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アランとアレクシア

打開策 1

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「っと、こいつはどうだ!?」

 幾度も躱され続ける攻撃に、それは次第に鋭く重く変わっていく。
 そうなればそれはいつか、床の石材を砕いて貫く威力へと変わるだろう。
 それはつまり例え僅かばかりでも、攻撃の後に隙が出来るという事を意味している。
 守護者の攻撃をギリギリで躱し、その拳が床を貫きそこへと突き刺さったのを確認したアランは、そこへと足を進めるとそのまま腕を駆け上っていた。

「ちっ!これでも駄目か!!」

 しかしそうして頭を狙って放った攻撃も十分な手応えはなく、案の定守護者は無傷な様子だった。

「っとと、しつこいしつこい!!」

 相手の腕の上に乗った攻撃は、その相手に十分な力があれば反撃を誘発する危険もある。
 事実、すぐにアランを乗せた腕を振り払った守護者はしかし、それよりも早くそこから飛びのいていた彼にダメージを与えることは出来なかった。

「へっ、そんな見え見えの奴なんてなぁ、食らう奴がアホ・・・って、おい!?本っ当にっ、しつこいんだよ!!」

 自分で大きく飛び上がり、着地したアランの体勢は崩れてはいない。
 それでも高所から飛び降りた衝撃を殺すためには、それ相応の動作が必要になってくる。
 その隙を狙って守護者は攻撃を仕掛けてくるが、衝撃を吸収する動作とはつまるところ、身体のバネを目一杯縮める動きに他ならない。
 そうであるならばそれを再び解放することで、運動エネルギーを生み出すことは出来る。
 守護者の放った追撃をそうして躱して見せたアランは、一撃で留まらないそれにも何とか対応して見せていた。

『置いていけぇ!!』
「はっ!さっきから同じことばっか言ってんな、てめぇ!言っとくがなぁ、こちとらてめぇの言ってることなんて全然分かんねぇんだよ!!」

 次々と続く連撃に、アランは休む暇を与えられない。
 それでも彼が挑発的な言葉を吐いていたのは、何も強がりのためだけではない。
 続く攻撃は激しくとも、そのリズムは単調なものとなってしまっている。
 そのため躱し続けていくうちに、アランには実際に余裕が生まれてきつつあったのだ。

「っとと?何だ急に攻撃が・・・ガス欠か?」

 単調な攻撃に余裕が生まれつつあるとはいえ、激しいその攻勢に反撃の機会は訪れない。
 そのためかアランはこちらからも攻撃が届く距離に留まるのを諦め、大きく飛び退いていた。
 彼は当然、そこにも追撃が来ると身構えていたが、守護者は一向にそうしてくることはなかった。

「ふーん、そうなんだ・・・チャーンス!」

 大きく飛び退いたそこには、部屋の中央へと置かれた遺物が背中に触れている。
 そこからこちらへと一向に手を出してこない守護者の様子を窺っていたアランは、ニヤリと口元を歪ませると、得物を構え直してそちらへと飛び込んでいた。

「っ!?何だよ、まだ元気じゃねぇか!!?」

 しかしもはやエネルギーを失ったように思えた守護者は、依然と変わらない鋭さで飛び込んできたアランを迎撃する。
 それをどうにかアランが躱せたのは、幸運によるものか。
 守護者の攻撃に入るタイミングが余りに早く、それに気付いたアランはすぐに引き返すことが出来たからであった。

「あん?また何もしてこねぇ・・・そこからじゃ手が届かねぇったって、近づいてくりゃいいだろうに・・・ん、待てよ?もしかすると・・・」

 踏み出した一歩、二歩目に慌てて引き返したアランは、再び遺物の下へと戻ってきている。
 そこもまだ十分に攻撃の圏内である筈にも拘わらず、守護者はやはり攻撃を仕掛けてはこない。
 それを不思議に思ったアランの背中に、遺物の硬質な感触が触れていた。

「はっはーん!さてはてめぇ、こいつを巻き込まねぇようにしてやがんな?そういやさっきから同じことばっか言ってが、こいつを返せとか何とか言ってやがんのか?ってことはだ・・・」

 背中に触れる遺物の感触と、目の前の守護者の不可解な反応を見比べれば、その事情を推測することも出来る。
 そうしてある結論に到達したアランはニヤリと口元を歪めると、その表情に邪悪な気配を覗かせていた。

「人質に使えるってことだよなぁ!!」

 守護者の態度は、この遺物が彼にとっていかに大切なものかを示している。
 それを考えればこうした使い方も出来るのだと、アランは遺物の上へと身体を移すとそれに対して剣を振り上げていた。

「はぁ!?あんた何やってんのよ!!せっかくここまで苦労して運んだのに、それを台無しにする気!?」

 それは守護者に対しての脅しであったが、それを気にするのは何も彼だけではなかった。
 その遺物をここまで必死に運んできたアレクシアは、アランの蛮行を目にして非難の声を上げている。

「おい馬鹿!黙ってろっての!!こっちにとってもこれが大事ってバレたら、脅しになんねーだろーが!!こっちが向こうの言葉が分からねぇからって、向こうもそうだとは限らねぇんだぞ!!」
「えっ、そうなの!?それならそうと、先に言いなさいよ・・・これだから無駄に頭のいい奴は、ぶつぶつぶつ・・・」

 こっちが向こうの言葉が分からないからといって、向こうも同じだとは限らない。
 そう口にしながらアレクシアの失言を注意するアランの行動は、自らの大声によって破綻してしまっている。
 それでもアレクシアに自らの意図を説明するという目論見は成功したようで、彼女は目を見開いて驚きながらも納得の態度を示していた。

「ったく、余計なことに時間食われちまったが・・・さて、どう出てくる?俺としちゃ、このまま引き下がってくれるとありがたいんだが・・・」

 緊張に水を差すアレクシアに対応している間にも、アランは守護者への注意を怠ってはいない。
 その鋭く絞った瞳は守護者の動向をつぶさに窺っているが、彼は今だに動く気配を見せてはいなかった。
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