人を生きる君

爺誤

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31 試練

 季馬はその名の通り、季節を運ぶ馬の精霊だ。天と地を駆け続けるが、現れる場所には天候の急激な変化が起こりやすいという。
 例えば雹が降ったり、竜巻が起きるなどの。

 トーカはそういった現象のあった場所を、酒場と神殿、そしてモニから聞き取ってきた。おかげで、目標にしていた場所に着く前に竜巻を発見して大木のうろに隠れている。

「思ったより早く見つかったけど、どうやってデズグルを使えばいいんだろう」
『……』
「ヒメサマは手助けできないから言えないんだよね。せっかく目の前にいるんだから早く捕まえたい。もう一匹デズグル捕まえておければ良かった……ん?」

 ここ数日ですっかり慣れ親しんだ気持ち悪い滑りがトーカの手に触れた。ここは洞窟ではないけれど、よく似た雰囲気の木のうろだった。

「どれだけ運がいいんだよおれ」
『さすがにこの強運には俺も驚いている』
「ヒメサマも! しかも竜巻こっち来てる。地面のものがみんな巻き上がってるから……とりあえず投げてみよう」

 トーカは飛ばされないように、片腕でうろの端を掴んだ。空いた手で天井から垂れているデズグルを掴むと同時に、竜巻に向かって思いっきり投げる。
 すぐにデズグルは竜巻に吸い込まれるように姿を消した。小さな木々を薙ぎ倒す轟音に、うろのある大木も危険だとトーカが覚悟した時、唐突に竜巻が消える。
 ヒュルルーと音がして、何か大きなものが地面に叩きつけられた音。

「もしかして、やった?」
『強運というより豪運なんじゃないか?』

 こんな時なのに、風の影響で全身が逆立っているヒメサマを見て、トーカは早くブラッシングをしたいと思った。目の前にある巨大な半透明の馬が信じられなかったからかもしれない。
 季馬の脚にデズグルが絡みついていて、季馬はもがいている。呪いの影響を受けている気配はなく、すぐにも立ち上がりそうだった。
 トーカは急いで季馬の尻尾の毛を刈り取った。
 季馬が大きく身体を震わせると、デズグルが千切れ飛んだ。そして立ち上がった季馬が空を仰ぐと、突風が集まり始める。

「やば! 逃げなきゃ!」
『試練は終わった、もう大丈夫だ』

 ヒメサマの言葉が聞こえて、トーカの周りが無風になる。

「神様のチカラ?」
『そうだ。すでに制約はない』
「手を貸してはいけないのは、試練だけ、か。こんなに簡単に終わるなんて」

 ブラシにしたいからと掴めるだけ掴んで切り取った季馬の毛を、トーカは眺めた。
 周囲は竜巻のためにめきめきと音を立てて木々がなぎ倒されて、空へ巻き上がっている。うろのあった大木も空高く。

「とんでもないなぁ、季馬って」
『天に属するものは数が少ないぶん力が強いものが多い』
「天、かぁ。試練を終えたし、三柱の神様も集まってくれる?」
『ああ。すぐに行くか?』
「うん」

 ヒメサマが人型になり、トーカを抱えて地面を蹴った。すると、竜巻に乗るように一気に空へ上る。
 季馬と目が合った時、トーカはふと思い出してデズグルの入った壷をポイっと捨てた。なんとなく、中庸の地に持ち込みたくなかったからだが、竜巻の頂点にいた季馬が前足でひょいと壷を引き寄せたのが目に入った。

「あっ、それ、さっきのにょろにょろしたやつだから気をつけて!」

 季馬が歯を出し口をブルブルと震わせたので、言葉が通じたようだった。

「季馬、デズグルで何するんだろう」
「トーカが神格を得れば空も飛べる。風に巻き込まれる危険もないから、いつか会いにいってみればいい。言葉もわかるようになる」
「あ、そうか。おれも神様の仲間入りするんだもんな」
「そういうことだ」

 すぐに雲の合間に見覚えのある扉が現われた。

「雲に扉が」
「地上の扉は条件が厳しいが、空の扉は雲と雲の間にいつもある。使える者がほとんどないから神専用というところだ」

 トーカは、青髪の神を思い浮かべた。興味なさそうなふりをして、実はとても優しい神だったのかもしれない。気さくなようで性格の悪いオサヒグンラと真逆の。


 ◇


「おかえりなさいませ」

 ほんの数日前に見送ってくれた門番たちが出迎えた。
 トーカは、地上のどこの門であっても同じ門になることがわかっていても、あまりに様子の違う場所から入ると不思議な気がした。

 屋敷に着けば、サラリが「試練を乗りこえたこと、大変おめでとうございます」と迎えてくれる。トーカは嬉しくてサラリの小さな身体を握って頬ずりしたが、すぐにリナサナヒメトにサラリを取り上げられた。ポイっと投げられたサラリは、短い手足からは想像できないほど華麗に着地を決めたことにほっとする。

 食卓はすでに整えられていて、トーカの好きなナケヌイをはじめとする村の祝い料理が並べられていた。
 トーカとリナサナヒメトは向かい合わせに座り、舌鼓を打った。

「どうせ二柱は見ていただろうから、いつでも儀式をはじめられる」
「潔斎しなきゃならないんじゃなかった?」
「水浴び程度でいい。トーカは最初に来た時よりも中庸の地に馴染んでいるし、地上にいた期間も短い」
「ほんとに、こんなに早く試練が終われるなんてなぁ」

 あまりにもあっけなく終わった冒険に、トーカがくすくすと笑う。

「この地で五年、準備に費やしたことを忘れてはならない。トーカは頑張った」
「……楽しかっただけだよ。色んなこと、おれでもわかるようにしてくれただろ?」

 五年間は休む間もなかったけれど、休む必要を感じないほど、トーカは充実していた。

「人間の理解度など、神にも精霊にもわからぬ。ただ、ひとつ理解したから次を教えていっただけ。同じように教えた人間はいないが、トーカの知識の量は神官にも引けを取らず、体術はあの街の誰よりも優れていた。特殊な環境下とはいえ、トーカの会得したものは全てトーカの努力のたまものだ」
「なんだよ、いきなりそんなに褒めたら、大好きになっちゃうだろ」

 食卓がなければリナサナヒメトに抱きついていただろう。トーカはその距離をもどかしく思った。

「む? 今まで大好きじゃなかったのか」
「これ以上好きになったら、どうしたらいいかわからないよ」

 とうとう自分の手で顔を覆ったトーカが、一瞬でリナサナヒメトの膝の上に移動された。

「わっ」
「いくらでも愛しあおう」
「~~っ、はやく、神格の儀式、しないと、だ」
「そうだな」
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