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だから私はレベル上げをしない

集う人々 2

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「・・・大丈夫なんだろうな?しかし、やはりこの人数では心許ないな。俺の領地から人を呼ぶにしても、時間が・・・」

 アシュリーに叩かれるままに身体を丸め、今や逃げ回り始めているエドワードの姿に、マックスは若干の不安を感じてしまっている。
 しかし彼が本当に不安を感じているのは、集まった人数の少なさについてだろう。
 アリーのかつての仲間も、エドワード達のパーティも腕利きなのは間違いない。
 しかしその人数は決して多くはなく、マックスは足りない人員を自らの領地から呼び寄せる事も検討し始めていた。

「ふふふっ、お困りのようね!マクシミリアン・・・いえ、マックス!!」

 領地から呼び寄せるにも、それには相応の時間が掛かってしまう。
 しかしはっきりとした前兆を見せた魔人の復活に、そんな悠長にしている時間はないだろう。
 そう頭を悩ませているマックスに、どこかから甲高い声が掛かる。

「・・・お前は」
「ふふんっ!私をお忘れかしら、マックス!貴方の幼馴染にして、華麗なる魔法使いこと、ヘンリエッタ・リッチモンド様ですわ!!」

 聞こえてきた声にマックスがそちらへと顔を向けると、そこにはその長い金髪をたなびかせ、そしてそれ以上に眩しくおでこを輝かせている、小柄な美少女の姿があった。
 彼女は自分に対して怪訝な表情を浮かべているマックスに対し、その小柄な身体を精一杯仰け反らしては、堂々と名乗りを上げている。
 しかしマックスがいぶかしんだのは彼女の名前が分からないからではなく、その登場の仕方についてだろう。

「聞けば、今回の討伐にはセラフィーナさんとアレクシアさんの二人も参加しているとのこと。お友達二人の危機を見過ごしては、我がリッチモンド家の名が廃りますわ!!」

 まるで誰かに聞いて欲しいかのように、一人で捲くし立てているエッタは、聞いてもいないのに自分がここにやってきた理由を語り始めている。
 その間にも彼女はチラチラと周りに視線をやっていたが、それは恐らくセラフやアリーの姿を探すためだろう。

「そういう事ですので、私達もそれに参加いたしますわ!文句はありませんわよね!?」

 勝手に押しかけては自らの事情を語り、強制的のそれに参加しようとするエッタは、文句はないでしょうとマックスへと指を突きつけている。

「・・・あぁ、構わない。最近、さらに腕を上げたと聞いているぞ、ヘンリエッタ。頼りにしている」
「・・・ふ、ふふん!と、当然でございますわ!!」

 断ることは許さないと突きつけた指に、賞賛の言葉を返される。
 そんな不意打ちを食らったエッタの頬は赤く染まり、嬉しさに広がった瞳を隠せずにいる。
 彼女が今、背けた顔はきっと照れ隠しのためだろう。
 腕を組み、身体ごと背けた彼女の頬は、まだ赤く染まったままであった。

「エ、エッタちゃん・・・これ、魔人討伐に向かうって聞いたけど、マジ?」

 丸く収まりそうだった話の流れに、彼女の後ろにつき従っていた男達が口を挟んでくる。
 彼らは彼女がかつてお金で雇っていた、熟達の冒険者達だろう。
 彼らは不安そうに顔を青く染めては、彼女に本当に魔人討伐などに向かうのかと尋ねている。

「そうですわよ?貴方達、何を聞いていらっしゃったの?」
「いやいやいや!無理だって、そんなの!絶対危ないよ!止めた方がいいって!!」

 彼らの疑問に何て事もないようにあっさりと答えたエッタに対して、男達は慌てふためくと必死に彼女を止めようと呼びかけている。

「そんな事ありませんわ!!大体、私よりも実力がある貴方達が竦んでいてどういたしますの!!」
「えぇ!?だって魔人だよ!そんなのもう、普通の人間がかかわる問題じゃないって!!そういうのは、一部の特別な奴だけに任せとけばいいんだって!!」

 必死に引き止めようとしている彼らの言葉を、エッタは即座に否定している。
 彼女は自分よりも実力のある彼らが、自分よりも怯えているのが信じられないと、むしろ怒ってすらいるようだった。

「んもう!!そんなんだから、実力はあるのに良い冒険者止まりなのですわ!!少しは自分達の実力を信用なさってはどうなんですの!?その特別な誰かとは、まさに貴方達の事でしょうに!!」

 魔人なんていう化け物の相手は特別な、それこそ英雄と呼ばれるような奴に任せればいいと語る男達に、エッタは彼らこそがその英雄なのだとのたまっている。
 その言葉には、彼女の心の底からの実感が篭っていた。

「うっ・・・で、でもよぉ?命あっての物種だっていうぜ?」

 流石にエッタのその言葉には、男達にも響くものがあったようで、その口調に勢いがなくなっていく。
 それでもその中の一人が、どうにか彼女を翻意させようと言葉を掛けるが、それはどうしても弱弱しい口調となってしまっていた。

「誰も、命を捨てろとはいっておりませんわ!!危なくなったら、逃げればいいのです!得意でしょう、貴方達は?その辺りの見極めが」
「・・・そりゃ、そうか。何だ、こういうのはてっきり、命尽きるまで戦い続けなけりゃならないもんだって思ってたぜ!」
「ふふん!当然ですわ!!私とて、死ぬつもりなどありませんわよ!!」

 それでも死にたくないと話す男に、だったら逃げればいいとエッタは語る。
 彼女のその言葉にぽかんとした表情を見せた男は、それでもいいのかと驚いていた。
 英雄じみた戦いに、撤退は許されない。
 そう勝手に解釈していた男達に、エッタは自分も死ぬつもりなど欠片ほどもないと宣言していた。

「それで、構わない。誰も命を賭してまで戦ってくれとはいわないさ。それは俺の・・・役割だ」

 エッタ達の言葉に、マックスもそれで構わないと頷いている。
 しかし彼は命を賭けてまで戦わなくていいと口にしながら、自らをそれを捨てる覚悟だと、一人呟いていた。

「これで、何とか人は集まりましたね」
「あぁ、そうだな。これならどうにか―――」

 エッタが引き連れてきた男達の数は多く、その上実力も間違いない。
 それらの加入によって、ある程度人数に目処が立ったと、安堵したようにギルドの職員がマックスへと声を掛ける。
 それにマックスも顔を上げると、頷き返そうとしていた。
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