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だから私はレベル上げをしない

最後の関門 3

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「エッタちゃん、危ない!!」

 呆けたように立ち尽くす、エッタの姿は間抜けだろう。
 しかしそんな彼女の事を、魔物が待ってくれる訳もない。
 彼女へと一直線に迫るグリフィンは、その命を一撃で奪えるだけの破壊力を秘めている。
 しかし彼女のその小さな身体は、そのギリギリのタイミングで横から飛び込んできた男によって抱え上げられていた。

「ちょ!?な、何ですの貴方!レディの身体に直接触れるなんて、失礼ですわ!!」
「えぇ、そんな場合!?ちょ、ちょっと間だけ我慢してくれよな、エッタちゃん!」

 男に抱き上げられた事によってようやく正気に戻ったのか、エッタはその振る舞いについて文句を喚いている。
 しかし男は、そんな場合ではないと必死に駆け続けていた。

「ここまで来れば・・・お前ら、準備はいいな!!」

 全力で駆け抜け、安全な場所までエッタを運んだ男は後ろを振り返ると声を張り上げる。
 そこには丁度、グリフィンが猛烈な勢いで通り過ぎていくところであった。

「「おぅ!!」」

 逃げていく獲物に、軌道を修正しようとしたグリフィンの勢いは若干落ちている。
 それでも猛烈な勢いを保ったままのそれに、男に声に応えた男達は縄を編んで作った即席の網を構えて待ち構えていた。
 彼らは間違いなく、エッタとパーティを組んでいた腕利きの冒険者達であろう。
 十分過ぎるほどの経験をつんだ冒険者である彼らは、グリフィンが登場した瞬間からその対処を準備していたのだ。
 つまり網で捕らえて、その飛行能力を奪うという、その方法を。

「ぐっ、この力は・・・おい!早く杭打て、杭!!」
「お、おぅ!!」

 十人近い人数で押さえても、押さえきれないグリフィンの力に、男達はすぐに縄の先の杭を地面へと打ち付ける事で、それに対抗しようとする。
 彼らの中でも小柄な者達は、その手に小振りなハンマーを抱えると、慌ててそれを地面へと打ち付け始めていた。

「マクシミリアンの旦那!こいつは俺達で何とかする、だからさっさと先に進んでくんな!!」

 エッタを抱えては運んでいた男は、自らの得物である肉厚な鉈を引き抜くとマックスへと声を掛ける。
 それはこのグリフィンは自分達に任せて、先に進んでくれというものであった。

「それは・・・しかし、大丈夫なのか?グリフィンは手強い、お前達だけでは・・・」
「へっ、あんたにゃ及ばねぇが・・・俺達も一端の冒険者だぜ?これぐらいは何とかするさ・・・エッタちゃんを頼んだ」

 彼が一人で決めたような内容にも、仲間達が一切文句を言わないのは、彼が一行のリーダーだからか、それともそれが一行の総意だからか。
 彼らの提案に迷う様子を見せたマックスに、男は舐めてもらっては困ると笑っている。
 彼は自分達でもこれぐらいはこなしてみせると断言すると、最後にエッタの背中を押して、彼女のことを任せたとマックスに頼んでいた。

「え・・・ちょ、ちょっとお待ちなさいな!!貴方達が残るのでしたら、私だって残りますわ!!」

 勝手に一人、一行の中から外されたエッタは、それにショックを受けたように目を見開くと、慌てて自分も残ると彼に呼びかけていた。

「エッタちゃん、嘘をいっちゃいけねぇぜ?・・・あの子の傍にいたいんだろう?」
「っ!!そ、それは・・・」

 残ると大声で宣言したエッタに、返答した男の声は小さい。
 しかし彼の視線の先にいる人物の姿を見れば、言葉にしなくともその意味は伝わるだろう。
 彼の視線の先には、初めて見るグリフィンの姿に、物珍しそうにうろちょろしているセラフの姿があった。

「ふ、ふん!!余計なお世話ですわ!!ま、まぁ?貴方達がどうしてもというのでしたら、マクシミリアンさん達について行って差し上げてもよろしくってよ!!」

 チラリチラリとセラフの方へと視線を向けては、その顔を真っ赤に染めていくエッタは、精一杯の強がりを喚き散らすと、マックス達と共に行ってもいいと話していた。
 そんな彼女の振る舞いに何ともいえない顔で頭を掻いた男は、苦笑いを漏らしながらグリフィンへと向かっていく。
 そこには激しく暴れ回るグリフィンと、それを何とか押さえ込もうとしている男達の争いの景色が広がっていた。

「いいのか、ヘンリエッタ?」
「も、問題ありませんわ!!あの方達なら、きっとやり遂げてくれますもの!わ、私がこちらに残るのは、あの方達がどうしても!と言うからですわ!えぇ、仕方なくですの、仕方なく!!」

 仲間達と別れこちらへと歩み寄ってくるエッタに、マックスは言葉少なにそれで本当にいいのかと尋ねている。
 それは彼に先ほどの会話の内容を聞かれていたという事実に他ならず、エッタは赤く染まったその頬をさらに紅潮させると、何かを誤魔化すように大声を張り上げていた。

「あれ?エッタもこっちに残るの?」
「な、何ですのセラフィーナさん!?私がこちらに残ってはいけないというのですの!?私は、貴女が喜ぶと思って・・・!」

 男達とグリフィンの激しい戦いを観戦するのに夢中であったセラフは、彼女達の会話を耳に入れてはいなかった。
 そのためそこから一人離れ、こちらへと向かってくるエッタの姿に不思議そうに首を傾げている。
 そんなセラフの反応に、エッタはショックを受けたように表情を歪めると、彼女に縋りつくように訴えかけていた。

「ううん、エッタが残ってくれるのは嬉しいんだけどさぁ・・・逆にエッタはいいの?仲間と別れて?寂しくない?」
「う、嬉しい!!?わ、私が残って嬉しいのですの?あの、セラフィーナさんが?うふ、うふふっ!うふふふふ・・・」
「エッタ?おーい、聞いてるー?」

 自らが残ることを望んでいないのかと唇を尖らせるエッタに、セラフは嬉しいに決まっていると返している。
 その言葉に、先ほどとは逆のショックを受けて震えるエッタは、続くセラフの心配を聞いてなどいられない。
 彼女はそのセラフの台詞を繰り返し噛み締めては一人、薄気味悪い笑い声を漏らし始めていた。
 そのうっとりと陶酔に浸っている表情はもはや、誰の言葉も耳に入りはしないだろう。

「・・・放っておけ。今は先を急ぐぞ」
「え?うん・・・ほら、行くよエッタ」

 エッタの姿に心配そうな表情を見せているセラフと違い、マックスは呆れ果てた表情をその顔に浮かべ、先を急ぐぞと促している。
 それに一瞬驚いた仕草を見せたセラフも、そのためにグリフィンと戦っている男達の姿を見れば、それに反対する訳にもいかないだろう。
 彼女は一向にその場を動こうとしないエッタへと手を差し伸べると、その手を無理やり引っ張って先に進み始めていた。

「ふひ、ふひひ・・・嫌ですわ、セラフィーナさん。そんな手まで繋いで、それほどまでに私と離れ離れになるのがお寂しいんですの?仕方がありませんわねぇ・・・」

 強く握り締めるその手に、愛情を感じるなというのは無理というもの。
 それが好意を抱いている相手であるというならば、尚更。
 セラフが握った手の平の温かさに頬を緩めたエッタは、口元をダラダラに緩ませながら何やら独り言を漏らしている。
 それが何を喋っていようと、とりあえず素直に歩みを進めている彼女に、文句をいう者はいないだろう。
 少なくとも、この場にいる人間には。
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