異世界でおまけの兄さん自立を目指す

松沢ナツオ

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8巻

8-1




 BLゲーム『いやしの神子みこ宵闇よいやみ剣士けんし』の世界におまけで召喚された俺――湊潤也みなとじゅんやいやしの神子みことして、ここカルタス王国全土をけが瘴気しょうきはらう巡行の旅をしている。
 瘴気しょうきの原因であるミハ・ジアンを浄化した俺達は、拠点とするトーラント領レナッソーに戻った。残すは王都だけ……と思いきや、なんと国王と宰相達がレナッソーに避難していた。
 主導したのは宰相かもしれないが、行き場のない王都の民を見捨てて逃げた国王に、誰もが怒りを覚えた。だが、まだ断罪するのは時期尚早だ。今は怒りを腹に収め、粛々とその時に備えている。
 レナッソーに戻ってからの二日間、避難民の浄化や支援に走り回る一方で、俺は国王の侍従やチェスター妃にちくちく嫌がらせをされていた。
 かなりイライラさせられたが、ようやく出発できる。見送りにはロドリゴ達や騎士、オレイアド殿下が来てくれた。国王と宰相は休養中だと言い、チェスター妃も理由は知らないが、やはり姿を見せない。
 国王は本当かもしれないが、宰相やチェスター妃は義理でも俺に頭を下げたくないのだろう。なんて大人げない人達だ。
 彼らのことはどうでもいいが、ここでミイパとはお別れとなるのが辛かった。ミイパはずっと、王都に行って手伝いたいと駄々をねていたので、いよいよ別れる段となった今も未練がましい目で俺達一行を見ている。でも、ここから先はもっと危険だし、子供を巻き込めない。涙目で頬を膨らませているミイパの頭を撫でてやる。

「ミイパ、元気でな。気をつけて帰るんだぞ」
神子みこさん……これから、もっと大変なんだろ? その、気をつけてな。あのさ、オレに優しくしてくれてありがとな。ズズッ……」

 目を真っ赤にしてはなすすっている。この子は小生意気だったが可愛いところもあったし、山の民の能力も頼もしかった。俺は、潤んだ瞳から必死に涙がこぼれないよう耐えているミイパを抱きしめた。

「俺のほうこそありがとう。ミイパにいっぱい助けられた。山の民と野の民がもっと仲良くなれるように頑張るから、応援しててくれ。必ずまた会おう」
「……うん!」

 体を離して握手をする。

「道中はレミージョの言うことを聞くんだぞ」

 やんちゃなミイパが無茶しないよう、レミージョが村に帰るまで付き添ってくれる。

「分かってる。それと、最後にアランと話したい」

 突然名前を出されたアランはきょとんとしている。

「俺?」
「王都で騎士になるんだよな?」
「そうだよ? 何か文句ある!?」

 最初の頃はミイパが絡んでいたが、今はアランが突っ掛かった言い方をしている。そろそろ素直に友達になればいいのに。

「オレ、いつか王都に会いにいくから待ってろ」
「なんで?」
「なんでって……えっと! オレが成人したら王都に行って働く! あと一年だ。話はその時にする」

 気のせいか、ミイパの顔が赤いような。もしかして友情以上の気持ちがあるのか。ついにやけそうになるのをこらえる。

「今すればいいだろ?」
「一年後だ! それまでヘタれて騎士見習いやめるなよな」
「やめないよ! バーカ!」

 ミイパ……もうちょい言い方ってもんがあるだろうに。
 大人達は色々察して、やれやれという顔で子犬の喧嘩のような二人を見守っていた。

「そこまでにしろ、チビ共」

 ダリウスが割って入る。
 バシッ! バシッ!

「ギャン!」
「いたっ!」

 頭頂部をダリウスの手のひらで叩かれた二人は一瞬で静かになった。手加減していてもすごい音だ。そんな二人の横をすり抜けて、オレイアド殿下がティアに駆け寄った。

「兄上! 道中お気をつけて」

 心から心配しているのが分かる。こんなにいい子の親を断罪するのは心苦しい。きっとティアはもっと苦しんでいるだろう。

「オレイアド、まだ無理をするな」
「大丈夫です。母上は具合が悪いとのことで、見送りに来られなくて申し訳ありません」
「体調が悪いなら仕方がない。疲れたのだろう。大事にしてくれと伝えてくれ」

 ティアはいつも通りだが、オレイアド殿下と話す眼差しは柔らかい。

「お気遣いありがとうございます……。あの、兄上。王都は本当にひどい有様なのです。どうか、どうか、お気をつけて……」
「ああ、ありがとう」

 仲睦まじい二人から目を逸らす。浄化を終え真実が明らかになった後、彼らはまだ笑い合えるのだろうか……
 別れに後ろ髪を引かれつつ、馬車に乗りレナッソーを後にした。しばらくおとなしく乗っていたが、馬車に飽きてしまった。俺は外に出て、単騎で護衛していたダリウスの前に乗せてもらった。ポクポク響くひづめの音が心地いい。

「あ~、本っ当に陛下はめんどくさかった! なんだってエロいことしたがるかなぁ! 王都で散々邪険にした癖に図々しいと思わないか」
「ジュンヤが美人すぎるからだな。マジで気が気じゃなかったぜ。早々に出立したのは正解だな」

 もう恋人達の欲目には慣れたので、それは置いといて……面倒なのは国王だけじゃなかった。

「宰相の異様な持ち上げ方も気持ち悪かった。今更遅いって。なぁ?」
「確かに。ありゃ、最悪だったな」

 国王と宰相を浄化した後、「ジュンヤ殿のお力はすごい~」とか、「うちのロドリゴと~」とか言われた。こびを売ると決めたら恥なんてかなぐり捨てられるらしい。なんとか俺を彼らの屋敷に呼ぼうとしていたらしいが、ティアがガードしてくれたおかげで無事だった。神子みこは万能薬と言い放っていたのにも腹が立つ。

「ある意味感心するけどな……まぁ、王都を浄化したら、彼らの悪行も終わりだ。ティアと色々仕込んであるんだろう?」
「もちろんだ。レナッソーで気が抜けて、証拠を増やしてくれるかもな。そんな嫌な話より、もっと楽しい話をしようぜ! ここは見通しも良いし安全だ。早駆けしてみるか?」
「楽しそうだけど……良いのか?」
「おう! 駆けてスカッとしようぜ。練習した内容、覚えてるよな?」

 ここに来るまでに時々乗馬の練習をして、ゆっくりなら一人で乗れるようになっていたが、早足はまだちょっと怖い。本気の走りなんかもっと無理! でも、ダリウスと一緒なら大丈夫だ。

「うん! 走りたい!」
「俺と息を合わせろよ。ラド、ウォル! 俺達ちょっと駆けるからな!」
「えっ? 団長っ!? 待っ」
「キュリオ、行くぞ! はっ!」

 ダリウスは返事を待たずにキュリオの腹を軽く蹴って駆け始めた。

「お~~! 速い!」

 風景がどんどん変わっていく。草木の香りも心地良い。風を切って走っていると、国王や宰相の相手をして鬱々うつうつとした気分も晴れていく。

「ダリウス~! 最高だな!」
「おう、そうだろ? キュリオ、お前の本気、見せてやれ!」

 気合を一発入れると、キュリオはさらにぐんっと加速して駆けていく。まだスピードを出せるのか。落とされないよう、くらの持ち手をしっかりと握る。ダリウスが俺のためにくらを改造してくれて本当に助かった。

「キュリオ、すっげぇ~!」

 二人乗せているにもかかわらず、キュリオはすさまじい速さで駆けた。思う存分走り、キュリオを休ませようと下馬すると、思ったより皆と離れてしまっていた。息が整ったら戻ろうとダリウスと話しているうちに、誰かが来るのが見えた。

「あ、誰か来た。無茶するなって怒られるかな」
「確かに離れすぎたな。でも、少しはスッキリしたか?」
「うん、ありがとう! キュリオも疲れただろう? めちゃくちゃカッコ良かったぞ!」

 ダリウスが腰から水筒を取り出し、手に水を溜めて差し出してやると美味そうに飲んでいる。荒い息を整えたキュリオは、ブフッと鼻息を鳴らし鼻面をこすりつけてきた。

「こいつも常足なみあしばかりで飽きてたし、スカッとしたさ。なぁ?」

 キュリオはダリウスに答えるようにヒヒンといななき、鼻面をグリグリと押しつける。甘えているキュリオも可愛いが、誇らしげにキュリオを撫でるダリウスが愛おしい。

「団長~! もうイチャイチャタイム終わりっすかぁ~?」

 こちらに来たのはウォーベルトだった。すねた口調で茶々を入れる。

「なんだよ、そのつらは」
「殿下に、ジュンヤ様とのイチャイチャがいきすぎないように見張れって言われたっす。なんでこういうのは俺の役目なんすかね。納得いかないっす。ニッコニコのジュンヤ様は和みますけど~!」

 突然、ダリウスが俺の顔を両手で覆った。

「うるせえ、見るな、近寄るな!」
「うわっ! 横暴! 見たって減りませんよ!」
「いいや、減る。お前が見ると減る気がする! もう戻るから先に行け!」

 俺はダリウスの手をそっと顔から外す。

「本当にやきもち焼きなんだから……。ウォーベルトも仕事で迎えに来たんだぞ」

 ウォーベルトはブンブンと首を縦に振った。

「そうっす。一緒に帰らないと俺が怒られるんす。殿下からの命令で、エッチ禁止っすよ」
「さすがにここじゃしねぇっての。信用ねぇな……」

 ティアの命令と言われて、ダリウスはブツクサ言いながらもおとなしく従う。もう一度キュリオに乗って皆のところへ戻ると、ダリウスはティアにこっぴどく怒られた。

「ティア、俺もさ晴らしになったし、そのくらいで許してやってくれないか」
「ダリウスばかりずるい」
「じゃあ、しばらく一緒の馬車に乗せて。話をしようよ」
「もちろん大歓迎だ。ダリウス、そなたはしっかり警護をしてくれ」

 ひらひらと右手を振って命じるティア。これはねているな。どいつもこいつもやきもち焼きだ。でも、レナッソーでもストレスが溜まっただろうしいたわってやろう。
 そう考えながら馬車に乗り、ティアの左隣に座る。

「仕事は片付いた?」
「あぁ、どうにか」
「お疲れ様。いつも頑張っていて偉いよ」

 手を握って頭をポンポンすると、ティアは嬉しそうに微笑んだ。以前は二人きりの時もキリッとしていたのだが、最近は柔らかい表情を見せてくれる。俺といる時だけは気を抜いてリラックスできるようにしてやりたい。
 そう考えていたら、ぐっと体を引かれ腰を抱かれた。

「ご褒美ほうびのキスをもらえるか?」
「……待って、カーテン閉じたい」

 キスしようとしたティアに待ったをかけた。

「見せつけてやりたいが仕方ない」

 右側のカーテンをティアに閉めてもらい、俺も左側を閉じる。イチャイチャを見られるのはさすがに恥ずかしい。

「本当に誰もいない場所で二人きりになるのは難しいな」

 ポツリとティアの本音がこぼれた。握ったままの手を持ち上げ、手の甲にキスしてやる。

「レナッソーでも大変だったよな。今は仕事を忘れて良いよ」

 俺は腰を浮かし、小鳥の挨拶みたいな軽いキスをした。欲情しているというよりいつくしみたい気分だった。触れ合うたびにお互いの熱がじんわりと伝わって、一緒にいられる喜びを強く感じる。

「ジュンヤ……オレイアドを救ってくれて嬉しかった。あの子は王宮内で唯一毒されていない、私の心のりどころなのだ」

 唇が離れた後、ティアが切なげな笑みを浮かべた。

「ティアが大事にしてるんだから、良い子だって分かってたよ」
「信じてくれてありがとう。ジュンヤは私の大事な人を二人も救ってくれたな」
「ダリウスのこと? それ、本人に言った?」
「あれはすぐ調子に乗るからダメだ」

 俺はその場面を想像して吹き出した。ダリウスが聞いたら「ひでーな」と怒るだろう。俺がそう伝えると、ティアも大笑いしている。

「ティア、もっとくっついていいかな?」
「ああ」

 体を寄せ、ティアの肩に頭をもたれかけてくっつく。ティアの香水は柑橘系の爽やかな香りで心が休まる。

「こんなにゆっくりと過ごす時間は久しぶりだな……ジュンヤの優しい香りがする」

 髪に顔を埋めながらセクシーにささやかれると体から力が抜ける。触れているところからティアの体温が伝わってきて、何とも言えない充足感に包まれた。

「まだ王都の浄化があるけど、やっと終わりが見えてきたね」
「そうだな。辛い時もあったが、旅が終わるのが寂しい気もする。こんな風に考えるのはおかしいのだろうか」
「俺も同じだ。だって、王都に帰ったら、ティアはもっと忙しくなるだろ。一緒にいる時間も削らないといけないかもしれない。だから、一瞬一瞬を大切にしようと思ってる」

 宰相だけじゃなく、国政を投げ出した実父も、自分を排除しようとする異母弟の母も断じなくてはいけない。決意は堅いだろうが、少しでも心が休まるように寄り添いたかった。

「ちゃんと眠れてる?」
「まぁ、それなりに寝ている」

 言葉をにごすあたり、あまりよく眠れていないのだろう。

「ちょっと眠ってもいいよ」
「せっかくジュンヤと二人きりなのにもったいない」
「ふはっ、そっか」

 体を離して顔を見ると、笑われたのが不服なのか膨れっ面をしている。

「ティア、前より表情が豊かになったよね」

 膨らんだ頬をつつくと、ティアははっとした顔をして自分の顔に触れた。

「そう、か? いいことなのだろうか……」

 珍しく動揺し、何度も自分の顔をさすっている。

「執務中とプライベートな時間を上手く切り替えられるようになったってことだよ。多分、今までのティアは執務が終わった後もずっと仕事を続けていたんだ。王子様って役割をさ」
「当然だ。王族は常に危機に備えねばならない」
「ああ、悪い意味じゃなくて。ただ、絶え間なく張り詰めた糸みたいで、いつかプツンと切れてしまわないか心配だった」

 出会った頃のティアは完璧だった。完璧すぎた。あの頃は自分に余裕がなく気づかなかったが、ガラス細工みたいに繊細だった。

「今は、しなやかな柳……いや、枝になってる気がする。何か起きても簡単には折れないっていうか。言いたいこと、伝わるかな」

 柳の枝と言おうとしたが、カルタスで柳を見たことがないからきっと伝わらないだろう。ティアはうつむいて考え込んでいる。

「そう言われれば独断することがなくなった気がする。己の考えだけではなく、複数の人間の意見を聞いて判断しているな。一人で問題を抱えず、相談ができるようになった」
「あ、それは俺も同じだ。俺達似た者同士だな」

 お互い、素直に人を頼れるようになった。信頼できる人がいるって本当にありがたい。

「気が早いかもしれないが、国に平穏が戻ったら、私と二人きりでデートをしよう」
「うん、どこがいいかな。おすすめは?」
「そうだな。誰にも邪魔されないでいられるところにしよう。乗馬もいいな。私もジュンヤを乗せてあれくらい走れるぞ」

 さっきのダリウスへのライバル意識が丸出しで、思わず笑ってしまう。

「はいはい、ティアにはティアの良さがあるんだから張り合わないで」
「不安なのだ。私はたまたま王子として生まれ、運良くこの色を持っていただけだ。もしも父上と同じ色でなければどうなっていたか分からない。こうしてジュンヤと共にいることを許されない可能性もあった」

 王子には王子の悩みがある。不安を抱えているのは人間として当然だ。だから一番であることを意識していたのかな。張り合ってしまうのもそのせいだろう。

「――すまない、弱音など私らしくないな。忘れてくれ」
「いや……聞かせてくれて嬉しいよ」
「なぜだ? みっともない姿を見せたのに」
「それが嬉しいんだ。ティアが号泣しても、逃げたくなっても、俺は絶対に傍にいる。だから安心してくれ」
「……そうか。ありがとう」

 カッコ良くても悪くても全てを受け止める。そんな想いを込めて、俺達はキスをした。
 それから窓の外を眺める。王都は、国王がいた時より確実に状況は悪くなっているだろう。ゆっくりと、だが確実に王都へと近づいていく。


 レナッソーを出発して王都へと戻る道中、渡河のためにハルトラという街に到着した。オルディス河は以前見た時と同じく穏やかでけがれがなく、緊張している俺や皆の心をいやしてくれた。
 ところが、船着場についたものの小型船しか泊まっていない。そこで、エルビスがノーマに命じて確認に行かせた。

「エルビス様、今日乗船できる船は終わってしまいました」

 確認しに行っていたノーマが残念そうに伝えた。巡行に同道する人数は多く、全員乗船できる船は限られている。対応可能な船は対岸にいるらしく、明日戻ってくるのを待たなくてはいけないそうだ。今夜はハルトラに一泊することになり、侍従や騎士が宿探しに向かうのを見送る。

「ジュンヤ様、強行軍でしたのでお疲れですよね。宿が見つかるまで、お茶でも飲んで休みましょう」
「ここに誰か残すよな? 連絡が行き違ったら困るし」

 エルビスは「もちろん」と答え、柔らかな笑みを浮かべた。安心して、エルビスがおすすめだという店にティア、ダリウス、エルビスと共に向かう。マテリオは二人の神官と街を回ると言って、早々に別行動だ。どんな時も神官の仕事をサボらないのがあいつらしくていいよな。

「野営も多かったし、宿が決まったら皆も休養させてあげよう」
「ええ、おそらく、ゆっくりできるのは今日が最後ですからね」

 深刻なエルビスの横顔に、現実に引き戻され、また気が重くなる。
 案内された食堂で、ティアやダリウスと一緒にお茶とパンケーキに似たものをいただく。懐かしい味に自然と頬が緩む。
 ティアとダリウスは、眉間にしわを寄せて警備について話し合っている。まとまって宿泊できない可能性が高いので、巡回の班分けをしているようだ。
 ところが、そこへ騎士が息を弾ませ報告に来た。

「殿下、ジュンヤ様、全員が同じ宿に泊まれる手配ができました」

 なんと、俺達の巡行のことを知った宿泊者達が、進んで部屋を譲ってくれたそうだ。

「ティア、お礼も兼ねて町を見て回ってくるよ。必要に応じて浄化しながら教会に挨拶に行く。エルビスを連れていくけど、いいかな」
「ああ、護衛はダリウスといつもの二人を付ける」

 ダリウスが先頭を歩き、残る二人は俺達の後ろを付いてくる形だ。エルビスと並んで街を歩き始めたのだが、人々があまりにも熱狂していて驚いた。
 ただ、その熱狂は歓迎で、感謝を伝える言葉をたくさんもらった。とはいえ油断はできない。振り返ったダリウスとエルビスが目配せし、万が一に備えながら歩く。買い物もあるのでヴァインとノーマも最後尾で同行している。
 ひとまず、俺の悪評は完全に覆せたらしい。まぁ、これだけ頑張ったのにののしられたら今度こそやり返したけどさ。

「エルビス、船に乗る時はいつも『トラ』ってつく街に行く気がするんだけど、理由があるのか?」
「ええ。トラは川沿いという意味で、港がある街は対の名前になっているんです。ハルトラの対岸はイルトラですよ」
「へぇ~。トラがついている街には、船着場があるってことか」
「その通りです」

 また一つこの国のことを知って嬉しくなる。ずっと浄化のことばかり考えていたせいか、カルタス王国についての知識は偏っている。だから、子供みたいにあれこれ質問してしまう。それなのに、エルビスは嫌な顔一つ見せずに答えてくれる。
 好きを通り越して、どうしたらいいか分かんなくなるな……
 そんなことを考えていたら、通りで手を振る人の中に強い瘴気しょうきを感じた。

「ダリウス、止まって。あの人、今すぐ浄化しないとまずいかも」
「今じゃないとダメなのか?」

 俺は頷く。原因を断たなければらちが明かないので、重症者以外はまとめて浄化するという話になっていた。でも、今感じた瘴気しょうきは見過ごせるものではなかった。

「通してくれ。そこのお前、こちらへ来い。神子みこが浄化してくださるそうだ」

 ダリウスが人垣を割って一人の青年を連れてきてくれた。手を握ると彼はうつむき、上目遣いで俺を見た。

「あの……実は、王宮で下働きとして働いていたんです。一度も宮殿であなたをお見かけしたことがないのに、悪評が広がっていくのが変だとずっと思っていました。でも、おかしいと言い出せなくて……俺は浄化してもらう資格がありません」

 彼は青い顔で告白した。それに、小刻みに震えている。

「――そうだったんですか。でも、あの頃は俺も誤解を解くチャンスがなかったし、あなたも一人だけ反対意見を言うのは怖かったでしょう。黙っていても良かったのに、正直に話してくれてありがとうございます」

 王宮内に、意見を言えない圧力があったであろうことは容易に想像がつく。下手に口答えしたらいじめや解雇の可能性もあっただろう。他にもこういう人がいたかもしれないと知れただけで救われた。

「大丈夫ですよ! 浄化しましょう」

 そう言って青年の手を取るが、王宮にいたせいで他の人より瘴気しょうきが濃い。それでも、今の俺は問題なく浄化できた。彼は何度も頭を下げて、列に戻っていく。他にも数人、すぐ対応したほうがいい人がいたので浄化すると、自分もしてほしいという周囲の期待に満ちた視線が突き刺さった。浄化してほしい人が大勢いるのは分かっているけど……

「今すぐは難しいですが、後でちゃんと全員を浄化しますから安心してください」

 少しがっかりしている人もいたが、了承してくれたのはありがたい。各所で浄化して実績を積んだおかげかな。

「ジュンヤ様、これまで誠実に対応されたので信頼してもらえたようですね。さすがです」
「うん。苦労した甲斐があったな~」

 照れ隠しにふざけた口調で言うと、エルビスもうんうんと頷いてくれた。
 また歩き始め、改めてハルトラの街並みを見物する。

「エルビスはハルトラに来たことはある? どんな特徴があるのか知りたいな」

「はい。以前、殿下の視察に同行しました。商人が多く通る街なので交易が盛んです。トラージェから輸入されたものもたくさん見かけますね。
 トラージェから王都に向かうには渡河する必要がある。そのルートはユーフォーンだけじゃないよな。トーラント領に寄ることもあるだろうし、船着き場のある街が栄えるのは当然だ。

「そうそう、以前王都でトラージェ産の真珠が流行ったのですが、ハルトラの商人がジュエリーに仕立てて貴族に売り込んだからなのです」

 流行が始まる瞬間にいられたら楽しかっただろう。というか、自分達で仕掛けた商品が爆売れしたら? そんなことを考えてワクワクした。こんな時じゃなかったら、しばらくこの街に住みたいくらいだ。

「そうか、トラージェのものが! 見たいけど浄化が終わるまでお預けだな」
「終わったらまた来ましょう。お供してもいいですか?」
「もちろん! エルビスのいない旅なんてありえないし」

 俺の答えにエルビスは珍しくオーバーアクションで喜び、見せたいものや観光地の話をしてくれた。
 え、何、めちゃ可愛いじゃん……!
 笑顔に釣られ、俺も口元が緩んでしまう。

「お~い、お前らばっかりイチャイチャすんなよ~」

 ダリウスが俺達にやきもちを焼いて割り込んできた。

「団長殿はしっかり警護をお願いします」

 エルビスが笑顔から一転しダリウスを睨む。

「チッ」

 ダリウスが舌打ちし、二人が視線でバチバチにやり合っている。ここで二人がめたらせっかくの時間が台無しだと、エルビスの右手を握る。

「エルビス。教会に挨拶したらデートしよう」

 突然デートを申し込まれたせいかエルビスの目が点になった。でも、すぐにキラキラした目に変わり、何度も首を縦に振る。ダリウスが口をとがらせているので、「あんたは今度」と視線で合図した。圧倒的にエルビスとの時間が少ないのは分かっているので、ダリウスも渋々頷いてくれた。平等って難しいよな……
 喧嘩にならなくて良かったと胸を撫で下ろし、目的地の教会へ向かう。出迎えてくれたのは、この教会を任されている初老の司教だ。神官が二人いて、今は街で奉仕しているそうだ。

神子みこジュンヤ様、こんな小さな教会へわざわざお運びくださり、ありがとうございます」

 司教の様子を見て、エルビスが、以前よりかなり老け込んでいて驚いたと耳打ちした。白髪が増えて顔のシワも深く刻まれているそうだ。瘴気しょうきの影響もあるだろうが、相当苦労したのだろう。

「司教様、体調が悪そうですね。手に触れてもいいですか」

 司教は遠慮して触れるのをためらっていたが、俺がやりたいからだと説得した。それに、人を導く人は健康じゃないと。
 手を握って浄化を流すと、司教の体が輝き神官が驚く声が聞こえた。彼らも浄化してやると、これでまた民に奉仕できると意気込んでいた。そして、俺達への協力は惜しまないと約束する司教に見送られながら、教会を後にした。

「よし! 教会も俺達に協力してくれるし、もう大丈夫だな。ダリウス、エルビスとデートしてくる。埋め合わせはするからさ」

 ダリウスに伝えると、ちょっとだけ肩をすくめた。反対する気かな……

「はぁ~。エルビスは生真面目すぎて二人にしても手ぇ出せねぇだろうし、いいぜ」
「なっ!? バカなことを言うな!」

 真っ赤になってエルビスが怒っている。

「俺はエリアスといる。ラドクルト、ウォーベルト、二人の護衛を頼む。お前ら、人目のあるところでエロいことすんなよ~?」

 ダリウスはケラケラと笑う。単に揶揄からかっただけらしい。エルビスの背中をドンと押して最前に突き出した。

「お前じゃあるまいしするか!」
「ふふふっ。じゃあ、行こう! 向こうの賑やかな店があるところが見たいな」
「……分かりました。二人共、お願いしますね」

 エルビスが改めてラドクルトとウォーベルトに護衛を頼む。

「後ろにいますが、気にせずお過ごしください」

 ラドクルトが請け合う。

「ノーマ、ヴァイン、買い物を頼みます」

 エルビスが侍従の二人にメモを渡した。

「はい、任せてください」

 二人はメモの店に向かい、俺達もデートの始まりだ。

「エルビスとゆっくり過ごすのは久しぶりだな。えっと、ユーフォーンでのデート以来?」

 あの時は大胆なことをしたなと顔が熱くなる。湖のほとりでエッチしたことを思い出して恥ずかしくなった。

「そうですね。その、素晴らしい思い出になりました」
「もっと色んな思い出を作りたいな。写真が撮れたらいいのに」
「シャシンとは?」
「ああ、話したことなかったかな? 映像については話したような気がするけど……」

 何気なく口に出してしまったが、この世界にはないんだよな。

「エイゾウは殿下にお聞きしました。アナトリーに何やら指示していましたので」

 アナトリーは、ケローガで離脱したアリアーシュの代わりとしてユーフォーンからずっと同行していて、様々な魔道具を作っている。だけど、人前に出るのは好きではなく、ティアやケーリーさんと魔道具の開発についてばかり話している。俺達と一緒にいる理由は、『面白そうだから』という変わった人だ。


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公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
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王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
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​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。