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しおりを挟む週明け、案山子との約束を守るべく穂高は放課後みんなに時間を作ってもらい、声を震わせながら今までの経緯と病状の事を打ち明けた。
ほとんどのクラスメイトはデリケートな話だから自分たちから訊いたりするのはいけないことだと思っていた、話してくれるのを待っていたと言ってくれた。一緒に遊んでいた男の子グループの子たちはみずくさいだろうと怒っていたが、自分の病気の事を話すのが怖い気持ちも分かると理解を示し、誘わなくなっていたことも謝ってくれた。
悩んでいた時間は一体何だったのだろうと自分でも馬鹿らしく思えるほど何事もなかったようにみんなとの関係は元に戻った。むしろ以前よりも近くて、思いやりがあって穏やかに過ぎている。激しい運動は控えていたがみんなに嘘をつく必要もなくなって後ろめたさもなくなり、穂高の体調は随分良くなった。
波田野に案山子の話の続きをこっそりしてみたら神様の話は他人にしちゃいけないとじいちゃんが言っていたとまた祖父ちゃん説を説くのでそれ以上話題にはしなかった。
案山子に礼を言いに言おうと夜の田んぼに行ったが、一帯の稲刈りが終わった後で男の姿はどこにも見当たらず、代わりにあの案山子が横たわっていた。切れ切れの藁があちこちに纏わりついていたので顔に付いている藁をいくつかそっと取り、毛糸で出来た髪を撫でる。あの男が案山子だったなら、案山子は死んだ事になるのだろうか。
「友達になれると思ってたのに」
穂高はその後何度も夜に倒れた案山子を見に行ったが案山子の代わりに男がいる事はなく、しばらくするとその案山子さえ撤去されいなくなっていた。
案山子の語源は嗅がしと言われていた。獣たちが嫌がる臭いを付けて立てていたからかがしが濁って案山子となったと。昔は臭いものだったかもしれないが、穂高の出会った案山子はいい匂いがした。時代が変われば神様も変わるのかもしれない。案山子の神様は知恵の神様とも言われている。なんでも知っている神様だからきっと自分を不憫に思って救ってくれたのだと、穂高はそう思う事にした。
神様なのか人なのか、結局穂高には分からないままだったが、案山子が立つ季節になると穂高は白シャツにジーンズを履いた案山子をどこともなく歩いて探した。だが季節が変わっても男が現れる事はなく、あの案山子に出会う事もなく時は過ぎ、喘息もすっかり良くなった二度目の春、穂高は別の県の高校に進学した。
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