人を生きる君

爺誤

文字の大きさ
28 / 33

28 洞窟探検

しおりを挟む
 洞窟は街から半日ほど歩いた場所にあった。
 すでに数頭の馬と、兵士と神官が数名ずついたから、トーカとユノヒは少し離れた場所から様子をうかがった。

「すげえ、神官も来てる」
「神官は滅多に来ないものなのか?」
「へえ。あいつら、解呪できるのは一階より上のやつしかいないからって、よっぽど偉いやつから金を積まれないとやらねぇんす」
「……へぇ」

 トーカの読んだ文献では、人が困っていたら助けるのが神殿だ思っていたけれど違うらしい。学んだことは無駄ではないが、実際に経験することと両方必要なのだと理解する。

「あれだけ人がいると、こっそり入るのは無理だな。できれば一人で入りたいんだけど」
「俺が離れたとこで騒ぎを起こせばいいな」
「騒ぎ? 危なくない?」
「アウトローすれすれで生き延びてきたんで、逃げ足は人一倍でっせ」

 回復薬で元気有り余ってるし! と笑顔になったユノヒだった。前から三番目の歯が一本欠けている。

「そうか。じゃあ、頼む。これで貸し借りなしだ」
「よっしゃ。お互い無事に生き延びようや」
「ああ」

 トーカはユノヒの慣れない丁寧語がすっかり抜けたのが嬉しかった。
 とくに身体を鍛えているような感じではないのに、うまく音を立てずに草むらを移動していくユノヒの後姿を見送る。

「会うひとがみんな有能で、おれの強運すごくない?」
『すごいな。運は俺の管轄じゃないから……まぁ、祝いだったのか』

 運は天運が定める。ヒメサマはあの婚姻の場で素知らぬ顔をしていた神を思い浮かべた。
 オサヒグンラの罠にかかるトーカに、平等な機会を与えるために幸運の力を与えていても不思議はない。あの時、まだリナサナヒメトに馴染んでもいないただの人間だったトーカ相手になら、いくらでも影響を与えることができた。それはオサヒグンラも同じだったから試練などという悪戯を仕掛けられたのだ。

『直接の介入はできなくても、そういう手があったか』
「ヒメサマ?」
『これがうまくいけば、季馬も早く見つかるだろう。トーカは最強の幸運の持ち主だから』
「そうだな! あ、爆発!?」

 ユノヒが行った方向から、爆発音がして火の手が上がっている。草原に雲はなく、風だけが吹いているから、みるみるうちに火が燃え広がっていた。洞窟の周囲にいた者たちが駆け寄っていく。幸い、今の風は街の方角から吹いているが、風向きが変われば街も危ないかもしれない。

「思い切ったことを」
『行くぞ、トーカ。蔓を取ることの手伝いはできないが、洞窟の入口で見張りぐらいはできる』
「ありがと!」

 トーカは、駆け出した猫姿のヒメサマを追いかけて洞窟に向かった。
 洞窟の入口は低く、草原の草に隠れるほどだった。覗き込むと、中は暗いが広そうである。

「おれ、洞窟って初めてかも。村は山と岩があったけど、洞窟はなかったし」
『植物とはいえ魔物扱いをされているものだ。絡めとられたら危険だから、じゅうぶん注意するんだぞ』
「うん。わ、なんか中、ぬるぬるしてる。滑りそう……」

 緊迫感の感じられないトーカの声がだんだんと遠くなっていくのを、ヒメサマははらはらしながら見送った。

『ついていくべきだったか……』
『ついていったらよかったのに。その時点で嫁は失格だ』

 いつの間にか隣にいた大蛇に、ヒメサマは背の毛を逆立てて飛び退りフーっと威嚇をした。

『オサヒグンラ。わざわざ見にきたのか』
『そりゃあ見にくるだろう。中庸の地に引きこもっていたお前たちがやっと地上に降りてきたんだ。楽しまなくては。それにしても今回は可愛らしい姿だ。丸のみにしてやろうか』
『これはトーカに好かれるための姿だ!』

 言い切るやいなやヒメサマの身体が膨れ上がり、大蛇に襲い掛かった。


 ◇


 洞窟の外で何が起きているか知る由もないトーカは、濡れて滑る洞窟の中をゆっくりと進んでいた。

「水が溜まるほどじゃないけど、湿ってるからこんな感じなのかな」

 ユノヒの話だと少し奥に呪いを発する蔓、デズグルがあったはずだった。とにかく滑った地面に早く慣れようと足を上げたりすり足をしていた。

「洞窟は宝石が落ちてることもあるんだっけ……」

 普通の人間なら全く見えないだろう暗闇だったが、トーカは灯りがなくてもうっすらと見える。

「ヒメサマのつまだから、いろいろ影響を受けるんだっけ。どうせならおれも猫になれたら楽しそうなのに」

 滑る地面に慣れてきたトーカは、空間が広がったことに気が付いた。洞窟は入口が一番狭く、中はずいぶん広かった。
 顔を上げると、透明な結晶体がそこかしこから突き出てぼうっと光っている。

「これが宝石店…あれ? デズグルは、ぅわ!!」

 突然足に何かが巻き付いて、トーカは思いっきり転んだ……はずだった。
 地面ではない、ぬるぬるとした細長い蔓がその身体を受け止めていた。

「あ、ヤバ」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜

明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。 その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。 ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。 しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。 そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。 婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと? シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。 ※小説家になろうにも掲載しております。

完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました

BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。 その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。 そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。 その目的は―――――― 異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話 ※小説家になろうにも掲載中

【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話

日向汐
BL
「好きです」 「…手離せよ」 「いやだ、」 じっと見つめてくる眼力に気圧される。 ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26) 閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、 一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨ 短期でサクッと読める完結作です♡ ぜひぜひ ゆるりとお楽しみください☻* ・───────────・ 🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧 ❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21 ・───────────・ 応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪) なにとぞ、よしなに♡ ・───────────・

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

炎の精霊王の愛に満ちて

陽花紫
BL
異世界転移してしまったミヤは、森の中で寒さに震えていた。暖をとるために焚火をすれば、そこから精霊王フレアが姿を現す。 悪しき魔術師によって封印されていたフレアはその礼として「願いをひとつ叶えてやろう」とミヤ告げる。しかし無欲なミヤには、願いなど浮かばなかった。フレアはミヤに欲望を与え、いまいちど願いを尋ねる。 ミヤは答えた。「俺を、愛して」 小説家になろうにも掲載中です。

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

白い結婚だと思ったら ~4度の離婚で心底結婚にうんざりしていた俺が5度目の結婚をする話~

紫蘇
BL
俺、5度目の再婚。 「君を愛さないつもりはない」 ん? なんか……今までのと、ちゃう。 幽体離脱しちゃう青年と、彼の幽体が見えちゃう魔術師との恋のお話し。 ※完結保証! ※異能バトルとか無し

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...