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アランとアレクシア

思い出は色褪せない 1

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 いつかの出来事をぽつぽつと語るアレクシアの口からは、感情が零れて落ちていくようだ。
 それはその出来事が、彼女にとって大切なものであったからだろう。

「いや知らねぇよそんなの、憶えてねぇわ。何か、機嫌が良かったんじゃねぇの?」
「・・・・・・は?」

 しかしそんな繊細な思いも、アランの雑な言葉によってぶち壊されてしまう。
 感情を吐き出すように語るアレクシアの語り口にいきなり割り込んできたアランは、それを全て台無しにしてしまう言葉を吐いていた。

「えっ、憶えてないってどういう事よ?だってあんな、印象的な・・・」
「いや、お前にとっちゃそうかも知んねぇけど・・・俺からすればよくある出来事だし。まぁな~、あん時の俺は人気もんだったし?学院の中心っていうか?だからそんな事、珍しくもないんだよなー」

 アレクシアにとって人生を変えるような大事な思い出も、アランからすればよくある日常になる。
 それは二人の立場の違いから生じる齟齬であったかもしれないが、だからこそアレクシアの衝撃は大きい。
 彼女はアランの発言に信じられないと言葉を失うと、完全に固まってしまっていた。

「はぁ!?何よそれ!!人の人生を変えといて・・・!!ふざけんじゃないわよ!!」
「だから憶えてねぇって言ってんだろ!!大体、そのお陰で魔王討伐隊にまで選ばれてんだからいいじゃねぇか!!あーあー、英雄様は羨ましいなー!!」

 そんな硬直も、長くは続かない。
 自分にとって大事な思い出を相手がまったく憶えていないというショックも、その相手が何やら過去を自慢げに語り始めれば怒りに変わる。
 怒りを叫び始めたアレクシアに、アランもまたいつかの不満をぶちまけることで対抗しようとしていた。

「っ!!?それだって・・・それだってねぇ!私は途中で追い出されたわよ!!」
「・・・え?マジで?」

 アランにとってそれは、栄光から一転、絶望へと叩き落とされた出来事であった。
 しかしそれは、アレクシアにとっては栄光の架橋であった筈だ。
 それすらも、彼女は偽物だったと告げる。
 アランにとってそれは、まさに青天の霹靂であった。

「マジよ!!私のギフトが何か知ってるでしょ!!」
「えーっと、『小人の玉手箱』だっけか?荷物を大量に持ち運べるとか・・・」
「そうよ!私のギフトは荷物を大量に持ち運べる、ただそれだけの能力!結局、荷物持ちとして便利に使われただけで、用済みになったらまるでゴミみたいに捨てられたわ!!」

 アレクシアのギフト「小人の玉手箱」は、魔王討伐のために長い旅路を強いられる討伐隊にとっては、これ以上ないほどに有用な能力であろう。
 多くの荷物を一人で背負ってくれる彼女がいるお陰で、彼らは長い旅路を快適に進むことが出来た。
 しかしそれもあくまで、旅路を進む上で有用なだけだ。
 旅路も終盤に差し掛かり、後は最後の関門に挑むだけという場面になっては、もはや大した意味を持たない。
 そうなれば戦闘向きでもないギフトの持ち主である彼女は足手まといでしかなくなり、あっさりと魔王討伐隊から放り出されてしまっていたのだった。

「うわぁ、マジで?えげつない事しやがるな。えっ、じゃあもしかして・・・魔王が倒されたかどうかも知らない感じ?」

 彼らの仕打ちは合理的なものであったかもしれないが、余りに情がなさすぎるとアランもドン引きしてしまっている。
 しかしそれ以上に、アランには気になっていることがあった。
 それは結局彼らは、魔王を討伐出来たのかどうかという事だ。

「当たり前でしょ!?その前に放り出されたんだから!!どうせあいつらが何とかしたんでしょ!実力だけはあったんだから!!」

 アランの疑問に、アレクシアは答える術を持たない。
 何故なら彼女は、それを知る前にそこから追い出されてしまったのだから。
 かつての傷を突かれるようなアランの言葉に、アレクシアは怒りを爆発させると投げやりな推測を話していた。

「それからすぐに世界がこんな事になって、私はブレンダと一緒にあの村に辿り着いたから何とかなったけど・・・そこにも、そこにもあんたが現れた!!」

 失意の内に放り出され、妹の下へと帰ったかと思えば、今度は世界そのものが絶望へと変わってしまう。
 そんな中で彼女はまた、希望に巡り合っていた。
 妹と共に寄り添って暮らしていけるという、希望の場所に。
 しかしそれすら、奪われてしまったのだ。

「ようやく見つけた居場所だったのに・・・何で!?何で、私から何もかも奪うの!?あんたならどこでだってやっていけるじゃない!!私の居場所を奪ないでよ!!」

 彼女の能力は、こんな厳しい世界だからこそ輝く。
 そんな状況に、彼女がようやく自分の居場所を見つけたと喜んだとしても、一体誰が責められるだろう。
 そんな場所にアランは現れたのだ、救世主として。
 村の皆がそれを歓迎したとして、彼女だけがそれを認められないことに、それこそ誰が責められただろうか。

「いや、んなこと言われても・・・偶々通りがかっただけだし」
「じゃあ、出ていけばいいじゃない!!そうよ・・・出ていったのに、何で私を助けるのよ!?もう止めて、これ以上私を惨めにしないで・・・」

 アレクシアがようやく手に入れた居場所を、アランは通りがかっただけで奪っていく。
 それが残酷でなくて、何というのか。
 そんな相手に手を差し伸べられ、あまつさえ救われてしまった事実は彼女を余計に惨めにさせてしまっていた。

「それは成り行きっつうか・・・あぁもう!!んなの、どうでもいいだろ!!人を助けるのに理由がいるかよ!俺が助けたかったから助けたんだよ!!つうか、勝手に身体が動いたわ!!俺だってびっくりだよ!!」

 彼女の妹であるブレンダに頼まれたからやって来たのだと、素直に白状するのは何だか照れ臭い。
 その成り行きを適当に頭を掻いて誤魔化したアランは結局、より恥ずかしい言葉によって行動の理由を暴露する。
 それは悪ぶっていても本質は変わっていないという、彼の性質そのものの暴露であった。
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