへ、良かった」

 神輿はゆっくりと上下しつつ進んでいく。何か大きな動物に乗っているようだった。乗るときは高いところから下りたため、神輿を乗せている何かについてはわからなかった。

「ヒメサマ、これ何に乗ってるんだ?」
「これは、オサヒグンラの眷属の……亀のようなものだ」
「オサヒグンラ?」
「三柱のうちの一柱だ。オサヒグンラは地下……地中や水中を司っている。柱同士が争うと世界が壊れるから、友好のために定期的に互いのものを贈り合っている」
「えーっと、偉いひと……神様なら、オサヒグンラ様って呼ぶのかな」
「そうだな。トーカは俺の嫁だから文句は言わせないが、余計なトラブルが起きないためにはそうしたほうがいいだろう」

 トーカは重ねられたクッションの上にちょんと乗る、美しい毛並みの猫を見て不思議に思う。

「ヒメサマはこんなに小さいのに、ずいぶん大きな乗り物? をくれたんだな」
「三柱の神のうち俺だけが転生を繰り返す神で、今生が猫だっただけで、一生ごとに本体は様々な地上の獣に生まれる。嫁取りでこの地に戻ることで、完全な存在になる。トーカの感覚では大人になると言えばいいだろうか。トーカは、俺が猫じゃなくても大丈夫か?」
「おれが?」
「おまえは小さいほうがいいんだろう」
「膝に乗ってくれるのが嬉しいんだけど、窮屈だったら好きにすれば? 乗ってほしい時は言うよ」
「む……じゃあ、神としての姿を現そう。腰を抜かすなよ」
「ヒメサマの中身が変わらなきゃ怖くないよ」
「そうか」

 トーカからすれば、わけのわからない神様ではなく、一番の親友だと思っていたヒメサマが嫁入りの相手だと知って嬉しかった。のんびりとヒメサマの毛づくろいをする生活がずっと続けられると思えば、そのほかのことは些細な問題だった。
 そう思っていると、ヒメサマの輪郭がゆらりと揺れて、成人の男に変わった。
 きりりと整った顔立ちに、緑の瞳、白と淡い桃色の混ざった長い髪を見たトーカは笑顔になった。

「毛並みは同じだ。ブラッシングは任せて」
「はは、トーカらしい。俺の毛並みを整えるのは任せた」

 笑顔になった美丈夫が優しくトーカの髪を撫で、頬に口づけた。
 トーカは、ヒメサマの形が変わったら整える毛が減ることを心配したから、十分に整え甲斐がありそうな髪の量に満足だった。
 ヒメサマの姿の変化に集まる者たちの反応はなく、トーカが不思議に思っていると。

「彼らに俺の姿は見えない。正確にはそこに「神がいる」という程度の認識しかできていない」
「なんで?」
「存在の階層が違いすぎるからだ」
「門番に見えていたのは?」
「あれは地上用の姿だからだ。猫という姿の中に俺が収納されていた。人間にも害がない」
「もう、猫にはならないのか?」
「トーカが望むならどんな姿にもなってやろう。いまは結婚式だから、姿の変えられないトーカに合わせただけだ」
「おれに合わせてくれたの。そっか、ありがと」

 温かくなった胸を押さえるトーカを、人の形になったヒメサマ……リナサナヒメトは微笑みながら見下ろした。
 その間も二人を乗せた輿はゆっくりと進み、いつのまにか街道の声が聞こえなくなった。
 辺りには色とりどりの靄が流れ、どこからともなく様々な花弁が舞い踊る。けれど、二人の髪は一筋も風に流れず、輿の上ではただ優しい温かさが満ちていた。
 輿が止まった場所には平らな大岩があり、リナサナヒメトに手を引かれたトーカは労せずして岩の上に下りた。
 岩の表面は磨かれ、星空のような模様が浮かび上がっていた。

「ここでトーカに神格を与える。俺と夫婦になるためには神と同等でなければならないから」
「おれも神様になっちゃうの」
「おまえ自身はなにも変わらない。ただ、俺に愛されても壊れなくなるだけだ」
「ふぅん?」

 少しだけ、トーカは村長を思い出していた。善良だけど自分の娘が大切だった彼の言動と、リナサナヒメトの核心を外したような言い方が被った。

「ヒメサマが必要だって言うなら、がんばるよ」
「頑張らねばならないことは何もない」

 頭一つ分よりももっと背が高いリナサナヒメトが、腰をかがめてトーカの頬に口づける。
 それをくすぐったく思ったトーカは、リナサナヒメトが村で猫をしていた頃もよく頬を舐められていたことを思い出した。立場や姿が変わっても行動が変わらないことに、不安が溶けていく。
 トーカにとって、一番の家族で親友だったヒメサマに変わりはない。
 表面の美しい大岩の上を、リナサナヒメトに手を引かれて進んでいくと、すぐに続きに広場があった。

「ここが儀式の場だ」
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