人を生きる君

爺誤

文字の大きさ
27 / 33

27 目的のために

しおりを挟む
 カフィラムが呼んだ警備担当の屈強な神官たちを難なく倒して、実践がうまくいったことに満足したトーカは、外で待っていたモニとロニに合流した。しかし、すぐに他の神官が出てきて待ってくださいと叫んでいる。トーカの目標は街中にないから、待つ気はない。

「神官に追われてる。二人とも振り向かずに走れ!」

 姉妹は指示に従って走り出した。神殿からはトーカの影になって見えにくく、二人とも身を隠して走るのに慣れていた。後ろを走るトーカですら二人を見失いそうになりながら走った。
 あっという間に入り組んだ路地に入り、二人が壁の前でよじ登ろうとしているのを抱えて一気に飛び越える。完全に見失ったらしい神官の声が聞こえたが、それもまた遠くなった。

「すごーい。とんだよ、おねえちゃん」
「うん、すごいね。聖者さまは何でもできるんだね」

 完全になんの気配もなくなってから、姉妹が声をあげた。無邪気にはしゃいでいるところは子どもらしい。

「何でもできるわけじゃないよ。モニ、ロニ、おれのことはトーカと呼んでくれ。神官に追われていたのは、面倒ごとに巻き込まれたくないからだ。この街に長居するつもりはない。昨日の……呪いを受けていた旅人を覚えてる?」
「うん。緑の目亭に泊まってる。ここから近い」

 いつの間に情報を収集したのか、モニが即答する。トーカが欲しがりそうな情報を先んじて集めていたのだろう。
 トーカは、モニの有能さに好感を持つと同時に、カフィラムのことは好きでなかったようだと気が付いた。他者に対して負の感情を抱いたのは初めてかもしれない。

「モニはさすがだな。彼らを探している理由を教えるよ。おれは旅人が呪いを受けたところに行きたいんだ。それから次の目的地に行く」
「行っちゃうの?」
「もともと旅の途中だ。うまくいったら、またモニとロニに会いに来るよ」
「うん……呪いのところに行くの、怖くないの?」

 モニの疑問に、後ろにいるロニもうんうんと頷いている。ロニへの呪いは強くないものだったが、幼い彼女の命を蝕むには十分だった。呪いが解けたとはいえ、まだ恐怖が残っている。
 街に出た呪いの理由がトーカなら、さっさと季馬を捕らえることができれば、幼い姉妹の心配も減るだろう。リナサナヒメトだけが季馬を捕らえる理由だったが、子どもの平穏な生活を守りたいと思う自分に、大人になったことを実感してトーカは笑った。

「秘密だけど、おれは聖者だから、呪いにはかからないんだ」
「そっか。よかった」
「ひみつ」

 邪魔しないようにずっと黙っていたロニが口元に人差し指を立てているのが可愛らしかった。
 トーカは、自分の外套を買い替えるときに二人に安いけれどまともな服を与えた。外見の印象でできる仕事も変わっていくだろうと思ったからだ。困っている人すべてを助けたいほどの気持ちはないから、不思議だった。


 ◇


 旅人が泊っているという緑の目亭は三階建てで、一階に道具屋と食堂、二階より上が宿になっている大きな建物だった。

「お金を持ってない旅人はよくここに泊まるの」
「なんで?」
「仕事の紹介をしてくれるの。宿は紹介したところからお金をもらっておいて、宿代ぶんを先にとっておくんだって」
「優しいんだか、優しくないんだか、よくわからないな」
「あたしもわかんない」

 モニとロニに旅人を呼び出してもらう間、トーカは人目につきにくい建物の陰でヒメサマに宿代の仕組みについて聞いてみた。

『旅人に提示する報酬と宿代が、本当の報酬と合っているとは限らない』
「それって、宿が差額を自分のものにしてるってこと?」
『そういうことだ。しかし、その代わりに宿代を踏み倒されても、他の客からの利益で宿は損をしない』
「うーん、良いとか悪いとか言いにくい……」
『だろう? 面白いことを思いつくものだ』

 昨日までとは違う外套でもフードを目深にした姿は同じだがら、旅人たちはすぐにトーカに気がついた。

「昨日の話の続きだ。討伐隊が出たかどうかは知らないが、早めにお前たちが魔物に出会った洞窟に行きたい。案内料ははらう」
「あんたに金は貰えねぇよ。でも、俺は今日の仕事を受けちまったから、ユノヒにやらせる。昨日あんたに助けてもらった奴だ。案内ぐらいはできるだろう」
「助かる」

 旅人が宿からユノヒを連れてくると、トーカに跪くから普通の態度にしてもらうのに苦労した。
 モニとロニ姉妹は街を出るところまで見送ると言ってついてきた。
 ユノヒは話好きらしく、相槌を打たなくてもずっと話し続けていた。

「おかげさまで元気です。ダイルの奴にゃまだ休めって言われてたんすが、前より調子いいぐらいで」

 ユノヒは先程の旅人ダイルの兄だという。旅の仲間はダイルとその妻と従兄弟の四人、ダイルとその妻が街に移住する旅の途中だったそうだ。ダイル夫妻で小道具屋を開き、ユノヒと従兄弟は商品の運び屋をする予定だった。

「弟の足引っ張って、面目ねえ」
「命あっての物種だ」
「はは……あんとき、洞窟にゃ珍しい石があることが多いんすよ。旅の途中があんまり平和だったから油断したんです。金になるもんは少しでも多いほうがいいって、欲をかいたせいで荷物も全部置いて逃げる羽目になっちまった。弟の門出だっていうのに」

 こういう時なんと言えばいいのか、社会経験のないトーカにはわからなかった。ただ、誰も悪くないはずなのに、と切なくなる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜

明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。 その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。 ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。 しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。 そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。 婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと? シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。 ※小説家になろうにも掲載しております。

完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました

BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。 その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。 そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。 その目的は―――――― 異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話 ※小説家になろうにも掲載中

【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話

日向汐
BL
「好きです」 「…手離せよ」 「いやだ、」 じっと見つめてくる眼力に気圧される。 ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26) 閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、 一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨ 短期でサクッと読める完結作です♡ ぜひぜひ ゆるりとお楽しみください☻* ・───────────・ 🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧 ❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21 ・───────────・ 応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪) なにとぞ、よしなに♡ ・───────────・

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

炎の精霊王の愛に満ちて

陽花紫
BL
異世界転移してしまったミヤは、森の中で寒さに震えていた。暖をとるために焚火をすれば、そこから精霊王フレアが姿を現す。 悪しき魔術師によって封印されていたフレアはその礼として「願いをひとつ叶えてやろう」とミヤ告げる。しかし無欲なミヤには、願いなど浮かばなかった。フレアはミヤに欲望を与え、いまいちど願いを尋ねる。 ミヤは答えた。「俺を、愛して」 小説家になろうにも掲載中です。

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

白い結婚だと思ったら ~4度の離婚で心底結婚にうんざりしていた俺が5度目の結婚をする話~

紫蘇
BL
俺、5度目の再婚。 「君を愛さないつもりはない」 ん? なんか……今までのと、ちゃう。 幽体離脱しちゃう青年と、彼の幽体が見えちゃう魔術師との恋のお話し。 ※完結保証! ※異能バトルとか無し

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...