人を生きる君

爺誤

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18 象だった時もあった

 トーカにしがみつかれたままのリナサナヒメトは、姿を猫に戻すか少し悩んでから、トーカを離さず体重をかけないように横になった。

「俺にも欲がないわけではないんだ、トーカ。むしろ、求める気持ちは強い。前までの生にはなかったほどに……」

 幸せそうに涎を垂らして眠るトーカの口を閉じさせて、リナサナヒメトは街の中で眠らない人の数を数えながらじっと地上の夜を過ごした。

 小さな高窓から月が姿を消し、朝陽が入りはじめる。人の活動する音が響き始めて、トーカが目を覚ました。

「うーん……ヒメサマ?」
「おはよう、トーカ」

 朝陽を浴びたリナサナヒメトは、なるほど神様の神々しさだとうっとりしたトーカだったが、はたと気付いた。

「人のままだ。いいの?」
「宿の部屋の中なら問題がないだろう」

 地上で猫の姿でいるのは、神気を抑えるためだと聞いていたからだ。神気は簡単に言うと、人間が思わずひれ伏したくなる気配だ。トーカは慣れているから何もない。むしろ、神気を撒き散らしている人型のときは見つけやすいと思っている。

「そっか。おれがしがみついてたから?」
「そうだ。トーカが愛おしくてもったいなかった」
「ふ、好きだよ」

 リナサナヒメトの腕枕から頭を上げて、身体の上に乗り上げると思いっきり口づけた。
 ちゅぽんと音を立てて口を離すと、寝台の上で仁王立ちになる。健康な男子なので股間も元気に朝勃ちしている。昨日抜いたことは関係ない。

「一刻も早くヒメサマとヤるぞ!」
「ははっ! その意気だ。とりあえず抜いてやる」
「あ、ヒメサマ……今日は、あ、んんっ」

 おあつらえ向きに目の前にあったトーカのものを、ひょいと掴んだヒメサマにあっけなくイかされる。

「はぁ、気持ちいいけど、欲求不満になるんだよ……」
「知ってる。季馬、頑張ろうな、トーカ」
「うん」

 リナサナヒメトは、生殖の必要がない神という存在なのに、トーカに欲望を抱くのは何故だろうと内心で首を傾げた。そして、トーカが同じように強く欲望を抱いてくれていることに感謝した。

「朝は外でメシを食う感じかな。あ、おはよう、エゴール」

 昨日同様に深くフードを被り、該当の中のスリングに猫に戻ったヒメサマを収納したトーカが階段を下りていくと、仕込み中らしいエゴールがいた。声をかけると、手を止めてトーカのほうを向いた。

「おう。ここから左の方に行くと朝市だ。屋台もある」
「ありがとう。昨日は騒がせてごめん」
「あんなもん騒ぎのうちに入らん」
「そっか。よかった」

 トーカは笑って「行ってくる」と手を振って店を出た。
 エゴールに教わった道を歩いて、朝の空気を堪能する。
 下町のようだったが、掃除が行き届いていて爽やかだった。

「ずいぶんきれいな街だ。水道もあるのか」

 音がするから水路が流れているのがわかるが、人が落ちないように蓋がしてあり臭いもない。

『この街は神殿の力が強い』
「神殿……いつのヒメサマを祀ってるやつ?」
『千年ほど前だ……面倒になってそれ以降はヒトの前で神をやることはやめている』

 トーカにとっては生まれ変わっても記憶があることが不思議でならない。だから、よく質問をぶつけてしまうのだが、ヒメサマは何度でも率直な気持ちを聞かせてくれていた。

「性格が変わるのに、面倒っていう気持ちは変わらないの?」
『そうだな』
「どのへんが面倒だったんだ?」
『俺は他の神と違って人間が特別に好きだから、好かれたら願いを叶えたくなる。人が集まると願いが対立するようになる』
「好きになってくれる人が多すぎたってこと? モテ自慢? おれはどこに嫉妬したらいい?」

 ヒメサマが自分以外に向けて好きという言葉を使ったことに、驚くほどイライラして強い口調になった。

『嫉妬する必要はない。トーカだけが俺のつまだから』
「ふーん。おれはヒメサマにしかモテたことないから、わからないや」
『わからなくていい。俺が嫉妬したら大変なことになるぞ』
「街を吹き飛ばしちゃう?」
『それぐらいはするかもしれない』

 規模の大きな例えに同意が得られて、すぐにトーカの機嫌は直った。

「ふひっ、ちょっと嬉しいな。でも浮気なんてしないから安心して」
『そう願うよ』

 会話が終わると同時に、広い通りに着いた。十字に広がった通りの真ん中に噴水があり、象の石像が建っている。

「象だ。初めて見た。石像だけど」
『あれが千年前の俺をかたどった象だ」
「……象のちんちんは無理じゃん」

 実物大らしい巨大な象の石像に性器はついていないが、極小サイズということはないだろうと、トーカが指先で石像の股間を指差して呟いた。
 ヒメサマはいい機会だと、トーカに事実を告げた。

『トーカ。俺は伴侶を人間にするが、必ずしも肉体関係があるわけじゃない』
「え!?」
『獣の姿を取る以上、関係を持つほうが少ない』
「えええええ。俺とはしたいよね?」
『したい』
「よかったぁ~」

 ほっとしたら腹が減ったと呟いたトーカだったが、両替を忘れていたことを思い出した。

「両替してない。お金がない」

 トーカの腹が盛大な音を立てた。
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