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衝突

変わってしまった世界 2

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「あ、そうだ!あれもいけるんじゃないかな!ちょっと待っててね、今取ってくるから!!」
「おい!?まだあんのかよ、って・・・行っちまった。ったく、あんガキは俺を何だと・・・ん?」

 ブレンダは後ろ手に隠していたそれらをアランへと押し付けると、さらに何かを思い出したとどこかへと駆けだしていってしまう。
 そんな彼女の置いて行かれ、何やら悪臭が漂ってくるように感じるものを抱えたアランは、一人途方に暮れる。
 アランがそれと出来るだけ距離を取るように腕を伸ばしながら、置き場所を探して視線を巡らせると、彼と同じように途方に暮れている女性の姿が目に映っていた。

「おやおやおやー?これはこれは、アレクシア・ハートフィールド様じゃないですか?魔王討伐の英雄様が、こんなところで何をしていらっしゃるんですかぁ?」
「っ!な、何でもいいでしょ!!私に構わないで、ほっといてよ!!」

 その視線の先には、地面に四つん這いになりながら必死に飛び散った物資を集めているアレクシアの姿があった。
 その姿は、今の村人たちに囲まれチヤホヤされているアランからすれば惨めなものだろう。
 そしてそれは、かつて彼が味わった屈辱の姿にも似ていた。

「おや、もしかして散らばった荷物を集めてらっしゃる?ぷぷぷ、自分の能力の仕組みも忘れてうっかりしちゃったんですかぁ?お間抜けー」
「そ、そんな訳ないでしょ!?こ、これは・・・ちょっと荷物をぶちまけちゃっただけなんだから!!」

 かつての味わった屈辱から、その恨みを晴らすようにアランはねちっこく彼女を馬鹿にするようにあげつらっている。
 それは事実として単純なやらかしを犯し、今まさに荷物をぶちまけてしまっているアレクシアからすれば、痛い指摘となるだろう。
 彼女は何とかその事実を誤魔化そうと、背中でそれを覆い隠そうとしているが、あちらこちらに散らばった物資の数々にそれは無駄な試みとなっていた。

「へぇー、そうなんだぁ・・・鞄の破片が見えますけど、それは俺の見間違いですかねぇ?あーぁ、貴重な鞄なのになぁ!こんな世界になっちゃって、鞄一つ作るのだって大変なのになぁ!」
「っ!?そ、それは・・・」

 散らばった物資の中には、弾け飛んでしまった鞄の破片も交じっている。
 それを目敏く見つけたアランは、その事実を強調しては彼女を責め立てていた。
 外に出るのもままならない状況で、丈夫な鞄を一つ用意する手間は如何ほどだろうか。
 それを自らの不注意で破損させてしまったアレクシアは、アランのうざったらしい口調にも反論の言葉を導き出すことが出来ずにいた。

「はっ、その反応は図星って―――」
「アランー、結果はどうだったー?あれ、全然食べてないじゃん!ちょっと、ちゃんと試してって言ったでしょ!!」

 言葉に詰まり反論が出来ないアレクシアを、ニヤニヤとした表情を浮かべながら勝ち誇ったように見下しているアランは、更なる罵倒の言葉を投げかけようと口を開いている。
 しかしそれは、その両手一杯にさらに大量の何だかよく分からない物体を抱えたブレンダによって遮られてしまう。

「っ!ブ、ブレンダ!!ブレンダは私の味方を―――」

 しかしブレンダの登場は、アレクシアにとっては追い風になる筈だ。
 何故なら彼女は、アレクシアの妹なのだから。

「あ、お姉様おかえりなさい。それよりほら、アラン!さっさとこれを食べて感想聞かせてよ!今日の夕飯の参考にするんだから!!」

 そんなアレクシアの縋るような言葉を、ブレンダは軽く流してしまう。
 彼女はアレクシアの事など眼中にないようにそちらに軽く一瞥をくれると、すぐにアランへと迫っていた。

「ブレンダ、そんな貴女まで・・・」

 最後の心の拠り所であり、頼み綱であったブレンダにまで裏切られたアレクシアは、がっくりと地面へと膝をつく。

「ふふーん、なるほどなるほど・・・」

 そのアレクシアの姿を目にしたアランは、何か得心のいったように顎を擦ると、今までよりもさらに邪悪な笑みをその口元に浮かべていた。

「分かった分かった!食ってやるから、向こう行くぞブレンダ!お前の大事な大事なお姉様は放っておいてな!!」
「っ!?あんた、何てことを!!ブレンダ!ブレンダはお姉ちゃんを置いてかないよね?」

 妹であるブレンダの存在が彼女の最後の心の拠り所だと気付いたアランは、それを目の前で奪ってやろうとわざとらしい大声で宣言する。
 その意図は、アレクシアにもすぐに伝わるだろう。
 彼女はアランの発言に強く奥歯を噛みしめると、ブレンダに縋るような視線を向けていた。

「別にいいけど、何でわざわざ移動するの?ここでいいじゃん!」
「こーゆーのは、雰囲気が大事なんだよ!いいから行くぞ!」

 しかしその期待は裏切られ、ブレンダはあっさりとアランの提案を受け入れている。

「はーい。あ、お姉様。それ片付けたら、いつもの場所に入れといてくださいね」

 それどころか彼女は、アレクシアの事をついでのような気軽さで声を掛けていくのだった。

「っ!!?こんなの、こんなの・・・もう嫌ぁぁぁ!!!」

 その軽く、ぞんざいな扱いはアレクシアの心を壊すには十分なものであった。
 楽しそうに腕を絡めながら、アランと去っていく妹の姿を目を見開きながら見送ったアレクシアは、やがてわなわなと震えだすと、いつしか悲鳴のような絶叫を上げてその場から逃げ出していた。

「アレクシア殿、帰っておられたのですか。今日の収穫は・・・アレクシア殿?アレクシア殿ー!?」

 搔き集めていた物資も放り出して駆けだしたアレクシアに、彼女の帰還を知ってここへとやってきたダンカンが声を掛ける。
 今ここにやってきたばかりでアレクシアの事情を知らないダンカンは、いつものように今日の収穫について尋ねるが、彼女は悲鳴を上げながら駆け抜けるばかり。
 そんな彼女に驚き綺麗な二度見を決めたダンカンは、その尋常じゃない姿に慌てて大声を上げながら追いかけ始める。
 それは悲鳴にも似て、まだ明るい空に重なるように響き続けていた。
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