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12 人の街へ
威勢のいいことを言ったものの、中庸の地で神格のないトーカが自力で移動することは難しく、リナサナヒメトに抱えられて地上への道を行くことになった。
「おお、神のお渡りだ」
「吉兆である」
「然り然り」
トーカが、懐かしい声にリナサナヒメトの肩からひょいと覗くと、最初に出会った門番のシカたちがこちらを見ていた。ひらひらと手を振ると、蹄を振り返してくれる。
「あいつらも元気そうだ」
「そうだな」
あっという間にたどり着いた門をくぐると、見覚えのある階段があらわれてトーカはリナサナヒメトの腕から下ろされた。
「ここからは交代だ、トーカ」
「ヒメサマ!」
トーカが中庸の地に嫁いでから、リナサナヒメトにたまに猫の姿に変化してもらってブラッシングしていたが、人間の成人男性の姿がもとになっているようで少し寂しかった。
馴染んだ地上の空気と腕の中の馴染んだ感触に、思いがけず目元が熱くなる。ぎゅっと温かく柔らかな腕の中のヒメサマを抱きしめて、半透明の階段を下りていった。
◇
階段の先は街の見える丘の上だった。
ひと気はなく、腰までの草が街まで一面に広がっていた。揺れる草が風の流れを描いている。
「あの儀式のところじゃない」
『三つの月光が重なる場所に道は生まれる。同じ場所に条件が揃うには時期がずれているんだ。そう遠くはない、村に行きたいか?』
「ううん。村はいいや。おれが戻ったら村長も困るだろうし。あれが街?」
『そう。このあたりでは大きな街だ』
季馬を人間が見ることはできないが、それらが現れると起きる事象があった。トーカは、まずその情報を集めるつもりだ。
「うまくやれるかな」
『やれるさ。トーカなら』
「神様のお墨付きだね」
地上を去ってから大きく丈夫になった身体と、話せるようになった猫のヒメサマ。トーカは、腕の中のヒメサマに微笑んで、顔を上げた。
横顔には精悍さも加わり、生来の美貌に磨きがかかっている。五年間で長くなった髪はゆるく編んで垂らされている。トーカの髪を編むのはリナサナヒメトのお気に入りだ。
「行こう、街へ」
見えているものに向かうのに迷うはずもなく、トーカは街の門に続く道に向かった。
街道は広く、荷馬車や人の往来が盛んだった。足先まで隠れる外套にフードを被ったトーカが、茂みからひょいと紛れ込んでも、皆自分のことでいっぱいだから気付かない。全身が隠れているようなものだが、似たような格好の者も多く、特に目立つこともなかった。
猫として同行しているヒメサマはトーカが外套の中に装着したスリングに収まっている。傍目には荷物を持っているように見えた。
「門がある。みんな札みたいなのを出してる」
『これを出したらいい』
スリングの中で丸くなっているヒメサマが、薄い木札を腹のあたりに抱えていた。じっとしてるとはいえ、せっかくの毛並みが台無しだと思いながら、トーカは木札をつまみあげた。
「通行手形。ああ、都市に入るために必要なんだっけ。身分証も兼ねてるんだよな」
『そうだ』
「へへ、緊張してたみたいだ。いろんなことを勉強したのに、すっかり忘れてた」
『トーカは一人じゃない。俺がいるんだから何も心配いらない』
「うん。頼りにしてる」
ヒメサマの声はトーカにしか聞こえないのだが、人が多く騒ついている中で独り言を言っていても誰も気付かない。トーカはこれほど多くの人を見るのが初めてだったから、わくわくと旅人同士の会話に耳を澄ませていた。
順番が来て木札を差し出し、フードをずらしたトーカの顔を見た役人が、ごくりと唾を飲む。
「手形に不備でも?」
他の人間相手にはない反応に、トーカが緊張を隠して鷹揚に首を傾げると、役人は慌てた。
「い、いえ、問題ありません。どうぞお通りください」
「ありがとう」
どちらかというと旅人に対して横柄な態度をとっていた役人が、まるで王侯貴族に出くわしたような態度をとった。トーカが並んでいたのは平民用の列だというのに。
次の旅人が揉めているのをいいことに、呆けたようにトーカの後姿を見る役人に、別の役人が声をかけた。
「おい、どうした」
「いや~あんな、すごい美形だった。絶対どこかの王子様か神官様だ。ただものじゃないぞ」
「マジか。領主様に報告したほうがいいか?」
「わざわざ平民の手形で街に入ったよくわからない偉い人がいるって? 説明しにくい。用が終わったら出てってくれるだろ」
手配も回ってないんだからと続けられ、話しかけた役人もそうだなと返す。規模の割に平和な街だから大丈夫だろうと頷き合った。
すぐに揉めていた次の旅人がそわそわと役人をせっついた。通行手形を出す段になって見つからなくて連れと喧嘩をしていたが、無事に荷物の底から出てきたようだった。
「おい、手形を見てくれよ」
「期限が切れてるぞ。手配書にはないからわざとじゃないだろうが、追加料金だ」
「なんだってぇ!?」
街の入口はいつも忙しく、トーカの容姿に驚いた役人も、続く旅人たちの問題に忘れていった。
「おお、神のお渡りだ」
「吉兆である」
「然り然り」
トーカが、懐かしい声にリナサナヒメトの肩からひょいと覗くと、最初に出会った門番のシカたちがこちらを見ていた。ひらひらと手を振ると、蹄を振り返してくれる。
「あいつらも元気そうだ」
「そうだな」
あっという間にたどり着いた門をくぐると、見覚えのある階段があらわれてトーカはリナサナヒメトの腕から下ろされた。
「ここからは交代だ、トーカ」
「ヒメサマ!」
トーカが中庸の地に嫁いでから、リナサナヒメトにたまに猫の姿に変化してもらってブラッシングしていたが、人間の成人男性の姿がもとになっているようで少し寂しかった。
馴染んだ地上の空気と腕の中の馴染んだ感触に、思いがけず目元が熱くなる。ぎゅっと温かく柔らかな腕の中のヒメサマを抱きしめて、半透明の階段を下りていった。
◇
階段の先は街の見える丘の上だった。
ひと気はなく、腰までの草が街まで一面に広がっていた。揺れる草が風の流れを描いている。
「あの儀式のところじゃない」
『三つの月光が重なる場所に道は生まれる。同じ場所に条件が揃うには時期がずれているんだ。そう遠くはない、村に行きたいか?』
「ううん。村はいいや。おれが戻ったら村長も困るだろうし。あれが街?」
『そう。このあたりでは大きな街だ』
季馬を人間が見ることはできないが、それらが現れると起きる事象があった。トーカは、まずその情報を集めるつもりだ。
「うまくやれるかな」
『やれるさ。トーカなら』
「神様のお墨付きだね」
地上を去ってから大きく丈夫になった身体と、話せるようになった猫のヒメサマ。トーカは、腕の中のヒメサマに微笑んで、顔を上げた。
横顔には精悍さも加わり、生来の美貌に磨きがかかっている。五年間で長くなった髪はゆるく編んで垂らされている。トーカの髪を編むのはリナサナヒメトのお気に入りだ。
「行こう、街へ」
見えているものに向かうのに迷うはずもなく、トーカは街の門に続く道に向かった。
街道は広く、荷馬車や人の往来が盛んだった。足先まで隠れる外套にフードを被ったトーカが、茂みからひょいと紛れ込んでも、皆自分のことでいっぱいだから気付かない。全身が隠れているようなものだが、似たような格好の者も多く、特に目立つこともなかった。
猫として同行しているヒメサマはトーカが外套の中に装着したスリングに収まっている。傍目には荷物を持っているように見えた。
「門がある。みんな札みたいなのを出してる」
『これを出したらいい』
スリングの中で丸くなっているヒメサマが、薄い木札を腹のあたりに抱えていた。じっとしてるとはいえ、せっかくの毛並みが台無しだと思いながら、トーカは木札をつまみあげた。
「通行手形。ああ、都市に入るために必要なんだっけ。身分証も兼ねてるんだよな」
『そうだ』
「へへ、緊張してたみたいだ。いろんなことを勉強したのに、すっかり忘れてた」
『トーカは一人じゃない。俺がいるんだから何も心配いらない』
「うん。頼りにしてる」
ヒメサマの声はトーカにしか聞こえないのだが、人が多く騒ついている中で独り言を言っていても誰も気付かない。トーカはこれほど多くの人を見るのが初めてだったから、わくわくと旅人同士の会話に耳を澄ませていた。
順番が来て木札を差し出し、フードをずらしたトーカの顔を見た役人が、ごくりと唾を飲む。
「手形に不備でも?」
他の人間相手にはない反応に、トーカが緊張を隠して鷹揚に首を傾げると、役人は慌てた。
「い、いえ、問題ありません。どうぞお通りください」
「ありがとう」
どちらかというと旅人に対して横柄な態度をとっていた役人が、まるで王侯貴族に出くわしたような態度をとった。トーカが並んでいたのは平民用の列だというのに。
次の旅人が揉めているのをいいことに、呆けたようにトーカの後姿を見る役人に、別の役人が声をかけた。
「おい、どうした」
「いや~あんな、すごい美形だった。絶対どこかの王子様か神官様だ。ただものじゃないぞ」
「マジか。領主様に報告したほうがいいか?」
「わざわざ平民の手形で街に入ったよくわからない偉い人がいるって? 説明しにくい。用が終わったら出てってくれるだろ」
手配も回ってないんだからと続けられ、話しかけた役人もそうだなと返す。規模の割に平和な街だから大丈夫だろうと頷き合った。
すぐに揉めていた次の旅人がそわそわと役人をせっついた。通行手形を出す段になって見つからなくて連れと喧嘩をしていたが、無事に荷物の底から出てきたようだった。
「おい、手形を見てくれよ」
「期限が切れてるぞ。手配書にはないからわざとじゃないだろうが、追加料金だ」
「なんだってぇ!?」
街の入口はいつも忙しく、トーカの容姿に驚いた役人も、続く旅人たちの問題に忘れていった。
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