73 / 78
トージロー
決着
しおりを挟む
放出された力は凄まじい勢いで全てを薙ぎ払い、そしてどこかの城門にまで到達していた。
それは直撃していれば、どんな強力な魔物でも一撃で葬り去る威力だろう。
そう、直撃していれば。
「ふふふ、ふはははは、はーっはっはっは!!!失敗したなぁ、娘よ!!貴様は唯一のチャンスを棒に振ったのだぞ!!この私を、ドラクロワ・レーテンベルグを葬り去るチャンスをな!!」
僅かに逸れた狙いは、笑い声を響かせているドラクロワのすぐ横に抉れた跡を残している。
それへと目を向けながら笑い声を響かせるドラクロワの頬には、冷たい汗が伝っている。
しかしそれもすぐに乾き、彼は今、余裕の笑みを浮かべてはそこに佇んでいた。
「は、外した!?くっ・・・も、もう一度!!」
自分の胸を叩いては、それを仕留めるチャンスを逃したと示しているドラクロワに、カレンは再びトージローの鼻へとこよりを突っ込んでいた。
「ほら、早くトージロー!!もう一度・・・え、嘘でしょ?もしかして慣れちゃったの!?」
鼻へと突っ込み激しく動かすこよりにも、トージローは先ほどのような反応を見せない。
それは同じような刺激に、慣れてしまった事を示していた。
「お願いトージロー!!早く―――」
「二度も、やらせんよ」
それでも何とかとトージローの鼻をくすぐるカレンに、その冷たい声は彼女のすぐ傍から聞こえた。
「おっと、そうだった。刺激しては不味いのだったな・・・では、丁寧に。こんなものでどうだ?」
「きゃあ!?」
カレンの襟首をつかんでトージローから引き離したドラクロワは、彼女を乱暴に扱うと彼を刺激するかもと、丁寧にその身体を遠くに放っている。
丁寧とは言えども激しい衝撃に、カレンが最近買ったばかりだった小ぶりな鞄が弾け、そこから中身が溢れて地面へと広がってしまう。
それは彼女がドラクロワに放り投げられた瞬間の出来事で、そこから溢れた中身はトージローの足元へところころと転がっていく。
「・・・どうだ、大丈夫か?」
「腹が減ったのぅ・・・」
彼からすれば有り得ないほど丁寧にカレンを放ったドラクロワは、後ろを振り返ると恐る恐るといった様子でトージローの様子を窺っている。
その彼の視線の先で、トージローは相も変わらずぼんやりと佇むばかりで、ドラクロワに投げ飛ばされたカレンを助けようとする様子は欠片ほども見受けられなかった。
「・・・ふはははっ!!どうやらこの程度ならば問題ないようだな!!要領を掴んでしまえばこっちのものだ!!」
そんな彼の様子に、ドラクロワは安堵の笑いを漏らしている。
それはいつ背後のトージローが襲ってくるかという恐怖からの解放された笑みであり、完全にこの場の勝利を確信した笑みでもあった。
「さて・・・それではあれに反応されぬよう、ゆっくりと丁寧に殺して差し上げようではないか」
「ひっ!?」
トージローを反応させない要領を掴んだドラクロワは、それに従ってカレンを処理しようと、彼女にゆっくりと近づいている。
その両手からは鋭い爪が伸び、彼はそれでカレンの事をゆっくりと刺し殺すつもりのようだった。
「やらせねぇよ!おっさん!!」
「おぅよ!!てめぇらも、いくぞ!!」
「ったく・・・死んでも知らねぇぞ!!」
そんなカレンの危機に、声を上げる男達。
彼らはそのボロボロの身体を引きずって、カレンの下へと駆けつけようとしていた。
「邪魔を・・・するなぁ!!!」
「「ぐあああぁぁ!!?」」
しかしそんな彼らなど、もはやドラクロワの敵ではない。
トージローという圧倒的な脅威を前にしたことで、もはや力を抑える事を止めたドラクロワに、彼らは一瞬の内に一蹴されてしまっていた。
「しまった!?咄嗟の事で、つい力を抑えるのを忘れてしまった!?・・・くっ、だ、駄目か・・・?」
飛び掛かってくる彼らを振り払った力は、決して強いものではない。
しかしそれは、とてもではないが静かで丁寧な力の使い方とは言えず、ドラクロワはトージローを刺激してしまったのでないかと慌てて後ろを振り返る。
「・・・反応がない?どういう事だ、あれほど派手に力を使ったというのに・・・ふふふ、なるほどそういう事か。やはり貴様は特別という事だな、娘よ」
向かってきた男達を力任せに振り払ったドラクロワの動きは、かなり派手なものであった筈だ。
にも拘らずそれに反応を見せないトージローの姿にドラクロワは訝しむと、やがてある結論に達していた。
それは、トージローにとってカレンは特別な存在であるというものであった。
「ふむ、であればこの娘には手を出さぬ方がいいか?」
「っ!あいつは私に手を出さない・・・?だったら!」
他の者に手を出しても反応しなかったトージローが、カレンへと手を上げた時にだけ反応した。
その事実に、ドラクロワは彼女に手を出すのを控えようと考えだしている。
それを耳にしたカレンは思い切った行動に出ようと、投げ飛ばされた際に放り飛ばされてしまった杖へと手を伸ばそうとしていた。
「しかし、その牙は抜いておかなければな」
カレンが地面を這いずり手を伸ばした杖は、それが届く前に別の者によって攫われてしまう。
それを拾い上げた別の者、ドラクロワはニヤリと笑うとそれへと両手を伸ばしていた。
「ふんっ!!ほぅ、流石はあの男の得物よ。中々手こずらせるではないか?しかしこれでは・・・どうだ!」
カレンの得物にして、祖父の形見である霊杖ユグドラシルを両手で掴んだドラクロワは、その手に力を込めてそれを折ってしまおうとしている。
流石は高名な冒険者であった祖父の形見か、ドラクロワの力にもビクともしなかったそれも、彼がその額に青筋を立て全力を込め始めると、ミシミシと音を立て始める。
それは明確な、破滅の予兆であった。
「そんな・・・それがないと私は・・・トージロー!!助けて、トージロー・・・?」
これまでドラクロワと戦い、曲がりなりにも無事でいられたのはそれがあったからだ。
先ほどのヴァーデとの戦いも、それがなければきっとあのカレンファイヤーも完成させることは出来なかっただろう。
つまりカレンにとってそれがなくなる事は、戦う術を奪われることを意味している。
それに絶望するカレンには、悲痛な表情でトージローへと助けを求める。
「ん?これは・・・ほほほ、こりゃ食べられそうじゃ。ありがたやありがたや・・・」
しかしそんなカレンの視線の先では、先ほど彼女がぶちまけてしまった持ち物を拾い上げ、それを口にしようとしているトージローの姿があった。
「もーーー!!こんな時にぃぃぃ!!!なーーーにやってんのよ、あんたは!!落ちてるものを食べたら駄目ってあれだけ・・・ん?ちょっと待って・・・あれって確か・・・」
この非常事態にあっても自由気ままに行動しているトージローの姿に、カレンは頭を抱えては大声で嘆いている。
そしてカレンは頭が混乱してしまったのか、こんな状況にも拘わらずごく一般的な注意を口にしてしまっていたが、その注意がトージローが口にしようとしているものへと彼女の視線を導いていた。
それはいつか、彼女が押し売りに押しつけられた食べ物であった。
しかもそれは、彼女がデリックに見せると大爆笑された何かであったような。
「そうだ!確か『これを食べれば一晩ハッスル!!マムシ印のビンビン精力剤』だ!!」
「ふんっ!これは、中々どうして・・・娘よ、その精力剤とは何なのだ?」
「へ!?いや、そ、それは・・・」
頭の中からその記憶を引っ張り出したカレンは、その恥ずかしい名前を思わず口にしてしまう。
その大声は彼女のすぐ近くでその杖をへし折ろうと苦労していたドラクロワにも届き、彼はその聞きなれない言葉に首を傾げ、それが何なのだと彼女に尋ねてきていた。
「何を恥ずかしがることがある?どうしてもと言うならば、ここで貴様を支配して聞き出してもいいのだぞ?」
「ぐっ・・・分かったわよ、言えばいいんでしょ言えば!!精力剤っていうのはねぇ、男女がその・・・夜にごにょごにょをやるためっていうか・・・」
「何だ?はっきり話せ、娘よ。そうしなければどうなるか、分かっているだろう?」
「うっ!で、でも・・・流石にうら若き乙女には恥ずかしいって言うか・・・そうだ、生殖!生殖をするために使うお薬なの!!結構お高かったんだから!!」
カレンが口にした言葉の説明を求めるドラクロワに、彼女は流石にそれを口にするのは恥ずかしいと口籠ってしまう。
しかしそれを言わないのならば、無理やり口を開かせてもいいのだぞと脅す彼に、彼女はようやくその口を開いていた。
「生殖?生殖のために高い金を払って薬を買うのか?ふはははっ!!だから下等生物は嫌なのだ!!そのような下賤な行為のために、大金を払うとは!!全く度し難い、富というのはもっと有用な事に・・・」
恥ずかしい言葉をどうにか避けようと苦心したカレンは、その行為を一般的な用語に言い換える事で、何とかそれを口にすることに成功している。
彼女が口にしたその言葉を耳にしたドラクロワは信じられないと目を丸くすると、やがて顔を手で覆っては笑いだしていた。
生殖という行為をすることのない種族である吸血鬼である彼は、人間がそのために大枚をはたくことが可笑しくて堪らないらしい。
「あっ!だから駄目だって、トージロー!!それを食べちゃ!!」
「ふんっ、それを食べたから何だというのだ?何だ、生殖でも始まるというのか?これは見ものだな!!ふははははっ!!!」
そんな笑い声を響かせるドラクロワの背後で、ついにトージローが拾い上げた精力剤を口にしてしまっていた。
それを止めようと声を上げたカレンに、ドラクロワはそれを口にしたからといって何が起きるのだと、更に笑い声を響かせていた。
「でも、精力剤って要は興奮剤みたいなものだから・・・あ、これ不味いかも」
トージローが口にした精力剤は、つまるところその下半身を元気にするお薬だ。
しかしあくまでもそれは、下半身も元気にするお薬であって、そこだけを活性化するなどという都合のいい効果はない。
つまりそれは、下半身だけではなく全身を元気にするお薬であり、要は興奮剤と変わりのない代物であった。
「はっ、それが何だというのだ!!・・・待て、興奮剤だと?それはどういう・・・うおおおおぉぉぉ!!!?」
それを口にしたトージローの姿を目にしたカレンは、何か嫌な予感を感じそれを呟いている。
その呟きを鼻で笑ったドラクロワも、彼女が口にした言葉の意味が引っかかったようで、それを尋ねようとしている。
しかしそんな彼を、何かがものすごい速度で弾き飛ばしていってしまっていた。
「ふー、ふー、ふー・・・!!!」
それは目を血走らせ、その口元からダラダラと涎を垂れ流しているトージローであった。
彼は突き飛ばしたドラクロワの上にそのまま馬乗りになると、その異常に興奮した目をぎらつかせている。
「ま、待て!!流石にこれはないだろう!?私は吸血鬼だ!お前達、人類の天敵たる吸血鬼なのだぞ!?それとの決着がこんな・・・こんな事でいい筈がないだろう!!?」
異常な興奮に、トージローはドラクロワの肩へとやった手の力を抑えることが出来ない。
それはドラクロワの肩を砕き、それを肉片へと変えていたが、彼は今はそれどころではないと必死に説得の言葉を叫んでいる。
人類の天敵たる吸血鬼であるドラクロワと、異世界から召喚された勇者であるトージローとの決着がこんな展開では許されないと彼は口にしているが、そんな事情はトージローには通用しない。
「くっ!?何故だ、何故変身出来ない!!?それは私の、吸血鬼の種族としての力だぞ!?それを抑える力でもあるというのか!?そんな馬鹿な話があるか!!?」
完全に組み敷かれ拘束されているドラクロワは、そこから抜け出すために姿を変えようと試みている。
しかしそれが全くうまくいかず、その能力すらトージローに抑えられているのかと、彼は信じられないと叫んでいた。
「ま、待て!!私は雌ではない!!お前と生殖出来ないのだぞ!!?だ、だから・・・ぐああああぁぁぁ!!?こんな、こんな終わり方など・・・こんな馬鹿馬鹿しい終わり方など、有り得るかぁぁぁ!!!!?」
精力剤によって異常に興奮しているトージローにはもはや、ドラクロワの言葉など届かない。
それでもその四肢を拘束され、変身すら封じられた彼は言葉を口にする以外の抵抗は許されていなかった。
しかしそれも、やがて終わる。
彼はもはやどうにも出来ないと悟ると、その受け入れられない結末を否定する断末魔を叫ぶ。
そしてそれは実際に、断末魔の叫びとなっていた。
「・・・お、終わった、の?や、やったー・・・」
ドラクロワという強大な敵の最後に、湧き上がる筈の観衆はしかし何とも言えない空気が漂っている。
それを如実に表すように、それを近くで目撃したカレンは、釈然としない表情で首を傾げ、控えめに腕を掲げては喜びを表していた。
「ふー、ふー、ふー・・・!!!」
しかし終わった筈の戦いにも、トージローの興奮はいまだに収まる様子を見せない。
「あ、やばっ」
感じた悪い予感に、カレンは慌ててドラクロワが手にしていた杖へと手を伸ばす。
それを彼女が掴み取り、盾のように翳すのと、そこに凄まじい衝撃がやってくるのはほぼ同時であった。
それは直撃していれば、どんな強力な魔物でも一撃で葬り去る威力だろう。
そう、直撃していれば。
「ふふふ、ふはははは、はーっはっはっは!!!失敗したなぁ、娘よ!!貴様は唯一のチャンスを棒に振ったのだぞ!!この私を、ドラクロワ・レーテンベルグを葬り去るチャンスをな!!」
僅かに逸れた狙いは、笑い声を響かせているドラクロワのすぐ横に抉れた跡を残している。
それへと目を向けながら笑い声を響かせるドラクロワの頬には、冷たい汗が伝っている。
しかしそれもすぐに乾き、彼は今、余裕の笑みを浮かべてはそこに佇んでいた。
「は、外した!?くっ・・・も、もう一度!!」
自分の胸を叩いては、それを仕留めるチャンスを逃したと示しているドラクロワに、カレンは再びトージローの鼻へとこよりを突っ込んでいた。
「ほら、早くトージロー!!もう一度・・・え、嘘でしょ?もしかして慣れちゃったの!?」
鼻へと突っ込み激しく動かすこよりにも、トージローは先ほどのような反応を見せない。
それは同じような刺激に、慣れてしまった事を示していた。
「お願いトージロー!!早く―――」
「二度も、やらせんよ」
それでも何とかとトージローの鼻をくすぐるカレンに、その冷たい声は彼女のすぐ傍から聞こえた。
「おっと、そうだった。刺激しては不味いのだったな・・・では、丁寧に。こんなものでどうだ?」
「きゃあ!?」
カレンの襟首をつかんでトージローから引き離したドラクロワは、彼女を乱暴に扱うと彼を刺激するかもと、丁寧にその身体を遠くに放っている。
丁寧とは言えども激しい衝撃に、カレンが最近買ったばかりだった小ぶりな鞄が弾け、そこから中身が溢れて地面へと広がってしまう。
それは彼女がドラクロワに放り投げられた瞬間の出来事で、そこから溢れた中身はトージローの足元へところころと転がっていく。
「・・・どうだ、大丈夫か?」
「腹が減ったのぅ・・・」
彼からすれば有り得ないほど丁寧にカレンを放ったドラクロワは、後ろを振り返ると恐る恐るといった様子でトージローの様子を窺っている。
その彼の視線の先で、トージローは相も変わらずぼんやりと佇むばかりで、ドラクロワに投げ飛ばされたカレンを助けようとする様子は欠片ほども見受けられなかった。
「・・・ふはははっ!!どうやらこの程度ならば問題ないようだな!!要領を掴んでしまえばこっちのものだ!!」
そんな彼の様子に、ドラクロワは安堵の笑いを漏らしている。
それはいつ背後のトージローが襲ってくるかという恐怖からの解放された笑みであり、完全にこの場の勝利を確信した笑みでもあった。
「さて・・・それではあれに反応されぬよう、ゆっくりと丁寧に殺して差し上げようではないか」
「ひっ!?」
トージローを反応させない要領を掴んだドラクロワは、それに従ってカレンを処理しようと、彼女にゆっくりと近づいている。
その両手からは鋭い爪が伸び、彼はそれでカレンの事をゆっくりと刺し殺すつもりのようだった。
「やらせねぇよ!おっさん!!」
「おぅよ!!てめぇらも、いくぞ!!」
「ったく・・・死んでも知らねぇぞ!!」
そんなカレンの危機に、声を上げる男達。
彼らはそのボロボロの身体を引きずって、カレンの下へと駆けつけようとしていた。
「邪魔を・・・するなぁ!!!」
「「ぐあああぁぁ!!?」」
しかしそんな彼らなど、もはやドラクロワの敵ではない。
トージローという圧倒的な脅威を前にしたことで、もはや力を抑える事を止めたドラクロワに、彼らは一瞬の内に一蹴されてしまっていた。
「しまった!?咄嗟の事で、つい力を抑えるのを忘れてしまった!?・・・くっ、だ、駄目か・・・?」
飛び掛かってくる彼らを振り払った力は、決して強いものではない。
しかしそれは、とてもではないが静かで丁寧な力の使い方とは言えず、ドラクロワはトージローを刺激してしまったのでないかと慌てて後ろを振り返る。
「・・・反応がない?どういう事だ、あれほど派手に力を使ったというのに・・・ふふふ、なるほどそういう事か。やはり貴様は特別という事だな、娘よ」
向かってきた男達を力任せに振り払ったドラクロワの動きは、かなり派手なものであった筈だ。
にも拘らずそれに反応を見せないトージローの姿にドラクロワは訝しむと、やがてある結論に達していた。
それは、トージローにとってカレンは特別な存在であるというものであった。
「ふむ、であればこの娘には手を出さぬ方がいいか?」
「っ!あいつは私に手を出さない・・・?だったら!」
他の者に手を出しても反応しなかったトージローが、カレンへと手を上げた時にだけ反応した。
その事実に、ドラクロワは彼女に手を出すのを控えようと考えだしている。
それを耳にしたカレンは思い切った行動に出ようと、投げ飛ばされた際に放り飛ばされてしまった杖へと手を伸ばそうとしていた。
「しかし、その牙は抜いておかなければな」
カレンが地面を這いずり手を伸ばした杖は、それが届く前に別の者によって攫われてしまう。
それを拾い上げた別の者、ドラクロワはニヤリと笑うとそれへと両手を伸ばしていた。
「ふんっ!!ほぅ、流石はあの男の得物よ。中々手こずらせるではないか?しかしこれでは・・・どうだ!」
カレンの得物にして、祖父の形見である霊杖ユグドラシルを両手で掴んだドラクロワは、その手に力を込めてそれを折ってしまおうとしている。
流石は高名な冒険者であった祖父の形見か、ドラクロワの力にもビクともしなかったそれも、彼がその額に青筋を立て全力を込め始めると、ミシミシと音を立て始める。
それは明確な、破滅の予兆であった。
「そんな・・・それがないと私は・・・トージロー!!助けて、トージロー・・・?」
これまでドラクロワと戦い、曲がりなりにも無事でいられたのはそれがあったからだ。
先ほどのヴァーデとの戦いも、それがなければきっとあのカレンファイヤーも完成させることは出来なかっただろう。
つまりカレンにとってそれがなくなる事は、戦う術を奪われることを意味している。
それに絶望するカレンには、悲痛な表情でトージローへと助けを求める。
「ん?これは・・・ほほほ、こりゃ食べられそうじゃ。ありがたやありがたや・・・」
しかしそんなカレンの視線の先では、先ほど彼女がぶちまけてしまった持ち物を拾い上げ、それを口にしようとしているトージローの姿があった。
「もーーー!!こんな時にぃぃぃ!!!なーーーにやってんのよ、あんたは!!落ちてるものを食べたら駄目ってあれだけ・・・ん?ちょっと待って・・・あれって確か・・・」
この非常事態にあっても自由気ままに行動しているトージローの姿に、カレンは頭を抱えては大声で嘆いている。
そしてカレンは頭が混乱してしまったのか、こんな状況にも拘わらずごく一般的な注意を口にしてしまっていたが、その注意がトージローが口にしようとしているものへと彼女の視線を導いていた。
それはいつか、彼女が押し売りに押しつけられた食べ物であった。
しかもそれは、彼女がデリックに見せると大爆笑された何かであったような。
「そうだ!確か『これを食べれば一晩ハッスル!!マムシ印のビンビン精力剤』だ!!」
「ふんっ!これは、中々どうして・・・娘よ、その精力剤とは何なのだ?」
「へ!?いや、そ、それは・・・」
頭の中からその記憶を引っ張り出したカレンは、その恥ずかしい名前を思わず口にしてしまう。
その大声は彼女のすぐ近くでその杖をへし折ろうと苦労していたドラクロワにも届き、彼はその聞きなれない言葉に首を傾げ、それが何なのだと彼女に尋ねてきていた。
「何を恥ずかしがることがある?どうしてもと言うならば、ここで貴様を支配して聞き出してもいいのだぞ?」
「ぐっ・・・分かったわよ、言えばいいんでしょ言えば!!精力剤っていうのはねぇ、男女がその・・・夜にごにょごにょをやるためっていうか・・・」
「何だ?はっきり話せ、娘よ。そうしなければどうなるか、分かっているだろう?」
「うっ!で、でも・・・流石にうら若き乙女には恥ずかしいって言うか・・・そうだ、生殖!生殖をするために使うお薬なの!!結構お高かったんだから!!」
カレンが口にした言葉の説明を求めるドラクロワに、彼女は流石にそれを口にするのは恥ずかしいと口籠ってしまう。
しかしそれを言わないのならば、無理やり口を開かせてもいいのだぞと脅す彼に、彼女はようやくその口を開いていた。
「生殖?生殖のために高い金を払って薬を買うのか?ふはははっ!!だから下等生物は嫌なのだ!!そのような下賤な行為のために、大金を払うとは!!全く度し難い、富というのはもっと有用な事に・・・」
恥ずかしい言葉をどうにか避けようと苦心したカレンは、その行為を一般的な用語に言い換える事で、何とかそれを口にすることに成功している。
彼女が口にしたその言葉を耳にしたドラクロワは信じられないと目を丸くすると、やがて顔を手で覆っては笑いだしていた。
生殖という行為をすることのない種族である吸血鬼である彼は、人間がそのために大枚をはたくことが可笑しくて堪らないらしい。
「あっ!だから駄目だって、トージロー!!それを食べちゃ!!」
「ふんっ、それを食べたから何だというのだ?何だ、生殖でも始まるというのか?これは見ものだな!!ふははははっ!!!」
そんな笑い声を響かせるドラクロワの背後で、ついにトージローが拾い上げた精力剤を口にしてしまっていた。
それを止めようと声を上げたカレンに、ドラクロワはそれを口にしたからといって何が起きるのだと、更に笑い声を響かせていた。
「でも、精力剤って要は興奮剤みたいなものだから・・・あ、これ不味いかも」
トージローが口にした精力剤は、つまるところその下半身を元気にするお薬だ。
しかしあくまでもそれは、下半身も元気にするお薬であって、そこだけを活性化するなどという都合のいい効果はない。
つまりそれは、下半身だけではなく全身を元気にするお薬であり、要は興奮剤と変わりのない代物であった。
「はっ、それが何だというのだ!!・・・待て、興奮剤だと?それはどういう・・・うおおおおぉぉぉ!!!?」
それを口にしたトージローの姿を目にしたカレンは、何か嫌な予感を感じそれを呟いている。
その呟きを鼻で笑ったドラクロワも、彼女が口にした言葉の意味が引っかかったようで、それを尋ねようとしている。
しかしそんな彼を、何かがものすごい速度で弾き飛ばしていってしまっていた。
「ふー、ふー、ふー・・・!!!」
それは目を血走らせ、その口元からダラダラと涎を垂れ流しているトージローであった。
彼は突き飛ばしたドラクロワの上にそのまま馬乗りになると、その異常に興奮した目をぎらつかせている。
「ま、待て!!流石にこれはないだろう!?私は吸血鬼だ!お前達、人類の天敵たる吸血鬼なのだぞ!?それとの決着がこんな・・・こんな事でいい筈がないだろう!!?」
異常な興奮に、トージローはドラクロワの肩へとやった手の力を抑えることが出来ない。
それはドラクロワの肩を砕き、それを肉片へと変えていたが、彼は今はそれどころではないと必死に説得の言葉を叫んでいる。
人類の天敵たる吸血鬼であるドラクロワと、異世界から召喚された勇者であるトージローとの決着がこんな展開では許されないと彼は口にしているが、そんな事情はトージローには通用しない。
「くっ!?何故だ、何故変身出来ない!!?それは私の、吸血鬼の種族としての力だぞ!?それを抑える力でもあるというのか!?そんな馬鹿な話があるか!!?」
完全に組み敷かれ拘束されているドラクロワは、そこから抜け出すために姿を変えようと試みている。
しかしそれが全くうまくいかず、その能力すらトージローに抑えられているのかと、彼は信じられないと叫んでいた。
「ま、待て!!私は雌ではない!!お前と生殖出来ないのだぞ!!?だ、だから・・・ぐああああぁぁぁ!!?こんな、こんな終わり方など・・・こんな馬鹿馬鹿しい終わり方など、有り得るかぁぁぁ!!!!?」
精力剤によって異常に興奮しているトージローにはもはや、ドラクロワの言葉など届かない。
それでもその四肢を拘束され、変身すら封じられた彼は言葉を口にする以外の抵抗は許されていなかった。
しかしそれも、やがて終わる。
彼はもはやどうにも出来ないと悟ると、その受け入れられない結末を否定する断末魔を叫ぶ。
そしてそれは実際に、断末魔の叫びとなっていた。
「・・・お、終わった、の?や、やったー・・・」
ドラクロワという強大な敵の最後に、湧き上がる筈の観衆はしかし何とも言えない空気が漂っている。
それを如実に表すように、それを近くで目撃したカレンは、釈然としない表情で首を傾げ、控えめに腕を掲げては喜びを表していた。
「ふー、ふー、ふー・・・!!!」
しかし終わった筈の戦いにも、トージローの興奮はいまだに収まる様子を見せない。
「あ、やばっ」
感じた悪い予感に、カレンは慌ててドラクロワが手にしていた杖へと手を伸ばす。
それを彼女が掴み取り、盾のように翳すのと、そこに凄まじい衝撃がやってくるのはほぼ同時であった。
0
あなたにおすすめの小説
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
「魔法を使わない魔術師を切り捨てた国は、取り返しのつかない後悔をする
藤原遊
ファンタジー
魔法を使わない魔術師は、役に立たない。
そう判断した王国は、彼女を「不要」と切り捨てた。
派手な魔法も、奇跡も起こさない。
彼女がしていたのは、魔力の流れを整え、結界を維持し、
魔法事故が起きないよう“何も起こらない状態”を保つことだけだった。
代わりはいくらでもいる。
そう思われていた仕事は、彼女がいなくなった途端に破綻する。
魔法は暴走し、結界は歪み、
国は自分たちが何に守られていたのかを知る。
これは、
魔法を使わなかった魔術師が、
最後まで何もせずに証明した話。
※主人公は一切振り返りません。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします
雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました!
(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です)
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
無能烙印押された貧乏準男爵家三男は、『握手スキル』で成り上がる!~外れスキル?握手スキルこそ、最強のスキルなんです!
飼猫タマ
ファンタジー
貧乏準男爵家の三男トト・カスタネット(妾の子)は、13歳の誕生日に貴族では有り得ない『握手』スキルという、握手すると人の名前が解るだけの、全く使えないスキルを女神様から授かる。
貴族は、攻撃的なスキルを授かるものという頭が固い厳格な父親からは、それ以来、実の息子とは扱われず、自分の本当の母親ではない本妻からは、嫌がらせの井戸掘りばかりさせられる毎日。
だが、しかし、『握手』スキルには、有り得ない秘密があったのだ。
なんと、ただ、人と握手するだけで、付随スキルが無限にゲットできちゃう。
その付随スキルにより、今までトト・カスタネットの事を、無能と見下してた奴らを無意識下にザマーしまくる痛快物語。
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる