青の刻印

小鷹りく

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 桔梗の花は告白すると決めても萎れたままだった。水をやってみたり、田中の事が好きだと刺青に囁きかけてみたりしたが変化は見られない。むしろ花弁を閉じて緑の茎の部分まで茶色くなり始めている。花だったとは思えない絵に成り果てるのは時間の問題だろう。友彦は更に焦った。

 一途になれば刺青は元に戻ると思い込んだ友彦は、告白を実行する事にした。連絡先を知らず、数少ない友達に訊いて回ったが辰也以外誰も田中の連絡先を知らなかったので大学で声を掛ける事にした。楽しそうに談話する輪へ勇気を振り絞り、話しかける。

「田中君、今ちょっといい?」
「え、何?」

 この前の飲み会とは違いどこか身構える田中に友彦の緊張が増す。他の友人たちがくすくすと自分を嘲っているように見えるのは自分に自信がないからだろうか。腹を立てる余裕などなかった。

「ちょっとここじゃ……」

 田中は訝って警戒していたが友彦について移動した。誰もいない講義室に入って席と席の間の階段を昇る。

「何の用なん?」

 きつく言われて友彦はびくりと肩をすくめた。

「ご、ごめん、その、すぐに終わる、から……」

 おどおどするな、ちゃんと言わないと。そう思っても頭の中が真っ白になって言葉が出てこない。生まれてはじめての告白だ。しかも男相手に。緊張で血管がどくどく脈打っていた。

「そ、そ、その、春に、で、で、電車で……」

 真っ赤になりながら、助けて貰って好きになったのだと言おうとした。声が震える。額から汗が噴き出した。田中はフンと鼻を鳴らしてから溜息を吐いた。

「はぁ、辰也から聞いたわけ?」
「あ、そ、その、辰也は田中君は悪い人だって言ってたけど、僕は……」
「あー分かった、わかった、で、羽田君は俺にどうして欲しいわけ?土下座でもしろって?」

 告白しようとしているのに土下座という言葉が出て来て友彦の思考はついて行かない。

「土下座?僕、あの時本当に怖くてでも……」
「はいはいはい、すいませんでした。これでいい?未遂で終ったんやし、別に大した迷惑かけてないのに、ウッザ!」

 謝ったかと思えば激昂して悪態をつかれ、友彦は混乱した。

「え、まだ僕……」
「何?まだなんか文句あんの?まさか、逆に俺を強請ろうと思ってたりする訳?ふざけんなよ、俺がお前嵌めようとした証拠なんかなんもないし。大体さー、電車の中でぼーっと女の後ろに立ってるからカモにされるわけ、分かる?お前見た時絶対いけると思ったのに、同じ学校でおまけに覆面警察おるとか、ほんまツイてなかったわ!」

 告白するために呼び出したのに、一体何の話をしているのだろう。友彦は田中の言葉を反芻した。

『逆に強請ろうと思ってたり……電車の中でぼーっとして女の後ろに立っているからカモにされる……覆面警察おるとか、ツイテない』

 血の気がどんどん引いていく。田中は自分を助けたのではなかった。その逆で友彦は詐欺のターゲットにされていたのだ。

「た、田中君、もしかしてあの時俺を騙そうと、してた……?」
「だーかーらー謝ったやろ?もうええ?俺お前みたいに暇ちゃうんやけど!」
「ご、ごめん……」

 それ以上友彦の口から言葉は出て来なかった。だんまりになった友彦に舌打ちした田中は他言すれば報復すると言い捨てて講義室を出て行った。足の震えが止まらず、友彦はその場にしゃがみ込んだ。

 ずっと好きだと思い込んでいた。一人でいる所を救ってくれたヒーローだと思っていた。自分の性的思考が普通の人と違うと悩んでぼーっとしていた折に「ずっと見ていた」と言葉を掛けられて助けられて舞い上がっていた。見たいところしか見ないようにして、辰也の忠告に耳も貸さなかった。田中の表面しか知らないのに、どうして好きだなんて思ったんだろう。刺青まで入れたのに……。自分の事が情けなくて、悔しくてぼろぼろと涙が零れてきた。

「僕は何しても駄目だ……」

 掌で顔を覆い、階段に腰掛けて泣いていると凄い勢いで辰也が講義室に入って来た。泣いている友彦を見付けて駆けよる。

「友、大丈夫か……?」
「……」
「あかんかったんか?」
 
 友彦は頷く。眉根を寄せて辰也は背中をさすった。

「振られて正解やぞ。あいつは碌な噂聞かんし」
「知っとったん……」
「え?何?」
「電車の中で助けられたと思ってた事、ほんまは田中君が僕をカモにしようとしてたって」
「お前、なんでそれ……あいつが喋ったんか?」
「うん、呼び出した時、電車の事やろって。強請ろうとしたけど未遂やねんからもうええやろうって。すいませんでしたって言葉だけで謝って、他言するなって出て行った」
「あいつ……最低やな」
「僕、あほやな……カモにされてたのに、嬉しそうにヒーローやとか言うて、めでたい」
「お前はなんも知らんかったんやから」
「辰也、なんで言わへんかったん。電車の中の事」

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔のまま友彦は辰也の目を見た。

「始めは知らんかったんや……この前の飲み会でその話あいつがトイレで話しとって。たまたま聞こえた」
「……だから怒って殴ったん?」
「そうや」
「何で僕に言わへんかったん」
「お前が田中を好きになって、自信つける為に刺青まで入れてるのに、告白まで邪魔したらお前の中で気持ちの整理がつかへんかと思って」
「折角黙ってくれてたけど、告白も出来んかった」
「友……」
「僕、辰也のいう事、聞いてたら良かった。僕の事いつも考えてくれてる辰也の事、好きになればよかった」
「友……」
「辰也、僕、ほんまにマヌケ。ごめんな、こんなしょうもない男で。こんなんでもまだ友達でおってくれる?」
「それは無理」
「え……」

 友彦の顔から血の気が引いて青くなっていくのが分かった。辰也は違う違うと頭を撫でる。

「セックスまでしてるのにお前と友達のままでおるとか拷問や。俺が好きでもないやつとも出来る下半身男やと思われてたら心外やぞ。友、俺の事、好きになったら、付き合ってくれへんか」
「辰也……」
「振られた弱味に付け入ってるのは自覚してる。そやけどお前はエッチしても俺の事好きになってくれへんから、今しかチャンスないと思うんや」
「……」
「あかんか?」

 首を横に振りながら友彦は涙と鼻水を拭い、ええよ、と笑って応えた。

 
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